数日後、達也は事前に予約してないと門前払いされるような結構お高いレストランに来ていた。
「いやあ、美味いよなあ。キツい練習の疲れが吹っ飛ぶぜ」
そんな事を言いながら軽やかにナイフとフォークを操る、その正面には。
「…どういう風の吹き回し?」
やや怪訝そうな表情を浮かべながら、でもしっかりと料理を堪能する充希。
「いや、最近充希とあんまり話せてなかったじゃん。だから今日は思い切ってデートに誘ってみようと」
「達也にしては、ちょっと背伸びしすぎたお店なんじゃない?」
「大丈夫、ワリカンの予定だから」
「うわ、達也らしい」
「おいっ、そこ信じんのかよっ!俺が出すに決まってんだろっ」
「無理しなくていいよ。どうせ大したファイトマネーも貰ってないんでしょ」
「いや、充希に出させる訳ないだろ。というかお金の話はヤメだヤメ!」
もうすぐびっくりするようなファイトマネーが入ってくる事が決まっている達也だけど、その金額を口にすると間違いなく引かれるだろうからと内緒にしておいて。
「まあ、いつかこういうお店に充希と来たいなと思ってたんだよな。これマジで」
「達也にはまだ早いような気がするけど」
「でも、のんびりしてて充希に彼氏ができたら誘えなくなるじゃん」
「…何それ」
バカな事言ってんじゃないわよとでも言いたげな表情で、充希は視線を料理に落とす。
「あと、一応次の試合決まったから言っとくよ」
「へえ、いつ?」
「5月…何日だったっけな。とりあえず5月最後の日曜日…てか全然興味無さそうな顔してんな?」
「だって、どうせまたアッサリ勝つんでしょ」
「おー、めちゃくちゃ信頼されてるなあ俺」
喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、と達也は苦笑いする。
「でも、今回は結構試合の間隔空いたよね。前の試合は確か1月じゃなかったっけ?」
「言ってなかったけど、実は3月にも2試合こなした」
「は?何それ?」
「心配するな、2試合とも1ラウンドでKO勝ちしといたから」
「…何で言ってくれなかったのよ?」
充希の表情が少しだけ不満顔になる。
それを見て達也は、どう言い訳しようかと思案しながら…
「まあ、簡単に言うと凡ミスだな」
「はあ?」
「本当なんだって。決まってから試合まで時間が無くて、つい言いそびれただけなんだよ」
「2試合も?」
「同じ日に2試合したんだよ。いやホント、嘘じゃないって。調べてくれたらすぐに分かるから」
そう口にする達也だが凡ミスというのは真っ赤な嘘で、今回は敢えて伝えなかったというのが本当の所だった。それは試合の相手が、かつてKO負けを喫した因縁の相手だったからというのが大きな理由だ。もし充希の目の前で同じ相手に2度負けるような事があればちょっと立ち直れないかも…なんて思いが頭をよぎってしまったから。
でも、完璧なリベンジを果たした今となっては、言っておくべきだったという後悔が大きくて。
「実はその日の1試合目、俺が高校の決勝戦で負けた奴が相手だったんだ」
「え、そうなの?」
「ああ、リベンジはしっかり果たしといたから」
「そんな大事な試合なら、何でなおさら教えてくれなかったのよっ」
「い、いやだから凡ミスだって…」
「まったくもう、いっつも大事な所が抜けてるんだから」
リベンジを果たしたと告げてちょっとは褒めてもらえるかなと期待した達也だったが、逆に呆れられてガッカリ。
「まあ終わった事はしょうがないけど。それで、次の試合っていうのはどういう相手なの?」
「うん。まあまだ正式に決まった訳じゃないんだけど…」
そう前置きしてから。
「REALって大会に出る事になったんだけど、知ってる?」
「…は?」
その瞬間、充希は驚いたような顔を達也に向けて。
「REALって…よくテレビでやってるあのREAL?」
「おお、やっぱ知ってるんだ。充希はそういうのあんまり興味ないのかと思ってた」
「知ってるに決まってるでしょ。格闘技は知らなくても、REALぐらいは知ってるよ」
充希の言葉からも分かるように、REALの知名度は絶大だ。野球に全く興味が無い人間でも夏の高校野球の全国大会がどの球場で行われるかは知っているのと同じようなレベルと言えば良いだろうか。
「ホントに、REALに出るの?」
「ああ、俺もようやく全国デビューだぜ」
「…凄いじゃない」
「んで、肝心の対戦相手なんだけどさ」
達也が厚めの肉をひとかけら頬張って。
「パク・チャンミンって韓国人なんだけど、聞いた事ある?」
「えっ…」
充希の表情に、わずかに影が差して。
「それって、前のオリンピックでおかしな判定で金メダル取った奴…だよね?」
「ほう、充希の中ではそういう認識なのか」
ただ、それは充希の認識というより、大多数の日本人の認識と言った方が正しかった。パクの金メダルは微妙な判定ではなく誤審、あるいは審判が買収されていたと信じている日本人も多い。
「そいつと対戦する事になった。もうすぐ発表されると思う」
「だ、ダメだよそんな試合」
「何で?」
「だって、もし負けたら、凄いバッシングされちゃうよ」
「おお、やっぱりそういう事も知ってるんだ」
パクに負けた2人の日本人選手は、今も誹謗中傷に晒され続けている。パクに負ければ日本中の恥さらしとなってしまう、それは避けられない運命だ。
「まあ、一生懸命戦ったのにバッシングされるのは嫌だよなあ」
「それに、その韓国人って凄く強いんだよね?」
「あれ、そういう認識なんだ?」
「よく分からないけど、負けたって聞いた事ないから」
「確かに日本人相手には負けた事ないみたいだな」
充希がカタリとフォークを置く。
「ホントに、そんな危険な人と試合するの?」
「まあ、危険は危険だよなあ」
「大丈夫なの?勝てるの?」
「それは分かんねーけど、今そのための練習をめっちゃしてるとこ」
「そうなんだ…」
「どしたん?食事進んでないじゃん」
「そ、そりゃそうだよ。いきなりこんな話聞かされて」
「じゃあ、驚かせついでにもう一つだけ言わせて欲しいんだけどさ」
そう言って達也は、赤みがわずかに残る絶妙の焼き加減の牛肉を平らげて。
「もし次の試合で負けたら、充希の事はキッパリ諦める」
「…は?」
「だから、俺が次の試合勝ったら…マジで付き合ってくれないかな」
という突然の告白に。
充希は特に驚くようでもなく、どちらかというと呆れたような表情で達也に視線を向けて。
「…このタイミングでそれ?」
「え、思い切って告白したってのに反応が薄い!?」
「何が思い切ってよ。もう何回も聞いたわよ」
いやこう見えて実は結構思い切ったんですけどね…と達也は心の中で呟きながら。
「でも、今回は本当に最後だから」
一言、そう言ってから。
「勝ったら充希と付き合えるって事になったら、俺、キツい練習でも頑張れると思う。だから、憎き韓国人を倒すためにも、充希の力を貸してくれよ」
「そ、そんな言い方されたら…」
予想外の角度からの攻撃には、さすがの充希も受け流すのは難しかったようで。
「断ったら…私が悪者になっちゃうじゃないのっ…」
「まあ、今のは言った俺も恥ずかしかったけど…とにかく、今回は本当に最後だから」
達也と充希の視線が交わる。
そして、ほんのわずかの無言の後に。
「…分かった」
先に口を開いたのは、充希だった。
「そのかわり、絶対勝ってよね。私、達也があんなズルい韓国人に負ける所なんか、絶対見たくないからっ」