※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

60 / 92
6-3 グランプリ準決勝

 REALグランプリ準決勝、達也の相手は秋本翔一という選手だった。かつて夏季オリンピック柔道90kg級で金メダルを獲得した経歴を持つ本物の柔道家だ。REALでの通算成績は12戦を戦い8勝3敗1分け。3敗は全て強豪の外国人選手に対して僅差の判定負けであり、これまでKO負けは1度もなし。日本人との対戦成績は4戦全勝、しかもその全てで締め技や関節技で一本勝ちを収めている。柔道着を身に着けて試合に臨む事でも有名な、典型的なグラップラー(寝技を得意とする選手)である。

 その実力も去る事ながら、達也にとっては最も相性の悪いタイプの選手と言えた。距離を取っての打撃勝負になれば達也に、逆にグラウンドでの寝技勝負になれば秋本が圧倒的に有利なのは誰の目にも明らかだ。試合前日の会見でも秋本は「小野くんの打撃に付き合うつもりは無い。勇気をもって距離を詰めて自分のフィールド(グラウンド)に持ち込みたい」と語った。秋本が寝技に引き込めるかどうか、勝負のポイントはその一点だった。

 だが、いざ試合が始まってみると、達也の打撃をかいくぐって寝技に引き込む事は、柔道王をもってしても至難の技だった。

 お世辞抜きに、秋本のハイキック対策は万全だった。ガードを高く保ちつつ、達也が不用意な攻撃を仕掛ければ即座にタックルできるような低い体勢を保ち続ける。それを見て取った達也はハイキックを封印せざるをえず、試合は膠着の様子を見せた。

 しかし、静かに見えた展開の中で、ペースを握ったのは達也だった。

 達也が放つローキックがパシン!パシン!と秋本の左足を打つ。それは何気ない攻撃にも見えたが、実は秋本の足に確かなダメージを蓄積させていた。もし秋本が柔道着を身に着けていなければ、試合をテレビ観戦した視聴者はダメージの大きさを理解しただろう。柔道着に隠されているために見えないが、達也のローキックに晒され続けた秋本の太ももはこの時既に青黒く変色してしまっていた。

 足に深刻なダメージを受ければ、それは戦い全体にも影響する。秋本のフットワークは目に見えて鈍り、次第に体重を落として低く構える事も難しくなっていった。こうなっては達也に鋭いタックルを仕掛ける事など夢のまた夢だ。

 試合の趨勢が徐々に見え始めてくる。だが達也は焦る事なく、ローキックで同じ場所を狙い続けた。そして1ラウンド7分過ぎ(グランプリは10分2ラウンド制のルール)、ついに体重を支えきれなくなった秋本がその場に崩れ落ちた。すかさず達也がマウントポジションを奪いパンチを2~3発打ち下ろした所で、秋本陣営からタオルが投入された。

 タオルの投入を最も安堵したのは他ならぬ達也だった。秋本がローキックに耐えきれず崩れ落ちた次点で事実上勝負は決していた。だが、今回のグランプリにはレフェリーストップが無いルールとなっている。つまり選手に意識がありギブアップの意思が無ければ試合は終わらない。達也が勝つには秋本の意識を完全に断つかギブアップを奪うか、さもなくは判定を待つかのいずれかしかない。

 だから、とりあえずマウントポジションを奪った。そして、とりあえず数発だけ軽いパンチを落とした。

 この時、達也はこの試合をどう着地させるべきか迷っていた。もう勝利は動かない。秋本はもう、反撃はおろか満足に立つ事すらできないのだから。殴り倒して気絶させるも良し、あるいは関節を極めてタップを奪うも良し。自分だけが握っている秋本への生殺与奪の権利をどのように行使するか、それだけを考えていた。

 もし上に乗っているのが金田悠希なら、相手が気絶するまで顔面を殴り続けるだろう。だが達也は、そんな事をする気にだけはならなかった。事実上勝敗が決した後で無力な相手を一方的に殴り続けるのは、もはや試合でも何でもなくただのリンチであり、到底取り得る選択肢ではなかった。ならば関節を極めようかとも思ったが、やっぱりそれも気が引けた。というのも達也はこれまで一度たりとも試合で関節技を披露した事のない、根っからの打撃系選手なのである。そんな自分がフィニッシュに関節技を用いるのは、柔道の世界で頂点を極めた男に対してこれ以上なく屈辱的な見せしめになってしまうから…と。

 だから、タオルが投げ入れられたのを見て心からホッとした。惨(むご)い仕打ちも屈辱的な見せしめもせずに済んだ事に安堵し、賢明な判断を行ってくれた秋本のセコンド陣に感謝したのだった。

 

 試合終了後も秋本はしばらく立ち上がる事ができず、最後はセコンドだけでなく達也の肩まで借りながらリングを下り、車椅子で控室へと戻った。試合後の会見で「思い通りに戦えなかった。自分自身の弱さに腹が立つ」と悔しさを滲ませながらも、「小野くんにはぜひ自分の分まで頑張ってもらって、グランプリを制して欲しい」とエールを送った。

 一方の達也も、リング上の勝利者インタビューでは「秋本選手に組み付かれないためには、あの戦い方しかありませんでした。グラウンドに持ち込まれてたら勝敗は逆だったと思います。運が良かったです」と謙虚に語った。どれだけ楽勝だったとしても試合後は必ず相手を称(たた)える、これもまた達也の圧倒的な人気の理由の一つと言えた。

 

………………………………………

 

 達也が完勝を収めた試合から20分後、準決勝のもう1試合が行われ、金田悠希が登場した。相手も金田に負けず劣らずの実績を持つトップファイターである。

 達也は「金田が負けてくれないかなあ…」という期待をちょっとだけ抱きつつ、控室のモニターから試合を見ていた。今さら金田に対する恐れなど全く無いが、できれば関わり合いたくないというのが本音だった。だが、残念ながら達也の期待通りとはいかず序盤から金田が優勢。最後はテイクダウンからパウンドを連打し相手がたまらず顔を背けた所にチョークスリーパーといういかにも金田らしい攻撃で勝利した。

 この結果、大晦日に2年ぶりの再戦が行われる事がここに決定した。

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