5月27日、翌日に試合を控える24人の選手が一堂に会して前日会見が行われた。
達也とパクの一戦は、全12試合中の第9試合に組み込まれていた。ただ、これは達也がREAL初出場という事が勘案されたためであり、試合の純粋な注目度という点ではとしてはメインカード(第12試合)にも決して引けを取ってはいなかった。
事実、記者の質問も達也とパクに集中した。
まず試合への意気込みを聞かれたパクは「金メダリストとして恥ずかしくない試合をしたい」と力強く答えた。その他の質問にも度々「金メダル」という単語が現れ、自分は世界チャンピオンなのだという自身とプライドを覗かせた。「オリンピックの決勝戦は疑惑の判定だったと日本では言われているが?」という記者の攻めた質問に対しては、「そう思う事で満足できるなら、勝手に満足していてくれればいい」とまたも日本人の気持ちを逆なでするような発言を返し、さらに対戦相手の達也の印象を問われた際には「よく知らない」と素っ気なく答え、続けて「自分はこれまで何人もの日本人をKOしていて、日本人を強いと思った事はない。今回の試合でも、また私がKOで勝つ事になるだろう」と挑発的な言葉を重ねたのだった。
しかし、一方の達也も負けてはいなかった。この会見がある意味で「全国デビュー」となる達也だが、その表情に緊張感はまるで無く、とてもREAL初出場・初会見とは思えないほどに堂々としたものだった。
その受け答えの中で、達也が多用したフレーズがある。それが『国民の期待』というフレーズだ。
「パク選手に勝つ事が国民の期待だと思っています」「国民の期待に応えるべく必死に練習を重ねてきました」「勝てる自信はあります。パク選手をKOして国民の期待に応えたい」と、達也は会見で『国民の期待』というフレーズを何度も繰り返した。もちろんこれはその場の思い付きではなく、達也が数日前から考えていたフレーズだった。国民の期待が自分の背中に乗っかかっている事はヒシヒシと感じている。ならばそこから目を背けるのではなく、むしろ言葉にする事で重圧を力に変えてやろう、と。
そんな達也の堂々とした会見に乗せられるように、記者の質問もテンションが上がっていった。質問の内容が試合から少しずつ離れ始め、ついには「オリンピックでパク選手が優勝した時の判定についてはどう思っているか?」という試合とは全く関係のない質問も飛び出したが。
「自分はテコンドーのルールを詳しく知らないからよく分からないですけど、韓国ってスポーツでよく問題起こしてるイメージが強いですけどね。あ、今のちゃんと韓国語に訳してあげて下さいね」
と、パクに挑発を返すような強烈な発言を見舞ったかと思えば。
「オリンピックの決勝戦も含めてパク選手の試合の映像はいくつか見ましたけど、全く強そうには見えませんでした」
と、続けざまに攻撃的な発言を並べて、さらには。
「山本選手ともスパーリングさせて頂いてテコンドー対策はバッチリです。明日は間違いなく自分がKOで勝って国民の期待に応えます!」
と、山本とのスパーリングの成果を強調した上で、カメラ目線で高らかにKO宣言してみせたのだった。
控えめに言っても、100点満点の会見だった。
………………………………………
―達也―
他の選手の事はよく分からないけど、自分自身は大きな試合を前にしてもあまり緊張しない方だと思っている。少なくとも、試合前日に眠れなくなってしまうような事は無い。
でも、それが良い事なのかどうかは分からない。適度に緊張した方がむしろ良いパフォーマンスを発揮できるという選手もいる。要は人それぞれって事なんだろう。
とにかく、俺はあまり緊張しない。そうなったきっかけの一つは、幼い頃に通っていた道場の師範から言われた言葉だったりする。
――緊張する必要は無い。なぜなら、結果は既に決まっているから
勝敗は試合に臨む前の準備段階で既に決まっている。試合とは、単に今までやってきた努力の答え合わせに過ぎない、と。
そして、こうも教わった。
――積み重ねた努力は、簡単には消えない
本当にその通りだと思う。よく「練習を1日サボれば取り戻すのに数日かかる」なんて事を言う人がいるけど、俺から言わせればそんなの真っ赤な嘘だ。コツコツと積み重ねた努力の結晶は、1日や2日じゃ絶対に消えない。すり減りもしない。もし1日で消えてしまったのなら、それは本当の意味で積み重ねられた努力じゃなかったってだけの話だ。
俺は、積み上げてきた。間違いなくベストを尽くしてきたと、誰に対しても胸を張って言える。
だから、明日の大一番を前にしても、やっぱり大して緊張はしていない。俺自身がやる事は普段の試合と全く変わらないのだから。これまでの努力の結果を確認しに行く、それだけだ。
でも、緊張はしないけど、不安が無い訳じゃない。緊張と不安は全くの別物だ。
今回の相手は、俺が今まで戦ってきたどの相手よりも強敵だ。実績も経験値も、比較にならないほど向こうが上。間違いなく俺よりもずっと格上の選手だ。負ける可能性は…決して否定できない。
もし負ければ俺の身にどんな事態が降りかかるか、それは何となく分かっている。悪い方の未来を想像すると、恐怖心が無い訳じゃない。
「ふう…」
勝つか負けるか分からない。それは言い換えれば「負けるかもしれない」に等しい。でも、負けるかもしれないなんて考えちゃいけない。勝てる、勝てる…そう念じながら、心を落ち着けるべく一つ深呼吸する。俺が勝つ事はもう決まっている、明日はその結果を見に行くだけなんだ、と…
と、その時。
「ん…?」
突然、スマホが震えた。
メールの着信。見てみると差出人は充希だった。
「珍しいな…」
こんな遅い時間に突然充希からメールが来るなんて、ちょっと記憶に無いよな…
そう思いながら文面を確認してみると。
遅い時間にゴメンね。
いよいよ明日だね。頑張れっ!
試合前に大きく深呼吸してみるとよいかも…
応援してるよ。ファイトっd(^^*)
「…ははは」
メールを見ながら、思わず笑ってしまった。今深呼吸したとこじゃねーか、って。
(でも…いいな、これ…)
まじまじとその文面を眺めてしまう。充希との付き合いは長いけど、こんなメールを貰ったのは間違いなく初めてだった。というか、充希のメールに絵文字が入っていた事自体がおそらく初めてだ。
嬉しかった。見ているだけで心が暖かくなった。ほっこりしすぎて、逆に闘志が失われそうになるくらいに…
(…って、待てよ)
その時、ふと気付く。
(明日の試合に勝てば付き合ってくれ…って事は、ハッキリと伝えていて…)
それでいて充希は、俺に勝って欲しいって思ってる…って事は…
「…マジで、ぶっ倒すしかねーよな」
気が付けばもう、「勝つか負けるか分からない」なんて不安は、完っ全に吹き飛んでいて。
…絶対に、勝つ。