唐突な展開にレジスタンスキャンプは揺れていた。
事前の報告は到着のほんの数分前。慌てふためいて準備を整えようとしている間にはすでに到着していて、驚いている間に彼女はやってきた。
来るはずのない存在。あり得るはずがない状況だ。
大勢のアンドロイドがそうであったように、2Bと9Sも動揺していた。
「アサヒハルタはここに居るな」
「はい」
「なぜ司令官が地上に……」
「生活環境の確認だ。案内してくれないか」
到着したのはヨルハ部隊の司令官。白い装束に身を包んだ長い金髪の女性だった。
凛として立つ彼女は2Bと9Sに案内を頼み、ハルタが住む家へと向かう。
人間が地上に居るという事実は確かにアンドロイドにとって無視できるものではない。生きている人間は機械生命体によって支配された地上において非常に珍しい存在。いずれ月面にある基地へ移動することになるのか、と考えていただけにもしやと思った。
2Bと9Sは緊張している。予想していた展開の一つとはいえ、いざその時が来たのかもしれないと感じ取ると、なぜか寂しく思う自分が居る。彼女たちは月面の基地へ帰還することが可能。地上に残されたレジスタンスとは立場が異なる。
会おうと思えばいつでも会える立場のはずなのだがなぜ不安に駆られてしまうのか。
キャンプは少なからずざわめいていた。
司令官がそこに居る以上、大きな声で何かを言ったりはしないものの、ハルタをどこかへ連れていくのなら抵抗を躊躇わないだろう。大きな動揺が広がっている。
司令官はハルタの部屋の前に到着し、ふうと息をついた。
扉をノックして、慌てた声を聞くとわずかに身じろぎして、本人のものだろう返事を耳にする。
「あの! ちょっと待ってて! 今すぐ……!」
中で何かをしているのだろう。バタバタと慌てふためいているのが伝わってくる。
慌てる必要はない。司令官は大人しく待っていた。しかし顔を合わせることを心待ちにしている様子は隠せていない。
2Bと9Sが緊張する反面、司令官の態度は普段を知っていれば驚いてしまうほど晴れやかだ。
「ごめん! もういいよ!」
中から許可が出た。
誰に任せるでもなく司令官が自ら扉を開ける。
足を一歩踏み入れて、室内に目をやると微妙に乱れた服を着るハルタと、左右にはデボルとポポルの姉妹が彼を挟むようにして身を寄せていた。二人はともかく、ハルタは頬を上気させていて、乱れた服装も合わせて何をしていたのかは何も聞かずとも明白である。
「あれ? あ、えっと……はじめまして」
「初めまして。私はヨルハ部隊の司令官を務める者だ。アサヒハルタ、君に挨拶をしに来た」
きょとんとしたハルタは状況を正確に理解できていなかった様子であるものの、司令官が名乗るとわずかに頭を下げる。
その様子を見てふっと司令官が微笑んだ。
「二人だけで話せないか?」
「え? はい……いいですけど」
「すまない。君のことを知っておく必要があるんだ」
2Bと9Sが所属するヨルハ部隊については事前に聞かされていた。
偉い人が来たのだろうと瞬時に悟り、必要な時間だと判断したようで、ハルタは恐る恐る頷いて同意する。すると司令官は室内に足を踏み入れ、デボルとポポルへ笑いかけた。
「すまないが、頼む」
「はあ……わかってるよ。別に逆らったりしない」
「またね、ハルタ」
「あ、うん。また後で」
応じたデボルとポポルは名残惜しそうにしながらも室内を後にする。同じく2Bと9Sは敢えて室内には入らず、部屋の外で待つことにしたようだ。
扉が閉じられて密室になった後、ゆっくり歩いて近付いた司令官がハルタの前に立つ。
無言でじっと目を見つめられてしまい、照れた彼は咄嗟に空気を変えようとした。
「えっと、とりあえず、座りますか?」
「そうしよう。難しいことはない。ただ君と話したいだけだ」
このまま見つめ合っていたのでは話が進まない。
ハルタが促すと司令官は素直に従い、テーブルを挟んで椅子に座る。
正面に相手を見据えて、話す舞台は整った。ハルタは緊張した面持ちできっかけを待つ。
「突然訪ねてきて申し訳ない。以前から機会を窺っていたのだが、一度対面して話す必要があると考えていたんだ」
「そうですか。えーっと、いつも2B……さんと9Sさんにお世話になってます」
「そんなに畏まらないでくれ。私は敵ではないよ。彼女たちと同じように接してほしい」
少なからず困っている様子が感じられる。司令官はもっと安心してほしいと思って、微笑みながら優しい声色でそう伝えた。
身じろぎしたハルタは戸惑いながらも素直に応えて、敬語をやめて口調を変える。普段2Bたちと話すのと同じ態度で話そうと試みる。
司令官は気高く、美しく、そしてハルタの目からは優しい人物に見えた。
彼女もアンドロイドなのだろうが改めて人間にしか見えない。すっかり慣れたつもりだったが、今になって初対面の相手が現れて驚きを隠せない。
「俺に何の用事で……?」
「君の生活について調査をしようと思ったんだ。ここでの生活はどうかな? 不便はないか?」
「それは全然、ないよ。みんな良くしてくれるし、色々やってもらって申し訳ないくらい」
「それはよかった」
司令官はにこりと笑う。
居心地が悪いというほどではないものの、微妙にむず痒い感覚がある。困った様子が隠せないハルタは時折わずかな身じろぎをしていた。
「君は、本当に人間なのだな」
「あー……多分」
「いや、わかるよ。我々と異なるのは明らかだ。まさか、本当にこんな日が来るとは……」
右手を動かそうとして、咄嗟に自らを抑えた司令官がハルタへ尋ねる。
「少し、触れてみてもいいか?」
「うん」
そうして求められることは珍しくなかった。
考える暇すら必要とせずに答えたハルタは自ら手を差し出す。
外見だけを見ればどちらも人間その物。しかし二人には明確な違いがあって、明確に理解している司令官は思わず緊張を見せ、恐る恐る彼の手を握った。
どうなるのだろうと想像していた。そしてその時を迎えて、自らの胸の内に、センサーになど反応しない何かが込み上げてくるのを感じている。
まさか、これが心だとでも言うのだろうか。そんなことを思う余裕すら失われていた。
手を握り合って二人は視線を交わらせる。
ハルタは笑顔で応えていて、喜びが湧き上がる司令官はハッと小さく息を吐いた。
「私は、ずっと、君に会いたいと思っていた……勝手な言い分だとは思うが、我々ヨルハ部隊は何があろうとも君を守る」
唐突な発言。宣言とも言えるそれはしかし何よりも伝えたかった言葉なのだろう。
呆気に取られたハルタだがすぐに笑顔に戻り、彼女へ伝える。
「ありがとう。でもあまり無理しないで。俺は静かに暮らせたらそれでいいって思ってるから」
「もちろんだ。だからこそ、我々が君の生活を守っていかなければな」
「司令官さんもここで暮らすの?」
「私のことは、その」
司令官と名乗ったからだろう、司令官とそのまま呼ばれた。
その事実が気になったようで咄嗟に司令官が口を開き、言おうとした言葉を飲み込んで、彼の前では初めて戸惑いを見せる。
何かを隠したのは明らかだった。聞かない方がいいかとも考えたがハルタは意を決して尋ねる。
「どうかした?」
「いや……私の、呼び方についてなのだが」
「司令官さんじゃだめ? 名前の方がいいかな。なんて呼べばいい?」
「もちろん名前で呼ばれるのもやぶさかではない、というか、とても嬉しいのだが……その、できれば違う呼び方をしてほしいと」
「あぁ、呼んでほしいやつがあるんだ。何?」
「それは……い、言ってもいいのか?」
ずいぶん抵抗感があるんだな、と疑問を抱いた。
もじもじし始めた司令官は優しげな大人の女性といった雰囲気の先程とは一転、恥じらいを見せる少女のようになっている。どんな呼び方がいいのだろうと尚更気になった。
「私のことは、ママと呼んでくれないか」
「んっ」
正直に言われた途端、何やら良からぬ意思を感じた。ハルタは驚いて口を噤んでしまい、そんな態度を見ても司令官は期待した目でじっと見つめてくる。
よく見れば頬が上気し、瞳が潤んで、人間としか思えない反応が表れていた。
大人びた風貌ではあるがそうしていると少女のように見えてしまう。しかし呼び名はまるで正反対のそれで、初対面とはいえ業の深さを感じずにはいられない。
戸惑いや躊躇いはあった。しかし期待している表情の司令官は片時も視線を外さない。
強く大きなプレッシャーを一身に浴びていた。
熱視線に負けて、ハルタは声を小さく恐る恐る呼んでみる。
「ま……ママ」
「ふふっ」
堪えられないといった様子で司令官が笑った。
まさにご満悦といった笑顔であり、幸せそうにしているものだから何も言えなくなる。
司令官は移動してテーブルを回り込み、穏やかにハルタへ身を寄せて、両腕を伸ばすと彼の体を抱きしめた。なすがままのハルタの顔は彼女の大きな胸の谷間に埋めるよう導かれる。
「えーっと……」
「ふふふ。私を母親と思って甘えてくれ。なんでも言ってくれていいんだぞ?」
「あ、はい……ママ」
「ううんんっ」
司令官は愛おしそうにハルタの頭を掻き抱く。
柔らかい乳房に顔を挟まれ、嬉しさを抑えられない反面、戸惑いもあって、リアクションに困るハルタはそこから一歩も動けなくなってしまった。