19秒KO劇となった一戦の反響は大きかった。
だがその反響は達也への賞賛というよりも、試合そのものに対する批判的な声が圧倒的に大きかった。
「何だあのクソ弱い韓国人は」
「Xとか言って散々引っ張っておきながらアレはマジないわ」
「あの韓国人にファイトマネーが出てると思うと胸糞」
「REALはもう二度と韓国人をリングに上げるな!」
SNSは大荒れ。加えてFAILYが正式に抗議を行った事も、SNS炎上のガソリンとなってしまった。
と、非難轟々と一戦となってしまったのだが、ファンは達也には同情的で。
「ただでさえ忙しいのに、あんな試合を強要された小野選手が気の毒でならない」
「日本格闘技界の至宝を無駄遣いするな!」
「というか小野選手を韓国人と関わらせた事自体が罪」
「小野選手の人気と韓国を利用して金もうけに走るREAL」
「そもそも去年の大晦日に総合ルールで金田兄と戦わされたのも意味不明」
「8月の大会に出場しなかったのも、無茶な試合をオファーされてたからなんだろうな」
「REALは小野選手に土下座しろ!」
といった具合でREALに総攻撃状態。これにはREALもたまらず「今回のマッチメークに関して、小野選手及びFAILYをはじめとする関係各位の皆様に多大なご迷惑をおかけした事、心よりお詫び申し上げます。今後はこのような事が無いよう、小野選手に相応しいマッチメークを徹底する所存です」と謝罪声明を発表するに到った。
天下のREALを謝罪に追い込むのだから達也の影響力たるや恐るべし…なのだが、当の達也はやっぱり納得していなかった。なぜなら、REALが一体何に対して謝罪したのかサッパリ分からなかったからである。そもそも達也は、対戦相手が直前まで不明だった事と対戦相手の発表が自分ではなく先にメディアに大して行われた事に怒っていた。だがREALの謝罪はあくまで「マッチメークに関して」でしかない。これじゃまるで俺が「もっと強い奴と戦いたい、キムのような弱い相手は勘弁してくれ」とゴネてるみたいじゃねーか!と。
とはいえ過ぎた事をウダウダ言い続けるのはみっともないし、何より一応は謝罪を引き出して多少なりとも溜飲は下がったから、達也もこれ以上は何も言わない事にした。内心では「別に強敵と戦いたくなんてないんだけどな…」と思いつつ。
しかしREALとしては、大晦日には何が何でもファンが納得する相手を達也にぶつけなければならなくなってしまった。それまでREALでは「最悪、大晦日は小野に炎上系ユーチューバーをぶつければ数字(視聴率)は取れるだろ」といったとても『リアル』とは思えないような意見も出ていたのだが、一連の騒動を経てそんなフザけた案は全て霧散。REALという看板の威信にかけて、実績十分の立ち技選手を探し出さなければならなくなったのだ。
だが、そこはやっぱり日本格闘技界の頂点に君臨する団体。そのリングに上がる事は、日本の格闘家にとって最大の夢。
達也が大晦日で戦う相手は、以外にもすんなりと決まる事になる。
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12月。この日は某民間企業が主催する「新語・流行語大賞」の発表日だった。
今年は二つのフレーズが大賞を同時受賞した。一つは『じぇじぇじぇ!』というフレーズで、受賞者は今を時めく大人気若手女優の高橋ひかり。彼女がヒロインを演じたドラマは社会現象とも言うべき爆発的ヒットを記録し、その作中で多用されたセリフが文句なしで大賞に選ばれた。
そしてこの『じぇじぇじぇ!』と並んで大賞を受賞したもう一つのフレーズは…『秒殺』。受賞者は…そう、達也である。
圧勝に次ぐ圧勝で秒殺というフレーズを世間に広く流行らせたというのが授賞理由だ。
「流行語大賞受賞、おめでとうございます~」
舞台に上がった達也とひかりが並んで祝福を受ける。だが、笑顔を振りまくひかりとは対照的に、達也はどこかバツが悪そうだった。
確かにこの所、秒殺というフレーズは流行っていた。そのきっかけが達也である事も確かだった。とはいえ『じぇじぇじぇ!』と比べると、どっちが流行しているかは誰の目にも明らかだった。何せ『じぇじぇじぇ!』は、今やお爺ちゃんお婆ちゃんから幼稚園児まで当たり前のように口にするフレーズなのだ。
「こんな素晴らしい賞を頂けるなんて思ってなかったですから、とても驚いてます」
一応は笑顔を作りつつも、大して嬉しそうでもない達也。それどころか、早く家に帰りたいというのが本音だった。
また、達也がそう思うのは他にも理由があって。
「小野選手はやっぱり、プライベートで女性にアタックする時も秒殺狙いですか?」
司会者から連発されるくだらない質問を、ホントに勘弁してくれよという心境で。
「いやいやそんな…というか試合でも別に秒殺を狙ってる訳ではないですから…」
何が秒殺だよ。充希を落とすのに何年かかったと思ってんだ…なんて口にする筈もなく。
「それにしても小野選手とひかりちゃん、絵に描いたような美男美女ですよね。どうですか、この際付き合っちゃうっていうのは?」
「ホントにやめてくださいって。高橋さんのファンに怒られますからっ…」
「(ひかり)んー、私はそれでもいいですけどぉ…」
「ちょ、高橋さんも何言ってるんですかっ…」
ひかりの悪ノリに達也は思わず「はぁ…」と心の中でため息。この辺のくだりは絶対にテレビに乗せないでくれよなと思いつつ。
「ところで小野選手、先日ついに、大晦日の対戦相手が発表されましたね」
「え、ああ、はい」
突然話題を本業の格闘技に切り替えられて、瞬間的にホッとしていると。
「ボクシング元世界チャンピオンの石山選手と戦う事が決まりました。もちろん秒殺狙いですよね?」
「で、ですから、秒殺は狙ってませんから…」
それこそ秒で否定する。何せ大晦日に対戦する相手は、今もちらっと出たようにボクシングの元世界チャンピオンなのだ。秒殺を狙うなどと軽々しく口にしていい訳がない。
石山信弘、34歳。元WBA世界スーパーウェルター級暫定王者。
ただ、この肩書きをもってボクシング元世界チャンピオンと形容して良いかどうかは、実はかなり微妙だったりする。というのも、詳しい話をしだすと長くなるので端的に述べるが、近年ボクシングの世界ではチャンピオンが乱立状態にあり、酷い時には一つの階級で主要4団体合わせてチャンピオンが10人近くも同時に存在したりしているのだ。そんな事態を重く見たJBC(日本ボクシングコミッション)は、WBAの暫定王者に関しては世界チャンピオンとして認めないという立場を取っているのだ。
しかしそんな事情など、大晦日の試合を主催するREALにとってはどうでもいい話。REALとしては出場選手を少しでも強く見せるように演出するのは当然だ。REALは石山をボクシング元世界チャンピオンとして喧伝し、そのアナウンスの甲斐もあって世間は、大晦日に達也vsボクシング元世界チャンピオンの一戦が実現すると認識していた。
と、石山の経歴が多少盛られている部分があるのは事実だが、とはいえWBAの暫定王者を世界チャンピオンとして認めないというのはあくまでJBCの見解であり、国際的には石山は紛れもなく歴代世界チャンピオンの一人なのである。達也の相手として実績的には文句なし、ファンも納得のマッチメークと言えた。
だが達也は、石山との一戦にはあまり乗り気ではなかった。その理由は、石山という選手の実績や実力ではなくて。
試合のルールが自分に有利過ぎる事にあった。