目が覚めると熱い砂の上に身を横たえていた。
焼かれた砂はまるで熱された鉄板なのではないかと思うほど熱く、しかし飛び起きるための力は体に残っていないようでのろのろと動き、やっとの思いで体を起こした。
暑い。汗が噴き出す。全身が茹るような空気に包まれていた。
地面に手をつくと指先が埋まり、反射的に手を振り上げるほど熱されていた。
息が詰まる。呼吸をすることさえ困難な環境だ。汗を拭ってもすぐに新たな汗が分泌される。
ふらつきながら立ち上がり、辺りを見回した時、彼は見知らぬ砂漠に立っているのを自覚した。
「あっつ……なんだ、これ?」
果たしてこれは、夢か現実か。目覚めたばかりで思考が上手く働かず、現状を理解できない少年は必死に考えようとして、あまりにも暑いため注意が逸らされる。とにかく暑い。気付けばそんなことばかり考えていた。
砂漠を見るのは初めてだ。
嘘みたいに広がった辺り一面の景色には砂しかない。遠くまで眺めても砂しかなくて、町や人の姿を眺めることが叶わないのはおろか、生物の気配を微塵も感じない。
何もかもが死滅した場所。少なくとも少年の目にはそんな場所に見えた。
どうしてここにいるのだろう。考えてみるのだが思い出せない。頭の中に霧が立ち込めているかのように、肝心な情報は何も出てこない。
昨日はベッドで眠ったんだったか? それとも事故が起きて頭を打った? 幻覚剤でも飲んだのかもしれない。しかしここまでリアルな幻覚が存在するのだろうかと疑問を持つ。
ギラギラと牙を剥くような直射日光は確実に少年を苦しめていて、生来の黒髪は熱や光を吸収するかの如く、異様に熱くなっている。
クラッときた。体がふらついて倒れそうになる。
いつまでもここにいると死んでしまう。どこかへ避難しなければ。
そう思って辺りを見ても、町は当然、影を作る岩さえ見当たらない。砂しかない砂漠でどこへ避難すればいいというのだ。大きくため息をついた。
ため息をつきながら視線を落とした拍子に、異変に気付いた。自分の左手、というより手首がなぜか深々と切れていて、大量の血が溢れ出ている。気付けばズボンを汚して真っ赤にしていた。
うわっと悲鳴をあげて飛び上がる。自分の血だが、あまりに量が多い。少量ならまだしもズボンが真っ赤になるほど血が出ていて、ひょっとしたら死ぬかも、咄嗟にそう思っていた。認識した途端に痛覚が正常に働き始めて、ズキズキと鋭い痛みが走る。
「うわ、やばっ……えーっと、止血、しなきゃいけないけどどうやるんだ?」
暑さに加えて失血まであって、頭が上手く回らないのはそのせいか。理解した少年はふらりと揺れて座り込んでしまう。自然に呼吸が乱れてはぁはぁ肩を上下させ、次にどうするかを考えることさえままならずに動けなくなる。
ああ、どうやら死んでしまうらしい。
わけもわからず諦めて、どうせならベッドの上がよかったなどと考える。
少年はへたり込んで動けなくなり、やがて仰向けに倒れてしまった。目覚めてから数分の出来事である。死を受け入れるのは自分でも驚くほど早く、もうどうしようもない。抵抗することなく空を眺めてぼーっとし始めた。
暑い。とにかく暑い。ひたすらに暑い。死ぬのだとしても、もう少し落ち着いた状況で安楽死はできなかったものか。
誰に向けるでもなく不満を抱いて、言葉にすることもできずに目を閉じる。
意識が混濁しつつあった。頭が重く、感覚が失われようとしている。
次に目を開いた時、景色は一変していた。
空からは穏やかな陽光。立派な木々が蓋をするように葉を広げていて、天井のように頭上にある緑の隙間から光が漏れていた。暑い、とは思わない。温かで優しい光だ。
体を預けているのは嫌になるほど熱された砂ではなく、柔らかい草の絨毯。身じろぎひとつで自然の匂いが鼻孔をくすぐった。
気候は落ち着いていて過ごしやすい気温だ。汗が噴き出すほどの暑さではない。
疲弊を感じ、体が重くてよろよろ上半身を起こした少年は、傍らに座った自身より小柄な少年に気付いた。
特徴的な外見だ。一目見れば忘れそうにない。
透けるような白い肌と人形のように精巧な顔立ちを持った美少年だが、なぜか目は黒い布を巻いて隠していて、黒い服を身につけ、髪は光を反射して輝くかのような銀色。それだけだったなら信じられない美少年に出会ったというだけで済ませることもできるが、傍らには見るからにロボットだろうという物体が浮遊している。
彼らの姿にSFを感じた。特に傍で浮かんでいるロボットに。
彼の背後には少し離れた位置に同様の女性を見た。銀髪、黒い服、目を隠している。そして傍らに浮かぶロボット。何かの撮影だろうかなどと考える。
少なくとも驚いてしまうほど、彼の日常にはない光景だったことは間違いない。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ少年が話しかけてくる。唯一視認できる口元には笑みを浮かべていて、敵意はまるで感じられず、それどころか心底彼を心配しているように思えた。
緩慢な動作で、安心させようと何度も頷く。
力が抜けて体が揺れた瞬間、咄嗟に背を支えてくれた銀髪の少年に、細い腕だが妙に逞しくて力を抜いても平気なほどの腕力を感じた。
「応急処置をしました。もう血は止まりましたよ。他に不調はありますか?」
「あー……えっと」
「ゆっくりで構いません。急がないで、落ち着いて」
優しく語りかける銀髪の少年は彼の背を撫でながら、囁くように言った。その声には親愛の念や慈愛が感じられ、決して敵ではないことを伝えようとしている。
落ち着いて、深呼吸をして、質問に対する答えを返そうとする。しかしそれよりも早く、彼が落ち着こうとしている間に傍らのロボットが診断を終えたようで淡々と報告していた。女性の声だ。
自身の不調の理由を聞かされて、そうなのか、と素直に納得する。
「ここでは休むといっても限界があります。移動しましょう。レジスタンスキャンプに行けばもう少しまともな環境で回復できるはずです」
「あぁ、そうなの? じゃあ……うん」
「僕が運びます。乗ってください」
言って銀髪の少年は背を向けてしゃがみ込んだ。小さな背中だ。気持ちは有り難いが、運べそうにないと判断して困惑する。
少年が動かずにいると銀髪の少年がわずかに振り返って再度告げた。
「ここも安全というわけじゃありません。さあ、早く」
「そうしたいんだけど、大丈夫?」
「心配いりません。僕はアンドロイドですから」
「……ん?」
首を傾げてきょとんとされる。まだ乗るつもりにはなっていない。
ああ、と口にした銀髪の少年は振り返り、膝をついたままで正面から彼に向き合った。
「まだ言っていませんでしたね。僕らはアンドロイドなんです」
「あんどろいど……?」
「人間であるあなたを助けたいんです。能力は人間以上ですから、あなたの体重なら何キロ運んでも辛くありませんよ。さあ」
再び背を向けられて、混乱した状態であったが、頑なに背中を向けられているし、とりあえずと言いたげに恐る恐るその背に掴まってみる。膝の裏に手を差し込まれて、軽々と持ち上げられた。背丈は少年より小さいのに、並みの大人より軽い様子である。
アンドロイドという話、嘘ではないのかもしれない。
彼に負担を与えないスピードで駆け出した後、ぽかんとした顔でそう思った。
一定のペースを保ち、進んでいく。二人にしてみれば遅いくらいだが背負われた彼からすれば十分に速いスピードで景色が後ろへ流れていった。
不思議な気分だ。何が起きているのだろう。
夢見心地で周囲を眺めていた少年は、小さな背中にしっかりしがみつきながら口を開いた。
「君、名前は?」
「あ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね。僕は9Sといいます。こっちはポッド153。2Bとポッド042です」
「へぇー……なんていうか、いい名前だね」
「あなたのお名前は?」
問われて一瞬、名前が出なかった。
ああと思いだした様子で声を出した後、安堵した様子で呟いた。
「アサヒハルタ。ええと、よくわからないけど、よろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
9Sは嬉しそうに言った。どうしてそんなに嬉しそうなんだろうと思う。
彼の背中は逞しい。いつしか安心していた。
疲れてはいたが眠る気にはなれず、辺りの景色が見たくて忙しなく視線を動かし、移動を続けながらも語りかけてくる9Sとの会話を続けた。