1-1 2年後、夏
―2年後:夏:充希―
西都大学。東の東都大学と並び、日本の二大国立大学の一つと称される大学。
私、高倉充希が通っている大学だ。
元々東都大学が官僚や政治家といった国家の中枢を支える人材を育成するために設立されたのに対し、西都大学は学者や文化人など多彩な方面で活躍できる人物の育成を目指して設立されたという歴史を持つ。そんな創立当初の理念を今も受け継いで、学生の個性が最大限に尊重されているというのが、西都大学の最大の特徴だ。
だから例えば、入試形態も両者は全く異なる。東都大学はペーパーテストのみで合否が決まるのに対して西都大学はスポーツ推薦や自己推薦入学枠も大きく、いわゆる一芸入試枠による入学が全体の3割近くを占めている。
私は、何とか一般入試枠で合格する事ができた。将来の夢は、できれば大手総合商社に勤めたいなんて思っている。仮に大手総合商社は無理でも、グローバルに世界を飛び回るような仕事をしてみたいな、なんて。
そして、私の目の前で美味しそうに焼肉定食を頬張るこの男は…言うまでもなくスポーツ推薦で入学。
小野達也。私の幼馴染み。
高校時代は空手部に属し、1、2年時とインターハイを連覇し、3年の時は準優勝。最後の最後こそ負けたとはいえ、西都大学にスポーツ推薦で入学するには文句のない実績だ。
あの日、衝撃的な失神KO負けを喫した達也は、試合前に言ってた通り、空手を辞めた。空手で推薦入学したにもかかわらず、大学の空手部には仮入部すらしていない。
そして、あの日の問いかけの答えを求めてくる事も、なかった。
優勝してから改めて聞く事にするよ…という言葉は、前提条件が達成されずに、宙に浮いてしまって。
だから、私の答えも、ずっと言いそびれたままで。
「あー、食った食った」
大盛りをも超えた特盛の焼肉定食を平らげ、達也が満足そうに言う。空手は辞めたけど、達也自身はあの頃から何も変わっていない。日傘は差すし、糖質もほとんど取らない。今日は少しだけ白米を食べてたけど達也にとっての白米はかなりの贅沢飯だそうで、普段は豆腐や野菜サラダを主食にして肉ばっかり食べてる。
「なあ充希、お願いがあるんだけどさあ」
「何?またノート?」
「さすが幼馴染み、物分かりが良くて助かる」
「ダメ」
「そこを何とか。今日の昼飯代は俺が持つから」
「へえ、私のノートはお昼1食分にしか相当しないって言うんだ」
「い、いや、そう言ってる訳じゃないけど…」
ちなみに、今日の私のランチは大学生協の焼き鮭定食、450円。
「じゃあ、俺のサインでどうだ?今にネットオークションで万単位になるぞ?」
「もいっかい言ってみ?ビンタしたげるから」
「そこまでされるような事かよっ!?」
今年からは、もう達也にノートは貸さないと決めている。思えば、1回生(1年生)だった去年は甘やかせ過ぎた。ちゃんと大学生として自立してもらわないと、こっちがずっと疲れる。
「というか、仲の良い女の子沢山いるんでしょ?その子たちから借りれば?」
「うん、何か誤解してるようだけど、ノートを貸してくれなんてお願いできるのは充希しかいない」
「はあ?いつも違う女の子連れ歩いて?」
「連れ歩いてなんかいないだろがっ」
まあ、今のはちょっと、私の言い過ぎ。女友達は少なくないみたいだけど…
でも、どっちにしても、もう今年から私は達也を甘やかすつもりはないから。
「達也も西都大生なんだから、西都大生らしくマジメに講義受けなさいよ」
「それはそうなんだけど、ほら、俺は色々忙しいじゃん」
「何、その自分だけ特別忙しいみたいな言い方。バイトもしてないくせに」
「でもさ、俺の場合は毎日の練習と定期的に試合があるじゃん」
試合…そう、確かに達也には定期的に試合がある。
空手を辞めた達也だったけど、格闘技は辞めなかった。正確には、新しい格闘技を始めた。
その格闘技とは…キックボクシング。
………………………………………
「玲奈様、ようやく調査が一区切りしました」
西都大学のとある一室。女学生がファイル片手に言った。
「ありがとう、ご苦労様」
玲奈と呼ばれた女性が、まずは労(ねぎら)うように言って。
「じゃあ未華子ちゃん、早速だけどその調査結果を報告してくれるかな」
「かしこまりました」
未華子と呼ばれた女学生が、手にしたファイルから資料を取り出した。
「それでは読み上げます。まず、彼の名前は小野達也。小野妹子の小野に、タッチの双子のうち生き延びた方の達也と書きます」
「…今のは『タッチの主人公の』、で良かったんじゃない?」
小野妹子っていうのもどうなのかと思った玲奈だったが、そこはスルーして続きを聞く事にする。
「映像をコンピュータに解析させたところ、身長は185cm前後。足がとても長く、股下比率は50%強と推測しています」
「ご、50%強っ…!?」
間違いではありませんと言うように未華子は小さく頷いて。
「体型から推測するに、体重はおそらく75kg前後。ただし体脂肪率は一般的な水準をかなり下回っていると思われます」
「その根拠は?」
「はい。彼は自己推薦にて本学に入学しているのですが、その推薦事由は高校での部活動の成績でして」
「スポーツ推薦という訳ね」
「高校時代は空手部に所属し、組手無差別級にて1年、2年とインターハイを連覇、3年時は準優勝という輝かしい成績を収めています」
「インターハイって、全国大会って事よね?」
その通りです、と未華子が頷く。
「素晴らしいじゃない…今までにいなかった逸材よ」
「ですが成績は並だったようで、言うまでもなく一般入試にて本学に入学できる学力は持ち合わせていません。中学校時代の成績もごく平凡だったようです」
「なるほど。でもそんなのはどうでもいい事だわ」
「…そうでしょうか?」
「ええ、続けて」
未華子が資料をめくる。
「続いて、現在は特定の恋人はいないようです」
「あら意外。どうしてかしら?」
「それは分かりませんが、ただし友達以上恋人未満と言えるような女性が一名存在しているようです」
「へえ、どんな女性なの?」
「彼と同じく本学の経済学部に在籍する高倉充希という学生です。彼女についてはまだ詳しく調べられていませんが、どうやら二人は高校の同級生だったようです」
「その子は可愛いの?」
「あくまで私の主観ですが、普通に可愛いと思います」
「そうなんだ。どうして付き合わないのかしらね」
「続いて、極めて重要な彼の女性遍歴ですが」
極めて重要、と未華子は強調しつつ。
「彼は幼い頃から相当モテてきたようで、これまで複数の女性との交際経験を確認できました。加えて、女性経験そのものも決して少なくはないようです。今回の調査では、かつて彼と交際していたというA子さんの証言を得る事に成功しました」
「やるじゃない。で、どうだったの?」
「A子さんの証言では、彼はベッドの上でもとても力強く、私はアッサリとKOされて(イかされて)しまった、と」
「…よくそんな証言が取れたわね」
「さらに、彼のモノはとてもビッグで、そのため当時愛用していたゴムは市販されている製品の中でも最大級のサイズのもの、だったという事です」
「何それ…本当だとしたらそんな素晴らしい事はないわ」
「やはり大きい方が良いのでしょうか?」
「大きければ良いと一概に言える訳じゃないけど、男性器のサイズと精力は比例する傾向にあるわ」
最高の逸材ね、玲奈はそう呟いて。
「で、そのデカチン君は今も空手を続けてるの?」
「玲奈さん、呼称がおかしいです」
未華子は一応そうツッコミを入れてから。
「彼は既に空手は辞めて、現在はキックボクシングに転向しています」
「キックボクシング?」
「昨年の夏休み頃からプロのキックボクサーとして活動、この1年弱で7戦を戦い全勝、しかも全ての試合で1ラウンドKO勝利という記録を収めています」
「…本当に素晴らしいわ」
玲奈が満足そうに頷く。
「私からの報告は以上になります。その他細かいデータは玲奈様の目でお確かめください」
そう言って未華子が手にしていた資料を玲奈に渡そうとするが。
「必要ないわ」
玲奈は差し出された資料を受け取ろうともせず。
「デカチン君…何が何でもスカウトしなさい」
「…小野達也くんです」