※この作品はR-18です。

遊戯王Cruel 猟奇的殺人デュエルと少年少女の破綻   作:胡麻野すり子

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 大変お待たせいたしました……!
 38話、始まります!


第38話 月下戦2――鬼人のドレスコード

 

 

「き、鬼陽子さん……!どうしてここに……!?」

 

 扉をぶち破って乱入してきた鬼陽子さんに、あたしは聞かずにはいられなかった。

 彼女は、犬の群れに襲われた際、足止めのために残ってくれていたはずだ。

 それがどうして、今ここにいるのか。

 

「ちょっぱやで全員倒して来ましたわァ!!」

 

 あまりにもストロングすぎる返答だった。

 

「10匹は向かわせたはずですがなぁ……」

 

 これには信濃井も困った様子で、男はどこか呆然と鬼陽子さんを眺めている。

 

「さて、状況はあちらが多少優勢、といったところでしょうか?」

 

「す、すいません。あたしが、不甲斐ないばかりに……」

 

「私も、もっとカッコイイとこ、見せたかったけど……ッ」

 

「まぁ!謝る必要はありませんわ!

 むしろ、ベニアさんと威月さんは、よく持ちこたえたと称賛されるべきですわよ!」

 

 優しく笑いかけてくれる鬼陽子さん。

 だが次の瞬間、彼女は笑みの中に確かな鋭さを滲ませる。

 

「さて、ワタクシの尊敬する先輩方の教えに従うなら、

 仲間や友達を傷つけたヤツは即刻ぶちのめす必要がありますわねェ」

 

「ほほほ。なんとも元気のいい。

 世間は若者の無気力を嘆いておりますが、いやはやアテになりませんな」

 

 クク、としゃがれた声を漏らす初老の男。

 それに鬼陽子さんは、盛大な笑い声をぶつける。

 

「ヒャァーハハハハハッ!!でしたら若者に付き合ってくださいませ!おじさまァ!!」

 

 空色の髪を揺らし、鬼陽子さんが威勢よく動き始める。

 

「ワタクシのタァーン、ドロー!

 まずは入場ですわよォ!ワタクシは手札から【剛鬼スープレックス】を通常召喚!」

 

 意気揚々と登場するのは、蒼い鬼。

 あるいは格闘家のようなソレは、屈強な肉体を漲らせ、雄叫びを上げる。

 

 剛鬼スープレックス

 レベル4/ATK1800

 

「召喚に成功した【スープレックス】は手札から新たな【剛鬼】を呼びますわァ!

 お出でなさい!【剛鬼ツイストコブラ】を特殊召喚!」

 

 剛鬼ツイストコブラ

 レベル4/ATK1600

 

 続けて登場したのは、蛇のようにしなやかな緑鬼。

 ツイストコブラとスープレックスは隣り合い、腕を組んで不敵な姿を見せる。

 

「さぁ!ぶちかましますわよォ!

 【スープレックス】と【ツイストコブラ】をリンクマーカーにセットォ!!」

 

 高らかに天を指す鬼陽子さん。

 ピンと伸びた人差し指の延長線上には、幾何学模様の藍色の門。

 

「召喚条件は剛鬼モンスター2体!リンク召喚、リンク2ィ!

 飛翔轟け!【剛鬼ジェット・オーガ】!」

 

 2体の鬼が門に飛び込み、入れ替わるように新たな鬼が飛び出す。

 その鬼は背負ったジェットパックで悠々と飛翔し、手にした刃を白衣の男に向けた。

 

 剛鬼ジェット・オーガ

 リンク2/ATK2000/リンクマーカー:左 下

 

「剛鬼はダウンしたとき、新たな鬼を手札に呼び込みますわァ!

 【スープレックス】と【ツイストコブラ】の効果発動!フィールドから墓地へ送られた場合、デッキから剛鬼カード1枚を手札に持ってきます!

 【剛鬼再戦】と【剛鬼ライジングスコーピオ】を手札に加えますわ!!」

 

「であれば、私もあやからせてもらいましょう。

 速攻魔法【相乗り】を発動。このターン、相手がドロー以外でデッキ・墓地からカードを手札に加えるたびに、私もドローさせていただきますぞ」

 

「ヒャハァ!中々に抜け目ないではありませんこと!

 伊達に歳を重ねているわけではないようですわねェ!」

 

「ほほほ。老獪と嘲ってくれて結構ですよ。

 なに、私のような小悪党は、手癖の悪さと悪知恵がなければ生きていけませんからなぁ」

 

「あらァ!最高に厄介ですわねェ!謙虚な老兵の手強さは、ワタクシ理解しておりますわよォ!」

 

 クク、としゃがれた声を漏らす初老の男。

 その姿だけを見れば、彼はその辺にいる気さくなお爺さんのようだ。

 

「貴方の人生には、興味がありますわ。

 一体何年、この世界にいらっしゃるのかしら?

 10年?20年?それとも……もっと?」

 

「ほほほ。40年、と言っても信じてもらえますかな?

 もっとも、その時間の大半は目立たぬように隠れ、無為に生き延びる時間でしたがね」

 

「これはこれは……とんだ強者(つわもの)がいたものですわね」

 

 鬼陽子さんがため息をつき、手で顔を隠す。

 

「死と狂気の裏デュエル界で長年生きているということは、それだけの強さがあるということ。

 それが逃げ足の早さか、危機察知能力の高さか、単純な強さかは分かりませんが……」

 

 彼女の瞳が、白衣の男を捉える。

 その男……信濃井保磨は、老いた顔に薄い笑みを浮かべていた。

 

「死神の鎌に追いつかれず、このお歳まで生存している時点で、十分な化け物であることは確かですわね」

 

「ほほほ……褒めていただけるのは嬉しいですが、私を化け物と呼ぶのは過大評価ですな。

 本(・)当(・)の(・)化(・)け(・)物(・)ども――――例えば『悪夢想』、例えば『薬女帝』。

 そういう死と狂気の化身にこそ、化け物の名は冠されるのですから」

 

「過信のひとつでもしてくだされば殺りやすいのですけれど……本当、ベテランは手強くていただけませんわね」

 

 笑う鬼陽子さんだが、その表情は微かに強張っている。

 それは、目の前に立ち塞がる男を、明確に脅威と認識しているようで。

 

 ……あの男は、そんなにも強いのだろうか?

 あたしには、なにも感じない。

 かつて遭遇した連続殺人鬼のような獰猛さも、あのクソ執事のような死臭も。

 そしてあの最逝悦刃のような悪意も、感じないのだ。

 

 いや、感じさせていない――?

 

「ッ!?」

 

 そこまで気づいて、冷や汗が吹き出す。

 脅威を感じない。強さを隠せる。

 それは、手練にしかできない芸当だ。

 つまりコイツは……あたしが思っている以上に、強い。

 

「さて、どうしますかな?元気なお嬢さん。

 怖気づいてサレンダーしてくださると、私としては楽なのですがなぁ」

 

「ヒャハハハァ!そんなの決まっていますわァ!」

 

 鬼陽子さんが天高くカードを掲げ、哄笑を轟かせる。

 

「ワタクシの人生には!基本的に前進以外の選択肢はありませんのよォォ!!

 マジックカード【剛鬼再戦】を発動!墓地からレベルの異なる剛鬼2体を守備表示で特殊召喚しますわァ!

 今再びリングイン!【スープレックス】と【ツイストコブラ】を蘇生ェ!」

 

 どこからかゴングの音を引き連れて、2体の鬼が現れる。

 そして鬼のうちの1体、スープレックスは、対峙した悪霊の群れへと走り出す。

 

「【剛鬼ジェット・オーガ】の効果発動ですわ!

 自分フィールドの剛鬼1枚を破壊し、フィールドのモンスター全てを攻撃表示に!

 【スープレックス】を破壊し、モンスターを攻撃表示(ぶん殴れる状態)にしますわァ!」

 

「……守備表示のダンテが、攻撃表示にされましたか」

 

「ヒャァハハハハァ!行きますわよォ!

 【ジェット・オーガ】と【ツイストコブラ】をリンクマーカーにセット!

 召喚条件は剛鬼モンスター2体以上ォ!」

 

 再び開かれた藍色の門に、蒼い鬼と飛翔する鬼が飛び込む。

 それは、新たなるモンスターを呼ぶ合図。

 

「鬼が奔るは稲光!決闘のリングで猛り、鮮烈なる闘志で燃え上がれ!」

 

 雷光が一閃。

 その閃光に眩んだ視界の中に、鬼が1つ。

 

「リンク召喚!リンク3!雷電轟け!【剛鬼サンダー・オーガ】!」

 

 その鬼は、雷のように鮮やかで、苛烈。

 痺れるような闘気を迸らせ、屈強な肉体を隆起させる。

 そして鬼……サンダー・オーガは、開戦を告げる雄叫びを上げた。

 

 剛鬼サンダー・オーガ

 リンク3/ATK2200/リンクマーカー:上 左下 右下

 

「まだまだァ!【ジェット・オーガ】の効果発動!

 このカードはフィールドから墓地へ送られた場合、自分フィールドの全ての剛鬼の攻撃力をターン終了時まで500アップさせますわァ!」

 

 剛鬼サンダー・オーガ

 ATK2200→2700

 

「さらに【サンダー・オーガ】がモンスターゾーンに存在する限り、ターンプレイヤーは自分メインフェイズに、通常召喚に加えて、このカードのリンク先にモンスター1体を召喚できますの!

 これにより、ワタクシは手札から【ライジングスコーピオ】を召喚しますわァ!

 このカードは自分フィールドに剛鬼モンスターしか存在しない場合、リリースなしで召喚できますわよォ!」

 

 剛鬼ライジングスコーピオ

 レベル5/ATK2300

 

「プロレスはエンタメですが……ワタクシのは暴力ですわよォ!!死になさァーい!!

 【剛鬼サンダー・オーガ】で、【彼岸の旅人 ダンテ】を攻撃ィィ!!」

 

「やらせませんとも。トラップカード【ガード・ブロック】を発動。

 この戦闘で発生するダメージを0にし、自分はデッキから1枚ドローしますぞ」

 

 雷纏う鬼が突貫し、旅人を殴り倒す。

 その勢いのまま、サンダー・オーガは白衣の男にラリアットをかまそうとするが、鬼の一撃は寸前のところで止められてしまった。

 

「さらに【ダンテ】が破壊された瞬間、墓地の【ソウル・シザー】の効果発動。このカードを特殊召喚しますよ。

 そしてこのカードは墓地から特殊召喚に成功した場合、相手フィールドのモンスター1体を破壊できましてな。【ライジングスコーピオ】を破壊しますぞ」

 

「チィ!やりますわねェ!【サンダー・オーガ】の効果発動!

 リンク先のモンスターが戦闘・効果で破壊された場合、このカードの攻撃力を400アップしますわァ!」

 

 墓地より現れた巨大なハサミが、ライジングスコーピオを切り刻む。

 ただし、剛鬼はタダでは倒れない。

 仲間のダウンを引き金に、サンダー・オーガは力を漲らせる。

 

「ここは前進ではなく一時撤退がベター!ワタクシ柔軟でしてよォ!

 メインフェイズ2に移行し、カードを1枚伏せてターンエンドですわァ!」

 

 

 鬼陽子

 LP:2000

 手札:3枚

 場:剛鬼サンダー・オーガ

 伏せ:1枚

 

 

「ほほほ。勇ましく駆けつけて1ダメージも与えられなかった気分はどうですかな?」

 

「キェェーー!!ワタクシが気にしていることをォーー!!」

 

「だ、大丈夫ですよ、鬼陽子さん……!

 頼もしさは、ええと……100倍です……!」

 

「そうだよっ!数的優位を罵った手前大きな声では言えないけど、増援はやっぱ嬉しいし……っ」

 

「ベニアさん……威月さん……!ありがとうございます!

 その優しさに、ワタクシ感激いたしましたわァ!」

 

「最近の若者はなんだか怖いですなぁ」

 

 あたしたちが手を取り合い、絆を感じてキャッキャしている向こう側で、信濃井は呆れたように肩をすくめる。

 

「あまり長く付き合うべき人種ではなさそうだ。

 さっさと始末なさい、シルヴィユ」

 

「っ…………はい、センセイ」

 

 男の声に、銀獣の少年はびくりと震える。

 それからシルヴィユさんは、酷く沈んだ面持ちで、ターンを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 おれは――シルヴィユと呼ばれているおれは、想う。

 

 おれには、自分というモノがない。

 正確には、自分を形作るための過去が、その積み重ねが存在しない。

 

 センセイ、信濃井保磨の手で、おれは記憶を消された、らしい。

 今のおれの顔や姿は、整形されたもの、らしい。

 

 つまりは、分からないのだ。

 おれの元々のカタチや、元々の人格が。

 

(おれは……なんだったのだろうか)

 

 ふと、目の前で繰り広げられる少女たちの掛け合いを眺めて、そんなことを思った。

 おれにも、彼女たちのように笑い合える友がいたのだろうか?

 いたとしたら、おれはなにを話したのだろうか?

 考えたところで、思い出せることはなにもない。

 

 おれという虚飾と虚無にあるのは、重苦しい痛みだけだ。

 黒く粘りつくようなその感情の中に、忘却した過去はどこにもない。

 

「さっさと始末なさい、シルヴィユ」

 

 しゃがれたその声に、おれの心臓が冷たく震えた。

 惨めだ。おれは、恐怖に屈している。

 

「っ…………はい、センセイ」

 

 それが分かってなお、おれの口から出てくるのは、屈服の言葉だ。

 クソ。クソだ。おれは、クソだ。

 分かってる。だが、胸の中で並べ立てる自虐は、ただ言い訳だ。

 本当におれが、おれのことをクソだと思うのなら――――おれは今すぐ、この信濃井という存在に抗わねばならないのに。

 

「おれのターン、ドロー……。【強欲で貪欲な壺】を発動。

 デッキトップ10枚を裏側で除外し、2枚ドロー……」

 

 おれがなにを考えていようが関係なく、指先は勝手にデュエルを進める。

 これも信濃井に仕込まれたものだ。

 きっと、元々のおれは、こんなデュエルを知らなかっただろう。

 

「……【月光白兎】を通常召喚し……効果で墓地の【月光黒羊】を特殊召喚」

 

 兎が跳ねて、羊が控える。

 こいつらは、生贄だ。

 おれにはお似合い……いや、こいつらのほうが、上等か。

 

 くだらない考えを胸中で嗤う。

 どうでもいい。なにもしようとしないおれは、なにも考えるべきではない。

 おれは思考を消して、カードを発動しようとする。

 

「……苦しそうですね、シルヴィユさん」

 

 やけに耳に響く、静かな声だった。

 眼帯の少女……たしかベニアといったか。

 彼女は真っ直ぐにおれを見つめ、そう言った。

 

「苦しそう…………だと?」

 

「貴方、したいことが出来ていない感じで……苦しそうです」

 

 ベニアの目には、なにもない。

 憐れみもない、侮蔑もない、優越もない。

 ただあるがままに、おれを映しているようだった。

 

「それが、なんだ」

 

「今の貴方、全然ハッピーじゃないでしょう?」

 

 当たり前だろう。これのどこが幸せだというのだ。

 おれはベニアの発言に、血が上るような感覚を覚えた。

 八つ当たりだ。分かっている。

 だが、おれは、この悪感情が溢れるのを、止められなかった。

 

「ハッピーじゃない?当然だろ……。

 こんなこと……おれは、望んでない……!」

 

 ひとつ、口から出てしまえば、もう抑えられない。

 心の中に沈んでいた、黒いドロドロしたものが、おれの意志を離れて吐き出されていく。

 

「おれは、こんなのじゃなかった……!こんな、姿じゃなかった……!

 ああ、そうだ、おれは、かつてのおれは……幸せだった、はずなんだ……!」

 

「シルヴィユ、黙りなさ――」

 

「黙るのはお前のほうだよッ!」

 

 威月と呼ばれた少女が吠え、三つ角の竜が信濃井に飛びかかる。

 竜が男を傷つけることは出来なかったが、黙らせるにはそれで十分だった。

 

「だがおれは……今のおれは、どうすればいいって言うんだ?

 おれには、なにもない……おれの全ては失われてしまった」

 

 顔を両手で覆う。整形された作り物の顔だ。

 おぞましくて、頭を抱える。取り付けられて獣耳が触れた。

 その感触が、それがあるということが、たまらなく、気持ち悪い。

 

「おれにあるのは、虐待の痛みと、気持ち悪さだけだ。

 それ以外には、なにもない。

 ないから……不幸せで苦しくても……それ以外の生き方が、出来ないんだよ」

 

 幸せじゃないのは、分かっている。

 おれだって、変わってくれるなら変わってほしい。

 でも、変え方が分からない。

 全てを失ったおれの中には、その手段が残されていなかった。

 

「なぁ、おれはどうすればいい?どうすれば、クソなおれは、どうにかなる?」

 

「それは…………」

 

 ベニアが答えに窮する。

 彼女は口をもごもごと動かすだけで、なにも言わない。

 

「失礼。言葉を引き継がせていただきますわ」

 

 答えがなく、一瞬場が静まったそのとき。

 隣で静観していた空色の髪の少女……鬼陽子が、代わりに続ける。

 

「もし、貴方が貴方を嫌っているのなら、それは不要なことですわよ。

 だって人は、他者から与えられた言葉や対応によって、自分を作るのですもの」

 

 鬼陽子の声は澄んでいて、よく通る。

 そんな声が、おれの鼓膜を震わせてきた。

 

「貴方が与えられてきたのは、苦しみだけなのでしょう?

 ならば……そうなるように作られた貴方に、非はありませんわ」

 

「作られた……ああそうかもな。じゃあなんだ、どうしようもないっていうのか?

 おれは、クソのまま……クソみたいに生きるしかないってことか」

 

「いいえ。今からいくらでも、最高の貴方になれる、ってことですわよ」

 

 自嘲するおれに対して、鬼陽子は自信ありげな笑みをみせる。

 

「今の貴方は、窮屈で似合わないドレスを着せられているようなもの。

 だからまずは、その不格好なドレスをワタクシ達が剥ぎ取りますわ」

 

 彼女の笑顔は、明るくて、頼もしい。

 幸せ者の顔だ。強者の顔だ。

 おれとは違う存在の、顔じゃないか。

 

「その後に、貴方は超最高な自分になってしまえばいいですわ」

 

「……なれると、思っているのか」

 

「ええ。必ず」

 

 そう言い切れるのは、お前が強いからだ。

 おれと同じ立場になったとき、お前は同じように言い切れるか。

 少なくともおれは、“不可能”だと断じた。

 

「シルヴィユ。そろそろデュエルを続けなさい」

 

 おれをこんな風にした男が、命令を下す。

 やりたくはない。だが、やらないという選択肢は、おれの中にはやはり残っていなかった。

 

「…………【置換融合】を発動。

 おれは、【月光舞猫姫】と【月光黒羊】を融合する……ッ」

 

 舞猫姫と黒羊が月光に溶け、混ざり合う。

 やがて2体は完全にカタチを失い、別物に変わりゆく。

 

「融合召喚、レベル8……!

 闇夜に踊れ、【月光舞豹姫(ムーンライト・パンサー・ダンサー)】……!」

 

 生み落とされたのは、豹の耳と尾を持つ獣人。

 舞豹姫は布を靡かせ、ステップを踏む。

 

 月光舞豹姫

 レベル8/ATK2800

 

「墓地の【置換融合】の効果発動……!

 このカードを除外し、墓地の【月光舞猫姫】をEXデッキに戻して1枚ドローする……!

 そして……【舞豹姫】の効果、発動……ッ!」

 

 一度だけ、舞豹姫が振り返りおれを見る。

 “それでいいのか?”

 彼女の視線は、そう語りかけているかのようで。

 

「……このターン、相手モンスターはそれぞれ1度だけ戦闘では破壊されず、舞豹姫は全ての相手モンスターに2回ずつ攻撃できる……!」

 

 “いいわけないだろう”

 目線でそう答えれば、舞豹姫はもうなにも語りかけてこない。

 お前も、あの少女たちのように姦しければいいのに。

 などと考えても、結局なにも変わりはしない。

 

「あぁ、クソ……最悪だ……!なにも、かも……ッ!

 バトルフェイズ、【月光舞豹姫】で【剛鬼サンダー・オーガ】を攻撃……!

 

「ヒャァ!でしたらトラップ発動!【スキル・サクセサー】!

 【サンダー・オーガ】の攻撃力を400アップ!そう簡単には死にませんわよォ!」

 

「クソなんだよ、それでも……!

 カウンタートラップ【ギャクタン】を発動……!

 【スキル・サクセサー】を無効にし……デッキに戻す……ッ」

 

 サンダー・オーガが全身の筋肉を漲らせ、舞豹姫を迎え撃つ。

 そのままいけば、鬼が姫を倒す、はずだった。

 だから今、サンダー・オーガが膝をついているのは、おれのせい。

 

 そして、舞豹姫の爪が、鬼陽子を切り裂いたのも、おれのせいだった。

 

 鬼陽子

 LP:2000→1800

 

「ヒャハハハァ!!やりますわねェシルヴィユさん!

 ですが、まだまだワタクシ余裕ですわよォォ!」

 

 爪痕からだらだらと血を流しても、少女から笑みは消えない。

 それどころか、彼女はより楽しそうに、口角の角度を一層釣り上げる。

 

「なんで、笑えるんだ……【舞豹姫】でもう一度、【サンダー・オーガ】を攻撃……!」

 

 豹姫の爪が、再び少女に突き刺さる。

 相当に痛いはずだ。なのに鬼陽子は腕を広げて、笑顔で爪を受け入れた。

 

 鬼陽子

 LP:1800→1600

 

「がぎゃっ!?い、ってェ!ヒャ……ヒャハハハァァ!

 いい貫手ですわねェ!メチャクチャ痛いですわよォ!」

 

「なんなんだ、お前は……!なんで、痛いのに笑っている……!?」

 

「笑えるってこと、昔教えてもらったからかしらねェ!」

 

 切り裂かれた胴を真っ直ぐに支え、背筋を伸ばし、彼女は胸を張る。

 その姿は自信に満ち溢れ、そしてどこか嬉しそうに見えた。

 

「ワタクシだって貴方と同じですわよ!

 自分が嫌いで、全部が怖くて、生きることが不安でしたわァ!」

 

「だけど立ち直れたって?じゃあおれも立ち直れるって言いたいのかよ……!」

 

「ひとりでは難しくても、誰かの助けがあれば――――!!」

 

「それで、立ち直れたって……幸せになれたって!

 結局それは、『おれ』じゃないんだよ……ッ!」

 

 これは、救いの手だったのだろう。

 彼女たちの手を取れば、おれは今すぐにだって幸せになれるかもしれない。

 でも、それじゃ駄目なのだ。

 誰かに頼り切ってしまえば、おれは……。

 

「いいですわね貴方!もうとっくにあるんじゃありませんか!

 最高の自分が!貴方の中には、思い描く理想があるのでしょう!」

 

「だったらなんだ……!おれがなにを望んだって!足がすくじゃ意味ねぇんだよぉぉ!」

 

 彼女が善良な人間なのは、頭じゃ分かっている。

 だが心は、その善良さに反発していた。

 

「【月光舞豹姫】の効果発動ォ!

 戦闘でモンスターを破壊した場合、バトルフェイズ終了時まで、攻撃力を200アップする!」

 

 苛立ちのままに、カードを振るう。

 思えば、ここまで感情を乱したことはなかった。

 

「おれだって、おれだってなぁ!今がいいなんざ思ってねぇんだよぉ!

 変われるもんなら変わりてぇよ!でも無理なんだよクソがぁ!!」

 

 頭を振り乱し、激情を叫ぶ。

 涙と鼻水を垂らして、みっともなくダダをこねる。

 その傍らで、舞豹姫が疾駆する。

 

「おれはっ、お前らみたいに強くねぇんだよ!

 だから、だからぁ!助けようとしないでくれよォ!

 【舞豹姫(パンサー・ダンサー)】ァ!【Kozmo―フォアランナー】を攻撃しろォ!」

 

「そうですか……なら、来なさい!

 あたしは対等に、真っ向から勝負します!」

 

 眼帯のやせ細った少女は、迫り来る舞豹姫に動じない。

 見るからに弱々しいくせに、ベニアは後ずさりさえしなかった。

 

 ベニア

 LP:4000→3800

 

「っぅ……!こんなへなちょこパンチで、勝てるとでも……!」

 

「倒れろよ……もう、倒れてくれよ……!

 これ以上おれに、痛みに負けないことを見せつけないでくれ……ッ!

 【舞豹姫】で、もう一度【フォアランナー】を攻撃……!」

 

 祈るように、救いから目を背ける。

 この少女たちは、劇毒だ。

 見ていると、恐怖と痛みに屈したおれの惨めさが浮き彫りになる。

 

 ベニア

 LP:3800→3600

 

 豹の姫は宙を浮かぶ戦闘機を打ち砕き、墜落させる。

 その真下には、眼帯の少女。

 墜ちたフォアランナーはベニアを巻き込んで爆発し、薄暗い部屋に業火を灯す。

 

「まだ、まだ……あたしは、倒れませんよ……!」

 

 炎の中で、ベニアは悠然と佇んでいた。

 この細い手足の弱々しそうな少女は、どうして立っていられるんだ。

 なぜ、おれと同じようにボロボロの身体なのに。

 おれと彼女の、いったいなにが違うっていうんだ。

 

「クソ……おれは、バトルフェイズを終了…………」

 

「シルヴィユ。まだ攻撃できる相手がいるはずですよ」

 

 冷徹な声が、おれを突き刺す。

 信濃井だ。ヤツは冷めた目で、おれを見ていた。

 

「なぜ、やめようとするのですかな?

 ベストを尽くしてもらわねば困りますよ」

 

「っ……う、うぁ、ぁ…………!」

 

 信濃井が顎で、少女を指す。

 その先にいたのは――金髪の、普通な少女。

 

「遠慮はなしでいいよっ、シルヴィユくん。

 私だって、そこそこやるんだからっ!」

 

 少女、威月は溌剌としていた。

 一番ダメージを受けて、一番ボロボロで、口から血反吐を流して、死にかけなのに。

 

「クソ……クソ、クソぉ……。

 【月光舞豹姫】で……【トライホーン・ドラゴン】を…………攻撃……」

 

 もしかしたら、これで威月は死ぬかもしれない。

 それが分かっていてなお、おれは抗わなかった。

 

 おれの目の前で、【舞豹姫】が竜を裂き、少女に爪を振り下ろす。

 飛び散る命の液が、罪悪が、おれの瞳に焼き付いていく。

 

 “仕方がない”

 そう、仕方がない。

 心底クソのような考えが、最低なおれを慰める。

 

 威月

 LP:1300→950

 

「あ゛、ぎゃ……い、ぃぃ…………!?

 はっ……は、ぁぁ……んぐっ……!」

 

 威月はもう、限界なのだろう。

 足の震えは激しくなり、今にも倒れてしまいそうだ。

 流れ出る血液も、そろそろ致死量に達することだろう。

 

「よ、ゆう……だよ……ッ!」

 

 なのに、倒れない。

 威月は、屈しない。

 

「もう一発……きな、よ……ッ!

 私は、余裕で……耐えて、やるッ……!」

 

「や、やめろ……立つな……もう、嫌だ……!

 これ以上、おれに……傷つけ、させないで……!」

 

 見るからに限界の彼女を見ているだけで、涙が溢れて、息が苦しくなる。

 罪が、重なっていく。その重さが、呼吸を圧殺していく。

 

「シルヴィユ」

 

「っ!ハ、ハァ……!ハァー……!

 や、れ……【舞豹姫】……!」

 

 豹の爪が深々と、威月に突き刺さる。

 内臓のいくつかに致命的なダメージがいったことだろう。

 

 威月

 LP:950→600

 

「い、威月さん……!」

 

「威月さん!」

 

 ベニアと鬼陽子が悲痛な声を上げる。

 

 今度こそ、限界だ。

 そのはずだ。

 

 だが、倒れない。

 どれだけ傷ついても、威月は倒れない。

 

「耐えるって…………言った……ッ!」

 

「うそだ…………」

 

 目の前で起きていることが、おれには信じられなかった。

 例えば、あの空色の少女のように、強ければ立っていられるだろう。

 あるいは、あの眼帯の少女ように、傷だらけの過去でもあれば立っていられるかもしれない。

 

 だが、この少女は普通の少女だったはずだ。

 普通なら、倒れているはずなんだ。

 

 それが、なのに――――威月は立ち続けている。

 

「キミ、さ……ラーメン、食べたことあるかな……?」

 

「な、なんだ……なにを、言っているんだ……!?」

 

「私、ラーメン屋さんの……娘、で……。

 キミに、美味しいの……食べさせて……あげたくってさ……!」

 

 彼女の凄みに、気づけばおれは後退りをしていた。

 そんなおれを、威月はただじっと、優しい瞳で見つめている。

 

「だから……私は、死なないッ!

 破里潟威月には、まだやることがあるからッ!」

 

 そう言い切った彼女は、おれにはやはり普通の人間としか思えなかった。

 普通の人間が、恐怖と痛みを精神でねじ伏せ、戦っているのだ。

 

「……シルヴィユ。彼女の息の根を止めなさい。

 【月光白兎】で攻撃すれば、ライフを0に出来ますよ」

 

 苛立った信濃井が、おれを急かす。

 

「……ぁ…………あぁ……ぁぁぁ……」

 

「シルヴィユ!」

 

「ぁあ、ぁ、あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!!

 【月光白兎】でっ、ダイレクト、アタックゥゥ!!」

 

 目を瞑り、絶叫して、おれは彼女にトドメを刺す。

 白い兎の槌が、少女を潰す。潰してしまう。

 これで、終わり……終わり、なのだ。

 

「終わ、るかぁぁぁあぁッ!

 リバースカード発動!【エクシーズ・リボーン】ッ!!」

 

 否。終わらない。

 普通の少女は、まだ終わらせない。

 

「自分の墓地からエクシーズモンスターを特殊召喚し、このカードをエクシーズ素材にする!

 甦れ!【マテリアクトル・ギガヴォロス】ゥゥゥッ!!」

 

 恐る恐る瞼を開けば、兎の槌を、墓地から舞い戻ったギガヴォロスが弾いていた。

 白骨のような巨竜を従える彼女は、依然として倒れない。

 

 マテリアクトル・ギガヴォロス

 ランク3/DEF500→2500

 

「お前、は…………」

 

「思う存分、ぶつかっていいよ……ッ」

 

「…………!」

 

「私は……ううん、私だけじゃない。

 ベニアちゃんも、鬼陽子ちゃんも、大丈夫だから……ッ!」

 

 こいつは、自分がなにを言っているのか分かっているのか?

 お前がこんな痛い目に遭っているのは、おれがお前を拐ったからなんだぞ。

 

 なのにお前は、おれを救おうとしてくれている。

 お前たちは、出会ったばかりのおれを、助けようとしてくれている。

 

「余計な、お世話……なんだよ……!」

 

「えへへ……それでも、いい……よねっ?」

 

「はい!あたしは、自分のしたいことをしてるだけですから!」

 

「ヒャハハハハァ!ワタクシ、困ってる人に親切にするくらいの思いやりはありますわよォ!」

 

 あぁ、クソ。善意の押し付けだ。

 だが――――おれに善意を押し付けてくれたのは、彼女たちだけだ。

 

 彼女たちに委ねれば、きっとおれは助かる。

 このクソッタレな支配から、解放してくれるだろう。

 

 ……それで、いいのか?

 勝手に救われて、おれは、なにかが良くなるのか?

 

「…………良くなんねぇんだよ、このままじゃ」

 

 助けられたおれを、おれは誇れない。

 その惨めさを、おれは許容できやしない。

 

「シルヴィユ。おしゃべりはもういいでしょう。

 早く、次の手を打ちなさい」

 

 おれを縛る信濃井の声がした。

 この声がある限り、おれはクソなままだ。

 

「………………」

 

「シルヴィユ?なにを突っ立っているのですか。

 私の言うことが聞けないのですがかな?」

 

「………の………げき……」

 

「はい?」

 

 人差し指を、男に向ける。

 そのまま、足の震えを誤魔化すように、吠える。

 

「――【月光舞豹姫】ァ!この……クソ野郎の、【ソウルシザー】を攻撃しろォ!」

 

「な……!?」

 

 舞豹姫はくすりと笑って、軽やかにステップを踏む。

 爪の軌道に、曇はない。

 ただ心の赴くままに、舞豹姫は信濃井(クソ野郎)のクソッタレハサミを殴り飛ばす。

 

「シルヴィユ……!」

 

「は、はは……!やった、やっちまった……!」

 

 頭を抱えて、おれは泣きながら口元を歪めていた。

 全然笑えるような気分じゃないのに、なぜか勝手に、おれは笑ってやがった。

 

「クソ、最悪だ、クソ……!良いように乗せられて、馬鹿じゃねぇか……!」

 

「シルヴィユさん……!」

 

 眼帯の少女がおれを呼び、次いでふたりもまた呼んでくる。

 彼女たちの表情は、祝福だか困惑だか喜楽だか、色んなものがごちゃ混ぜで、よく分からない。

 ただひとつだけ分かっているのは、おれは少しだけ、惨めじゃなくなったってことだけ。

 

「助けられたんじゃ……おれは、惨めなままなんだよ、クソッ!」

 

 だから、やってやった。

 おれが窮屈で似合わないドレスに縛られているとして、人の手伝いで脱ぐわけにはいかない。

 自分の手で、引っ剥がす。

 そうしなければおれは一生、最高の自分とやらになれない気がしたのだ。

 

「おい、その……散々怪我させたのは、悪いなって思う……!

 思うが、おれは死にたくない!なぁアイツ攻撃するから……共同戦線でいいか!?」

 

「上等ォ!頼りにしますわよォ!」

 

「はい!囲んでボコ殴りです!」

 

 泣きべそかきながら助けるおれは、違う意味で惨めなことだろう。

 だが、誰かに屈するしかできないよりかは、十二分にマシだった。

 

「ほほほ……まさしく飼い犬に手を噛まれるとは。

 いやはやこれは、不愉快極まりますなぁ」

 

 ゆらり。信濃井は肩をすくめ、困ったように呟く。

 

「余裕そうですね。こんなにも、貴方は追い詰められているのに」

 

「ですなぁ。この美しい共同戦線には、敵わないやもしれません」

 

 薄ら笑いを浮かべる信濃井。

 奴はそのままデュエルディスクに指を添える。

 

「ですので、共同戦線は1秒でおしまいです」

 

 信濃井がディスクを操作した、瞬間。

 耐え難い激痛が、おれの全身を貫いた。

 

「がぎゃっ!?っ、ぐぁぁ、あぎゃぁぁあああぁああああぁぁ!?!?」

 

「シルヴィユさん!?お前、いったい何をしたんですか!」

 

「シルヴィユの心臓には、ちょっとした装置が取り付けられていましてな。

 私の気分次第で、彼に痛みを与えることができるのですよ」

 

 あまりの痛みに立っていられず、おれはあっけなく膝をつく。

 立ち上がりたいと抗うが、肉を丁寧に潰されるような痛苦に、肉体が言うことを聞かない。

 

「全く。どうして私に逆らえないのかも忘れるとは。

 劣等さも可愛げかと思いましたが、憎たらしいだけでしたな。

 致し方なし、彼は今後、私が操作することにしましょう」

 

 また信濃井がディスクを操作する。

 すると、おれの身体がまるで人形のように、勝手に動き始める。

 

「つ、ぐぅ…………か、身体、がぁ…………あ゛がぁ゛!?」

 

「さて、【月光白兎】で空色のお嬢さんを攻撃」

 

 意志に反しておれの指が動き、月光白兎に攻撃命令を下す。

 兎が槌を下ろす先には、目を見開いた鬼陽子がいた。

 

 鬼陽子

 LP:1600→800

 

「くっ!限りなくズルのような真似をしますわねェ……!

 賢いと称えるには悪辣が過ぎますわよ!」

 

 鬼陽子は寸でのところで攻撃を受け流す。

 だが槌に接触した腕は裂け、白く健康的な肌から痛々しく血肉が露わになった。

 

「悪人ですからなぁ。

 メインフェイズ2、カードを2枚伏せさせターンエンド」

 

 シルヴィユ

 LP:1800

 手札:なし

 場:月光舞豹姫

   月光白兎

 伏せ:2枚

 

 こんな簡単に、おれはまた膝を折るのか。

 その屈辱に歯を食いしばり、信濃井の支配を解こうと足掻く。

 

「私のターン」

 

 重い声が、空間を侵す。

 聞いたこともない、信濃井の声。

 それが鼓膜に届いたそのとき、おれは男の影が膨らむのを見た。

 

「さて、はしゃぎすぎた若者は、闇に沈めてしましましょう」

 

 男から、闇が溢れる。

 その異様な光景を目にして、おれは自分を支配していたのがどれだけ恐ろしい存在だったのかを、初めて理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇が広がるという異常現象に、ワタクシ――田中鬼陽子は目を疑った。

 

 比喩表現ではない。

 男の足元、正確には影だろうか。

 そこから黒いヘドロのような闇が溢れているのだ。

 

「黒い泥……いや、闇が広がっている……!?」

 

「何が起こっているの……っ!?」

 

 驚愕するベニアさんと威月さんをよそに、闇は凄まじい速度で床を覆い隠していく。

 それはまるで浸水する雨水のようで、ワタクシ達は反応する間もなく、闇に足首まで浸かってしまう。

 

「何らかのカードの作用、といったところかしら?」

 

「冷静ですなぁ。えぇ、まぁ、正解ですがな。

 しかし、その冷静さがいつまで持ちますかな?」

 

 信濃井が闇を掬い、そして零す。

 その衝撃で闇に波紋が広がり、小さな波がワタクシ達を撫でた。

 

「闇は過去を想起させる。

 さぁ、自らの傷に溺れなさい」

 

 闇の景色が一変する。

 黒一色だったそれに、うっすらと何かが見えた。

 

 目を凝らしてみると、それは40代程度の男女のような。

 男女はワタクシを見つめて……いや、睨みつけている。

 

 この男女の姿には何故だか見覚えがある。

 果たしてなんだったか。

 そう思っていると、男女は口を開き、荒っぽい声を発する。

 

『鬼陽子!この失敗作が!』

 

『貴方がこんなだって分かってたら産まなかったのに!』

 

「っ!?これは……!」

 

 叩きつけられた罵倒で気づく。

 これは、ワタクシの過去だ。

 

 確か14歳の頃、ワタクシはこれを言われた。

 そのときの記憶が、思い起こされているのだ。

 

「この闇……トラウマをほじくり返すようですわね……!」

 

「ほう、お気づきになられましたか

 なんとも理解の早いことで」

 

 ずっと昔につけられた傷を、この闇は映している。

 それに気づくと、いつの間にかワタクシを罵倒する男女はいなくなっていた。

 

「あ、あぁ……!お父さん……お父さん……!

 こんなのって、ないよ……!いやだよぉ…………!!」

 

「ひぃっ!ご、ごめんなさい……ゆるして、くださいぃ……。

 かみさま、おねがい、します……あたしたちを……!」

 

 見れば蹲る威月さんとベニアさんがそこにいた。

 彼女たちも、自らのトラウマに心をえぐられているのだろう。

 

「ベニアさん!威月さん!しっかりしてくださいまし!

 貴女たちの目に映っているのは過去のまやかしですわよ!」

 

「……っ!」

 

 声をかけ肩を揺らせば、虚ろだったふたりの瞳に光が戻る。

 

「心配させて、ごめんね……もう、大丈夫……ッ」

 

「どうにか……いけそう……です!」

 

「お二人共、精神がしっかりしていて助かりますわ」

 

 内心ホッとしつつ、ワタクシはふたりから目線を敵に移す。

 

「どうしてこのような芸当ができるのか、大変興味深いですわね」

 

「ほほほ。大したことではありませんよ。

 少々特別なカードを所持している、それだけのことです」

 

「特別な、カード……?」

 

「機会があればお見せしますよ。

 えぇ……このターンを凌げたら、ですがなぁ」

 

 闇の発生源が、カードを引く。

 一筋、ワタクシの頬に冷や汗が伝う。

 奴さん、ここで仕掛けてくるつもりですわね……!

 

「マジックカード【信用取引(マージントレード)】を発動。

 互いのデッキを確認し、その中からカードを1枚選び、その後互いに選んだカードを手札に加えますよ。

 私はシルヴィユを相手とし、互いが選んだデッキのカード1枚を手札に加えますぞ」

 

 操り人形と化したシルヴィユさんから、同意も得ずにカードを選ばせる信濃井。

 彼らはまるで1人の人間のように……操っているのだから当然だが……互いのデッキから好きなカードを手札に加える。。

 

「……がぁぁあぁ!」

 

「おっと。あくまで抗いますか、シルヴィユ」

 

 シルヴィユさんが抵抗を見せるが、身体が動いていない。

 操られる彼を、男は一笑に付した。

 

「貴方の勇敢さは知りませんでしたな。もっとも、すぐに無意味になりますが。

 【トレード・イン】を発動。手札のレベル8モンスターを墓地へ送り、デッキから2枚ドロー。

 墓地へ送られた【魔竜将ディアボリカ】により、墓地の【魔界発現世行きデスガイド】を回収し通常召喚。

 さらに【デスガイド】の効果で、デッキから【魔サイの戦士】を特殊召喚しますぞ」

 

 魔界発現世行きデスガイド

 レベル3/ATK1000

 

 魔サイの戦士

 レベル3/ATK1400

 

「さて、【デスガイド】と【魔サイの戦士】でオーバーレイ。

 エクシーズ召喚。ランク3、【虚空海竜リヴァイエール】」

 

 足元の闇が渦を巻き、中心から翼を広げた竜が飛び出す。

 それは闇の虚ろ、その海を泳ぐ竜か。

 

 虚空海竜リヴァイエール

 ランク3/DEF1600

 

「【虚空海竜リヴァイエール】の効果発動。エクシーズ素材を取り除き、除外されている【ネクロ・ディフェンダー】を特殊召喚ですぞ。

 さらに墓地へ落ちた【魔サイの戦士】の効果で、デッキから【闇の侯爵ベリアル】を墓地へ送りましょうかな。

 そして【ベリアル】が落ちたことで墓地の【魔竜将ディアボリカ】と【怨念の邪悪霊(ダーク・スピリット)】の効果が発動。

【怨念の邪悪霊】を手札に加え、【魔竜将ディアボリカ】を蘇生しますよ」

 

 ネクロ・ディフェンダー

 レベル2/DEF800

 

 魔竜将ディアボリカ

 レベル8/ATK2300

 

「動きに無駄がない……やはり、精錬されていますわね……!」

 

「40年も続けていれば、嫌でも上達しますからなぁ。

 続けて【ネクロ・ディフェンダー】と【ソウル・シザー】をリンクマーカーにセット。

 リンク召喚。リンク2、【魔界特派員デスキャスター】」

 

 魔界特派員デスキャスター

 リンク2/ATK1000/リンクマーカー:左 下

 

「【魔界特派員デスキャスター】の効果発動。墓地の悪魔族モンスター1体を対象とし、手札1枚を捨てることで対象のモンスターを特殊召喚しますぞ。

 私は手札の【怨念の邪悪霊】を捨て、墓地から【闇の侯爵ベリアル】を特殊召喚」

 

 闇の侯爵ベリアル

 レベル8/ATK2800

 

「ふむ、丁度3体。除外されていますなぁ。

 私は除外されている【ガーベージ・オーガ】【ガーベージ・ロード】【ソウル・シザー】をデッキに戻し、【カース・ネクロフィア】を特殊召喚しますぞ」

 

 闇の海から、ごぽりと人形が顔を出す。

 呪詛、怨嗟、嘲弄。数多の悪意が込められた、死霊人形。

 なるほど、カース・ネクロフィア。

 その名に違わぬ呪いが、闇から姿を現した。

 

 カース・ネクロフィア

 レベル8/2800

 

「さぁ、皆殺しの時間が来ましたな。さようなら、勇敢なお嬢さん方。

 まずは眼帯のお嬢さん。貴方に【カース・ネクロフィア】ダイレクトアタック」

 

「させません!あたしは……ぐぁ!?」

 

 何かを発動させようとしたベニアさんが、急に頭を抑えて膝をつく。

 その隙をつき、カース・ネクロフィアは青い炎のようになって、無防備な彼女に迫る。

 

「死にませんわよォ!手札から――――」

 

 ――――なんでお前は出来損ないなんだ!

 ――――貴方に捨てたお金返してよ!

 

「ぅく……!【速攻のかかし】を……発動ですわァ!

 このカードを捨ててその攻撃を無効化ァ!さらにバトルフェイズを終了しますわよォ!」

 

 フラッシュバックに襲われ、手元が僅かに鈍る。

 じわじわと心を絞め殺すような痛みを勢いで振り切り、ワタクシは致命打を寸でで回避した。

 

「誰も、殺させやしませんわよ……!」

 

「ほほほ。お嬢さんも、思った以上の手練のようだ」

 

 余裕綽々といった信濃井。

 彼はトドメを刺せなかったことを悔しがりもせず、さっと切り替えてターンを終える。

 

「出来ることもありませんし、私はカードを3枚伏せてターンエンドとしましょうかな」

 

 信濃井

 LP:4000

 手札:1枚

 場:魔竜将ディアボリカ

   闇の侯爵ベリアル

   虚空海竜リヴァイエール

   魔界特派員デスキャスター

   カース・ネクロフィア

 伏せ:3枚

 

「よかった……みんな、無事でっ。

 ここから、反撃だね……っ!」

 

「ですわねェ!頼みましたわよ、ベニアさ…………」

 

 そのとき、ベニアさんの様子がおかしいことに気づいた。

 膝をついた彼女は一点を凝視したまま、握りつぶすような強さで胸元を抑えている。

 

「ごめん、なさい……鬼陽子さん、威月さん……」

 

 思えば、先程のターンも彼女は急に止まったりと変だった。

 もしやベニアさんは、今もの闇に何かを見ているのだろうか。

 

「これが、フラッシュバックだって分かってるんです……!

 分かって、いるのに……痛覚が、鮮烈で……ぐっ!?」

 

 ベニアさんに何が見えているのかは、ワタクシには検討もつかない。

 だが、尋常ではない汗の量と、揺れる瞳孔は、彼女が記憶の激痛の中にあることを示している。

 

「あ、あぁ……あの日だ……心臓が、捧げられたあの日……。

 神様の贄……あたしは、あたしたちは……死ぬために、生まれて……」

 

「ベニアさん!?しっかりなさって!」

 

「りょくあ、ちゃ…………あい、あ……

 ぉ、げぁ、あ、ぐぉ……ぎっ、ぎぃ……!!」

 

 くぐもった悲鳴が、ベニアさんの喉から絞り出される。

 口からは泡を吐き、白目を剥いて、彼女は狂ったように背を反らす。

 

「あ゛き゛ゃっ」

 

 聞き慣れた音がした。

 人が死んだときの音だ。

 

 ひとりでにベニアさんの胸部が大きく裂かれ、真っ赤な体液がびちゃびちゃと曲線を描き、闇の中へと落下していく。

 

 それが最後だった。

 彼女は胸を抑えまま、糸が切れたように闇に倒れる。

 

「ベニアちゃん!?な、なんで……っ!?」

 

「ただトラウマを想起させるだけではありませんの!?」

 

 急いでベニアさんを脈と呼吸を確かめる。

 生きてはいるが、浅い。

 意識は完全に失われていて、目覚める気配もなかった。

 

「ベニアちゃん!大丈夫!?ねぇベニアちゃんッ!」

 

「生きてはいますわ!ただ気絶して……くっ、心臓の動きが鈍っていますわね!」

 

「ほほほ。彼女は物理的にかなり酷い目に遭っていたようですなぁ」

 

 慌てふためきながらベニアさんの様態を確認するワタクシ達に、信濃井のどうでもよさそうな声が刺さる。

 

「この闇は過去を映し出す。

 そしてかつて負った損傷をリアルに思い出しすぎてしまうと、こうなるのですよ。

 脳が現実と錯覚した痛みを、闇は本当の痛みにしてくれますからな」

 

 信濃井は冷酷極まる目でベニアさんを観察した後、ワタクシたち忠告をしてくる。

 

「お嬢さん方も早くしたほうが良いですよ。

 長時間この闇に触れれば、その分思い出される心の痛みも増しますからなぁ」

 

 何を言っているですの、とは返せなかった。

 今も、あの罵倒の声がワタクシを苛んでいるからだ。

 

 長時間闇に触れれば、思い出される心の痛みも増す。

 その言葉に偽りはなく、想起の頻度は徐々に増えていっている。

 

 ……ワタクシには、物理的損傷を伴うトラウマはない。

 精神は『孤児院』の皆様のおかげで、無敵だと自負している。

 だが、慢心できるほど楽観的な状況ではない。

 

「速攻で、ぶちのめすしかないようですわね」

 

 倒れたベニアさんに回復体位を取らせて、信濃井と対峙する。

 残念ながら、彼女の手当をする暇はないらしい。

 

「次はベニアちゃんのターンだけど……起きれない、よね」

 

 依然として、彼女は闇の中に倒れている。

 胸部からは絶えず血液が流れ、命を加速度的に消費させていた。

 

「いやぁ、残念ですなぁ。

 ターンが回ってきても、動けないならエンドフェイズに入るだけですなぁ」

 

 例え倒れようが死んでいようが、ライフが0でない限りターンは回ってくる。

 しかし、ターンには時間制限があり、一定時間動きがなければそのターンは強制的に終わるのだ。

 

「ほほほ。では、エンドフェイズ時にリバースカードオープン」

 

 故に、ソレは起きた。

 

「――――【ウィジャ盤】を発動」

 

 考えうる限りの最悪。

 明確な死のリミットが、ワタクシ達に課される。

 

「さて、お嬢さん方は死の呪いを解けますかな?」

 

「上等ォ……!」

 

 決闘を闇と呪いが彩る。

 有限が迫る中、ワタクシ達は死に追いつかれないように、足掻くのだった。

 

 

 

 




 読んでくださりありがとうございます!
 次話はある程度書けていますので、手直しして明日8時頃に投稿いたします。
 次のお話も楽しんでいただけますと嬉しいです!
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