試合が終わっても、興奮の余韻はしばらく冷めなかった。どよめきとざわめきと拍手が入り混じった、異様な雰囲気が会場全体を覆っている。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
達也は肩で息をしていた。マウスピースを外すのも忘れたまま、口で酸素を求める。観客と同様、彼もまだ興奮の中にいた。
しかし、そんな中でも勝利者インタビューの準備は着々と進んで。
気が付けば、まだ興奮状態の達也を取り残すようにして、リングの上はラウンドガールやら女子アナやらで華やかになって。
「――それでは、見事なKO勝利を飾りました、小野達也選手のインタビューです!」
「…え?」
フジテレビの看板女子アナ『サトパン』こと佐藤真美が達也にマイクを向けた。
「――小野選手、見事な勝利でした。率直に今のお気持ちをお願いします」
「え…あ、はい?」
熱くなり過ぎていたから、何を聞かれたかすら分かっていなかった。だからもちろん、何と答えればいいか分からなくて。
何だ?何を言えばいいんだ?まだ熱い頭を必死に回転させて、ようやく出てきた言葉は…
「あの…ホントに申し訳ないんですけど、ちょっと座りながらインタビュー受けてもいいですか?」
「――へ?」
「実はまだ、ここが結構痛くて…」
ギャグと本心の中間。達也がグローブで自分の股間にぽんぽんと軽く触れると、その仕草に客席から大きな笑いが起きた。
「――そ、そうですよね。椅子を用意しましょうか?」
「いや、ここで大丈夫です」
そう言って、ゆっくりとその場に腰を下ろす。まるでお爺ちゃんのような弱々しい仕草に、また客席からどっと笑い声が響いた。
「――そ、それでは改めまして、見事なKO勝利を飾った小野達也選手にインタビューをしたいと思います」
達也に合わせるようにしゃがみ込んだサトパンが、再度達也にマイクを向ける。
「――とても大きな注目が集まった試合でしたが、小野選手が試合前に言っていたように、見事『国民の期待』に応えましたね?」
その質問自体に、客席から歓声が沸き起こる。
「えー…そうですね。いや、良かったです。ホッとしてます」
この辺でようやく、達也も冷静さを取り戻したようで。
「――試合前は相当なプレッシャーがあったと思うんですが?」
「少しはありましたけど、でも皆さんの応援のおかげで乗り越える事ができたと思います」
「――途中、アクシデントで試合が中断しました。そして再開してすぐに物凄い打ち合いになりましたが?」
「打ち合い…まあ、そうですね。あんまりクリンチしたいと思わない相手だったんで」
「――最後、試合を決めたラッシュの時の小野選手の表情は鬼気迫るものがありました」
「え、俺そんなに怖い顔してました?」
ホントに?という表情で達也は聞き返してから。
「誤解しないでください。普段の自分、全然怖い人間じゃないですから」
ユーモアたっぷりの返しに、また客席がどっと沸いた。
「――この試合に向けては、おそらく様々な対策を立てて臨んだと思うんですが?」
「そうですね。パク選手とオリンピックの決勝で戦った山本選手にスパーリングをお願いして、しっかりテコンドー対策を立ててきました」
「――対策はバッチリだったんですね」
「ええ、山本選手には感謝の気持ちでいっぱいです」
山本を立てる達也の言葉に、客席から拍手が起こる。
「――パク選手は日本人にとって因縁の相手と言えると思うんですが、実際に戦ってみてどんな印象でしたか?」
「うーん、そうですね…」
既にパクは担架で運ばれ、セコンド陣も全て引き揚げていた。無人のコーナーに達也はちらりと視線をやってから。
「いや、さすがオリンピックチャンピオンというだけあって、想像してたよりずっと強い相手でした。凄くいい右をもらってしまって正直結構効きましたし、あのローブローにしてもボディに来てたらかなり危なかったかもしれないですし」
パクを立てるような言葉に、会場がにわかにざわついた。
でも、これは達也の狙い通りの『フリ』で。
「打ち合いも一歩間違えばどうなるか分からなかったと思いますし、本当にやりにくい相手でした。ですけど…ですけどっ…!」
わざと一呼吸置いて、客席のざわめきが静まるのを待ってから。
「スパーリングさせて頂いた山本選手と比べると、全然弱かったですっっっ!!!!」
マイクに口を近づけてビシッと決めた一言に、この日一番の歓声が場内を包む。
日本の格闘技界に、新たなスターが誕生した瞬間だった。
3章終了です