達也が言う『そこそこ重要な試合』の対戦相手は、デビュー戦以来となる日本人選手だった。東南アジアの選手と戦うのは飽きた、こんな試合が続くのならもう辞める、次は絶対に本物の選手と試合を組んで欲しい…達也自身が晴香にそう直訴して実現した試合だった。
対戦相手の名前は石井幸三。キックボクシング及びムエタイで50戦近いキャリアを誇り、かつてムエタイの二大殿堂の一つとされるラジャダムナン・スタジアムでわずかな期間とはいえチャンピオンになった経験を持つという、知る人ぞ知る強豪選手だった。現在は36歳となり全盛期を過ぎたとはいえ実力はまだまだ健在で、『knock out』を主戦場としている中~重量級の日本人選手としては1、2を争う実力者と言えた。
そんな実力者との試合が決まって、達也の闘志はこれまでに無く燃えていた。充希の前でこそ普段と変わらないヘラヘラした表情なのだがジムでは一変、鬼気迫る表情でミットを打ち、サンドバッグを叩いた。その様子は、周囲の選手が声を掛けるのを躊躇してしまう程だった。
そして、試合の日を迎えた。
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まずは赤コーナー、石井の名がコールされる。格闘技の世界では格上の選手が赤コーナーに陣取るのが通例であり、ムエタイの元ミドル級王者の実績を持つ石井が達也よりも格上の選手であるという事に異論を挟む余地は無かった。
続いて青コーナー、名前をコールされた達也が一歩前に出て右拳を突き上げる。闘志十分、調整もきっちり成功した。状態は万全だ。
ただしこの時、達也はちょっとした恥ずかしさを感じていた。その理由は、名前のコールの際に紹介された達也のニックネームに関してだった。
実は『knock out』では選手にニックネームがつけられるのだが、達也に与えられたニックネームは『天才少年』だった。「プロ通算7戦7勝、しかもその全てが1ラウンドKO勝利という人呼んで『天才少年』小野達也」というコールだったのだが、この天才少年というのが本人的には不満だった。少年というフレーズがいかにも子ども扱いされてるような気がして。
とはいえ、試合にあたってはニックネームなど些細な事だ。リングの中央で向かい合った瞬間、達也の意識は目の前の相手に100%切り替わった。親子ほども離れた年齢の相手に鋭い視線をぶつける。
達也にとってこれまでの7戦は、そのほとんどが言わば達也が勝つために用意された試合だった。それは達也自身も十分過ぎるほどに分かっていた。だからこそ今回は本物の相手と戦いたいと直訴し、今日の試合が実現した。実績を見ても、負ける可能性だって十分ある危険な相手だ。
だが達也は、自身の勝利を信じて疑ってはいなかった。明確な根拠がある訳ではないが、どんな試合でも常に自信を持って試合に臨む事ができるのが達也なのである。それは幼い頃から勝ち慣れる中で培った、勝者のメンタリティーと言えた。
要は、自信家なのだ。
ゴングが鳴り、試合が始まる。
立ち上がりは静かだった。距離を取り、左ジャブから右、そしてローキックも織り交ぜるというオーソドックスな戦法。これまで7戦全てで開始1分そこそこには試合を終わらせていた達也だが、そんな秒殺記録には興味が無いというような冷静な戦いで、あっという間に開始1分が経過した。
一見すると消極的にも映る戦い方。だが、達也は決して強敵相手に臆している訳ではなかった。実際、先に手を出すのは常に達也の方であり、石井の反撃はことごとく空を切った。ローキックも難なくカットし、石井の打ち終わりに合わせるように伸ばした右は浅いながらも的確に顔面を捉えた。試合は静かに見えるが、主導権を握っているのは達也の方だった。
だが達也はあくまで距離を取りながら、慎重な戦いを続けた。左ジャブとローキックを細かくヒットさせ、確実にポイントを重ねていく。たまらず石井が距離を詰めようとすれば華麗なステップでかわしながら、別れ際には軽い一発を見舞ってから追い返す。
石井の攻撃も何発か当たりはするのだが、達也に効いているような様子は全くない。逆に達也のパンチはジャブであってもその一発一発が重く、石井の体力を確実に削っていく。
そして1ラウンドも2分になろうとする頃、ついに達也が仕掛けた。
ノールックでの意表を突いた右ストレート、そして続けざまに左ボディー。上下の連打に石井が後退する。
その、刹那だった。
――ゴンッッッッ!!!!!
達也の右ハイキックが完璧な角度で石井の左頬を捉えた。長い足が伸び切った、美し過ぎる一撃。
石井の体がぐらりとリングに崩れ落ちる。
試合時間、2分11秒。カウントは不要だった。
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達也vs石井の一戦は、翌日のネット記事にもしっかりと取り上げられていた。ただ、最初からその記事を探すつもりで検索しなければ見つからないような目立たない取り扱いなのは変わらないが。
とはいえこれまでの試合とは違ってファンの注目はそれなりに高く、記事へのコメント数は50件を超えていた。
「石井がこんな負け方するとは衝撃」
「小野って弱い外国人相手に1ラウンドKOを稼ぐイロモノ選手と思ってたけど、石井に楽勝するとなるとこれは本物」
「公式チャンネルで動画見たけど、最初の2分は遊んでなかった?ギア上げてからは一瞬に見えた」
「ていうか小野の足が長すぎて反則」
「最後のハイキックなんて殺人レベルだろ…」
コアな格闘技ファンの中には石井幸三が確かな実力者である事を知る者も少なくなかった。一般人からの注目は皆無とはいえ、格闘技界隈に与えたインパクトという点では決して小さくない勝利だった。
そしてこの日のインパクトが、後に達也をスーパースターへと飛翔させるきっかけとなるのだが、そんな事はまだ誰も知る由が無かった。
1章終了です。ダラダラした展開でスミマセン。
2章からようやくエロが入ってきます。