遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻 作:胡麻野すり子
久しぶりに投稿します!
今編唯一にして、そして今作最高にメチャクチャなデュエルをお楽しみください!
では、始まります。
クエスチョン、チェス盤をひっくり返したら、はたしてなにが残るだろう?
答え、なにも残らない。
大きな離れは、もうどこにもない。
場違いなテレビもない。
紅茶を注いだコップも、ケトルも、チェス盤もない。
周囲を取り囲んでいた木々だって、もうない。
「クソッ……!これでも倒せないのか……ッ!」
「ふ、ふふふ……まだまだ、ですね」
デュエルの余波で作られた更地の中心。
滴り落ちた赤い血と月光で彩られた戦場で、ボクらはカードを捲る。
遊針廻理
LP:250
星縛緑亞
LP:225
「ホント頑丈だな、キミは……ッ!」
「お褒めいただき、ありがとうございます。
では、フィールド魔法【溟界の淵源】の効果を発動……ッ。
爬虫類族モンスターが戦闘で破壊された場合、相手の場のカードを墓地へ送ります。
【機怪神エクスクローラー】……貴方にはご退場いただきましょう」
捲れた大地から闇が広がり、巨大な怪蟲を飲み込んでいく。
その闇は、獲物を喰らう蛇のようだった。
熱核竜、占術姫、B・F、機怪神……そしてクオリアーク。
ここまでもカードを使ってなお、倒せない。
何度仕掛けてもギリギリのところで避けられ、致命打に繋がらなかった。
「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2……!
【サブテラーマリスの妖魔】の効果でデッキからリバースモンスターを墓地へ送り、手札の【シャドール・ビースト】を特殊召喚!
リバースカード発動、【ハイレート・ドロー】!場の【妖魔】と【ビースト】を破壊し1枚ドロー!さらに【ビースト】の効果で1枚ドロー……!
「……とんと、貴方のリソースは尽きませんね」
「尽きたら死ぬだろうからね……!永続罠【星遺物の傀儡】の効果発動!
墓地のクローラーをデッキに戻し、場の【グリア】を裏側表示に!
カードを1枚伏せ、これでターンエンドだ……!」
「エンドフェイズ、リバースカードを発動します……ッ。
速攻魔法、【終焉の焔】!わたしの場に、【黒焔トークン】2体を生成……ッ!」
緑亞の足元に黒い焔が灯り、やがて悪魔めいたカタチを成す。
黒焔は踊るように彼女の周囲を回り、そして地面に傅いた。
黒焔トークン
レベル1/DEF0
黒焔トークン
レベル1/DEF0
「……ここまでの手練と相対するとは、思わなかったな」
額を伝う血を拭う。
ただそれだけの動作で、全身が悲鳴を上げた。
左腕の骨にはヒビが入り、変にぶつけたせいか片耳から耳鳴りがする。
頭はガンガン痛むし、内臓もいくらかやられたか。
「わたしも、ですよ」
相対する少女もまた、満身創痍。
上品な服は破けて穴が空き、肌からは鮮血と傷口が覗く。
それでもなお、彼女は余裕な態度を崩さない。
「ふぅー……わたしのターン、ドローです」
あくまで冷静に、緑髪の少女はカードを引く。
なんともない一動作。
だが、彼女がドローした瞬間、ボクはどうしようもない悪寒に襲われた。
「ッ!?」
「…………おや。その様子……感じ取りましたか」
彼女はカードを一瞥し、それからボクへ目線を向ける。
「正直、貴方がここまでのデュエリストとは思っていませんでした。
軽んじた非礼は、素直にお詫び致しましょう」
少女が深々と頭を下げる。
そうして面を上げれば、彼女は祈るように両手を組んだ。
「これより見せるは、わたしの……巫女姫の秘奥がひとつ。
どうか、誇ってください。遊針廻理」
寒気はずっとしている。
1秒ごとに死が近づいてくるような、恐怖に似た寒さ。
酷い悪寒の中で、警鐘はかち割れそうなほどに鳴り響いていた。
「貴方は、わたしに神を出させたのですから」
「神、だって……?」
刹那、世界を押しつぶさんのばかりの重圧がのしかかる。
来る。なにか、危険な存在が、呼ばれる。
「【黒焔トークン】2体を生贄に捧げます」
少女はそれこそ巫女のように。
神に仕える聖女のように。
破滅をもたらす魔女のように。
「――――――祝詞奉る」
ただ粛々と、神聖に。
少女は言の葉を紡いでいく。
「我は大地の巫女。継ぐ血を星縛、名を緑亞」
黒い焔が溶けるように消え、それを贄とし漆黒の心臓が現れる。
緑色の線の入ったその心臓は、ボクにはたまらなく邪悪でおぞましいモノに映った。
(不味い……ッ!!)
これが召喚されたら、不味い。
死の予感。否、確信と呼べるほどの感覚がボクを支配する。
どうする、なにが起こる。
濃厚な死の重圧の中、必死に頭を回転させ、脈打つ心臓を睨む。
「悠久なるアトラス、その末裔。蜥蜴たる地の神の――――」
黒い心臓の脈が強まり、なにかが召喚されそうになる……
そのとき、少女のディスクからコール音が鳴った。
「…………………………撤退命令、ですか」
ふっ、と黒い心臓ごと、重圧が消え失せる。
彼女は脱力したように、すとんと肩を落として息を吐いてみせた。
「……申し訳ございません。貴方と決着をつけたかったのですが……上からの命令には逆らえませんので」
ぺこり。彼女はまた頭を下げる。
それから血と傷で汚れた、白い手をデッキの上に置こうとした。
「ここは、わたしの負けということで、ご容赦ください」
「いや……引き分けってことにしてくれると、嬉しいな」
「おや…………」
ボクもまた、同じようにデッキの上に手を持っていく。
彼女とのデュエルを、盤外の都合によるサレンダーで終わらせるのは、それこそ恥というものだろう。
「かしこまりました。では、勝負は引き分けに致しましょう」
「ありがとう。またいつか、キミと決着をつけられることを、期待しているよ」
「ふふふ。わたしは御免です。
死線を楽しめるほど、酔狂ではありませんので」
三度、彼女は頭を下げる。
今度は会釈。簡単な別れの挨拶だった。
「さようなら、遊針廻理。叶うなら、この一戦は思い出に。
雌雄の決することの、ありませんように」
それだけ言い残して、少女……星縛緑亞は、闇の中へ去っていった。
かくしてデュエルは終わり、ボクは夜の静寂に取り残される。
「……ぐぼっ!?ぉえ……!!っ、がぁああぁ……ッ!!」
喉からおびただしい量の血液が逆流する。
胸が、頭が、全身が、痛い。
思わず胸部を抑えて、ボクは膝をついて蹲ってしまった。
「ぁ、あぁ……ク、ソぉ……!い、ったぁぁ……!?」
骨にヒビが入ったとか、どっかが折れたとか、切り裂かれたとか。
そういうのはサイコデュエルじゃ慣れっこだ。
だが、今回はなにかが違う。
(肉体的な痛みだけじゃない……まるで魂そのもの傷つけられたような……!!)
ただ痛いというのとはまた違う、味わったことのない痛苦。
内臓よりももっと内側。例えるなら存在そのものを抉り取られみたいな、そんな感覚。
得体の知れない傷をつけられたのか、吐きそうなほどの痛みが全然止まってくれない。
「あ、ぁ……もう……!やって、らんない、な……ッ!」
それでも、立つ。
大丈夫、ボクは立てる。
手足とか頭とか、そういうのが動くなら問題ない。
「行かなきゃ……ベニアちゃんと……鬼陽子ちゃんの、ところに……!」
壊れかけの肉に鞭を打ち、歩き出す。
一歩ごとに軋もうが、構いはしない。
まだボクは、やらなきゃいけないことが残っているのだ。
その目的をやりきるために、彼女たちの元へ辿り着くために。
ただボクは、足を稼働させ続けた。
────────────────
威月さんを連れて、あたしたちは館を歩き回る。
「ひょえぇ……みんな、怖くないの……?
私、夜の洋館とかおばけ屋敷みたいですっごく怖いんだけどな……っ」
「まぁ……お化けより怖いモノを知っているので……」
「ヒャハハァ!雰囲気はありますし、確かにおどろおどろしいですわねェ!
ワタクシたちから離れないようにお願いしますわァ!威月さん!」
ぎしりと床が軋み、威月さんが小さく悲鳴を上げる。
それもそうか。普通の少女が拉致られ、こんな怖いところを歩かされたら、不安な気持ちにもなるだろう。
「さて、威月さんは如何しましょうかしら?
安全な場所に送りたいですが……外には犬の皆様がいますわねェ」
「あのー……私はみんなと一緒でもいいよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいですわァ。
ですが、そういうわけにもいきませんの。ごめんあそばせ」
あたしたちとしては、威月さんを遠ざけたかった。
というのもだ、彼女は普通の少女だからだ。
あたしたちはこれから、人を殺す。
だが、彼女をそれに巻き込むわけにもいかない。
故に、困っている。
威月さんの安全と、仕事の達成を両立させる方法が思いつかないのだ。
「なかなかの難題ですわねェ…………っと」
先行していた鬼陽子さんが立ち止まり、振り返る。
彼女の目は、あたしたちの背後をじっと見据えていた。
「き、鬼陽子さん……?」
彼女につられて、あたしも振り返る。
暗い廊下の先。
そこには、闇の中に浮かぶ無数の眼光と、息遣いがあった。
「きゃっ!?な、なにかいるの……っ!?」
「あの犬たちですわねェ!こいつは参りましたわァ!」
デュエルディスクを展開した鬼陽子さんが、あたしたちの前に踊り出る。
それとほぼ同時に、犬たちの遠吠えが重なり響いた。
闇の中で蠢く犬のようなモノは、ざっと見た感じ10匹近くいるようだ。
そのどれもが敵意に溢れ、今にもアタシ達に襲いかかってきそうだ。
「ベニアさん、威月さん!ここはワタクシが食い止めますわ!」
「食い止めるって……大丈夫なんですか!?」
「多少の怪我は覚悟の上ですわァ!
ここで足止め喰らうよりかはワタクシが囮になるほうが賢明ですわよォ!」
犬たちの1匹が跳ね、ブレードのようなディスクの腕で斬りかかってくる。
それを鬼陽子さんがディスクで受け止め、火花を散らして弾き返した。
「ベニアさん!仕事の達成は貴女に任せますわァ!」
「ま、任せるって、この状況でですか!?」
「ええ!手段は問いませんわ!
ベニアさんは、自らが正しいと思うことを為してくださいなァ!」
「正しいと思うことって……」
「威月さんを連れて逃げても、戦っても、構いませんわ。
ワタクシは貴女の選択を誇りますわよ」
正しいと思うことをしろ。
それは、今のあたしにはたまらなく難しい指示だった。
あたしは、鬼陽子さんや廻理さんたちみたいに賢くない。
経験値だって絶対的に足りていない。
その状態で最適最善を選ぶなんて、到底できるはずがない。
「あらァ?なにを悩んでいますの?」
「だ、だってあたしは……」
「正解を選ぶ必要はありませんわ。
最終的にどうにかなれば問題ありませんもの!」
一度だけ、鬼陽子さんがあたしの方を向く。
「なんだってできますわよ。ワタクシは、貴女を信頼していますもの。
だから、ぶちかましてくださいましッ!」
空色の髪を揺らして、少女は高らかに笑う。
笑って、闇に蠢く獣たちへ突撃する。
「さぁ踊りますわよォ!ド派手にいきますわァァァ!!
ヒャハハハハハハハハッハハァハハァァハハハハハァァッ!!!!」
吼える声が、無数。
それに負けないほどの鬼陽子さんの声が、洋館を揺らす。
高笑いは途絶えない。
いや、きっと途絶えることは絶対にないのだろう。
「ベニアちゃんっ!」
ふと、威月さんがあたしの手を握る。
言葉はなかったが、彼女の目は、あたしになにかを問うようだった。
「…………行きましょう、威月さん」
ここで時間を浪費するわけにはいかない。
ぼうっと突っ立てたら、今戦っている鬼陽子さんにどやされてしまう。
「信濃井を倒して……仕事を達成します……!」
「うんっ!あの虐待おじさんをぶちのめすんだねっ!私も協力するよ!」
「…………いいんですか?」
「だって、私が先に倒さなきゃ、ベニアちゃんが殺しちゃうんでしょ?」
少し、驚いてしまった。
彼女は、あたしたちがどういう存在で、なにをしようとしているのか、理解していたのか。
「恩人に罪は犯させたくないよ。だから、これはレースだよっ!」
手を引いたまま、威月さんが力強く走り始める。
「倒した方がどうするか決めるんだっ!私が勝ったら、牢屋にぶち込むからねっ!」
「……そういうわけには、いきません。
鬼陽子さんに、任されたので……!」
眩しいものを目の当たりにしたような気分になりつつ、あたしもまた足を動かす。
身体能力が低いとか、体力がないとか、そういう言い訳はなしだ。
あたしのすぐ傍にいるライバルを抜かさなきゃ、期待に応えられないのだから。
彼女の手を握り返し、廊下を駆ける。
その心の中には、少しの不安と、確固たる意志があった。
────────────────
洋館内を駆けずり回り、あたしと威月さんは、辿り着く。
1階最奥、無数のディスプレイの明かりが漂う、薄暗い大部屋に。
「ほほう……勇気ある少女が二人、迷い込んで来たようですな」
しゃがれた声で、男が言う。
骨の浮いた、白衣姿の男だ。
初老、という表現がよく似合いそうな、少し老けた顔をしている。
「おまえ、ら……は…………」
そんな男の足元で、か細い声が漏れる。
そこにいたのは、半裸に剥かれた銀髪獣耳の少年。
美しくも扇情的な彼は、肩で息をし、虚ろな目にあたしたちを映す。
「……あなたが、信濃井保磨ですね?」
「ほほほ。えぇ、確かに私はそう呼ばれる者ですが。
して、お嬢さん方。私になにか御用ですかな?」
ちらりと、少年……シルヴィユさんに目を向ける。
水っぽく、不快な臭いが、鼻を掠めた。
「ぶっ殺しにきました」
「これはこれは、苛烈なお嬢さんですなぁ」
闇医者は口元を手で隠し、くつくつと嗤う。
それから彼は、倒れていたシルヴィユさんを強く蹴っ飛ばした。
「ぐぎゃぁっ!?」
「起きなさい、シルヴィユ。出番ですよ」
床を転がり、シルヴィユさんは腹を抑えて、立ち上がる。
目元に浮かぶ涙が、その痛みを雄弁に語っていた。
「なんで貴方は、そんな酷いことができるの……っ!」
「なんで?ほほほ。これはこれは、場違いなほどにお優しいものですな」
「……自分が造った物だから、好きなようにしていい。違いますか?」
「おや、そちらの貴方は話が分かるようだ」
男は口元を歪め、デュエルディスクを展開する。
「シルヴィユは私が造りました。私が材料を調達し、薬物で記憶を抹消し、姿を整え、オプションで耳と尾を付けました」
痩せた男の手が、少年の頭に触れる。
びくんっ、と震える彼を無視して、信濃井は髪を撫でた。
「綺麗でしょう?私にそっちの趣味はなかったのですが、歪まされてしまいましたよ。
そのせいでナカも弄るハメになりましてなぁ。
今のシルヴィユは、そこらの遊女以上の名器に……」
「――――ふざけんなッ!!」
怒号。威月さんが肩を震わせ、男の醜い言葉たちをかき消す。
彼女は砕けそうなほど歯を軋ませ、怒りを露わにしていた。
「このッ、そんなことが、ッ~~~~~~~~~~!!!」
けれど上手く言葉にならなかったのだろう。
威月さんは唸り声を上げるばかりだ。
「ほほほ。本当に可愛らしいお嬢さんですなぁ。
修羅場に慣れておらず、罵倒するのも慣れていない。
お可哀そうに。悪を知らぬ生娘が、なにかの間違いでこんな所に来てしまって……」
初老の男は憐れむように、未だ唸り声を上げる威月さんを眺める。
「……性欲に頭をやられた猿が、インテリぶってほざいてんじゃないですよ」
「おや。なるほど貴方は……地獄を見てきたクチですかな。
その目、その表情は、真性の悪を味わった者のソレですから」
男は口元を手で隠し、クックッと空気の抜けたような笑い声を鳴らす。
上機嫌そうに歪んだ目は、孫を見るみたいに穏やかで、そして気色悪いくらい冷たかった。
「ふぅむ。お嬢さん達はどうしましょうかな。
戯れに犬耳を付けて遊びましょうか?
それか、解体し、解剖し、すり潰し、薬漬けにし、弄んであげましょうか?」
「有情ですね。長生きさせてもらえるなんて。
あたしはすぐに殺しますけど」
「ボコボコにするよッ!そのあとセキュリティに突き出してあげるッ!」
あたしと威月さんも、デュエルディスクを展開する。
殺意と闘志。種類は違うが、強さは変わらなかった。
「ほほほ。勇敢な若者は活力に満ちあふれていて羨ましいですな。
これは私のような老いぼれには骨が折れる……まぁまだ爺というにはまだ若いですが」
信濃井がディスクを展開し、あたしたちに向き直る。
ただ平然と、普通に、当たり前に、流れるように、自然に。
その自然さは、年の功がなす技だろうか。
「シルヴィユ、構えなさい。これは貴方の不始末です。
そこの女を館に連れ、侵入者を見逃したのですからな」
「っ……わかり、ました……センセイ」
「ルールはバトルロイヤルモード。
まとめて遊んでやりましょうかな」
シルヴィユさんも構え、準備が整う。
「……おれは…………おれは……!」
「さぁ、お嬢さん達。蛮勇の対価を払いましょうか」
「ぶっ殺します。仕事のため、信頼のため、そしてあたしの個人的感情のために!」
「ぶっ倒すッ!貴方みたいな悪いヤツは、成敗されなきゃだよッ!」
「「「「――――――
────────────────
「おれのターン……!」
順番は、シルヴィユさん、あのクソ野郎、威月さん、あたしの順。
はじめに、銀髪の少年が怯えながらも動き始める。
「手札の、【
デッキから……【融合】を手札に加える。
それから……【
「
気をつけて、ベニアちゃん!」
「忠告、ありがとうございます……!」
白い兎と、黒い羊が踊る。
それはまるで、供物のよう。
ただ使い潰されるためだけに、贄は召喚される。
「魔法カード、【融合】を発動。
【月光白兎】と【月光黒羊】を融合する……」
シルヴィユさんが手を組むのを合図に、白兎と黒羊が混ざり合う。
渦巻くその色彩は、夜と月の境界面に似て美しく。
そして虚しいほどに儚く、脆かった。
「融合召喚……レベル7……!
帳に踊れ、【
渦から飛び出したのは、赤髪蒼衣の舞踏姫。
猫のようにしなかやで、月光のように艶やかな姫は、主の無聊を慰めるようにステップを踏む。
月光舞猫姫
レベル7/ATK2400
「融合を使いこなしますか……!」
「ほほほ。よく躾けられているでしょう?
私からすれば及第点といったところではありますがな」
「融合素材となって、墓地へ送られた【月光黒羊】の効果で……墓地の【月光白兎】を手札に、加える。
おれは……カードを2枚……いや……3枚伏せてターンエンド」
シルヴィユ
LP:4000
手札:1枚
場:月光舞猫姫
伏せ:3枚
シルヴィユさんがターンを終え、びくびくしながら信濃井を伺う。
「ほほほ。何故私の顔色を伺うのやら。
大方、下手なデュエルをしたら私に折檻されると思っているのでしょうがな」
「貴方が虐待なんてするから……っ」
「虐待をするから?違いますよ心優しいお嬢さん。
怒るポイントがてんで的外れですな」
初老の男は口元を歪め、威月さんに語りかける。
「『シルヴィユの人生を奪い、滅茶苦茶にしたから』。
貴方は、私にそう怒るべきなのですよ」
「……なにを、言って」
「虐待は悪いこと。ええそれは確かですな。
しかし、それは悪事に1つであって根本ではないのですよ」
「なら、諸悪の根源がいけしゃあしゃあとほざいてんじゃないですよ……!」
「そう、それが正解です。
気に食わぬ者は全否定する。
それが正しい憎み方というものですよ」
「どの面下げて……っ!」
「この面ですな」
信濃井は冷笑を浮かべ、デッキに指をかける。
「では、先人として若人にレッスンをつけて差し上げましょう。
授業料はその命……ほほほ、まさしく月並みな表現ですなぁ」
男が落ち着き払った動作でカードを引く。
それはどこまでも自然体で、ここが死線だとさえ感じさせないほどだった。
「私のターン、ドロー。まずは手札の【ガーベージ・オーガ】の効果発動。
このカードを墓地へ送り、デッキから【ガーベージ・ロード】を手札に加えますかな。
続けて魔法カード【ダーク・オカルティズム】で、手札の【ガーベージ・ロード】を捨て、デッキから悪魔族・レベル8モンスター……ここは【ダーク・ネクロフィア】を手札に持ってきますよ」
「……白衣に合わないデッキですね」
「キャラじゃないと思われましたかな?
まぁ確かに、私は闇医者ですからなぁ」
白衣と、周囲を囲むモニターを一瞥し、信濃井は続ける。
「ただ、医者の前はデュエル研究者だったのですよ。
その研究をするのに最初に学んだのはオカルトでしたがね。
デュエルの起源は古代エジプト文明だとか、そんな説もありますからな。
そしてデュエルでは度々、決闘者の精神に呼応した超常現象が発生することもあるのですよ」
腕を広げ、男は嬉々として講釈を垂れる。
「だからこそ、オカルトを学びました。
その次は催眠術と心理学。デュエル歴史学も少々。
またその次は、サイコデュエリストを理解するために、医学と医術も学びましてね。
こうして闇医者として改造手術に携われるようになったのですよ。」
男の笑みが、あたしたちを向く。
その主は白衣の裾を翻し、カードを手に取った。
「人生色々やってみて、私はこれが一番だと判断したまでですよ。
この無法と悪逆と嗜虐が。そして己の知識欲を満たすことがね。
……【魔界発現世行きデスガイド】を召喚し、効果でデッキから【魔サイの戦士】を特殊召喚。
さらに2体のモンスターでオーバーレイ」
信濃井の手を伸ばし、その先で黒い渦が広がる。
2体もモンスターは黒く濁った光体と化し、渦の中へと飲み込まれていく。
「さて、ひとつ力比べといきましょう。
歳を重ね成熟した私が勝つか、勇気と邁進する活力に満ちたお嬢さん達が勝つか。
いきますよ、エクシーズ召喚、ランク3。おいでなさい【彼岸の旅人 ダンテ】」
彼岸の旅人 ダンテ
ランク3/ATK1000
「たかだか攻撃力1000のモンスターで、私たちは倒せないよっ!」
「いえ、まだです威月さん……!ここから仕掛けてきます……!」
「ほほほ。眼帯のお嬢さんの言う通りですなぁ。
【彼岸の旅人 ダンテ】のエクシーズ素材を取り除き、効果発動。
デッキの上から3枚を墓地へ送り、攻撃力を1500アップしますよ」
彼岸の旅人 ダンテ
ATK1000→2500
「これでたかだか攻撃力1000のモンスターではなくなりましたな。
そして墓地へ送られた【魔サイの戦士】の効果で、デッキから【ソウル・シザー】を墓地へ送りますよ。
さぁ、墓地の【ガーベージ・オーガ】、【ガーベージ・ロード】、【魔サイの戦士】を除外。
あのお嬢さん達に苦しみを。おいでなさい【ダーク・ネクロフィア】」
刹那、部屋中に冷たく湿った風が吹く。
まるで悪霊の吐息のような風の発生源には、壊れた人形を抱えた、青いヒトガタの姿。
それは人か、人形か、悪霊か。あるいはそのすべてか。
ただヒトガタは、昏い眼光を覗かせ、佇んでいた。
ダーク・ネクロフィア
レベル8/ATK2200
「なかなかオカルトらしくなってきたでしょう?
いやはや、お嬢さんの言う通り、白衣に似合いませんなぁ」
好々爺といった風に、男は冗談めかして笑ってみせる。
「ではバトルフェイズ。まずは金髪のお嬢さんから壊しましょう
やりなさい、【ダーク・ネクロフィア】【ダンテ】」
次の瞬間には、男は冷酷な目をしていた。
ただ無慈悲に、ゴミの片づけでもするみたいに、信濃井は威月さんに死を下そうとする。
「バトルロイヤルのいいところは、がら空きの相手を一方的に叩けることですなぁ。
ここで息絶えますかな、勇敢なお嬢さん?」
「攻撃力の合計は4700……!?
これが通ったら威月さんは……!」
「通させないよッ!直接攻撃宣言時、手札から【ロックアウト・ガードナー】の効果発動!
このカードを攻撃表示で特殊召喚するよッ!
しかもこの効果で特殊召喚されたこのカードは、このターン戦闘では破壊されないッ!」
ロックアウト・ガードナー
レベル3/ATK1000
「ほほほ。流石に1ターンキルとはいきませんか。
しかし、貴方はサイコデュエルのダメージに耐えられますかな」
ロックアウト・ガードナーが威月さんの盾になる。
だが、それを貫通し、ヒトガタと旅人の魔の手が、彼女の華奢な身体に突き刺さった。
威月
LP:4000→2800→1300
「がぁああぁぁぁぁぁぁああぁっ!?!?」
モンスターが衝突し、威月さんがふっ飛ばされる。
床を転がり、勢いよく壁に叩きつけられ、部屋に鮮血を散らしていく。
「っ、ぐぅ……ぁ、ああ……っ!!」
「い、威月さん!?大丈夫ですか!?」
急いで彼女に駆け寄る。
腹を思い切り殴られ、床と壁に頭をぶつけて出血している。
「ほう、生きていますか。素人さんであれば死んでもおかしくなかったのですがね。
バトルフェイズ終了時、【ダンテ】は自身の効果で守備表示に。
メインフェイズ2、墓地の【ネクロ・ディフェンダー】を除外し効果発動。
自分フィールドのモンスター1体を選択肢、そのモンスターは次の相手エンドフェイズ時まで戦闘では破壊されず、その戦闘で発生するダメージも0になります。
私は【ダンテ】を選択し、耐性を付与しておきますかな。
あとはカードを3枚伏せてターンエンドですよ。」
信濃井
LP:4000
手札:なし
場:ダーク・ネクロフィア
彼岸の旅人 ダンテ
伏せ:3枚
「さて、初めてのサイコデュエルの感想はいかがですかな」
男が、倒れてうずくまる威月さんに語りかける。
けれど彼女は、口をぱくぱくと開閉し、呻くばかりだった。
「ふむ、喋ることもできませんか。
まぁ見たところ肋骨が折れていますからな」
「威月さん……」
不安になって、あたしは威月さんの顔を覗く。
「…………っ!」
そのとき、彼女と目が合った。
火のように燃え滾る、茶色の澄んだ目だ。
「……………………」
「そちらのお嬢さんはいかがです?
もう逃げたいと、泣き言を言っていますかな?」
顔を上げ、信濃井に向き直る。
「言葉はありませんでした。ですが――――」
息を吸って、吐く。
後ろに威月さんを感じて、あたしは闘気を漲らせる。
「――――まだ、威月さんは死んでいません。
命も、精神も……ッ!」
瞳に灯った意志は、消えていない。
彼女は痛みに襲われながらも、まだ折れていなかった。
「ほほほ、それはそれは。一般人にしては肝の座ったお嬢さんですなぁ……」
「その口を閉ざしなさい、信濃井保磨。
貴方なんかが威月さんを語ってんじゃないですよ」
「これは手厳しい。しかし、私が貴方なんかの言うことを素直に聞くとでも?」
「聞かなくていいですよ……あたしが一生、口きけなくしてやりますからッ!
あたしのターン、ドロー!!」
やる気は十分。
カードたちもあたしに応えてくれている。
ならばここで叩き潰し、信濃井の勢いを殺してやろう。
「まずは【ドラコネット】を召喚して効果発動です!
このカードは召喚成功時、デッキからレベル2以下の通常モンスターを呼びます!
来て、【ビットロン】!」
「ほほう、サイバースの使い手ですか。
となると、来ますかな……リンク召喚」
「貴方の予想通りになるのは癪ですが…………【ドラコネット】、【ビットロン】をそれぞれリンクマーカーにセット!」
手を掲げ、藍色の門を二つ、開く。
その中へ2体のモンスターが吸い込まれ、新たモンスターが舞い降りる。
「召喚条件は、どちらもレベル4以下のサイバース族1体!
来て、あたしの信奉者たち!【リンク・ディヴォーティー】、【リンク・ディサイプル】!」
来たるは、電子の信奉者たち。
2体のサイバースはあたしの周囲を踊り、頭を垂れて傅いた。
リンク・ディヴォーティー
リンク1/リンクマーカー:下 ATK500
リンク・ディサイプル
リンク1/リンクマーカー:上 ATK500
「いきなり2体のリンク召喚とは活きがいい。
まだまだリンクモンスターに繋げてきますかな」
「いいえ、ここからはあたしの手順です!
通常魔法【カード・アドバンス】を発動!
デッキトップ5枚を操作し、アドバンス召喚の権利を追加で獲得します!」
これで準備は整った。
あたしは一枚のモンスターを手に、高らかに叫ぶ。
「【リンク・ディヴォーティー】と【リンク・ディサイプル】をリリース!
アドバンス召喚!来て、【デュアル・アセンブルム】!!」
2体の信奉者がノイズとなり、やがて紅蒼の竜の姿を形作る。
竜は電影の翼で羽ばたき、薄暗い部屋に咆哮を轟かせた。
デュアル・アセンブルム
レベル8/ATK2800
「アドバンス召喚とは……なるほど、貴方にはセオリーが通じなさそうですな。
1体出した程度では、終わらないでしょうしねぇ」
「当然です!リリースされた【リンク・ディヴォーティー】の効果で、リンクトークンが2体生成します!
さらに【デュアル・アセンブルム】の効果発動!
手札を1枚除外し、【ダーク・ネクロフィア】を除外です!」
アセンブルムの両翼から、紅と蒼の光が走る。
光の軌跡は雷のように、眩い破壊を伴って、ネクロフィアを貫く。
「的確にネクロフィアを除外してきましたな。
ネクロフィアの効果を知っていたのか……はたまた、危機察知に長けているのか」
「通常魔法【アドバンス・ドロー】を発動!
【デュアル・アセンブルム】をリリースし、2枚ドローします!」
「ここで2ドローとは。やれやれ、デッキトップが操作済みである以上、展開は止まりそうにありませんなぁ」
「余裕そうですね……!【冥界の宝札】と【
通常召喚権を追加で獲得し、リンクトークン2体をリリース!
アドバンス召喚!【Kozmo―ダークシミター】!」
天井を埋め尽くし、頑健な装甲に包まれた艦が抜錨する。
宇宙駆けるダークシミター。その砲塔が、初老の男を睨んだ。
「アドバンス召喚成功時、【冥界の宝札】の効果で2枚ドロー!
そして【Kozmo―ダークシミター】は召喚に成功した場合、フィールドのモンスター1体を破壊します!
【彼岸の旅人ダンテ】を撃ち抜いて!」
「させませんよ。やりなさい、シルヴィユ」
「っ……リバースカード、発動……。
カウンタートラップ……【畳返し】」
ダークシミターの艦砲がダンテを貫く、その前に。
操り人形みたいに、シルヴィユさんが反応した。
「召喚成功時に、発動する効果モンスターの効果の発動を……無効にして、破壊する……。
【ダークシミター】を……破壊、する……」
「無効化されましたか……ですが!【ダークシミター】の効果発動!
このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合、墓地のこのカードを除外し、デッキからレベル7以下の【Kozmo】を特殊召喚します!
来て、【Kozmo―フォアランナー】!!」
破壊されたダークシミターの残骸を縫い、艦が増援に駆けつける。
Kozmo―フォアランナー
レベル7/ATK2800
「…………人形みたいなデュエルをするんですね、シルヴィユさん」
問いかけてみたが、銀髪の少年からの声はなかった。
あるいはその怯え切った沈黙こそが、彼からの返答か。
「……バトルフェイズに移行。
ダンテは破壊できませんから……行きます。
【Kozmo―フォアランナー】で、【月光舞猫姫】を攻撃です……!」
「っ、トラップ発――――」
「やめなさいシルヴィユ。
ここは大人しく喰らいなさい」
シルヴィユさんがカードを発動させる前に、信濃井が待ったをかける。
その一言で彼は動きを止め、その隙に艦から無数のミサイルが降り注いだ。
シルヴィユ
LP:4000→3600
シルヴィユさんには、傷を負わせるつもりはない。
狙いを絞ったミサイルは、器用にも舞猫姫だけに着弾し、爆ぜた。
「くっ……【舞猫姫】は……戦闘では、破壊されない……!」
「耐性持ちでしたか……。
ですが、ダメージを与えられただけ良しとします」
爆煙から舞猫姫が飛び出し、猫のように優雅に着地する。
そして舞猫姫は何事もなかったかのように、シルヴィユさんに微笑みかけた。
「メインフェイズ2。永続魔法【アドバンス・ゾーン】を発動し、カードを1枚伏せてエンドフェイズです。
【アドバンス・ゾーン】の効果発動。このカードは、あたしがモンスターのアドバンス召喚のためにリリースしたモンスターの数に応じ、効果が適用されます。
まずは、相手フィールド上にセットされたカードを1枚選んで破壊します。
信濃井保磨、貴方の伏せカード1枚を破壊です……!」
「こちらを狙ってきましたか。ならば破壊される前に発動してしまいましょうかな。
【大欲な壺】を発動。除外されているカード3枚をデッキに戻し、1枚ドローします。
【ダーク・ネクロフィア】と【魔サイの戦士】、あとはお嬢さんが除外したカードをデッキに戻し、1枚ドローしますよ」
「上手く避けましたか……!
【アドバンス・ゾーン】の第二、第三の効果により、デッキからドローし、墓地から【ドラコネット】を手札に加えます!
これで、あたしはターンエンドです……!」
ベニア
LP:4000
手札:2枚
場:Kozmo―フォアランナー
伏せ:1枚
魔法・罠:冥界の宝札
アドバンス・ゾーン
成果としては、微々たるものか。
自身のターンを振り返り、そう評価する。
「すいません……お願いしても、いいでしょうか」
背を向けたまま、そっと語りかける。
自分は不甲斐ないヤツだ。
本来あたしが、いっぱい頑張って、戦わないといけないのに。
なのにあたしは、頼ってばっかりだ。
「……もっと追い詰めたかったのですが、貴方に、お任せしないといけなくなっちゃいました」
衣擦れの音が、背後から聞こえた。
「頼みました――――威月さん」
「――――頼まれたよ、ベニアちゃんッ!!」
よく通る彼女の声が、暗い部屋に轟く。
地に倒れ、けれど痛みに負けず立ち上がった威月さんは、そのままの勢いでターンを始めた。
「これは、これは……驚きましたな。
よもや紛れ込んだ一般人が、重傷を負ってなお立ち上がるとは」
これには男も驚いたらしく、信濃井は信じられないモノを見たように目を丸くしていた。
そんな男に向けて、威月さんはビシッ、と人差し指を差す。
「最初に、言ったはずだよ……っ!ボコボコにしてあげるって!
だから、寝てなんかいられないよッ!
私のターン、ドローッ!!」
威月さんの息は荒く、時々咳き込んでいる。
肋骨が折れているのだ。当然、彼女は激痛に襲われているはず。
なのに、彼女はその2本の足で立ち、堂々とカードを引く。
「いっ、くよぉッ!私は手札から、【マテリアクトル・ギガドラ】を召喚ッ!」
燃えるように蒼い翼膜の竜が、威月さんの前に現れる。
竜は地を這うように伏せ、主に害する者を射殺さんばかりに睨む。
マテリアクトル・ギガドラ
レベル3/ATK1000
「【ギガドラ】は手札を1枚捨てることで、デッキからレベル3通常モンスター1体を呼ぶよッ!
これにより私は、デッキから【ハウンド・ドラゴン】を特殊召喚ッ!」
ギガドラが叫び、それに応えて鋭利な黒竜が飛来する。
威月さんと並んだ竜は、刃の顎を軋ませて唸り声を漏らした。
ハウンド・ドラゴン
レベル3/ATK1700
「まだまだぁ!【ギガドラ】の効果で墓地へ送った【アームド・ドラゴン・サンダー LV3】の効果でデッキから1枚ドローッ!
マジックカード【馬の骨の対価】を発動!【ハウンド・ドラゴン】を墓地へ送り、2枚ドローだよッ!」
墓地からは雷纏う竜が、場からは鋭利な黒竜が、威月さんにカードを与えて消えていく。
彼女はカードを受け取り、小さく「ありがとう」と呟いて、去りゆく竜たちを見送った。
「手札を増強しましたか。
ほほほ、いいカードは引けましたかな?」
「……5枚だ」
「はい?」
威月さんが顔を伏せ、呟く。
「5枚。5枚あれば、十分……ッ!
この5枚の力で、ぶっ倒すよッ!」
面を上げ、威月さんは手を前へと伸ばす。
そのさきでは、地面に渦巻く暗闇が展開されていた。
「ぶちかますよッ!【マテリアクトル・ギガドラ】と【ロックアウト・ガードナー】でオーバーレイッ!」
2体のモンスターが頷き合い、意気揚々と黒渦へ飛び込む。
すると闇はより強く、より深く渦を巻き始める。
「原質の竜よ、炉の渦より浮上し、無尽の力をここに灯せッ!
エクシーズ召喚、ランク3ッ!!」
渦の中心から、白い線が昇り上がる。
いや、それは線というには太く強靭で、獰猛だった。
その白は、竜の外殻。
どこまでも続く線のように、長く、長く伸びた竜が、吼える。
「円環に巣食え――――【マテリアクトル・ギガヴォロス】ッ!!」
天から、咆哮が薄闇を震わせる。
見上げればそこには、恐ろしい形相の竜が大口を開けていた。
その竜はやがて重力に従い頭を下ろし、とぐろを巻いてあたしと威月さんを隠す。
それはまるで、あたしたちを守るように、竜は――――ギガヴォロスは、外敵に立ち塞がる。
マテリアクトル・ギガヴォロス
ランク3/ATK500
「これが……威月さんのモンスター……」
「うんっ。私の、一番のお気に入りだよっ」
ギガヴォロスのとぐろの中で、威月さんが微笑みかける。
その自慢げな表情からは、このモンスターへの信頼が感じ取れた。
「【マテリアクトル・ギガヴォロス】の攻守は、手札の数かける500アップするっ。
私の手札の数は、5枚ッ!よって攻撃力は2500アップするよッ!」
マテリアクトル・ギガヴォロス
ATK500→3000
「さぁ、バトルフェイズだッ!
ダンテを攻撃……したいけど、ここは少しでもダメージを与えさせてもらうよッ!」
威月さんが指を差し、ギガヴォロスに標的を示す。
「…………おれ、か」
その先には、シルヴィユさんの姿。
銀の獣耳を垂らした彼は、虚ろな瞳でそれを受け入れる。
「あんまり貴方を攻撃したくはないけど……ッ」
「……いい。それが、最善だってことは……分かってる。
やるなら……さっさと、やれ」
威月さんは一度だけ目を瞑り、深呼吸をした。
それから彼女は、ギガヴォロスに命令を下す。
「いくよ。【マテリアクトル・ギガヴォロス】で【月光舞猫姫】を攻撃ッ!」
ギガヴォロスが大口を開け、口内に橙色の光球を形成する。
眩い光を放つそれは、高熱量のエネルギー球。
踊り舞う猫姫を蒸発させんと、竜は狙いを定める。
「シルヴィユ、使いなさい」
「……トラップ発動。【エナジードレイン】。
攻撃力を、相手の手札の枚数かける200ポイントアップする……」
「これで【月光舞猫姫】の攻撃力は【ギガヴォロス】を超えますな。
いやはや残念残念。お嬢さんの負けですよ」
「いいや、私は負けないッ!
速攻魔法発動!【コンセントレイト】ッ!
【ギガヴォロス】の攻撃力は、ターン終了時までその守備力分アップする!」
「おっと……やられましたな」
「【ギガヴォロス】の守備力も手札の枚数だけアップするッ!
よって【コンセントレイト】による上昇値は2500!!」
マテリアクトル・ギガヴォロス
ATK5000
舞猫姫が力を漲らせる、その向こう側。
相対したギガヴォロスが、舞猫姫よりも強く、眩く、その力を励起させていた。
「いっけぇぇ!マテリアクトル・ギガヴォロスゥゥッ!!」
原質の火が解き放たれ、一筋の閃光となって舞猫姫を焼き焦がす。
舞猫姫は効果により破壊されることはない。
だが、その閃光の余波は衝撃となり、暗い室内に爆発という明かりをもたらした。
シルヴィユ
LP:3600→1800
「くっ……【舞猫姫】は戦闘では破壊されない……」
「問題ないよッ!メインフェイズ2!
マジックカード【黙する死者】を発動!
墓地の【ハウンド・ドラゴン】を守備表示で特殊召喚だよッ!」
ハウンド・ドラゴン
レベル3/ATK1700
「さらに【ドラゴニック・タクティクス】を発動ッ!
【ギガヴォロス】と【ハウンド・ドラゴン】をリリースし、デッキからレベル8ドラゴン族【トライホーン・ドラゴン】を特殊召喚するッ!」
トライホーン・ドラゴン
レベル8/2850
「……理解、できない」
ぽつりと、シルヴィユさんが独りごちる。
その疑問の矛先には、威月さんがいた。
「なぜ……戦う?お前は、痛くないのか……?」
「痛いかどうかって?そんなの、決まってるよ」
床を踏みしめ、背筋を伸ばし、威月さんは答える。
「めちゃくちゃ痛いよ」
「……なら、なぜ」
「やせ我慢だよっ……ケホッ!」
内蔵から上がってきた血を、威月さんは咳と共に吐き出す。
薄汚れた裾で赤い口元を拭う彼女の膝は、震えていた。
「今も、胸のあたりが痛いし、死んじゃうんじゃないかって思うし。
……逃げ出したいくらい、怖い」
それでも、と。
彼女は震える足で、真っ直ぐに立つ。
「それでも私は、人に誇れる私でありたいッ。
だから、頑張るんだよッ!」
そう言い切った彼女に、少年は何を思っただろうか。
シルヴィユさんは目を伏せ、唇を噛むばかりだ。
「ほほほ……とんだ
これは、有象無象と思えば喰われますなぁ」
威月さんの言葉に、信濃井の目の色が変わる。
それは破里潟威月という人物を、ただの少女から明確な敵と認めたことを物語っていた。
「再開するよ。永続魔法【凡骨の意地】を発動し、カードを1枚伏せてエンドフェイズ!
その瞬間に速攻魔法【超再生能力】を発動ッ!デッキから3枚ドローしてターンエンドッ!」
威月
LP:1300
手札:3枚
場:トライホーン・ドラゴン
伏せ:1枚
魔法・罠:凡骨の意地
「【マテリアクトル・ギガヴォロス】をエースとした、火力極振りのデッキ。
かと思えば自身の切り札を躊躇なくリリースする戦術も取れるとは。
それで手札も残して……いやぁ、厄介ですなぁ」
信濃井が顎に手を当て、先程の威月さんの動きを分析する。
「そちらの眼帯のお嬢さんも、セオリーが通じない異様なデッキ。
アドバンス召喚を主軸とした物量火力、といったところですかな。
これも隙を見せれば押し潰されかねない驚異ですな」
「…………うだうだと」
――――ドンッ!
突如、あたしの背後から硬いものを叩くような、重い音が響いた。
それは、閉ざされた扉の向こうから、思いっきり拳を叩きつけるような。
ノックというには乱暴すぎる音だった。
「あぁ、丁度到着したようですなぁ」
「これは、一体……」
「増援ですよ。あの犬たちを呼び寄せてましてね」
「犬?なんでそんなことをっ」
「お嬢さんたちを殺すためですよ」
あたしたちの問に、信濃井は薄ら笑いで返す。
「何故私はバトルロイヤルルールを指定したのか?
ええ、このためですよ。後から増援を乱入させ、お嬢さんたちを確実に殺すためです」
「なっ!?」
扉から鳴る乱暴なノックは、徐々に勢いを増していく。
もはや打撃とでもいうべきその音は、死を告げるドラムロールか。
「あの犬にもデュエルは仕込んでおりますからな。
お嬢さんたちは犬に群がられ、数の暴力により無惨に死に逝くことになりますなぁ」
「私たちと戦うのが、そんなに怖いの……!」
「じゃあそうですなぁ。怖いので、安全策を取ったということで」
「とんだクズですね……!」
「ほほほ。老害ですゆえ。
若者の相手は、元気な獣にお任せしましょう」
扉がひしゃげ、こじ開けられていく。
ノックの主が、部屋に入り込もうとしている。
「さぁ、私が改造したキメラたち。
憐れなる少女たちを取り囲み、貪り殺してしまいなさい」
信濃井が口角を釣り上げる。
シルヴィユさんは、ただ暗い瞳を伏せる。
あたしと威月さんは、扉の先を見つめ、唾を飲み込む。
――やるしかない。
そう覚悟を決めたそのとき。
扉が、轟音と共に蹴り破られた。
「ヒャァハハハハハハハハハァハハッ!!!
おまたせいたしましたわァ!!」
蹴破られた扉の先、薄闇の中から現れたのは、犬ではなかった。
それは、透き通るような空色の髪の、可憐で過激な少女。
「あらァ!やってるじゃぁありませんか!!
ワタクシも混ぜてくださいませ!!」
獰猛に笑う少女の腕から、デュエルディスクの電子音が鳴る。
――乱入ペナルティ、2000ダメージ。
「ヒャハハハァ!!痛いですわァ!ですが戦えるなら結構!!」
かくして彼女は、カードを引く。
増援。確かに増援だった。
けれどそれは、信濃井のじゃない。
「田中鬼陽子!!増援に駆けつけましたわァァッ!!!!」
空色の少女――鬼陽子さんは、高らかに笑った。
田中鬼陽子
LP:4000→2000