読者の皆様はここ数話の感じでお気付きかもしれないが…グランプリに優勝して以降、達也の意識は明らかな変化が見て取れた。
端的に言えば、自分が日本最強の男なのだとハッキリ自覚にするようになった、と表現するべきなのかもしれないが…
もっとぶっちゃけて言うと、ちょっと…というか、かなり調子に乗っていた。
あるいは「達也に石を投げつけたい!」と思った読者もおられるかもしれない。ただ、達也が調子に乗ってしまうのも無理からぬ所だという事は分かってあげて頂きたい。何たって達也は、日本最強の男を決める大会で優勝したのだから。加えて道場破りに来た金田悠希を完膚なきまでにボコボコにしてしまったのだから。テレビカメラの前では相変わらず爽やかな笑顔を振りまくから世間からの好感度は依然として抜群だが、表には出さないだけで心の中ではかなり調子に乗っていた。あるスポーツ関連番組のインタビューでグランプリを振り返って「どの試合も紙一重の勝負で勝てたのは運が良かっただけです。自分はまだまだ弱い選手だと思っています」と得意の「幸運でした」発言を繰り出しておきながら、でも心の中では「いやいや俺が負ける訳ないじゃん。なんたって日本最強の男だぜ?ていうか今までほぼ全ての試合でダメージすら受けてないんだぜ?」みたいな気分だった。
達也が調子に乗っているのは、例の大学生を相手にした公開スパーリングもにも表れていた。何とある日のスパーリングに、充希を極秘招待したのだ。達也と充希が突き合っている事は見物に訪れていたファンはもちろん、FAILYのスタッフも誰一人として知らない。そんな中で行われたスパーリングはまさに圧巻の一言だった。
普段は軽くいなす程度のスパーリングに終始する事も多いのだが、女性ファンたちの中に充希が紛れていたこの日の達也は、まるで自分の強さを誇示するように大学生たちに容赦なく重いパンチを浴びせ次々とノックアウト。しかもダウンしてうずくまる大学生に「ガードが低いからそうなるんだぞ?」などと公開説教までする始末。それはもはやスパーリングと言うより、大学生と女性ファンを利用して自身の強さを充希にアピールするためのショーのようだった。
まあ確固たる栄光を掴んだのだから少しぐらい調子に乗ってもいいのかもしれなし、大学生たちにとっては達也のパンチを浴びる事はむしろ貴重な経験であるとも言えるのだが…アスリートとしては間違いなく危険な兆候と言えた。
そんな達也のX6年初戦は3月…という話もあったのだが、達也はこのREAL3月大会に出場しなかった。REALとしては達也の出場を強く望んだのだが、達也が「少し休みたい」と出場をパスしたのである。
この不出場に関しても、やっぱり達也が調子に乗ってしまっていると見る向きはあるだろう。だが一方で、これまで達也がずっと試合に出ずっぱりだったのも事実である。何せ達也はREALに初参戦してから昨年大晦日までの約2年半で、REALのリングで13試合も行っているのだから。加えて、REAL以外でも2試合を行っている。年間2~3試合程度しかリングに上がらない選手も少なくない中、達也はほぼ2か月に1試合というハイペースでせっせと試合をこなし、しかも完璧な勝利を重ねてファンや関係者の期待に応え続けてきたのだ。それだけ頑張ったんだからグランプリを制した直後のタイミングぐらい休ませてくれと言われては、それを拒否する権利など誰にも無かった。
ただ、達也が3月の試合をパスした真の理由は、実は休みが欲しいからという理由では決してなくて。
お気付きの方も多いだろう。そう、種付けである。
全国47都道府県全ての地域の女性に自らの子どもを産ませるという大目標を達成すべく、達也はこの2月と3月を「種付け強化月間」と勝手に定め、精力的に種付け活動に邁進する事にしたのだ。
この2か月間の達也の頑張りっぷりは…それはもう凄まじかった。達也自身が資金を拠出して設立した基金の効果もあって種付けを望む女性は増加傾向にあったのだが、達也はそんな女性たちに片っ端から種を付けていった。これまでの種付けは週に2~3回程度のペースだったのだが、この時期はほとんど週7回…つまりは毎日違う女性に種付けしていたというのだから驚きを通り越して呆れるしかない。一昨日は20代後半の長身女性、昨日は40代の小太りの女性、そして今日は30代の巨乳女性…というように毎夜違う女性の子宮へと注がれる数十億の達也の分身たち。無敵の達也軍団(達也の精子たち)は父親に勝るとも劣らない力強さで子宮内を進撃してはその奥底に眠る卵子を次々と確保し、強く逞しい遺伝子を胎内に植え付けていったのだった。
と、まるでグランプリ優勝のご褒美とばかりに種付け生活を満喫した達也だったが、年度が変わった4月からは生活スタイルをきっぱりと元に戻し、格闘家としてのスイッチを入れ直した(この辺りはさすがである)。日本最強の男として迎える初戦は5月に控えていた。
達也のX6年初戦の舞台はもちろんREAL、相手は白馬龍(はくばりゅう)という元横綱力士だった。
モンゴル出身の白馬龍は、力士時代は幕内優勝回数26回を誇る大横綱だった。だが土俵の内外において品格に欠ける面があり、抜群の力量とは裏腹に周囲からの評価は決して芳しくなかったのもまた事実だった。そんな白馬龍は昨年秋、後輩力士へ「かわいがり」と称して日常的に暴行を働いていた事実が発覚し、その責任を取る形で関取の廃業を余儀なくされた。白馬龍は日本国籍を取得していた為におめおめとモンゴルへ帰る事もできず、プロレスラーへの転向を考えていた矢先にREALからのオファーが舞い込み、今回の試合が決定した。
相手が白馬龍という知名度抜群の元横綱だと聞かされた達也の心境は…特に何とも思わなかった。強いて言うなら異種格闘技戦のような形になるのは好きじゃないからあまり気が乗らないな…ぐらいのもので、でも王者としてあらゆる選手の挑戦を受けなければならない立場なのだからまあ仕方ないか、としか思わなかった。だから達也は、試合のルールを打診された際にも、キックボクシングでも総合格闘技でもどちらでも構わないと返答した。立ち技でも寝技でも返り討ちにしてみせますよというのである。これぞ王者の風格漂う態度とも言えるが、逆に王者としてのプライドにどっぷりと浸り過ぎて対戦相手や試合への敬意に欠けているとも言えた。つまりは、やっぱり調子に乗っているのである。
結局、ルールは白馬龍の希望によりキックボクシングルールに決まった。立ち技は体格差による優劣がモロに表れる。192cm、160kgという恵まれた体格を誇り、寝技や関節技の経験がない白馬龍が総合格闘技ルールを避けたのは当然の判断と言えた。
ただ、この試合が昨年に行われていれば、白馬龍はおそらく総合格闘技ルールを選んだだろう。昨年の大晦日で達也が金田をテイクダウンしてアームロックを極めた一戦は、達也がもはや総合格闘家としても一流の実力を備えているのだと証明するに十分な内容だったのだ。達也は今や日本最強のキックボクサーであると同時に日本最強の総合格闘家であると認められているのは紛れもない事実だった。
白馬龍は横綱時代の汚名を晴らすべく、必死に打撃練習に取り組んだ。一方の達也はこれまで通りの(つまりは周囲の選手がついて来られないレベルのハードな)トレーニングをこなしつつ、週2~3回程度のペースで種付けも休まず継続するというもはや定番となった王者の調整を経て本番を迎えた。
迎えた試合当日、元大横綱がリングに上がるとあって盛り上がりは物凄く、試合の注目度は大晦日に勝るとも劣らなかった。
ファンは皆、達也を応援していた。相撲ファンまでも、白馬龍ではなく達也を応援する声の方が圧倒的に多かった。白馬龍はここ20~30年で最強の横綱とも言われていたが、品格面の問題から決して人気は高くなかった。モンゴル出身で日本人力士が束になっても適わないという所も、ファンが少ない要因だった。達也vs世間の嫌われ者という点では、かつてのパク・チャンミン戦や金田悠希戦と同じ構図と言えた。まあ、達也が2月から3月にかけて毎日違う女性に種付けしていたという事実を世間が知れば、応援の対象はひっくり返ったかもしれないが…
しかし、真実はいつも一つ。モラルや倫理観に欠ける有名人やアスリートが多い中、達也だけはスキャンダルとは全くの無縁、達也こそ皆が待ち望んだ完全無欠のスーパーヒーロー、それこそがファンにとっての真実なのだ。
そして達也はこの試合でも、ヒーローとしてのあるべき姿を見せ付けた。
開始早々に思い切って距離を詰める白馬龍。この日のために10kgの増量を敢行して170kgとなっていた巨体が突進する様は強烈でさしもの達也でも押し返す事はできなかったが、すかさずクリンチに逃げて攻撃の間合いを与えない。白馬龍も距離は詰めるもののそこからの攻撃に乏しく、ただ単に密着するだけのような単調な攻撃が何度か続いた。そうこうする内に白馬龍のスタミナは早くも切れ始め、突進力も鈍り出す。こうなると今度は達也の攻撃ターンだ。適度な距離から左右のパンチを顔面へと見舞うと、その素早さに白馬龍は全くついていけない。
そもそも白馬龍はキックボクシングの経験も技術も素人レベルの域を出ておらず、ガードも極端に甘かった。達也が繰り出すパンチはそのほとんどが的確に顔面を捉え、白馬龍の体力を確実に削る。そして最後は、白馬龍のガードが完全に下がった所に必殺の右ハイキックが顔面を捉え、白馬龍はリングの中央で大の字になって失神した。テレビ画面では192cm、170kgの巨体が大の字になって失神しているのを真上から捉えた衝撃的な映像がしばらく映し出されていた。
完勝を飾った達也はもちろん満足だった。つい半年前まで史上最強の大横綱と言われた白馬龍を狙い通りにハイキックでKOできて、日本最強の男に相応しい試合ができたという自負もあった。
ただし勝利者インタビューでは、達也は極力、白馬龍や相撲そのものの名誉を傷付けないようにと注意しながら発言した。「白馬龍さんの圧力は凄かったです」「白馬龍さんは試合までの期間が短すぎて大変だったと思います」「キックボクシングルールは自分に有利でした」「ルールや試合の時期が違えば試合の結果は全く違うものになったと思います」そしてお得意の「今日の試合に勝てたのは運が良かったと思います」…と。
ただ、言うまでもなく全く本心ではなかった。まあ、発言のうち本心は良くて3割、残りの7割は…いや、ここで書くのはやめておこう。