※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

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6-7 再戦(後)

 第2ラウンドに入っても、リング上で繰り広げられる光景は第1ラウンドと変わらなかった。お互いに十分な距離を取って間合いを測り、不用意には攻め込まない。達也はローキックを中心に慎重に組み立て、金田は自らのタックルではなくカウンターからテイクダウンをじっくりと狙う。

 金田陣営も、第1ラウンドの見立ては達也陣営と全く同じだった。判定になれば僅かに不利かもしれないが、とはいえ勝敗が分かれるような差ではない。このままの展開が続けば間違いなく延長戦に突入する事になるだろう、と。

 そして金田は、ほんの僅かに不利という展開を逆に歓迎していた。むしろ自分にとっては理想的であるとすら考えていた。

 なぜなら、たとえ僅かとはいえ形勢に差がある場合、有利な方は敢えて戦術を変更する必要が無いからだ。第1ラウンドと同じ展開が続いたまま判定にもつれ込めば、少なくとも達也の負けは無い。おそらくは延長戦に突入だが、もしかすると達也が判定で勝つ事だって考えられる。ならば達也は、この段階で敢えてリスクを冒して攻める必要は無いという事になる。

 金田は考える。少なくともこの第2ラウンド、奴は戦術を変えずに遠めからのローキックやジャブに終始し、あわよくば判定勝ちを狙いに来るだろう…それは金田ならずとも、ごく自然な読みだった。実際に第2ラウンドが始まっても達也は深く踏み込もうとせず、十分な間合いを取る事に腐心していた。それはどう見ても、優勢を意識した者が見せる手堅い戦術だった。

 だが金田は、この程度の差では絶対に判定で決着はつかないという確信を持っていた。たった数発のローキックでグランプリ王者が決まるなど考えられない。だからこそ、じっくりと機を窺い続ける。不用意に出したローキックを捕まえるチャンスを。

 そしてこうも考えていた。第2ラウンド終盤になると、奴は判定を目の前にしてさらに慎重になるに違いない。判定勝利への誘惑に駆られて、今以上に手が出なくなるだろう。その時こそ、こちらからタックルする隙が必ず生まれる筈だ…と。

 遠めから慎重にローキックを放ちながら時間を進めてとりあえず判定を聞いてみたい達也と、自身の判定負けは無い事を確信し虎視眈々と達也の足を狙い続ける金田。そんな両者の思惑が一致するように、試合は緊張感を携えたまま静かに流れ続ける。

 

 しかし。

 両者の思惑は、実は全く一致などしていなかった。

 金田が感じ取った達也の慎重さは、あくまで達也がそう見せていただけであって。

 達也は、最初から判定勝ちなど頭の片隅にも無かった。

 

 それを証明するように、第2ラウンドも7分を過ぎて残り3分を切った頃。

 仕掛けたのは、達也だった。

 

 ―――ダンッッッ!!!!

 

 それまでの静寂から一転、両者の体が勢い良く衝突する。その瞬間、達也は体を低く屈め、金田の腰に組み付いていた。

 誰も想像だにしていなかった、達也の胴タックル。もちろんそれは、金田自身も全く想像していなかった。奇襲とも言うべき攻撃に、金田が必死に達也の体を振りほどこうとする。

 だが、達也のタックルは完璧で、金田の胴体を深く捕らえていた。こうなるともう、引き剝がすのは容易ではなく。

 金田の足に、達也が足を掛ける。香菜に仕込まれた内掛けと、スポーツマンNo.1決定戦で見せ付けた驚異のパワーで金田の体を投げ飛ばすようにして倒して。

 強引に、テイクダウンを奪ってしまった。

 突然の急展開に、それまで固唾を飲んで見守っていた客席から歓声が沸き起こった。誰もが皆、度肝を抜かれる思いでその光景を見ていた。だが、それも無理はない。何せ達也がタックルを見せた事などこれまで一度たりとも無かったのだから。達也はあくまで打撃の選手、グラウンドでの攻防を避けたい選手なのだと誰もが思っていたのだから。

 だが達也にとっては、全て事前の予定通り。いくつか立てておいたプランの一つを実行しただけ。

 相手の裏をかくのは戦いの基本だ。相手の裏が無いのであれば、作り出せばいい。僅かなリードを保ち、攻めて来ないと思わせた所で、一気に攻める。それも、相手が想像していないであろう攻撃で。

 相手を自分が望む方向に動かし、そこに爆弾を仕掛ける。その手法は、実は2年前と全く同じだ。2年前は膝蹴り、今回は胴タックルを確実に決めるために、用意周到に状況を整えた。2年前との違いは罠の種類が微妙に異なるという、ただそれだけの事。

 そして達也は、ここから華麗に仕上げに入る。

 達也が奪ったのは完全なマウントポジションとは言えないまでも、それにほど近い、圧倒的に有利なポジションだった。金田の反撃は難しく、達也はやや不完全ながらもパウンド(相手の上になった状態から振り下ろすパンチ)を放てる体勢だ。第2ラウンドは残り3分弱、仮に決定打が無くともこの体勢を維持さえできれば達也の判定勝ちは濃厚だった。

 だから金田は焦る。とにかく体勢を挽回しない限り、待つのは敗北だけだ。達也が振り下ろすパウンドをかいくぐるようにして必死に脱出を試みる。

 そうして金田のガードに隙が生まれる瞬間を、達也は見逃さなかった。

 金田の左腕をガッチリと捕らえて、背中側にねじり上げるようにして、関節を極める。

 テレビカメラも、達也に捻られた金田の左腕を大きく映し出す。チキンウィング・アームロックが、誰の目にも明らかな形で決まっていた。

 会場のビジョンにもそのシーンが映し出され、大きな歓声が上がった。誰がこんな光景を予想しただろう。達也が初めて見せた関節技…それは同時に、大悪役・金田悠希が初めて見せた、自身の関節を完璧に取られた瞬間だった。

 今度はカメラが2人の表情を映し出した。涼しい顔でアームロックを極める達也。一方の金田は、これ以上無いほどの苦悶の表情だ。そんな今まで誰も見た事のない金田の表情に、会場はさらに沸き返る。

 そんな中、達也がリングサイドのマイクに拾われないように、小声でぼそっと呟いた。

「さ、金田くん、タップしようか。言っとくけど、しっかり強めにタップしてくれないと気付かないかもよ?」

 2年前に浴びせられた挑発の言葉をお返しする。そして、さらに少しだけ強く関節を捻じり上げる。

「くっ…くあぁぁっっっ……」

 しかし、苦悶の表情を浮かべながらもなお、金田はタップしようとしなかった。アームロックが完全に極まっているのは誰よりも金田自身が分かっている。だが、どうしてもタップできないのは金田のプライドに他ならなかった。2年越しのリベンジの舞台、小野達也を殺すと意気込んで臨んだ舞台で、まさか関節を極められた…その事実を受け入れてタップする事は、金田にとっては何にも増して耐え難い屈辱だったのだ。

「どうした?ほら、早くタップしろよ。それとも肩壊して欲しいのか?」

 なかなかタップしようとしない金田に業を煮やしたように、達也がさらに腕に力を込める。この試合にはレフェリーストップは無い。KOはタップがあった時か選手が失神した時のみだ。つまりこの状態から達也が勝つには、金田にタップして貰うしかないのだ。

 これ以上やると本当に金田の肩が外れてしまうかもしれない、そんなギリギリの所まで達也は腕を捻じる。

 だが…

「くっ…極まってねえ…やれるもんならやってみやがれっ…!」

 その言葉に達也は、心の中で小さくため息をつく。

 もちろん達也はこの時、金田の関節を破壊するつもりなど全く無かった。だが、この状況に到ってもまだ負けを認めようとしない金田に、怒りに似た気持ちを覚えてしまうのも確かだった。

 そこまで言うんなら望み通りやってやるぞとつい思ってしまう。これまで金田に骨を折られ、歯をへし折られて敗れていった選手たちの敵(かたき)討ちを、自分がここで果たしてやろうか…と。

 でも、やっぱり思い止まる。いくら金田が不愉快極まりない相手とはいえ、今ここで力を込めれば本当に取り返しのつかない深刻なダメージを与えてしまう事になる。関節技の例に漏れず、アームロックは危険な技だ。肩の脱臼だけでなく、場合によっては靭帯を損傷させてしまう可能性だって十分にある。かつてジョージ・トラゴスというプロレスラーはアームロックで若手レスラーの関節を破壊し、その若手レスラーは腕を切断するに到ったという例もある程だ。

 バイオレンスな試合はしたくない、それは達也が一貫して持っている美学でもある。試合はあくまで試し合い、命を懸けた決闘ではないのだから。

 だから達也は、レフェリーを見上げて。

 完璧に関節を極めた金田の左腕を見せ付けるようにして、小さく首を振った。

 そのジェスチャーに少しばかり戸惑いを見せたレフェリーだったが、しかしその数秒後、大きなジェスチャーで達也にアームロックを解くよう促した。事実上のレフェリーストップである。

 少し遅れて、試合終了のゴングが打ち鳴らされる。そして達也が、ゆっくりと立ち上がった。

 金田悠希の関節を極めるという、誰もが一度は見てみたいと思っていたフィナーレに観客は酔いしれた。この瞬間、REAL無差別級グランプリ優勝の栄冠は達也の頭上に輝いた。23歳と5か月、新世代の若き王者が誕生した瞬間だった。

 

 試合後のインタビューで「打撃ではなくタックルからのグラウンド勝負にいったのは当初からの作戦通りだったんですか?」と問われ、達也は自信たっぷりに答えた。

「2年前の試合は偶然だとかなり言われましたから、今回はファンの皆さんに認めてもらえるような、完璧な形で勝ちたいと思ってました!」

 達也の実力を疑う者はもはや誰もいなかった。実力筆頭格と目される金田悠希に連勝、しかも今回は関節技で撃破という文句の付けようのない完璧な勝利である。達也は名実共に「日本最強の男」の称号を得たのだった。

 

 だが。

 金田悠希との因縁にはまだもう少しだけ続きがある事を、この時達也は知る由もなかった。

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