―充希―
達也の試合は、その日の第1試合である。格闘技には全く疎い私だけど、こういうイベントでは新人や格下の選手から試合をして、最後に一番強い選手が試合をするって事ぐらいは知っている。デビュー戦の達也がトップバッターとして登場するのは当たり前だった。
配信が始まり、パソコンの画面に試合会場が映し出された。第1試合だからなのか、それともイベントそのものの人気がイマイチだからなのかは分からないけど、客の数はまばらだった。たまにテレビで目にするボクシングの世界タイトルマッチや大晦日の格闘技イベントなんかとは全く異なる、寂しさすら漂う雰囲気だった。
これより選手の入場です――リングアナウンサーのコールに続くように、ついに達也が登場する。
「…え?」
その瞬間、私は驚いてしまった。不意を突かれたような感覚に陥ってしまった。
なぜなら、ゆっくりと現れた達也は、真っ白な道着を身にまとっていたから。
「…何で?」
道着姿の達也はもう見納めたと思っていた。でも画面の中の達也は、確かに真っ白な道着を身にまとい、黒帯をギュッと締めていた。これ以上なく見慣れた、でももうずっと見ていなかった達也の『正装』に、思わずドキッとしてしまう。
やっぱり、似合う。悔しいけど、達也には白い道着と黒い帯が、これ以上なく似合う。
達也がリングに上がって、少ない観客にアピールするように拳を高く突き上げた。空手家時代には無かった仕草だ。でも、そんな初披露の仕草も不思議と似合っていて……
「っ…!?」
次の瞬間、私はまたドキッとしてしまった。それは、達也が道着を脱いだ直後の事。
正確には、ボクシンググローブのせいで自分では道着を脱げないから、セコンドの人に道着を脱がしてもらった直後の事…
(嘘…)
思えば、達也の『体』を見るのはこれが初めてだった。小学生の頃に水泳の授業とかで見た事はあるけど、そんなのは達也がまだ完全に子どもの頃の話で。
大人になった達也の肉体を見るのは、初めてで…
(達也って、脱いだらこんなに凄いんだ…)
カッコ良かった。道着姿よりもカッコいい…そう思ってしまった。ぐうの音も出ないくらいに、私は達也の肉体に見とれてしまっていた。これ以上ないほどに鍛え抜かれた、これ以上ないほどに男らしい肉体に。
本当に凄い。いつもヘラヘラ笑ってる達也が、実はこんな凄い体を服の下に隠してたなんて…
少しして、反対側から相手の選手が登場する。こちらの選手もプロのキックボクサーというだけあって見事な体だった。でも、達也と比べると明らかにみすぼらしかった。筋肉の張りも、分厚さも、達也の方がずっと立派だった。相手選手の中途半端に鍛えられた体と対比する事で、むしろ達也の肉体の凄さがより鮮明に映し出されているようにすら思えた。
両選手の紹介が終わり、リングの中央で二人が対峙する。やっぱり、肉体の仕上がりの差は歴然だった。それを感じているから…かどうかは分からないけど、達也の表情はとてもリラックスしているように見えた。試合の直前とはとても思えない。私と一緒にお昼を食べている時の表情と同じだった。
そして、達也のプロデビューを告げるゴングが鳴った。
試合が始まってまず前に出たのは、プロのリングで既に4戦を経験している相手選手ではなく、達也の方だった。ジャブを数発放ちながら、少しずつ距離を詰めていく。
達也の圧力に押されるように相手選手が後退する。とはいえ黙って後退する訳ではなく、下がりながらも果敢にローキック、そして左右のパンチを繰り出してくる。
でも、中途半端な攻撃は、達也には逆効果だった。
次の瞬間、相手選手の右の打ち終わりに合わせるように、達也の強烈な左フックが――
―――ゴンッッッ!!!
観客が少なく会場が静かな分、骨が震えるような鈍い音が容赦なく聞こえた。直後、相手選手のマウスピースが飛んだ。
次の瞬間、顔面から崩れ落ちたその選手は、うつ伏せのままぴくりとも動かなくなった。レフェリーは1カウントも数える事なく試合終了を高らかに告げた。
相手が可哀相に思えるくらいの、圧勝。1年と1か月ぶりに見た達也の試合は、たった23秒で終わった。