※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

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プロローグ
プロローグ.1


 王の王

 かれはいない

 ああ 美しい夏よ――

 

 

      ―8月:充希―

 真夏の鋭い日差しを避けるように、私はバス停の日陰で一人佇んでいた。

 ミーンミーンと、セミの鳴き声が耳をつく。周囲には木なんて一本も生えてないのに、この鳴き声は一体どこから聞こえてきてるんだろう。本当に不思議だ。

 でももっと不思議でならないのは、どうしてアイツはこんな所を待ち合わせ場所にしたのか、って事だった。駅前のバス停、確かにこの駅には他にバス停が無いから間違えようもないけど、いくら何でも暑すぎる。それに、分かりやすさなら目の前に見えてるミスタードーナツでも良かっただろう。間違いなく涼しいんだし。

 ちらっと腕時計を確認すると、約束の3分前。1分でも…いや1秒でも遅れたらめちゃくちゃ嫌味を言ってやろう。そう思いながら、カチカチと時を刻む秒針を眺める。時限爆弾のタイムリミット、残り180秒。

 秒針が1周する。さあ、あと2周だよ?ホントに間に合うの?間に合ってくれるの?

 と、その時。

 背後に、ふっと人の気配を感じた。

(何だ、間に合っちゃったのか…)

 残念だな。何故かそんな風に思いながら、ゆっくりと振り返る。

 すると。

「ねえねえ、お姉さん今暇じゃない?」

 …サイアクだった。話しかけてきたのは、見た事もない2人組の男。

 もちろん、こんな男たちと待ち合わせした覚えは無い。

「こんな所にいても暑いっしょ。一緒にもっと涼しいとこ行かない?」

「結構です」

 仕方なく日陰を出て、突き刺すような日差しの中へと歩き出す。でも男たちは、私の行こうとする方向に先回りするようにして前を塞ぐ。

(はぁ…)

 うんざり。こんな事になるなら一人で勝手にミスドに入っとくべきだった。本当に。

 こうなったのも、全部アイツのせいだ。アイツがこんな暑いとこで私を待たせるから…

「――おい」

 と思ってたら、とても聞き覚えのある声が耳に響いた。

 たった一言、それもたった二文字だったけど、声の主は確認するまでもなくて。

「遅いよ達也」

「そうか?充希が早いだけだろ」

「5分前行動って小学生の頃に教わったでしょ」

「覚えてないな…丁度俺が休んだ日だったんじゃないか?」

「風邪もひいた事のない健康優良児が何言ってんのよ」

「ま、そんな話はさておいて」

 達也が差していた日傘をたたんで、私に押し付ける。そう、こいつは日傘男子だ。しかも小学1年生の頃から日傘を差して登校してたという筋金入りの。

「おいコラ、てめぇら何してやがったんだ」

 達也が2人組の男を睨みつけるように言った。それを見て、私はさり気なく達也の後ろに隠れる。

「あぁ、何だテメェ」

 2人組も負けじと達也に食って掛かった。早くも一触即発の雰囲気だ。

 でも達也は一歩も引こうとしない。それどころか、ずいっと前に出て2人組を威圧して。

「謝れ」

「はぁ?」

「この娘(こ)に謝れって言ってんだよ」

 そう言って後ろを…つまりは私を親指で指した。

「て、てめぇ、フザけんのもいい加減にしやがれや!」

 2人組が凄む。でも、その表情はいかにも頼りなくて弱っちく見えた。声を張り上げてるのはオドオドしてるのを隠すためだっていうのがよく分かる。

 対照的に、達也は堂々としていた。この男の辞書には多分、臆するっていう文字が無い。相手が2人組だろうが、達也には全く関係のない事なんだろう。おそらく、きっと。

「ちっ、行こうぜ」

 2人組の片割れが、吐き捨てるように言った。もう片方も賛同するように頷いて背を向ける。

 一件落着…と思ったら。

「コラ待てや」

 あろう事か、達也が男の首元をグッと捕まえた。

「い、いてててっ、な、何しやがるっ…!」

「謝れって言ってんだよ」

「う、うるせえなっ、離せってんだよっ…!」

 加勢するようにもう片方の男が割って入ろうとするけど。

「か…あぁっ…!」

 右手で男の首元を捕まえたまま、達也は左手でもう一人の男の顔を鷲掴みにして。

「ほら、お前も謝れ」

「い、痛ててててててっ…」

 顔面を掴まれた男が苦悶の声を上げる。よっぽど痛いんだろう、抵抗もほとんどせずに苦しそうにもがいている。

「ひっ…」

 それを見て恐ろしくなったのか、首元を掴まれている方の男の顔がみるみる青ざめて。

「す、すみませんでした…」

 ぽつりと、そう口にした。でも、達也は満足しなかったみたいで

「あぁ、聞こえねえよ」

「い、痛たたたたっ…!」

 男をぐいっと引き寄せる。

「謝り方分からねぇってんなら教えてやろうか?」

「ひ、ひぃっ…すみませんでしたぁっ…」

「俺にじゃねえよ!この娘(こ)に謝れって言ってんだよ!」

「ひぃぃぃっ…す、すみませんでしたっ…!」

 達也の後ろにいる私に向けるようにして、悲痛な声を絞り出した。

「も、もういいよっ…」

 今度は私が達也の腕を掴む。

「そうか?」

「その辺でいいからっ、私もう行くよっ」

 収めるには私がいなくなるのが一番、ていうかもう、それしかない。

「えっ、行っちゃうのっ?」

 すぐに達也が追いかけてきた。

 一方、2人組の男が追いかけてくる気配は、全く無かった。

 

………………………………………

 

 結局、ミスタードーナツに直行。なら最初からここにしとけよ、って本気で思いつつ。

「ったく、暴力はダメだって散々言われてるでしょ」

「いや待て、その言い方だといつも俺が見境なく暴力ふるってるように聞こえる」

「さっきのなんて明確な暴力じゃないの」

「いや、あの、充希を助けようとしただけなんですけど」

「それは嬉しいけど、あんな風に喧嘩売るような事する必要はないでしょ」

「…ゴメンナサイ」

 申し訳なさそうに謝る。その寂しげな表情は、ついさっきの達也と同一人物とはとても思えない。

「というか、達也は糖質ほとんど取らないんじゃなかったの?」

 いきなり変な空気になっちゃったから、達也が手にしているドーナツを利用して話題を変える事にする。

「うむ。だからミスドには来たくなかったんだよな」

 とはいえバス停で待ち合わせはないでしょ、とは思うけど。

「ま、来てしまったからには仕方ないからな。うん、甘い。甘くて旨い」

 本当に美味しそうに食べている。でも普段から糖質を断っていたら、ドーナツ一つでも素晴らしいご馳走になるんだろうなとは思う。

「じゃあ今日はチートデイってのにする訳?」

「実は充希の前では糖質制限は解除していい事になってるから」

「…何言ってんの?」

 今は美味しそうにドーナツを食べてる達也だけど、普段は本当に糖質をほとんど摂らない。お米もパンも麺も、砂糖なんてもっての他。毎日のお弁当も、肉類と野菜の類ばかりだ。

 どうして達也がそこまでして普段の食事にこだわるのか、それは言うまでもなく、体づくりの為だ。

 達也は、アスリートだ。それも、全国でも間違いなくトップレベルの。

 全国高校空手道選手権、男子組手の部、連覇。それが達也の成績だ。そう、達也は全国の高校生の中で最も強い空手選手なのだ。

 だから、普段はヘラヘラしてるけど、いざとなるとめちゃくちゃ強い。それこそさっきみたいに、そこら辺の男じゃ数人でかかっても全く相手にならないくらいに。

 そんな達也と私は、幼稚園の頃からの幼馴染みだ。小中学校の9年間では何と8年間も同じクラスだった。そして今も、同じ高校の同じクラスに通っている。

「で、充希は来週見に来てくれるんだよな?」

「いきなり何の話?」

「インターハイに決まってるじゃん」

 全国高校空手道選手権大会、通称インターハイ。高校競技の最高峰にして達也が全国3連覇に挑む大会が、来週に迫っていた。

「今年のインターハイはどこでやるんだっけ?」

 一応聞いてみる。確か2年前が岐阜、去年は徳島だったと思うけど。

「今年は岩手かな」

「行ける訳ないでしょっ」

 ここ(大阪)から岩手なんて、何時間で行けるのかも分からない。ただ、少なくとも日帰りは非現実的な距離だという事ぐらいは直感的に分かる。

「充希が応援に来てくれないと勝てる気がしないんだよなあ」

「また心にもない事言って」

 達也が負けるなんて事は、正直言って考えられない。何せもう、10年近くも不敗を誇っているのだから。それこそ小学生時代から今に到るまで、大小含めてどれだけの大会を優勝したか分からない。達也の部屋にはキラキラしたトロフィーが数え切れないほど並んでいる。ハッキリ言って、同世代の選手とはレベルが全く違うのだ。

「だいいち、私は受験生なんだよ。岩手なんかに行ってる暇無いに決まってるでしょ」

「充希だったら、もう勉強なんてしなくてもどこだって受かるだろ」

「そんな事ないよ。こっちは毎日必死なんだから」

「充希こそ心にもない事言ってやがるな」

 そうかもしれない、と思う。本当に毎日必死なら、そもそも今日の誘いも断ってないとおかしい。

「まあ、確かに岩手は遠すぎるよな」

 そう言うと、達也は諦めたようにかぶりを振って。

「でも、これだけはマジで聞いて欲しいんだ」

「何よ改まって」

「俺、インターハイが終わったら空手を辞めようと思ってるんだ」

「…そうなの?」

「ちょうどいい区切りだしさ」

 意外だった。何て言うか、達也は死ぬまで空手を続けるものだと思っていた。まあ、死ぬまでっていうのは言い過ぎだとしても、空手から離れた達也というのは想像できなかった。

 とはいえ、突然そんな事を言われても、どう返せばいいか分からないっていうのが本音で。

「だから俺、最後のインターハイ絶対に優勝するからさ」

 達也が、少しだけマジメな表情で。

「だから…優勝したら、付き合ってくれない?」

「…またそれ?」

「いや、今回はマジのマジで」

「じゃあ今までのは本気じゃなかったっての?」

「本気だったけど、今回はもっと本気」

「もっと本気って何よ」

 でも、久しぶりだな、と思う。達也に告白されるのは。

 初めては、小学生の頃だったと思う。4年生だったか、5年生だったか。冗談半分な感じだったから、あまり詳しく覚えてもないけど。

 以降、何度か告白された。でも私は、その度に断ってきた。達也の事は嫌いじゃないけど、でも、付き合うっていうのは何となく恥ずかしい気がしたから。

 達也との関係が変化するのが怖かったから、なのかもしれないけど。

 でも、それも中学生の頃までだった。いつの頃からか達也には他に彼女ができて、私に告白してくれる事はなくなった。そして別れたと思ったら、また新しい彼女をつくったりして。

 達也は幼い頃から、女子の人気者だった。でも、それはそうだと思う。運動神経抜群で、空手で全国大会に優勝しちゃうくらいに強くて、しかも顔も、まあ…悪くないし。

 だから達也に彼女ができちゃうのは当然で、そもそも断った私が何かを言う筋合いも無いんだけど。

 だけど…

「というか、坂井さんはどうなったのよ?」

「坂井って、いつの時代の話だよ…」

 坂井さんっていうのは、達也が中学3年生ぐらいの頃に付き合っていたと噂されていた女子だ。まあ、さすがに今は別れたっていうのは知ってるから、言ってみただけ。

「というか、彼女いるのにこんな事言い出したら頭おかしいだろ」

 うん、頭おかしい。でも達也はその『あたおか』を平気でやりそうだから。

「で、どうなんだよ?」

 ドーナツを食べ終えた達也が聞いてくる。私の答えを。

「…今まで何人も彼女つくってきたくせに」

「それは充希に断られたから仕方なくじゃん」

「……」

 達也の事をどう思うか…その答えは、私自信も分からなかった。嫌いじゃない。嫌いな訳がない、けど。

「というか、そんな事を急に言われても答えられる訳ないでしょっ。そもそも、そういうのは優勝してから言うものじゃないの?」

 そう言うと、達也は安心したように。

「なるほど、確かにそうかも」

 緊張していた雰囲気が、一瞬にして緩和される。私も、何となく安心して。

「じゃあま、優勝してから改めて聞く事にするよ」

 

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