年が明けて間もなく、FAILYは東京・高田馬場駅からほど近い場所にジムを開設した。もちろんその原資の大半は、達也が稼ぎ出したファイトマネーによるものである。オーナーの晴香としては夢にまで見た東京進出の実現であり、達也にはどれだけ感謝してもしきれない思いだった。
この東京進出の背景には入門希望者や問い合わせの激増がある事は以前にも書いたが、他にも達也のトレーニング環境をさらに整えるための一環という意味合いもあった。今や達也の試合はほとんど関東圏で行われ、またメディア関係の活動のために東京を訪れる事も多い。達也の移動負担を少しでも軽減するために、東京にもトレーニングの拠点を作った訳である。
高田馬場ジムのオープン初日は、新ジム設立を記念して達也のスパーリングの様子がファンに一般公開された。事前告知していた事もあり、多くの女性ファンが詰めかけた。
達也のスパーリング相手を務めたのは、関東大学リーグに所属する大学生ボクサーたちだった。スパーリングをオファーしたのはFAILYサイドだったが、大学生ボクサーにとっても達也とのスパーリングは願ってもない機会であり、断る者はいなかった。
彼らは肩書きこそアマチュアとはいえ、プロボクサーに勝るとも劣らない実力を持つ選手たちである。何とか達也に一泡吹かせて集まった女性ファンたちにいい所を見せてやろうと、並々ならぬ気合いでスパーリングに臨んだ。
とはいえ、所詮は大学生ボクサー。いくらプロボクサー級の実力を持っているとはいえ、言うまでもなく達也の敵ではない。いざスパーリングが始まると大学生たちは手数こそ多いがパンチはほとんど当たらず、たまに当たってもガードの上。逆に達也の手数は少ないもののその一発一発が的確にクリーンヒットし、次々とダウンの山を築いていく。
結局、達也はいとも簡単に全ての相手をKOしてみせた。もちろんノーダメージ、しかも達也が全く本気を出していないのは誰の目にも明らかで、その様子はトレーニングというよりもまるでレッスン…というより達也のストレス発散のためのスパーリングのようにすら見えてしまう光景だった。
実際、達也はとても気持ち良かった。表情こそ到ってクールだったが、女性ファンたちの前で自分の強さを見せ付けるのは何とも爽快だった。自らの力を誇示するのは良くないと思いつつも、やっぱり気持ち良いものは気持ち良いから仕方ない。スパーリング相手を務めた大学生たちに対しては、日本最強の男である俺が胸を貸してあげたんだからありがたく思えよ…なんて思う始末だった。
本当に気持ち良かったのだろう。同様の公開スパーリングは以降定期的に行われるようになり、高田馬場のプチ名物となっていく。
さて、日本最強の男という栄誉を手にし、東京での拠点も得て上機嫌な達也だが、先の大晦日の試合を巡って周囲はにわかにざわつき始めていた。
そのきっかけは、試合後まもなく発された金田陣営からの抗議声明だった。
「12月31日の試合において金田悠希はギブアップしておらず、試合をストップさせたレフェリーは越権行為である。試合はノーコンテストとされるべきであり、改めての再戦を強く要求する」
つまりは、レフェリーストップは存在しないというルールだったにもかかわらずレフェリーが試合を止めてしまったので試合は無効だ、という抗議である。だがこの声明には大半…というよりほぼ全てのファンが「今さら何を言っているんだ」という反応を見せた。「情けない」「みっともない」「ダサすぎる」「潔く負けを認めろ」といったコメントがネット上には溢れた。
そんなファンの反応もあって…という訳ではないだろうが、REALは金田陣営の抗議を退け、「続行すると選手の身体に重大な危険が及ぶとレフェリーが判断した」という理由を添えて、達也の勝利を公式にアナウンスした。実際、あの試合において達也のアームロックは完璧に極まっており、金田が逃げる事はどう考えても不可能な体勢だった。「逆にあの体勢からどうやって逃げるのか見てみたい」「そんなに再戦したいならあの体勢から再開すればいい」というファンの声もあったが、確かにその通りと言えた。スポーツマンであり、競技者として試合に臨んでいる以上、関節を極められれば潔く「まいった」すべきなのだ。実際に大晦日の試合では金田は達也に何もできず関節を極められた。それは総合格闘技という競技においては明確な「負け」なのである。
だが一方で、金田陣営の抗議がある意味では真っ当なものである事も、また事実だった。
大晦日の試合のアグリーメントには、「レフェリーストップはタップがあった時または選手のいずれかが失神した時のみ」と明確に書かれているのだ。にもかかわらず、レフェリーは達也の合図に呼応するように試合を止めてしまった。これが越権行為でなくて何なのだろうか。REALのアナウンスを借りるならば「選手の身体に危険が及ぶと判断した」からといって、レフェリーが勝手に試合を止めて良い訳ではないのだ。
レフェリーがルール以外のものに従うのなら、それはもうスポーツとは言えない。そういう意味においては、REALは格闘技を扱うエンターテインメントでしかなかったと言わざるを得ない。金田陣営の抗議は確かに筋が通っていた。
とはいえ、現実として金田がアームロックを完璧に極められたのは紛れもない事実だ。当の金田陣営も、抗議によって結果が覆る事を本気で期待している訳ではなかった。彼らとしては今回の抗議は副業であるユーチューブの宣伝も兼ねた炎上狙いと、加えて達也への再リベンジマッチの意思を見せておくという意味合いが大きかった。金田にとっては、思ってもみなかった奇襲のようなタックルに屈してしまっただけで、決して力負けではないという思いが強かったのだ。
だが、適度な炎上を期待した金田の目論見とは裏腹にファンの反応は冷ややかで、直後に金田が自身のユーチューブチャンネルに投稿した動画の視聴数はサッパリだった。動画内で「俺は関節が柔らかいからアームロックは極まらない」などと主張したが、もはや一部アンチから嘲笑されるだけで大した反響はなかった。諸行無常と言ってしまえばそれまでだが、金田は既に過去の人となっていた。かつてREALの顔として日本格闘技界を牽引した大悪役は、もはやスーパーヒーロー小野達也に完膚なきまでに叩きのめされた小者へと成り下がってしまっていたのだ。
だから達也も、金田の抗議など全く気にもならなかった。2年前に膝蹴りで勝利した時はいずれもう一度戦わなければならないかもしれないという予感もあったが、今回に関してはそんな事は全く思わなかった。達也にとっても金田悠希は完全に勝負付けが済んだ過去の人だった。
だが、達也にとって金田悠希は過去の人でも、金田悠希にとって達也は過去の人ではなかった。
抗議が正式に退けられてから2週間後、金田は自身のユーチューブチャンネルに新たな動画を投稿した。「小野達也への果たし状」というタイトルが付けられたその動画内で金田は威勢良く声明を発表したのだが、その要旨が以下である。
「自分は大晦日の試合ではギブアップしておらず、負けたとは全く思っていない。今すぐにでも再戦したいと考えている。自分の目的は小野達也を倒す事のみであり、ファイトマネーなど要らないし戦う場所にもこだわらない。REALでのダイレクトリマッチが無理だというのなら、その時は小野達也が所属するFAILYへ道場破りを敢行する。小野達也よ、逃げるな!」
この動画には、さすがに達也も不快感を覚えた。くだらない事を、何が道場破りだ…こんな事になるのなら、あの時望み通りに腕をへし折ってやれば良かったかもな…そんな思いだった。とはいえ再戦要求を受けるつもりは毛頭なく、FAILYとしても一切の反応を示さなかった。もはや金田悠希と関わるつもりは無いという意思表示である。
だが、事は達也の望む方向には進まなかった。
なぜなら、大晦日の決戦から1か月と少しが経過した2月のある日。
金田が数人のスタッフを連れて、オープン間もない高田馬場のジムに乗り込んできたからである。
作者は関西人で、東京の事は全く分かりません。
だから高田馬場がどんな街なのかも全く分かりません。
ただ、作者はゲームセンターとレトロゲームが大好きでして、
今回高田馬場を選んだのは、ミカドという有名なゲームセンターがあるからです。
数年前に仕事で東京出張した際に一度だけ行った事がありますが、
こういうゲームセンターが関西にも欲しいと本気で思いました…