年が明けた。
大晦日に行われた石山との一戦は、達也の勝利に終わった。しかも、当たり前のように1ラウンドKOで。
試合の勝敗を左右したのは、やはり、両者の体格差だった。
石山がかつてWBA世界暫定王者に輝いたスーパーウェルター級のリミットは69,85kg。大晦日の試合のために石山は10kg以上の増量を敢行して80kg台の体を作り上げてきたが、それでも達也とはまだ約10kgもの差があった。
しかも石山の80kg台の体というのは、所詮は無理な増量で作ってきた体であり、体中に筋肉の詰まった達也との仕上がりの差は歴然だった。石山は自身より背が高く体も分厚くて重い達也を相手に真っ向勝負を挑んだが、やはりパワーの差は段違い。石山の打撃は達也の分厚いタイヤのような逞しい体にことごとく吸収されたが、逆に達也の打撃はその一発一発が石山の体の芯にまで響き、容赦なくダメージを与えた。
パンチの打ち合いでも達也の有利は明らかだったが、途中から達也は蹴りも織り交ぜ、最後はローキックの連発からのハイキック一閃という見事な流れ技で、石山の魂を介錯した。フィニッシュに蹴り技を用いたのは達也の『情け』と言うべきものだった。ボクシングの元世界チャンピオンが、キックボクサーにパンチだけで負けては格好がつかないだろうから…そんな思いを込めて。
達也としては、結果だけでなく内容も含めてパーフェクトな試合だった。ファンからの評価がさらに高まったのは言うまでもない。
だが、この年末年始で達也にとって特に大きなトピックとなったのは大晦日の石山戦よりも、その3日後に放送されたあるテレビ番組の方だった。
それは、TBS系列で毎年お正月に放送されている「スポーツマンNo.1決定戦」という特番だった。その名の通り、スポーツ選手をはじめアクション俳優やアイドルなど運動神経に自信のあるタレントが多数出演して、様々なジャンルの競技に挑戦して総合得点で順位を決めるという番組である。
スターが集う出演陣は毎年とても豪華なのだが、今年の注目は何と言っても初出場の達也だった。
達也の活躍は、圧巻の一言だった。
パワー系種目はもちろん、瞬発力や持久力を競う類の種目でも軒並みトップレベルの記録を連発し、終わってみればぶっちぎりの総合優勝。トップアスリートが集う中でも桁違いの身体能力を見せ付けた。中でも特に印象的だったのがアームレスリング(腕相撲)で、アイドルや俳優では全く勝負にならないのはもちろん、プロ野球のホームラン王や槍投げの日本記録保持者をもあっさりと秒殺、決勝戦ではニュージーランドから帰化したパワー型ラグビー選手すらいとも簡単に下してしまったのである。まさに日本人離れ、あまりの強さに達也の活躍を楽しみにしていた視聴者も逆に引いてしまい、「小野達也は強すぎるから次回から出場禁止」「殿堂入りだろ」といった反応がSNS上に溢れる程だった。
そんな中、とあるマイナー女性シンガーがこんなツイートを投稿したのだが…
「#スポーツマンNo.1決定戦 を見て改めて思うんだけど小野達也くん最強すぎん?身体能力断トツ&超絶イケメンって前世でどれだけ良い行いを積んだの?政府はもう達也くんに女性を大量にあてがって、彼の優秀な遺伝子を沢山残すべきだと思う」
まあ、所詮はマイナー女性シンガーのツイートである。もちろん心からの主張として発されたものではなく、特に深く考える事もなく呟いた何気ないツイートに過ぎない。彼女自身のツイッターのフォロワー数が数千人程度という事もあり、当初は全く話題にもならなかった。
だが、このツイートから2日後、人権派ジャーナリストを自称する某著名人のツイートによって、事態は急変する事になる。
「ある女性有名人が、『政府が小野達也氏に女性をあてがい多くの子を産ませて彼の遺伝子を多く残すべき』というような事を主張していると知って唖然とした。何とおぞましい考えであろうか。これぞ絵に描いたような典型的優生思想。遺伝子の選別を目論んだナチズムにも通じる恐ろしい思想で、決して看過されるべきではない」
これをきっかけに、女性シンガーのツイートは大炎上した。
「これは完全にアウト。明確な優生思想」
「冗談にしても笑えない。こういう遺伝子選別発言に危険性を感じない感性そのものが危険」
「遺伝子に優劣で人を選別するなんて。この女は酷い差別主義者」
「小野選手にも失礼です。小野選手の身体能力は遺伝子だけじゃなく、たゆまぬ努力で得たものです」
だが、一方で。
「いやいや女性が小野達也の遺伝子を欲しいと考えるのは普通だろ」
「現実として、この自称人権派のオッサンと小野達也の遺伝子のどちらか好きな方を選べるなら100人が100人小野達也を選ぶ」
「というかこの女性シンガーさん別に本気で言ってる訳じゃなく、純粋に小野達也さんの凄さを賞賛しただけだと思うんですが」
「そら実際にこういう政策が実現されれば問題かもしれんが、所詮は冗談やないか。いつからツイッターは軽い冗談すら言われへんようになったんや」
「まあ、自称人権派の左翼連中は他人の揚げ足を取るのが仕事だからね」
と、女性シンガーを擁護する意見も多く、さらには大炎上のきっかけとなった自称人権派ジャーナリストにもバッシングと擁護の声が交錯し、まさにカオス状態。結局両者共にアカウントを一時非公開にしなければならなくなる程の騒動になってしまったのだった。
そんな状況を、SNSをやっていない達也は複雑な気持ちで眺めていた。
何せ…みんなが知らないだけで、もう数え切れないくらい沢山の女性に自分の子どもを産ませている訳で…
そしてこの日も、当たり前のように種付けの予定が入っている訳で…
………………………………………
―達也―
「ふう…」
種付けを終えて小さく息をつく。今日も我ながら満足の、力強い射精だった。
去年は自分にとって、これ以上ない程に充実した1年だった。本業の格闘技は5戦5勝、それも全て1ラウンドKO勝利だ。比較的楽な試合が多かったけど、大晦日にはボクシングの元世界チャンピオンに完勝してトップファイターとしての存在感を見せ付けられた…と思う。メディア対応も積極的にこなし、世間様からの評判もすこぶる良かった…と思う。ありがたい事に若い女の子からの人気を頂けてるのは、正直に言ってマジでめちゃくちゃ嬉しい。
種付けの方も、去年は1年間で約60人もの女性を妊娠に導く力添えができた。去年1年間で新たに生まれた俺の子どもは35人、1年半前に生まれた『長男』のタクト君から数えるともう既に50人を超えている。自分自身信じられないけど、確かな現実だ。
本当に、とてつもない事を成し遂げてしまったなと思う。普通の男では一生かけても為し得ないような偉業を、わずか22歳の若さにしていくつも為し遂げてしまった。そう思うと男として本当に誇らしいし、幼い頃から必死に頑張ってきて良かったと心から思う。
ただ、今の地位に喜びと誇りを覚える反面、怖さを感じるというのも事実だった。いくら何でも出来過ぎだって事は自分自身が一番よく分かっている。だからこそ、一度落ち始めたら転げ落ちるのは速いだろうとも思う。人間、どんな些細な事が転落のきっかけになるか分からない、とも。
何が何でも今の地位にしがみつきたいとまでは思わないけど、大勢の人の前で無様な姿を晒すのは嫌だし、何よりみんなから愛される存在であり続けたいとは思う。だから今年も奢る事なくトレーニングを積んで、あとは…弱者を利用する訳じゃないけど…社会貢献なんかにも積極的に取り組んで、立場の弱い者に寄り添える男であろう…
と、そんな事を何気なく考えながら、ふとテレビをつけてみる。
すると偶然にも、ボクシングの試合が中継されていた。
(あー…)
タイミング悪いな…と思いつつチャンネルを変えようとすると。
「ボクシングの試合ですか?」
種付けを終えたばかりの女性が、横になったままの体勢で言った。
「ええ、そうみたいですね」
興味を持たれてしまったらチャンネル変える訳にもいかないな…とリモコンを置く。
画面の中では、日本人選手とメキシコ人選手が世界チャンピオンの座を懸けた戦いを繰り広げていた。
「あの、変な事聞いてもいいですか?」
すると、ふと女性が口を開いた。
「どうしました?」
「やっぱり達也さんなら、こういう試合を見てても、大した事ないなって思ったりするんですか?」
「いやいや、思いませんよそんなの」
「でも大晦日の試合、ボクシングの世界チャンピオンをKOしたじゃないですか。達也さんに負けたチャンピオンの人も、これまで戦った中で達也さんが一番強かったって言ってましたよ」
「……」
確かに石山選手は、試合後のインタビューでそのような事を言ってくれた。もし俺がボクシングに転向したらすぐに世界チャンピオンになれるだろう、なんてリップサービスも添えて。
もちろん嬉しい。でも同時に、いくら何でも言い過ぎですよ…とも思う。だって俺は、大晦日の試合の結果をもって自分がボクシングの世界チャンピオンより強い事が証明されたなんてこれっぽっちも思っていないから。俺が勝てたのは、体重とルールが圧倒的に俺に有利だったから、ただそれだけだから。
でも、格闘技にあまり興味が無い大多数の人にとっては、そういった事情は全く理解できていないみたいだから。
「まあ、たまたまです」
結局、そう言うしかない。体重が…ルールが…って言った所で、そんな事を理解してくれる女性はいない。
「達也さんって本当に凄いですよね。世界チャンピオンに勝っても、さも当然って顔されてるんですから」
「そんな事ないですよ」
「最近、国の政策として達也さんの子どもを沢山残すべきだっていう意見が言われてますよね」
「あー…そうみたいですね」
みんな滅茶苦茶な事言いますよね…なんて言える筈もない。だって現に、今も種付けを終えた所なんだから。
「もちろん私は大賛成です。だって、遺伝子は嘘をつきませんから。優秀な遺伝子は少しでも多く次世代に残さないといけないと思うんです」
「はは…」
…遺伝子は嘘をつかない、か。
何か、凄いフレーズだな…
「優生思想だって批判してる人もいるみたいですけど、達也さんはそんな声は全く気にする必要はないと思います。達也さんの子どもを産みたいと思っている女性は沢山いますから」
「まあ、別に気にはしていませんけど」
「達也さんが沢山の女性に種付けされてる事を反対派の人たちが知ったら、どんな反応をするんですかね」
それを想像するのは、ちょっとばかり怖かった。
自分としては世の女性のために身を粉にして頑張ってるつもりだけど、そう受け取ってもらえる可能性は低いだろうから。
おそらくは、物凄いバッシングを受けるだろうから。
「お願いですから、俺から種付けを受けた事は一生誰にも言わないでくださいね」
「自慢しちゃだめですか…?」
「絶対ダメです。もし裏切ったりしたら、本気で怒ります」
そう釘を刺しておかないと、何となく心が落ち着かなかった。