達也の次戦は10月7日の土曜日に決まった。舞台はもちろんREALである。
前回の試合からわずか2か月足らずという短い間隔でリングに上がる事になったが、体にダメージは残っておらず全く問題はなかった。相手は25歳の日本人選手で、あまりメジャーではない団体に属しているために名の通った選手との対戦経験こそ乏しいものの、これまでの通算成績は19勝2敗、目下12連勝中と今最も勢いのあるキックボクサーの一人だった。これがREAL初参戦だったが、ファンの中には達也に一泡吹かせるのではないかという声も少なからずあった。
だが、そんな一部ファンの予想は全く当たらなかった。いざ試合が始まると、達也が圧倒的な強さを見せ付ける展開となった。長いリーチで間合いを取って主導権を掴み、手数で圧倒しつつ上下に攻撃を散らして着実にダメージを与える。ボディーとローキックで下への攻撃を意識させ、最後は1ラウンド2分30秒過ぎ、相手のガードが下がった瞬間に必殺のハイキックを顎に突き刺して失神KO勝利を飾った。
この試合で達也が繰り出したハイキックは、フィニッシュとなった1発だけだった。もちろんそれは達也のプラン通りだった。不用意にハイキックを打って大ピンチを招いたパク戦の反省から、今回は必殺技は最後の最後まで取っておこうと決めていたのだ。まさに狙い通りの『一撃』でREALが用意した刺客を難なく退け、これからは達也を前面に押し出していきたいと考えているREAL運営の期待にも見事に応えた。また、2試合続けてハイキックでの失神KOフィニッシュはファンのハートを鷲掴みにし、この頃から達也には『キックの王子様』というイケてるんだかダサいんだかよく分からないニックネームも授けられるようになった。
と、REAL3連勝を飾り強さを見せ付けた達也だが、種付けの方も本業の格闘技に負けず劣らずの驚異的な実績を積み上げていった。
女性の妊娠確率は年齢に大きく依存する。達也が種付けする女性の年齢は平均するとだいたい35歳ぐらいという所だが、普通の男性が35歳の女性と子づくりに励んだ場合、最も妊娠する確率が高いとされる排卵予定日2日前に狙いを定めて中出ししたとしても、10回に1回妊娠すればいい方である。超危険日を狙い撃っても妊娠確率1割以下、それが35歳女性の現実なのだ。ところが、達也の種付け一発成功率は約4割という驚異的な数値を記録していた。これはもう誤差の範囲では有り得ず、達也の精子の受精能力の高さが桁違いである事の証明に他ならなかった。
毎月のように複数の女性が達也の種付けによって妊娠し、達也の元を卒業していった。記念すべき第一子となるタクト君がこの世に生を受けた翌月には別の女性が第2子となる女の子を産み、さらにほとんど間髪置かずに第3子となる男の子が誕生した。そして来月以降も、かつて種付けした女性たちの出産予定が続々と控えているというのだから…驚愕と言うしかなかった。
しかも達也が有名人になった事で、種付けを希望する女性も激増する事になってしまった。というのも、以下に示すのがHFPにおいて女性が種付けを受けるに到るまでの簡単なフローチャートなのだが。
1.種付けを希望する(種付けに興味を持つ)依頼者がHFPに面談希望のメールを送付
2.メールを受け、玲奈が依頼者と面談。
3.種付けを受けたいという意思が強固であると確認できた依頼者に対し、男性スタッフ(=達也)を紹介
4.達也から種付けを受けたいと思った依頼者がHFPに本登録
5.本登録後は性病検査等の諸検査を経て、あとは種付けの順番がまわってくるのを待つ(順番は依頼者の年齢や生活環境、さらには達也の希望などを勘案して玲奈が決定)
実はこれまでは、上記の3~4の部分で「やっぱり考え直します」と種付けを思いとどまる女性も少なくなかったのだ。最初は種付けを希望していても話が具体的になるにつれて恐怖心を感じたり、あるいは達也がまだ学生であるという事を否定的に捉えたり、はたまた達也のキックボクサーという経歴に「怖そう」という印象を受けて嫌悪感を覚えたり…と、実は達也は自分の知らない所で、かなりの数の女性から拒否されていたのだ。まあ、いくら達也の見た目やスタイルが整っているとはいえ、まだ20歳そこそこのキックボクサーに抱かれなければならないとなると、ベッドの上でどんな乱暴されるか分からない…と女性が考えるのはある意味自然っちゃ自然なのだが。
しかし達也がパクに勝って国民的な人気者になってからというもの、状況はガラリと一変。玲奈が達也を紹介するや否や依頼者は例外なく驚きの表情を見せ、「本当に達也くんに種付けしてもらえるんですか?」「というかぜひとも達也くんに種付けされたいです!」と、達也を拒否する女性など一人もいなくなってしまったのだ。
そんな状況だから、夏から秋にかけて達也の種付けがさらにペースアップしたのは当然だった。毎日毎日…とは言わないまでも、少なくとも2~3日に1回は種付けをこなさなければならない日々が続いた。2~3日に1回ぐらい大した事ないじゃんと思う方もいるかもしれないが、達也がそこらのニートではないという事を忘れてはならない。達也はただでさえ大学生とプロ格闘家という2足のわらじを履き、トップアスリートとしての実力を維持できるだけのトレーニングを日々行っている身なのだ。しかも人気者ゆえにメディアの取材なども多く、完全な休養日などただの1日も存在しないような日々だった。
しかし、種付けマシーンさながらの生活も、秋が深まるにつれてそのペースは落ちていった。というか、落とさざるを得なかった。
なぜなら達也は、REALにとって一年で最大のイベントとなる大晦日のリングに上がる事が確定していたからである。
そして、その対戦相手が達也に打診された…のだが。
………………………………………
「え…金田悠希?」
晴香から告げられた対戦相手の名前を、達也はつい復唱してしまう。
「もちろん、聞いた事はあるわよね?」
「そりゃまあ、もちろん知ってますけど…」
困惑したような表情を浮かべる達也。だが、それもその筈で。
「金田悠希って、あの金田兄弟のお兄さんの方?」
こくりと晴香が小さく頷く。
金田兄弟というのは、現在の日本格闘技界で最も有名と言っても過言ではない存在である。といっても弟の陽希(ようき)はまだデビュー間もない選手であり個人としての知名度はそこまで高くない。金田兄弟が有名なのは、ひとえに兄・悠希の存在があってこそである。
では、今現在日本で一、二を争うほどに有名な格闘家である金田悠希とは一体如何なる選手なのか…を紹介する前に。
「で、俺はその金田の兄さんと、キックボクシングで戦うんですか?」
達也が聞く。しかし晴香は小さく首を振って。
「できれば総合ルールで戦ってほしいというのが、REALからの要望なの」
「…なるほど」
達也が渋い表情を見せる。
そう、金田悠希はキックボクサーではなく、寝技や関節技も含めて何でもありの総合格闘技を主戦とするMMAファイター(総合格闘家)なのである。
「まあ、時代は総合格闘技全盛ですもんね…」
と達也が言う通り、現在の格闘技で最も人気を誇るのは間違いなく総合格闘技だった。しかも、断トツと言っていだろう。やはり打撃・寝技・関節技の全ての技術が必要となる総合格闘技こそ最強と考えるファンは多く、実際REALにしても、行われる試合の8割以上が総合格闘技ルールである。
「もちろん試合を断る事はできるわ。でも、今後REALへの出場がどうなるかは分からないけど…」
「じゃあ、まあ断りましょうかねえ」
「私の本心を言うと、できれば出て欲しいかなぁ…なんてちょっとだけ思ったりもするんだけど」
「俺今年頑張ったし、大晦日ぐらい休んでも良くないですか?」
「まあ、そうなんだけどね…」
晴香がぼそっと達也に耳打ちする。
それは、REALから提示されている今回の試合のファイトマネーで…
「…マジっすか?」
「マジなの」
「…マジかよ」
達也が絶句する。これまでのREAL2試合でも結構なファイトマネーが出ていたが、聞かされた金額は全くケタが違った。
「やっぱり大晦日ってスポンサーの規模も全然違うんだって。しかも達也くんと金田悠希でしょ?普通に大晦日のメインを張れる試合だから、って」
「すげぇな大晦日…」
お金には全くと言っていいほど執着のない達也だが、さすがに目を逸らせない金額だった。目がくらむ、という訳では決してないのだが…
(ていうかそんなに貰えるなら、最悪負けても引退して一生暮らしていけんじゃん?)
それだけの金積んだら、充希も自分の事惚れ直すに違いないよな…何てゲスな事もつい考えてしまう。お金で充希の心を買おうとしてると言うとサイテーなのだが、財力は武器である事も間違いない訳で…剛力〇芽もどう見たってあのオジサンが持ってるお金に目がくらんでた訳で。
「まあ、それだけのニンジンを目の前にぶら下げられて、敵前逃亡するのはプロ失格ですよねえ…」
と口にする達也の表情には、あまり自信が宿っているようには見えなかった。
「どうする?受けるって返事してもいいかな…?」
「いや…もうちょっと考えさせてください」
試合に対する恐怖心を抱く事がほとんど無い達也だが、今回ばかりはさすがにすぐには結論を出せなかった。
その理由は、提示された試合が総合格闘技ルールだからというのが最も大きいのだが、相手が金田悠希だから、というのも確実に大きな理由だった。
なぜなら金田悠希は、一言で言うと悪名高い選手だからである。