「着きましたよハルタ。あれがレジスタンスキャンプです」
疲弊した様子で深くため息をつき、9Sの背に乗せられていたハルタは顔を上げた。
廃墟を抜けて、隠れるようにして存在したビルの間にぽっかりと空いた空間。雑多に物が置かれたその場所に、勢揃いといった様子で人々が立っている。
あれが全てアンドロイドなのだろうか。
説明は受けたが、いまだに2Bと9Sが人間なのではないかと思っているハルタは、アンドロイドという存在を受け入れることができずにいた。
話して、触れて、背負われている今も人間だろうと思ってしまう部分は多々あるのだが、言われてみれば確かに小柄でハルタより身長が低い9Sにおんぶしてもらっているのだ。それを考えればアンドロイドという話も嘘ではないのかもしれない、とは思う。
混乱するハルタは到着と共に9Sの背から下ろされて、待ち構えていた数十人のアンドロイドの前に立たされる。
皆が好奇心を露わにした目で見ていた。誰も何も言わないが目は輝いている。
緊張し、どうすればいいかわからないハルタはとりあえず会釈をしてみた。
「どうも……アサヒハルタです」
わっと歓声があがる。
待っていた。待ち望んでいた。ついにその時がやってきたのだ。
連絡を受けた時にはまさかと思い、信じることができなかったものだが、こうして実物を目視で確認してみると、確かにアンドロイドではない。なぜというわけもなく、見た瞬間に誰もが違うと理解するのだ。
彼は人間だ。月に避難したことにより、地上には存在しないはずの本物の人間。でなければ理解不能の衝動が沸き上がってくるはずもない。
アンドロイドは喜んでいた。まさか人間に出会えるとは思っておらず、奉仕すべき相手が目の前に現れたことで生きる理由を得る。
歓声があがり、なぜ喜んでいるのか、まるで理解できないハルタはおろおろしていた。助けを求めるように2Bへ視線を向けるのだが、クールな彼女が助け舟を寄こすことはなく、9Sに目を向ければにこりと笑っただけだった。
口々に喜びを口にして、声をかけてくる人物も少なくない中、前へ踏み出した女性がいた。
わけもわからず棒立ちになるハルタはリーダー然とした彼女に目を奪われる。
「ようこそ、アサヒハルタ。私はこのキャンプをまとめるアネモネという。君が来ると聞いてできる限り準備をしたつもりだ。歓迎する」
「あ、どうも……えっと、ご迷惑おかけしたみたいで」
「迷惑などかけていない。必要なものがあればなんでも言ってくれ。君のために用意しよう」
アネモネはにこやかに笑っていた。
なぜそれほど歓迎を受けているのかは理解できないとはいえ、とにかく仲良くしてもらえそうだと感じ取って、少し安心する。半面、理由がわからないせいだろう、みんなの喜んでいる姿を見て居心地の悪さを感じてもいる。
再び助けを求めるように9Sへ視線を投げた。
隣に立つ彼が味方であることは本人から聞かされた説明、ここまでの道中ではっきりしている。出会ってすぐだが疑うつもりはなかった。
「いいのかな?」
「ええ。彼らもあなたを待っていたんです。素直に受け入れてください」
「実はドッキリでしたー、とか」
「ドッキリ? ああ、そんなことはちっとも。騙す理由がありませんから」
9Sは終始にこやかに、親しげな態度で接してくれる。口数の少ない2Bとは対照的だ。
信じてもいいのだろう。金を持っていない、地位もない、騙す理由は確かに見つからない。素直に受け入れることにしたハルタだが、やけに嬉しそうなアンドロイドに見つめられていると、やはり所在なさげに突っ立っているのがやっとだった。
「疲れてはいないか? まずは体を休めてくれ。専用のテントと飲み水、それから簡単だが食料も用意している。取り急ぎで集めたもので口に合うかはわからないが……」
「お構いなく。そんなに用意してもらっただけで有り難いんで」
お構いなくとは言うのだが、彼女たちは構わずにはいられないようで、ハルタに聞こえているとは思わないほど舞い上がってあれを用意しよう、これを造ろうと語り合っている。
どうやら他にも色々と準備してもらえるらしい。有り難いのだが、対価も渡していないのに与えられる親切には気を使う部分もある。閉口してしまい、流れに身を任せるために彼らのやり取りを眺める。ハルタを巻き込まずともアンドロイドたちは楽しそうだった。
「休みましょう。ずいぶん汗をかいたので水分はしっかり取っておいてくださいね」
「あ、うん」
9Sに促されて、名も知らぬアンドロイドが素早く用意した椅子へ腰掛け、ありがとうと告げて間もなく清らかな水が入った水筒を渡される。何も言わずとも全て手元にやってきてまるで王様だ。こんな気分なのだろうかと不思議に感じていた。
水で喉を潤したハルタは深く息を吐いた。
体は自分が思うより疲れている。水を飲んだことでより鮮明に感じ、一度座ってしまうともう立ち上がりたくないと思うほど全身が重い。
ぐったりしてしまうハルタを見るとすかさずアネモネが歩み寄り、彼の額に手を触れた。
「疲労が溜まっているな。脱水症状だろう。少し休めば回復しそうだが、こっちは……」
アネモネの手がそっとハルタの左手を持ち上げる。
注目した手首には布が巻かれていた。止血をしたようだ。9Sの服が一部切り取られているのは代用品がなかったためであろう。
止血をしたということは、それなりの怪我があったということだ。心配そうに眉間に皺を寄せたアネモネはやはり人間にしか見えず、視線が合ってもハルタは目を逸らさなかった。
「この怪我は?」
「あぁ、えっと、俺もわからないんだ。気付いたら切れてて」
「機械生命体ではないのか?」
「違うらしい、けど、覚えてない。というか、いつ怪我したのかもわからなくて」
アネモネが9Sに顔を向ける。彼は首を横に振った。
「原因はわかりません。だけど心配はいりませんよ。彼が死ぬ要因にはなりません」
「そうだな。少し、過敏になり過ぎたか」
そう言って思考を切り替えるがアネモネはハルタの手を離そうとはせず、穏やかな手つきで彼の手を撫で、指を確認するように触れ、掌を見つめたりする。
どこかおかしい点でもあるのだろうか? アンドロイドにしかわからない異常があるのだとしたら不安だ。それにしては彼女の表情は穏やかで緩んでいるのだが心配になる。
ハルタが思わず声をかけると、ハッとした様子のアネモネが顔を上げた。
「どうかしたの?」
「あ……すまない。嫌だったか?」
「そんなことないけど、何かあったのかと思って」
「いや……その……」
戸惑いを覚えた様子で、彼を気遣って手を離そうとするのだが上手く体が動かない。異常はないはずだがなぜか手を離せなかった。
ようやく離した時、名残惜しそうな様子は隠せず、まるで大好きな玩具を取り上げられた子供のように寂しそうな表情を見せる。思わずハルタが気遣ってしまうほどあからさまな態度だった。
よほどこの手が変なのか。自分の手を見つめたハルタに9Sが言う。
まだ彼は理解できていないのだ。今の地上において人間がどれほど稀少な存在か。主たる人間を求めていたアンドロイドの感動が如何ほどかを。
「変じゃありませんよ。ただ嬉しいんです、人間に触れられたことが」
「そう? 別に手をつなぐくらい、いくらでもいいけど」
「い、いや。その……今はやめておく。私も、落ち着かなければな」
深く息を吐いて自分を落ち着け、衝動を抑え込んだようだ。
そうしなければ彼に何をしてしまうのか、自分でも恐ろしい。
ようやく見つけた最後の希望。いずれ月に避難してしまうのかもしれない。他の人類がそうしたように。だが仮にそうだとしても、その時が来るまで、彼は守り通さなければならない。自らの衝動のために乱暴を働くなどあってはならないのだ。
なぜ苦悶の表情を浮かべているのか、わからないハルタはぽかんとしていた。
9Sを見る。微笑んでハルタを見守って、彼女の状況を理解している様子だが何も言わない。
2Bに目を向ける。少し離れて立つ彼女は相変わらず無表情で、構ってもらえそうにない。
何もかもがハルタにはわからなかったが、とにかく安全な場所で休むことはできる。
ふぅと息を吐いて、改めて肩の力を抜いた。色々知るのはその後だ。