※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

53 / 92
5-10 怒ってます

 イベントは大成功のうちに終わった。ノーギャラに近い格安ファイトマネーで出場した達也は『knock out』に莫大な収益をもたらし、不遇の時代に東南アジアからせっせと対戦相手を探し続けてくれた古巣に最高の形で恩返しを果たした。 

 一方、REALは危機感を抱いていた。達也不在の中で開催された8月の大会はチケットの売り上げこそ当然のように完売だったがテレビの視聴率は伸び悩み、中継するフジテレビには「どうして達也がいないんだ」という抗議の電話も多数寄せられた。大晦日に次ぐ規模のイベントと位置付けている真夏の大会で主役となるべき選手を出場させられなかった代償は小さくなく、スポンサーも水面下でREALに強烈な不満を示した。

 そんな経緯もあって、REALは続く10月大会には何が何でも達也を出場させなければならなくなった。スーパースターの2大会連続欠場などファンもスポンサーも納得しない。REALは達也に大して総合格闘技ルールのオファーを取り下げる事で、何とか10月大会出場の確約を取り付けたのだった。

 しかし、肝心の対戦相手選びが難航を極めた。

 REALにはあらゆるジャンルの格闘家が集う…といっても基本的には総合格闘技の試合を中心としている団体であり、海外の主要キックボクシング団体との太いパイプは持ち合わせておらず、したがって有力な外国人キックボクサーを招聘する力には欠けていたのだ。なので対戦相手は日本人から探す事が基本線になるのだが、日本人選手の有力どころは今春に開催した達也への挑戦者を決めるトーナメント(優勝者:清水諒)で既に消費してしまった。清水の後塵を拝した選手との試合を今さら組んだ所で盛り上がりに欠けるどころか、そもそもあの挑戦者決定トーナメントは何だったんだという話になってしまう。困り果てたREAL運営は10月大会の達也の対戦相手を『X』(エックス)と発表し、その詳細は試合直前まで伏せる事にした。まるで正体不明の未知の強豪を連想させるような仕掛けだが実際は相手が見つかっていないだけ、エンターテインメント業界が困った時によく用いる常套手段である。

 と、達也のマッチメークに四苦八苦するREALだが、当の達也は対戦相手が一向に伝わってこない状況に不信感を募らせていた。というのもREALは達也に対して「対戦相手が見つからない」と正直に伝えるのではなく、「対戦相手はほぼ内定しているが諸事情で発表できない」というような虚偽の説明をしていたのである。本当の理由を言ってくれれば達也ならすんなり納得しただろうが、「対戦相手は決まってるけど教えられない」では話は別だ。達也は試合前に相手選手の事前研究を欠かさないタイプである。しかし対戦相手が不明とあれば、事前研究などできる訳もない。REALが仕掛ける演出の犠牲にされているというのが達也の認識だった。

 結局、達也の対戦相手が発表されたのは試合のわずか2日前、相手はキム・ソンヨンという韓国人ファイターだった。だが、対戦相手が達也に通達されるよりも早くメディアに向けて発表がなされ、達也の不信感はさらに増幅した。まずは俺に伝えるのが筋だろ、それをすっ飛ばして先にメディアに発表するのはいくら何でもおかしいだろ、と。

 そんな達也の不信感は、間もなく怒りへと変わる事になる。もう試合に向けて対策に取り組む時間も無いがそれでも何もしないよりはマシと考えてキムの映像を探したのだが、どれだけインターネット上を探してもキムの試合映像を見つける事ができなかったのだ。動画サイトに見つからないのはもちろん、Go○gleやYah○oで検索してもそれらしき人物は見つからず、ついには韓国の大手検索サイトにアクセスして「キムソンヨン」をハングル翻訳して検索してみても、出てくるのは同姓同名と思しき若手俳優の情報ばかり。結局試合映像はおろかキムのプロフィールすら見つける事ができず、さらにそんな検索を繰り返したものだからパソコンが達也を「韓国に興味あり」と認識してしまい、普通にインターネットをしているだけでも画面の端に韓国系の広告が多数現れるようになり、挙げ句の果てにはAmaz○nをチラ見しただけで「あなたへのオススメ商品」として韓流ドラマのブルーレイが表示される始末。「こんなもん興味あるか!!」と強めの独り言を口にしてしまうほどにフラストレーションは溜まりに溜まった中で試合を迎える事になってしまったのだった。

 

………………………………………

 

 達也の相手がキム・ソンヨンに決まった経緯は、端的に言うと最後まで適切な対戦相手を見つけられなかったという事に尽きる。達也とまともに戦えそうな実力者を用意できぬまま時間切れとなり、仕方なく韓国に矛先を向けたのだ。日韓戦にしておけばそれなりに盛り上がるだろう…というような、ややもすれば安易とも言える妥協案の産物が今回の試合だった。

 だがREALは、後にこの安易なマッチメークを本気で後悔する事になる。その証拠に、この試合を最後に達也がREALのリングで韓国人と戦う事は一切無かった。

 達也の試合は言うまでもなく大トリである。これでREALでは清水戦、リプスコンプ戦に続いて3戦連続のメインカード。完全に日本格闘技界の顔だ。

 試合が順調に進み、ついに達也の出番となった。赤コーナーから達也が登場し、眩(まばゆ)いばかりのスポットライトが注がれる。

 いつも通りの、爽やかながらも闘志十分の表情だ。これから始まる試合へ向けて勝利だけを見据えて気合いに満ち溢れた、そんな表情。

 だが実の所、達也の表情は普段とはほんの少しだけ違った。パク戦以降に達也のファンになったような女の子にはまず分からないだろうが、達也をよーく知っている人が見たら「あれ?」と思う…かもしれない…ようなちょっとした違和感が、達也の爽やかな表情の裏にうっすらと影を落としていた。

 というかぶっちゃけ、その違和感に気付いたのは世界でたった1人だけだった。充希である。

「あ、怒ってる…」達也の表情を見た瞬間、充希は達也が珍しく怒っているのを察した。何でそう感じるのか具体的に言葉で説明せよと言われると難しかったが、でも達也が怒りを必死に隠そうとしている事は画面越しにハッキリと分かった。怒りのオーラが出ている、という感じで。

 実際、達也は怒っていた。達也の認識では「かなり前から対戦相手はキムに決まっていたが、何らかの事情でそれを明かしてもらえなかった」である。ならばキム本人は自分と戦う事を前もって分かっていた訳だから、今日のためにしっかりと対策ができたに違いない。それはいくら何でも不公平すぎるだろ!と。

 そんなセコいマネをしてまで勝ちたいか…達也のはらわたは煮えくり返っていた。直前まで姿を隠しやがって…もっと堂々と来いよ、それがスポーツマンシップってもんだろが!と。

 そして試合は、そんな達也の怒りが凝縮したような展開になった。

 開始直後、達也は様子見する素振りすら見せず、いきなり猛攻に出た。相手は自分の事を研究して対策を練ってきてるだろうからあまり長期戦に持ち込みたくないという思惑もあったのだが、それより何より、相手の対策なんて無意味になるぐらいボコボコにしてやるぜ!という勢い任せの猛攻という意味が大きかった。

 ただ、達也の認識はREALの虚偽説明から生じた誤解であり、実際の所はキムにもこの一戦への対策をする余裕など全く無かった。キムに達也戦が打診されたのは試合のわずか1週間前であり、むしろ達也よりもタイトな調整を強いられたぐらいなのである。

 そして何より、キムは弱かった。調整や対策云々以前に、達也と対峙するには圧倒的に実力が不足していた。それもその筈、REALは今回の試合の対戦相手を韓国人から探すにあたって、万が一にも達也が負ける事のないよう、実績的に大きく見劣りする選手を選んだのである。達也がいくら調べてもキムの試合映像やプロフィールを探し出す事ができなかったのは、彼が韓国国内でも全くと言っていいほど無名の存在だったからなのだ。

 そんな選手が達也に怒りの矛先を向けられては、悲惨な結果が待ち受けているのは火を見るよりも明らかで。

 開始早々の連打に対してキムは必死にガードを試みるも、達也の猛攻を受け止められる筈もなくたまらず後退。そんなキムに対して達也は強烈なボディーので半ば強引にガードを下げさせ、直後に右ストレートで顎を打ち抜いてゲームセット。試合時間19秒はデビュー戦で打ち立てた記録を4秒縮める、自身の最短KO記録となった。

 達也にとっては、まだ殴り足りない気持ちがあったのも事実だった。敢えてガードの上ばかり狙ってコーナー際でサンドバッグにしてやろうかとも思った。だがぐっと堪えて顎への狙い撃ちで失神させたのは、せめてもの武士の情けだった。

 

 

 大楽勝で連勝を伸ばした達也だが、試合が終わってもまだ怒りは収まっていなかった。

「さすが達也くん、全く相手にしなかったわねっ」

 晴香をはじめFAILYのスタッフが達也にねぎらいの言葉をかける。

 …が、当の達也は何を言われても無言。憮然とした表情で晴香たちの言葉を聞き流す。

 そんな不穏な様子を察して、徐々に誰も声を掛けづらくなり…

「ね、ねえ、達也くん?」

 おそるおそる、晴香が聞いた。

「もしかして…怒ってる?」

「ええ、怒ってますよ」

 晴香にしても、達也が今回の試合に到るまでの経緯に不快感を覚えている事はヒシヒシと感じていた。ただ、試合が完勝に終わって怒りはもうだいぶ解けたものと思っていただけに…

「で、でも、試合は達也くんの完勝だったじゃない」

「そんなの関係ないです」

「勝利者インタビューも笑顔で受け答えしてた…よね?」

「プロですから当たり前じゃないですか」

 笑顔でインタビューを受けていた達也だが、内心ではずっと気分が悪いままだった。この際、大観衆の前で一言文句言ってやろうか…そんな思いを我慢しながらインタビューに応じていたのだ。

「晴香さん」

 その時、達也が何かを思いついたように口を開いた。

「な、何…?」

「今回の件、FAILYとして正式な抗議をREALに出しておいてください」

「こ、今回の件っていうのは…」

「言わなくても分かるでしょ」

 もちろん、晴香も分かってはいる。

 ただ、ウチみたいな弱小ジムがREALと事を荒立てるのはちょっと…と思っていると。

「晴香さん」

「ど、どうしたのっ…?」

「俺、FAILYにそこそこ貢献してきましたよね?」

「そ、そこそこどころか、達也くんがいなかったら今のFAILYは存在しないわ。ホント、物っ凄く感謝してるわよっ…」

「今回の件をスルーするってんなら、俺、マジで移籍しますからね」

「じょ、冗談言わないで頂戴っ…するっ、すぐ正式に抗議するからっ…」

 

 後日…というか翌日、FAILYはREALへ正式な抗議文書を送付した。

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