金田陣営は達也との再戦を熱望した。金田としては試合の結果に納得しておらず、再戦すれば必ず勝てるという思いだった。
だが達也は、金田の再戦要求に対してまともに取り合おうとしなかった。そもそも自分としては最初から好んで総合ルールでの試合を受けた訳ではないのに、どうして同じルールでの再戦を受けなければならないのかと。それは達也のみならず晴香も同じ思いだった。なので金田の再戦要求に対してはFAILYの名義で「キックボクシングルールなら考えなくもない」という素っ気ない声明を出すにとどめられた。
とは言いつつも、REALは基本的には総合格闘技がメインのイベントである。達也が戦いの場をREALに求めるなら、今後も総合格闘技ルールでの試合を避けては通れないだろう。なので練習では、従来の立ち技でのトレーニングに加えて寝技の訓練も継続した。ただし、そのパートナーは香菜をはじめとした女子選手であり、達也が男子選手との寝技スパーリングを頑なに拒否するのは全く変わらなかった。
しかし、この時の達也は依然としてメディア対応に追われ、練習に多くの時間を割けない日々が続いていた。
メディアというものは旬の人物をこれでもかと起用する。達也にとっては年明けから年度変わりの3月末頃までの間がまさにメディア露出のピークであり、テレビ番組の収録やCMなどのメディア案件のオファーが途切れなかった。
達也が芸能活動に追われてまともに練習できていない間も、REALは達也を主役としたイベントの準備を着実に進めていた。パクと金田を連覇して国民的ヒーローとなった達也はREALにとっても待ち望んでいた新世代のスターであり、これからは達也を前面に押し出して大会を運営していくという方針を明確に固めていた。
2月の中旬、REALは達也の次戦の相手を決めるべく、日本国内の強豪キックボクサー8人を集めてトーナメント戦を開催した。看板選手の相手を決定するための『予選』を実施するというのはREALでは度々行われる手法であり、思い返せば達也も1年前に同様のステップアップ・トーナメントを制してスーパースターとなるチャンスを掴んだ。ただ、当時のトーナメントも含め同様の試みは通常4人で行われる事が多かったのだが、今回の参加人数は8人。これもまた、他を圧する達也人気の表れと言えるかもしれない。
実力者8人による挑戦者決定トーナメントを制したのは清水諒という選手だった。くしくも達也と同じく空手からキックボクシングに転向した選手で、REALの舞台でもこれまで何度も国内外の強豪と戦い、そして何度も勝利した経験を持つ実力者だった。
とはいえ、この挑戦者決定トーナメントにあたっては、清水の下馬評は決して高くなかった。というのも清水は確かに実力者である事は間違いないのだがもう33歳とベテランの域に入っており、20代の頃に比べて力は衰えたという評も聞かれる選手だったからである。実際、清水がREALの舞台に登場するのは3年ぶりだった。
なので挑戦者決定トーナメントでは苦戦を予想する声が多かったのだが、清水は豊富な経験を活かしたクレバーな戦いで1回戦、2回戦をしぶとく突破。その勢いのまま決勝戦も僅差の判定勝ちを収め、達也への挑戦権を見事に掴んだのだった。
間もなく、3月24日にREAL~春の陣~が開催される旨がアナウンスされ、そのメインカードとして達也と清水の試合が行われる事も併せて発表された。達也にとっては初めてREALでメインイベンターを務める事になる。名実共にREALの顔…ひいては日本格闘技界の顔となった証明とも言えた。
達也への挑戦権を掴んだ清水は「負けたら引退する」と公言して自らを奮い立たせ、元気な若手でもついて来られないようなハードトレーニングを重ねた。清水にとって達也との一戦は己の格闘技人生を懸けるに相応しい大一番、自身の集大成を見せるという強い決意で、徹底的に自分自身を追い込んだ。
だが、一方。
清水の挑戦を迎え撃つ達也は、試合が近付いても全く気持ちが乗って来なかった。というより、メディア対応に時間を取られてなかなか格闘技の方に軸足を移せない日々が続いていた。試合が決まってもなお、メディアは達也を自由にしてくれなかったのだ。ただ、それも無理のない事だったのかもしれない。何せ達也が出演したテレビ番組は軒並み高視聴率を記録し、達也をCMに起用した商品の売り上げは軒並み好調だったのだから。他にもモデル活動やイベント出演といった多種多様なオファーが舞い込み続け、とてもじゃないが試合に集中できるような環境ではなかった。
そうしてまともな調整もできないまま、ついに試合の日を迎えてしまった。
3月24日。REAL~春の陣~、いよいよメインの試合を残すのみ。
まずは青コーナーから清水が入場する。リングに上がりライトを浴びるその肉体は完璧に仕上がっていた。無駄な肉が一切無く腹筋がくっきりと浮かび上がっているのが遠目からでも分かる。その姿はとても33歳の選手のものとは思えず、この試合のために究極の調整を施してきた事を伺わせるに十分な仕上がりだった。
続いて、赤コーナーから達也が登場する。清水の時とは比較にならない、割れんばかりの歓声だ。
だが、主役であるはずの達也だが、この日の調子は決して良いとは言えなかった。もちろん素晴らしい肉体を誇っていはいるのだが、向かい合う清水と比べると筋肉の張りも体の締まり具合も若干見劣りしているような感は否めなかった。
達也自身、調整不足は誰よりも分かっていた。さらには相手が自分を倒すために最高の調整をしてきたという情報も得ていたし、実際に向かい合って清水の体を目にして、それが嘘ではないという事も一瞬で分かった。
だからこそ達也はこの試合を。
力ではなく戦術で制するしかない、そう思っていた。