家が完成したと言われて、キャンプのアンドロイドと話していたハルタは、彼以上に嬉しそうな建設担当のアンドロイドに引き連れられて移動を開始した。
聞けば彼らが建てた渾身の家だという。彼をテントで寝泊まりさせるのは忍びなく、急いで間に合わせを造ったがために部屋数も少ないが、これはひとまずの家であり、後にもっと機能的で大きな家を建てる予定だそうだ。現物を見る前から意気揚々としたアンドロイドたちに、家は一つでいいと伝えながらも、ハルタもわくわくしながら笑みを浮かべる。
そうして実物を見せられて驚愕した。
間に合わせで造ったとは思えない。確かに一階建てで小ぢんまりした印象ではあるものの、コンクリートで造られた頑丈なそれは、決して安易な気持ちで建造された物ではない。
中を見れば可能な限りの設備を整え、必要だと思われる物品は全て揃えており、ありとあらゆる場所からかき集められていた。
呆気にとられたハルタの周りでは、レジスタンスキャンプのアンドロイドたちが誇らしげに胸を張っていて、しかしまだまだ納得してはおらず、さらに質の高い家を造るつもりでもいる。その熱意は些かどうかと疑問を持ちながらも、振り返ったハルタは笑顔で言った。
「どうもありがとう。本当に俺が住んでもいいのか?」
「もちろんだ。お前のために造ったんだから」
「足りない物があれば言ってくれ。なんでもいいぞ」
「いやいや、足りないどころか、想像以上にすごいんだけど……」
これ以上の何を造るつもりなのか。一人暮らしなわけだし、とわずかに引いてしまうハルタだが彼らを傷つけるのは本意ではなく、飲み込む言葉も多い。
ありがとう。何度となく感謝を伝える。
集まったアンドロイドは見るからに気を良くしていた。建造に携わった者、調度品を集めて整備した者、そうでない者まで彼の言葉を聞いて顔を緩めている。
この地上において、人間がどれほど稀少で大事な存在か。
話には聞いていた。理解したつもりだった。彼らの態度はあからさまであり、本来の仕事を放置しても優先する態度からして、異常なほど自分が大事にされているのを感じている。しかし数日と経たずに家を建ててしまったことは最も大きな衝撃だった。
なんだか不思議な気分だ。
世界は荒廃していて、人間の文化や建造物が名残と化しているのに、そこで生活を続けるアンドロイドたちの技術は自身が知るものより優れていて、家を建てるスピードもそうだ。
本当に知らない世界に来てしまったのだな。寂しく思うわけではないのだが、そう納得したのはようやく今のような気がして、ハルタは多くを語らなかった。
アンドロイドは一人も欠けずに、人間であるハルタに優しく、どんな些細な問題ですら甲斐甲斐しく世話をするつもりであり、その姿勢は思わずハルタの方が気を使ってしまうほどだ。ただの思いつきや冗談でさえハルタのためなら叶えようとするだろう。褒められたいという欲求は持たず、ただ純粋にハルタの願いを叶えてやりたいだけなのだ。それが彼らが持つ最も大きな欲求だった。
「みんな、ありがとう。これから迷惑かけるかもしれないけど、末永くよろしくお願いします」
こちらこそ、と迷う暇もなく高らかに答えられて、ハルタは笑った。晴れやかで嬉しそうな笑みには邪気がない。彼らを味方だと判断し、心底安心しているのだ。
期待には応えねばならない。たとえこの身が滅びようとも、彼の寿命が尽きるまで、一日も欠かさずにその身を守って願いを叶えよう。
地上最後の人類。ハルタの存在は何よりも尊かった。
ひとまず家のお披露目を終えて、ハルタの家二軒目を造ろうと計画し始めるアンドロイドたちを止めた後、完成したばかりの家に入って休もうとする。
テントで生活することが嫌なわけではなかった。しかしいざ自分の家だと与えられてみれば、こちらの方が落ち着けそうだと肩の力が抜ける。
リビングに置かれた椅子に腰を落ち着けて室内を見回す。
過去のことを覚えてはいないが、前に住んでいた場所より広い部屋だ。テントに入った時はわくわくしたものだが今は少し寂しい。
「2Bと9S、どこ行ったんだろ……」
呟いた直後、ノックされる。扉に目を向けたハルタは返事をした。
「はい」
「私だ。入ってもいいか?」
「アネモネ? どうぞ」
入室したのはアネモネだった。レジスタンスキャンプを取り仕切るリーダーで、冷静沈着な女傑といった印象。しかしハルタの前では頬が緩む。
おずおずと入ってきた彼女は少しばかり緊張していて、そうと知りながらもハルタはこれまでと変わらず笑顔を向け、座ったまま応対した。
「家はどうだ? 問題はないか?」
「うん。むしろ立派過ぎて驚いてるよ。ありがとう」
「満足してもらえたか?」
「もちろん。不満なんて一つもないよ」
「よかった。君がいるおかげで私たちも助かっている。座ってもいいか?」
「どうぞ」
了承を得てアネモネが椅子に座る。なぜかハルタの正面ではなく隣であった。
近い距離でハルタを見つめて、片時も視線を外さずに話し始める。
なぜかアンドロイドはよく見つめてくるので気にならず、そういうものかと思うハルタは彼女の声に耳を傾けた。
「君がいたおかげで私たちは生きる目的を得ることができた。こんな気持ちは初めてだ。任務ではなく自分の意思を優先するなんて」
「はあ、そうなんだ」
「君の事情を知っていれば、こんなことは言うべきではないのかもしれない。だが、君がここにいることで助かる者たちがいるんだ。どうか気に病まないでほしい」
彼女なりに励ますためにやってきたのだろう。それがわかってハルタはふっと笑った。
以前の記憶が定かでなく、忘れたことも多い状態で、故郷に帰る術もない。何が起こってここにいるのかわからないまま、この土地で生きるしかない。そんな彼が気落ちしていたとしてもおかしくはないと考えていたようだ。
素直に感謝するハルタは笑顔を見せることで大丈夫だと伝えた。するとアネモネはほうと温い吐息を発して目を細める。
「大丈夫だよ。みんなが助けてくれて本当に感謝してるんだ。ここは居心地がいいし、みんながいるから寂しくない」
「そうか。それならよかった」
「ありがとうアネモネ。いつも助けてくれて」
「い、いや。私たちにとっては当然のことだから」
笑顔を見ただけで取り乱し、落ち着きをなくす様子はよほど人間に慣れていないのだと感じる。
自分の存在が彼女たちを喜ばせているのだとしたら、きっとそれはいいことなのだろう。
アサヒハルタという個人を見ていない、などということは気にしない。この状況から考えるに、人間であれば誰でもよかったのかもしれないが、そういうものなのだろうと納得している。人間のために存在しているのだからそれは当然だ。
アネモネは自身の内から湧き上がる衝動を抑えることができなかった。気の赴くまま、考えもせずに隣に座ったのが大きく影響したのだろう。
果たして自分の意思だったのか、体が勝手に動いたのか。気付けばそっとハルタの手を握っていて自分でも驚いた。
人間が地上にいたならどうなっていたか。考えたことはなかった。
今、本物が目の前にいることで、どうなるのかを理解する。
近くへ寄ろうと、彼に触れようとするのは、まさに本能というしかない。
「それから、もう一つ……」
「何かあるの?」
「急ぎだったから、満足のいくものかはわからないが準備はできた。体を取り換えたんだ。普段は戦闘に特化したボディを使うが、その、今日は……」
「うん?」
「嫌じゃなければ、ハルタに、お願いがあるんだ。君に満足してもらいたい……君のためにもなると思うから、つまり、私を使ってほしい」
「え?」
ハルタはぽかんとして意味を理解していなかった様子だ。
詳しく説明をして、無理やりにならないよう、同意を得てから始めたい。そう思う気持ちは確かにあるのだが自分自身を制御できなくなり、エラーが起きていたのかもしれない。
アネモネはハルタの唇にキスをして、目を閉じていたせいで驚く彼の表情は見なかった。