※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

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「数」は「すう」と読んでください。


6-5 完全数、28

 12月31日。選ばれし者たちが己の意地とプライドを懸けてリングに上がる、格闘技界において1年で最も特別な日。

 そんな格闘技の祭典とも言うべきビッグイベントのオープニングマッチに登場したのは、何と達也の寝技の師匠、香菜であった。

 学生時代は柔道家として全国大会に優勝するなどの素晴らしい実績を残し、プロ転向後も順調に勝利を積み重ねていた香菜だったが、達也からの打撃指導もあってその実力はさらに成長。昨年春からは『Queen Jewels』という女子総合格闘技団体に参戦し、7戦7勝と文句なしの戦績を残して見事にこの日のリングに上がるチャンスを掴んだ。

 相手は香菜より1歳だけ年上でバックボーンは空手という、打撃を得意とする選手だった。彼女もまた、この日がREAL初出場である。

 試合前、香菜はこれ以上ないくらいに緊張していた。何度も吐きそうになるのを堪(こら)えて、必死に心を落ち着かせながらリングに上がった。だが不思議なもので、リングに上がった瞬間に緊張感は一瞬にして消え去った。相手と正対しても怖さは全く感じなかった。普段『Queen Jewels』の舞台で戦う時と何も変わらないじゃないか、そう思えた。

 そして試合は、香菜が『達也の寝技の師匠』としての実力を如何なく発揮した。

 立ち上がりから相手はフットワークを使って鋭い打撃を放ってきたが、それには付き合う事なく慎重に距離を取る。開始1分過ぎ、相手が思い切って踏み込んで来た所をコーナー際まで誘いこんでからクリンチするように体を密着させ、足を掛けてテイクダウンを奪った。

 グラウンドの攻防になってからは、実力差は明白だった。香菜はスムーズに相手のバックへとまわり、後方から羽交い絞めにするようにしながら顔面へパンチを数発見舞う。最後は相手がパンチを嫌がってガードを試みようとした所に、その右腕を取って腕ひしぎ逆十字固めを極め、あっさりとタップを奪った。試合時間はわずか1分28秒、達也のお株を奪うような秒殺劇だった。

 そんな香菜の華々しいREALデビューを、達也は控室で見ていた。香菜の勝利は自分の事のように嬉しかったが、同時に改めて関節技の怖さを再確認するような試合でもあった。香菜の戦いっぷりは見事だったが、とはいえ今の試合に関しては相手の攻撃があまりにも不用意だったのは確かだ。よく「攻撃は最大の防御」などと言われるが、トップレベルの戦いにおいては必ずしもそうとは限らない。むしろ中途半端な攻撃は隙を作るだけ、そして一度捕まってしまえば挽回は極めて難しい。香菜という師匠に注意事項を再確認させてもらったような気持ちで、達也は一層気合いを引き締めたのだった。

 

 そして、試合が進んでゆき。

 午後9時前。ついにこの日の…いや、この1年のメインカードを迎える。

 

 青コーナーに陣取るのは金田悠希。通算戦績、28戦23勝(19KO)3敗1分け1無効試合。うち、REAL通算戦績は15戦13勝(12KO)1敗1無効試合。その1敗は、ちょうど2年前に達也の膝蹴りに屈したものだ。

 あの日以来、金田は達也へのリベンジを最大の目標として今日までを過ごしてきた。あの試合まで金田は紛れもなくREALの…ひいては日本格闘技界の主役であり、王様だった。だがあの膝蹴りを境に、順風満帆だった格闘家人生は暗転した。主役の座を達也に奪われ、圧倒的な戦績によって支えられていた悪役としての人気も失った。副業であるユーチューブの視聴数は激減、自慢の彼女だった人気グラビアアイドルとも結局別れる事になった。それらは全て、ちょうど2年前の夜から始まった事だった。

 あの日、金田は確実に、達也を侮っていた。だがそれも無理はない。何せあの時の達也は総合格闘技初挑戦、年齢もまだ21歳という若造だったのだから。何というオイシイ相手なんだろう、これ以上なく人気先行型の選手じゃないか…そう思うのは当然だった。

 しかし、あの屈辱の敗戦を経て、そしてそこからの2年間を経て、金田の達也に対する評価は変わった。認めたくないが、奴は確かに強い。奴の打撃…特に長い足から繰り出されるキックのコンビネーションは驚異的だ。準々決勝も準決勝も、強敵を寄せ付ける事なく蹴り倒してしまった。あんな勝ち方はそうそうできはしない。

 だが、それでも弱点は必ずある。それはやはり何と言っても寝技だ。奴はこれまで、グラウンド勝負に持ち込まれた事がない。逆に言えば、奴はこれまで徹底してグラウンド勝負を避けてきている。それはつまり、寝技に自信が無いからに他ならない…

 絶対に、絶対に寝技に引き摺り込んで見せる。そうすればこっちのものだ…その為の戦略は立ててきた…

 

 一方の赤コーナーには小野達也。通算戦績、28戦28勝(28KO)。うち、REAL通算戦績12戦12勝(12KO)。しかも全て1ラウンドでの勝利。これ以上ない、完全無欠のパーフェクトレコードだ。

 だが、そんな完璧すぎる成績に、テレビの前で見守る充希は密かな不安を覚えていた。プロ28連勝、REAL12連勝…それはいくら何でも美しすぎる戦績だ、と。

 というのも、28というのは「完全数」なのだ。完全数とは「その数が持つ正の約数を全て足し合わせるとその数になる」数字を言う。具体的に言うと、28で割り切れる自然数は1、2、4、7、14の5つ。この1と2と4と7と14を全て足すと28に戻る。完全数はとても珍しい存在で100未満の数では6と28しかなく、これよりひとつ大きな完全数は496、その次は8128、その次となると33550336まで跳ね上がる。

 さらに12というのも、数学の世界ではとても美しい数とされている。2でも3でも4でも6でも割り切れる便利な数であり、私たち現代人は知らず知らずのうちに12という数の恩恵を受けて生きている。1年が12か月なのも、時計が12時間で一周するのも、ボクシングの世界戦が12ラウンド制なのも、全て12という数の恩恵にあやかっての事だ。12という数を基準にしたからこそ一年を四季へと容易に分割でき、ボクシングの試合は前半・中盤・後半に分ける事ができるのだ。

 しかし、美しすぎる存在は、得てして脆く崩れやすい。完全数28に1が足されると、29は素数。小数点の世界に踏み込まなければ割り切る事のできない、孤独な数だ。12もまた然り。イエス・キリストは存在してはならない13番目の弟子の裏切りによって死んだ。28も12も、いずれもそのままの姿であるべき美しき数なのだ。

 だから充希は思う。28連勝、12連勝…この記録はあまりにも美しすぎて、もはやこれ以上動かしてはいけない数字なのではないか、と。言い換えれば、達也は今日負けて、28や12という連勝記録は達也のキャリアに永遠に刻まれる事になるのではないだろうか…と。

 でも、充希の不安をよそに、時は進んでいって。

 達也がリングへと上がり、その中央で金田悠希と向かい合い、またコーナーへと別れて。

 

 そして…2年前の膝蹴りの続きが、始まった。

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