※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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 そろそろ烙印の物語も終わりそうですね。
 次のストーリーはどうなるのでしょうか。

 個人的には、ターミナル、星遺物、烙印、その他諸々が一堂に会するスーパーOCG大戦が見たいです。
 そのついでにクローラー新規を10枚くらい刷ってほしいです。

 では、始まります!


第36話 紅に獣、緑に蟲

 

「オラァ!邪魔な扉はぶち壊しちまいますわよォ!!」

 

「お願い、龍大神……!」

 

 モンスターが実体化し、洋館の入り口を破壊していく。

 仕事を終えて消えていくモンスターを尻目に、あたし達はそのまま館の中へと入っていった。

 

「こ、これ……閉めるのはどうしたら……!?」

 

「抜かりましたわ!考えていませんでしたわよォ!」

 

「き、鬼陽子さーん!!」

 

 焦りながら振り返る。

 外の方からは、あの犬のようなモノたちが獣のような速度で迫ってきていた。

 

「ど、ドア!ドアをはめましょう!そしたら物理的に開けられないはず!」

 

「なるほど!なんとなく理解しましたわよォ!」

 

 再びデュエルディスクにカードを置き、モンスターを実体化させる。

 今度はダークネス・シムルグ。

 鬼陽子さんは、格闘家のようなモンスター。

 

 黒い大鳥の羽ばたきが人間のような犬の群れをひるませる。

 その好きに、鬼陽子さんのモンスターがドアを入り口に嵌まるように力づくでねじ込んでいく。

 外枠に無理やり押し込められた板は、まるで壁のように固定された。

 これならちょっとやそっとでは動かないだろう。

 

「ど、どうにかなりましたかね……」

 

 カードをしまいながら、ほっと一息つく。

 

「ですわね。しかし、これからですわ」

 

 隣の彼女はというと、眼鏡をかけ直し洋館の内装を観察していた。

 

「電気は点いていませんし、ところどころに汚れも目立ちますわね。

 ですが、まったく掃除されていないわけでもありませんわ」

 

「……生活感がありますね」

 

 鬼陽子さんに倣って、あたしも洋館内を見渡してみる。

 鳴金家の屋敷に比べたら地味だし、ボロボロだ。

 美術品のひとつでも飾られているかと思ったが、そんな物もない。

 

 ただ、住むために使っている。

 玄関を見てあたしは、そんな印象を受けた。

 

「ここのどこかにターゲット……信濃井とやらは、いるんでしょうか」

 

「おそらくは。問題はこの洋館のどこにいるかですわね」

 

 さてどうやって探そうか。

 この広さだと闇雲に探してもそうそう見つからないだろう。

 そうやってふたりで頭を悩ませていると、ひたりと足音が聞こえた。

 

「鬼陽子さん……」

 

「えぇ、聞こえましたわ」

 

 ディスクを構えて警戒する。

 なにがいるのかと目を凝らし、音の持ち主を探し出す。

 

「…………誰だ、お前たちは」

 

 それは、銀色の髪の、美しい少年だった。

 彼は怪訝そうに眉を潜め、あたしたちを睨みつけてくる。

 

 そしてなにより目を引くのが、その外見。

 彼の頭部には、髪色と同じく銀色の、獣の耳が生えていた。

 

 いや、取り付けられていた、というほうが適切だろうか。

 髪の毛で隠れているが、耳の付け根には痛々しい縫合の痕がある。

 彼の腰からは尻尾も垂れているが、おそらくそれにも同じ痕があることだろう。

 

 人間にあるはずのない部分がある。

 それだけでも異常だが、彼の格好はこれまた異常だった。

 

 彼は、扇情的な白のナイトドレスを着ていた。

 その下には女性用下着……彼の下腹部には、男性の象徴があるのに、だ。

 

 そういう趣味があるのかと考えたが、この感じは違う。

 あたしの経験からの予想だが、彼の表情、彼の雰囲気は、これから犯される者のソレに酷似していた。

 

「これは失礼しました。夜分遅くに申し訳ありませんわ」

 

 先に動いたのは、鬼陽子さんだった。

 彼女は頭を下げ、努めて丁寧に語りかけていく。

 

「ワタクシ達は信濃井保磨という方に用事があって来たのですが、彼はいらっしゃいますか?」

 

「知らない」

 

 食い気味に少年は否定する。

 それを聞いて、鬼陽子さんがあたしに視線を送る。

 

(嘘です。たぶん、そう答えるように言われているのかと)

 

(分かりました。ありがとうございますわ)

 

 こっそりと耳打ちすれば、彼女は頷いて少年に向き直る。

 

「そうでしたか。あぁ、つかぬ事をお聞きしますが、その格好はいかがなさったのでしょうか?」

 

「………………知らない」

 

「……その耳と尾について、聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「……知らない」

 

「ふむ。そういえば自己紹介がまだでしたわね。

 ワタクシ、田中鬼陽子と申しますわ」

 

「ベ、ベニアです」

 

「さて、貴方のお名前はなんというのでしょうか?」

 

「……シルヴィユ」

 

 少年、シルヴィユさんは、ようやく答えを返してきた。

 だが、彼の様子はどこかぼやけて、陰鬱だった。

 

「……お前らは、外から来たのか……?」

 

 今度は、シルヴィユさんが質問してくる。

 虚ろな目をした彼の問いに、鬼陽子さんがはっきりとした態度で答えた。

 

「えぇ。こちらに用事がありましたので」

 

「…………あっちに、女がいる。どうにかしてやってくれ」

 

「……?それってどういう……?」

 

 要領を得ない言葉に、あたしは首を傾げる。

 けれど彼は、そんなあたしを無視して、幽霊みたいにどこかへ行こうとした。

 

「……おれは、なにも知らない。

 もう知らないから、どうにでもなってくれ」

 

「えっ、ちょ、ちょっと待ってください……!」

 

「お前たちを捕まえても、どうせ怒られる。

 逃しても、怒られる。だから、なかったことになってくれ……」

 

 少年に会話をするつもりはないのか、ふらふらとあたし達を横切っていく。

 今走れば、彼を捕まえてしまいそうだった。

 

「シルヴィユさん、あなた酷い目にあってるんじゃ……」

 

「知らない」

 

 彼を引き留めようと手を伸ばす。

 が、その手は鬼陽子さんに止められた。

 

「ベニアさん、動いてはいけませんわよ」

 

「……っ」

 

 言われて気づく。

 

 もし、彼に触れようとすれば、この少年は仕掛けてくるだろう。

 言うなれば彼は、見えない剣を構えているのだ。

 間合いに入れば即座に切りつけてくる、拒絶の剣だ。

 

「知らない、知らない……知らない。

 もういい、もうぜんぶ、めちゃくちゃになればいいのに……」

 

 顔を伏せ、彼は諦観を呟く。

 その姿はまるで、これから地獄へ向かうかのようだった。

 

 彼から「たすけて」の言葉はない。

 その言葉がとっくに彼から消されているのが、あたしには痛いほど分かったのに。

 

 ひたり、ひたり、ひたり……。

 素足の音がやがて遠退き、彼はどこかへ繋がる廊下へと消えていく。

 

「……行きましたわね」

 

 少年の足音がなくなって、あたし達は脱力した。

 

「あの方、かなりの手練……しかもサイコデュエリストですわね。

 下手に触れば最後、実体化させたモンスターが襲いかかってきたでしょう」

 

「ごめんなさい……鬼陽子さん。ご迷惑を、おかけしました」

 

「いえ、貴女は正しいことを為そうとしましたわ。

 謝ることも、恥じることも、ありはしませんわよ」

 

 頭を下げれば、その頭を撫でられ上を向かされてしまった。

 

「それにしても、扇情的な下着を纏った、銀髪の見目麗しい少年……。

 なにをされているのかは、あんまり考えたくはありませんわね」

 

 鬼陽子さんが空色の髪を払う。

 彼女は声には出さなかったか、嫌悪感を抱いているみたいだった。

 

「さっきの彼……、ターゲットに飼われているんでしょうか?」

 

「愛とは美しいものですし、愛でることは素敵なことですわ。

 しかし、相手の心を壊して支配するのは、愚かしい行いですわね」

 

「とはいえ、まだ仮定の話ですけれど」、そう付け加えて、鬼陽子さんがヒールを鳴らす。

 

「……追いますか?」

 

「それも悪くはありませんが、追いかけても無駄に怪我をするだけですわ」

 

 ……確かに。だからあたし達は、彼を見逃したのだ。

 負傷を覚悟すればいいが、シルヴィユさんはターゲットではない。

 あたし達の目標は、あくまで信濃井保磨という闇医者。

 ならば、ここで消耗するのは愚策と言えるだろう。

 

「ふふふっ……ヒャハハァ!そんなにしょんぼりしていかがしたのかしらベニアさん!」

 

「……へっ?」

 

 突然、鬼陽子さんに両頬を撫で回されてしまう。

 なんでか楽しそうな彼女の行動についていけなくて、あたしはされるがままだった。

 

「あの子のことを考えているのならノープロブレムですわァ!

 いいですこと?悲劇を前に指を咥えるしかなかったとしても――――」

 

 ニカリ。鬼陽子さんが獰猛に顔を輝かせる。

 

「――――最終的に全部ぶち壊したらハッピーエンドですわよォ!!

 ヒャァァハハハハァハハハーハハッハハハァハハハハハハハァアハハハッ!!」

 

 その高笑いを聞いて、気づく。

 やっぱりこの人も、『孤児院』の人だ。

 廻理さんとか殺那さんも、きっと彼女とおんなじことを言っただろう。

 

 でも、そうか。

 確かに、そうだ。

 

「で、ですね……!」

 

 間違ってるとか正しいとかは別として、そっちのほうが良い気がした。

 そもそもあたしは、誰かを救うなんて一丁前なことはできないじゃないか。

 

 梨々花さんや葛さんの件で、勘違いしていたみたい。

 あたしは正義の味方なんかじゃなくって、ただの浮浪児なんだから。

 

 できることなんて、壊すことくらい。

 なら難しいことは考えすぎず、壊してどうにかなることを、精一杯やろう。

 

「ヒャハハハハハァ!いい顔になりましたわねベニアさん!

 悩むことは大切ですが、裏デュエル界のゴタゴタなんてぶち殺せば解決ですわよォ!!」

 

 透き通るような空色の髪を揺らして、鬼陽子さんが館を進む。

 

「いざゆかん、ですわァ!」

 

「手始めに、彼が言ってた女がどうとのこうとのから、ですね……!」

 

 そうしてあたしは、どこか軽快な気持ちで、鬼陽子さんと共に館探索に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは、牢屋……でしょうか?」

 

 館を歩き回って、あたしと鬼陽子さんは鉄格子の並ぶ異様な部屋に辿り着いた。

 

「ベニアさん、ご覧になって。牢屋の中に、あの犬がいますわ」 

 

 牢に目を向ければ、そこには死んだように眠る犬のようななにかの姿があった。

 ざっと見渡せば、他にもうめき声を上げる女性や、手足を犬のそれに変えられた少女など、異質な光景が広がっている。

 

 人間のような犬。犬足の少女。他にも犬の顔をした人など……。

 これは、明らかに先天性のものじゃない。

 たぶん誰かがやったんだ。こんな悪趣味なことを。

 

「…………これをやったヤツは、生かしておけませんね」

 

「違いありませんわね」

 

 鬼陽子さんが眼鏡をかけ直し、牢の奥の方へと進んでいく。

 

「とりあえず、一通り見てみますわね。ベニアさんは…………」

 

「あたしは、調べ物をします。そこに資料が転がっているみたいなので」

 

 傍らにぽつんと置かれた本棚を指差す。

 そこには書類が所狭しと詰まっていた。

 それを見て、鬼陽子さんは頷く。

 

「かしこまりましたわ。では、そちらは任せましたわよ」

 

「はい。なにか見つけたら共有しますね」

 

 彼女と少しだけ別れて、本棚に向かう。

 さて、なにが出てくるか。

 できればターゲットのことや、シルヴィユさんについて書かれているといいが。

 

「えーと……"キメラ”?」

 

 最初に目に入った文字は、それだった。

 続けて概要を読んでみる。

 

「人間に動物の部位をくっつけた物……動物を改造した物、か」

 

 案の定、牢の中の人々や、外にいた犬のようななにか達は、人造物だったようだ。

 彼らを改造した犯人は……信濃井保磨。ターゲットの闇医者か。

 

「殺すときに躊躇しなくて良くなったか。

 そしてこっちが……」

 

 次の紙束を手に取る。

 これはどうやら資料とカルテのようだ。

 そこに記録されていたのは、あの銀髪の少年のこと。

 

「シルヴィユ、拉致した少年を改造したキメラにして、成功作……。

 薬で記憶と人格を壊した?容姿も整形して今みたいに……?」

 

 あの少年の正体は、普通の少年のようだ。

 昔のことも、顔も、名前も奪われて、改造された、普通の少年(被害者)だ。

 

 シルヴィユというのも、与えられた名前。

 あの獣の耳と尾は、無理やりに縫合されたもの。

 

 綺麗に取り繕っただけの、壊れかけの合成品。

 とてもじゃないが、正気とは思えない所業だ。

 

「反吐が出る……それでこれが……」

 

 持っていた書類を半ば投げ捨てるようにして、次の資料に手を伸ばす。

 これは、サイコデュエリストのカルテ?

 紙を広げてみれば、そこには人名がずらりと並んでいた。

 

 おそらくは、闇医者が担当した患者。

 もとい、サイコデュエリストにした連中たちか。

 

「それにしてもなんで、コイツはこんなことを」

 

 ただの趣味にしては数が多すぎる。

 いったいなにが目的で、信濃井保磨という人物はサイコデュエリストを造り、世に放ってきたのだろうか。

 

「んん……?これは、メモ?……日記?」

 

 紙をめくっていくと、ひらりとメモが現れる。

 筆記者は、内容から考察するに信濃井のようだ。

 

「えぇと、"私はサイコデュエリストが好きだ?

 だから闇医者となり、改造手術をしてやっている”……」

 

 ただの趣味目的だったか。

 そう思いメモを流していく。

 

「……"私にパトロンがついたのは幸運だった”」

 

 ふと、その文章が目に留まる。

 

「"彼らはサイコデュエリストの研究を対価に、多額の資金援助をしてくれた”

 "同時に彼らは、地(・)に(・)縛(・)ら(・)れ(・)た(・)神(・)と闇(・)の(・)デ(・)ュ(・)エ(・)ル(・)の存在を教えて”…………」

 

 それを読み上げた瞬間、息が詰まった。

 うそ、なんで、なんでコイツが、地(・)縛(・)神(・)と(・)闇(・)の(・)デ(・)ュ(・)エ(・)ル(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)?

 

(ありえない……!だってそれは、あたしたちの――――!)

 

 本棚をひっくり返し、片っ端から書類を漁る。

 パトロン。ソイツらが、信濃井に教えたんだ。

 

 誰だ。誰が、バックにいる?

 いや、分かっている。

 パトロンの正体なんて、とっくに分かっている。

 

 それでも、どうか違ってと。

 そう祈りながら紙を捲っていって……

 

「……あった」

 

 そして、見つける。

 その名前を。

 あたしが一生忘れられない、名前を。

 

「パトロンの名前は――――『星の教団』」

 

 あぁ、あたしは、逃げられなかった。

 とっくに捨てたあの場所が、追いついてきてしまった。

 

「……Wiraqocha(ウィラコチャ) Rasca(ラスカ)。

 これが、貴方様があたしに与える、運命ですか?」

 

 デッキに触れてみても、答えはない。

 ただあたしは、目の前が真っ暗になるような感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クッソ痛い。

 色んな所に噛み痕と引っかき傷が付けられてる。

 

「あーもう、勘弁してよホントにさぁ」

 

 バレッタで髪をまとめ直しながら、文句を垂れる。

 その眼下には、気絶した犬みたいな連中が転がっていた。

 

 この犬の群れにやられた後、ボクは森の奥深くまで引きずられていった。

 そこで食い殺されそうになったのをどうにか無力化して、そして今に至るといった感じだ。

 

「で、ここどこさ」

 

 辺りを見渡しても、全部木々。

 もみくちゃにされたもんだから方向感覚も定かじゃない。

 

「ベニアちゃんと鬼陽子ちゃんは無事かな。

 なんにせよ、戻らなきゃか」

 

 伸びをして、歩き始める。

 進んでいけばどこかに出るだろう。

 

 にしても、あの犬っぽいヤツらはなんだったのだろうか?

 自然のモノではないのは明らかではあるが、じゃあ人造物か?

 鬼陽子ちゃんも言っていたように、信濃井保磨が犬を改造して造ったとか?

 

(まぁ、殺したくなる理由は分かるな)

 

 動物を弄ることに対する道徳の是非は一旦置いて、武力確保の観点で見れば、これは恐ろしい技術だ。

 その辺の生き物を捕まえて改造するだけで、兵士がひとり増えるんだから。

 とはいえ、その改造コストと教育コストが、人間を育てるのより安いのかは微妙だが。

 

 人望がないヤツが使うならうってつけかな。

 そんなことをつらつら考えながら、ボクは森を進んでいく。

 

「…………あれ?着いた?」

 

 少し歩くと、ボクの前に洋館が現れる。

 結構近かったな、と安心したが……。

 

「いや、デザインは同じだけど規模が違うな」

 

 よく見れば、これはあの洋館じゃない。

 そこそこ大きいけど、それでも1階建て。

 しかもこの建物は森の中に埋まっている。

 

 先程見た洋館は3階建てだったし、開けた場所にあった。

 ということは、これは別館。あるいは離れといったところか。

 

「離れまであるのか。すごいな…………うん?」

 

 洋館を観察して、ひとつ気付く。

 窓から、明かりが漏れている。

 それはつまり、中に誰かがいるということ。

 

「……流石に放っておけないか」

 

 ここに誰がいるのかは不明だが、確かめないわけにはいかないだろう。

 ボクはコンコンと、ドアをノックしてみた。

 

「…………はぁい。」

 

 鍵があいて、中から少女が出てくる。

 ボクと同年代か、少し上くらいだろうか。

 目が覚めるような緑の、ふわふわとした三つ編みの髪が特徴的な少女だ。

 袖のだぼついたグレーのシャツに、レースの入った黒のロングスカートと、その姿は穏やかでありながらきっちりとした印象を受ける。

 

「まぁ!こんな夜深くにどうしたんですか?」

 

「ちょっと迷っちゃいまして……」

 

 彼女は垂れ目を大きくし、口に手を当てて驚いた様子だった。

 見た感じ、彼女に敵意は感じられない。

 ひとまずボクは、平和的な対応を取ることにした。

 

「それは災難でしたね。でしたら、少し休憩なさるのはいかがでしょう?

 ちょうど、紅茶を淹れたところでしてね」

 

「……いいんですか?お邪魔しても」

 

「えぇ。わたしの家ではありませんけどね」

 

 少女はそっと微笑み、ボクを洋館に招く。

 それから彼女は、ぱたぱたと奥の方へ行ってしまった。

 

 罠、か?

 疑いつつも、彼女についていく。

 

 そこは、オレンジ色の光に照らされた広間だった。

 よく掃除された部屋の中心には丸テーブルと、椅子が2つ。

 それと横のほうには、子供向けアニメを再生するテレビがあった。

 

「どうぞ?おかけになってください」

 

「……あははっ。これはどうも、ありがとうございます」

 

「いえいえ、困った時はお互いさまですから。

 ……そうそう、紅茶はお好きですか?」

 

 言いながら、少女は陶器に薄い橙色の液体を注ぐ。

 茶葉のいい香りがして、かちゃりとコップがボクの前に置かれた。

 

「うーん、飲める水ならなんでも好きですかね」

 

「あら。でしたら今夜、紅茶の美味しさに目覚めてくださると嬉しいです」

 

 くすりと柔らかく笑い、もう1つのコップに紅茶を注いでいく。

 お茶会、ということなのだろうか?

 イマイチ分からないが、ボクは出してもらった紅茶に口をつけることにした。

 

 ふーむ、なんか美味しい気がする。

 毒とかが入ってなさそうなのがとってもいいな。

 うん、これはいい紅茶だ。

 

「そうだ、貴方はチェスができますか?」

 

 緑髪の少女は言いながら、テーブルの上に盤と駒を乗せる。

 それから彼女は、ぐちゃぐちゃに倒れた駒を慣れた手付きで並べ始めた。

 

「……友達にチェスが好きなヤツがいるから、ルールくらいは分かりますよ」

 

「まぁ。わたしもですよ。全然得意じゃなくて、よく負けています」

 

 困ったように笑って、彼女は駒を動かす。

 ……ボクは逡巡した後、同じように駒を進めた。

 

「キミは、なにも聞かないんですね」

 

「聞く必要性がありませんから」

 

 駒が動く。

 ボクの駒が取られた。

 

「信濃井保磨という闇医者を知っていますか?」

 

「知っていると答えたら、どうしますか?」

 

 駒が動く。

 膠着状態だ。

 

「ぶっちゃけると、ボクら(・)はソイツを殺しに来たんですよ」

 

「………………ほう」

 

 駒が動く。

 彼女の駒を取った。

 

「で、聞きたいんですけど、キミは何者だい?」

 

「わたしは仕事で来ているだけですよ」

 

 駒が動く。

 ボクの駒が、囲まれている。

 

「へぇ、ボディーガードとか?」

 

「それもありますが、彼には色々として貰わないといけませんから」

 

 駒が動く。

 まだ、ボクの駒は抜け出せない。

 

「わたしは、仕事をしたくありません。

 あんな男を守る必要性が感じられないからです」

 

「だから、ここでチェスでもしていようって?」

 

「えぇ。なにも知らないふりをすれば、なにもしなくて済むでしょう?」

 

 駒が動く。

 ボクは、彼女の駒を倒す。

 

「ボクはやめられないよ」

 

「わたしもです」

 

 もう、駒は動かない。

 席から立ち、ボクと彼女は対峙する。

 

「悪いね。魅力的な提案だったけど、仕事サボったら怒られちゃうから」

 

「やれやれです。無益な殺生は好まないのですがね」

 

「じゃあ安心しなよ。ボクがキミを少しだけ眠らせるから」

 

「ご冗談を」

 

 彼女の瞳が、ボクを射抜く。

 瞬間、息が苦しいほどの重圧に襲われる。

 

 殺気。

 それも尋常じゃないレベルの。

 

 指先が痺れる。

 この少女は――強い。

 今まで戦ってきた相手の中でも、トップクラスに。

 

「あははっ!いいねぇ!」

 

 だが、負けるつもりはない。

 ボクは笑い飛ばしてやって、デュエルディスクを展開する。

 

「……ほう。ビリビリと、きました。

 貴方も、かなりのやり手のようですね」

 

 少女はどこか関心したように、ディスクを構える。

 互いの殺気が飛び交う戦場。

 テレビから流れる場違いなアニメをBGMに、死合う。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね」

 

「そういやそうだ。これは失礼したねぇ」

 

 カードを引く。

 後はもう、合図があればいい。

 

「裏デュエル界が『孤児院』のひとり、遊針廻理」

 

「『星の教団』、大地の巫女姫がひとり、星縛緑亞(ほしばり りょくあ)」

 

 そして、響く。

 

「始めましょう、闇のデュエル(殺し合い)を――――」

 

「ああ、始めよう、サイコデュエル(殺し合い)を――――」

 

 命がけの合意が。

 殺し合いの、その合図が。

 

 

「「――――――――――決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ放心していただろうか。

 あたしはハッとなって、頭を振る。

 

「いけない……余計なこと、考えてる場合じゃないよね……」

 

 そうだ、パトロンがあたしの知った組織だったとしてなんなのだ。

 やましいことは……まぁ色々あるが……それでも、今あたしの近くには鬼陽子さんがいる。

 それとこの場にはいないけど、たぶん生きてる廻理さんもだ。

 

(うん。大丈夫……巫(・)女(・)姫(・)と(・)か(・)が(・)こ(・)っ(・)ち(・)に(・)来(・)て(・)な(・)い(・)限(・)り(・)は(・)、大丈夫……!)

 

 もしも彼女たちがいたらヤバいけど、あの子たちは地位が高いし、流石に来ないだろう。

 そんなまさか、一騎当千、神をその身に宿した巫女姫をこんな現場に投入するなんて。

 

「うん、切り替えていこう……!」

 

 頬を軽く叩いて、不安を払う。

 まずは、鬼陽子さんにシルヴィユさんのことや信濃井のことを伝えよう。

 

「ベニアさーん!大変ですわァ!!」

 

 そう思った矢先、奥の方から彼女が大声で呼んできた。

 どうしたのだろうか、疑問に思いつつも、あたしは向かっていく。

 

「なにかあったんですか、鬼陽子さん?」

 

「こちらをご覧になって!とんでもないですわよォ!」

 

 鬼陽子さんが指差す先には、牢屋。

 導かれるように、あたしは牢の中を確かめる。

 

「えっ!?ベ、ベニアちゃん!?それに鬼陽子ちゃんまで!

 ふたりとも、どうしてここにいるのっ!?」

 

「……威月さん?」

 

 そこにいたのは、つい数時間前に別れたはずの少女。

 破里潟威月さんが、牢の中でびっくりしていた。

 

「もしかしてベニアちゃん達もあのケモミミの子に捕まっちゃったのっ!?」

 

「いえ、あたしたちはお仕事で…………。

 えぇと、威月さんはどうしてここに?」

 

 それから威月さんはこうなった経緯を話してくれた。

 曰く、路地裏で銀髪獣耳の少年――シルヴィユさんに襲われたと。

 そのまま彼に誘拐され、信濃井なる男の命令でこの牢に閉じ込められたらしい。

 そして現在、館を訪れたあたし達と、奇跡の再会をしたとのこと。

 

「なんというか、不運でしたね……」

 

「うん。でもベニアちゃん達に会えたから、ラッキーだよっ!」

 

「いいですわね、ポジティブなのは素敵なことですわよォ!

 しばしお待ち下さいな!牢を開けますわァ!」

 

 既に鍵を見つけていたのか。

 カチャンと金属音がして、鉄格子が開く。

 

「ありがとっ!一時はどうなることかと思ったよ~っ!」

 

「無事でなによりです……!それで、威月さんはこれからどうするんですか?」

 

「えっ、うーん……どうしよ……?」

 

「とりあえず安全な場所に送り届けたいですわね。

 安置があるかは定かではございませんが」

 

「……もしかして私って、とんでもない修羅場に巻き込まれてる……?」

 

「まぁ…………はい」

 

 威月さんが顔に手を当てて天を仰ぐ。

 災難に思いながら、あたしたちは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 




 今回の廻理は、本来即死するはずの場所で生き残ってしまったため、バグめいた挙動で裏ボスと戦うハメになった感じです。

 ベニアの方でも色々と不穏な雰囲気が漂ってきましたが、はたして。
 37話からはデュエルが始まる予定です。

 それでは、また次回にお会いしましょう!
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