「で、これ、どういう事?」
達也とひかりが約4時間のラブラブ密会を楽しんでいたとされる部屋。達也の目の前には、2冊の週刊誌が置かれていた。
「ま、まあ充希、とりあえず落ち着こうぜ」
「いいから早く説明して」
達也の言葉を無視して充希は説明を求める。どう見てもめちゃくちゃ怒っていた。
そんな充希の様子には、さしもの達也も「ここで嘘をついたらマジでヤバい」という事を悟らずにはいられなかった。まあ、大阪から東京まで問答無用で呼びつけられている時点で、誰がどう見たって修羅場なのは言うまでもないのだが。
だから達也は、観念して告げる。週刊誌に書いてある事は、全てではないけど事実もあると。ひかりと2人でご飯を食べた事や、ひかりとこの部屋で約4時間を過ごした事は…紛れもない事実だと。
「ホンっトに悪かった…反省してる。でも誤解の無いようこれだけは言わせて欲しいんだけど、決して浮気とかそういうのじゃないんだ。高橋さんはテレビの世界では俺の先輩で、CMの時とかも演技のアドバイスとか沢山もらって凄くお世話になったから、一緒にお食事どうですかって言われると断れなくて…」
「ふーん。断れなくて、ですか?」
全く納得していない表情の充希。とはいえ2人での食事までなら、まだギリギリ許せなくもなかった。確かに達也は芸能界という世界においてはひかりの後輩という立場である事は事実なのだ。だから先輩から食事に誘われたら1回ぐらいなら…まあ、まだ許さなきゃいけないのかもしれないと思わなくもなかった。物凄く腹は立つけど。
しかし、充希にとっての限度は2人きりでの食事までであって。
「じゃあ、高橋さんをこの部屋に連れ込んだ事はどう説明するの?」
続いて、充希にとって完全にアウトであるお持ち帰りの件を問い質す。
「つ、連れ込んだなんて誤解だって。その、高橋さんと話してる内に、どんな所に住んでるかって話になって、俺が結構眺めがいい部屋借りてるってつい言ってしまったら、高橋さんが1回でいいからその眺めを見てみたいってめちゃくちゃゴネてきて…」
「ゴネてきてって、何相手のせいにしようとしてるのよ?」
「ホ、ホントなんだよマジで。俺から連れ込んだんじゃなくて無理やり押しかけられたというか…本当に…」
「もしそれが本当だとしても、そんなの断るのが当たり前なんじゃないの?」
「それは…まあ本当に充希の言う通りなんだけど…でも、俺だってこの記事には言いたい事あるんだぜ。高級タワマンだとかラブラブ密会だとか、あたかも俺のイメージを貶めるような…」
「被害者ヅラするな!」
「は…はいっ…!」
それまではまだ冷静だった充希が一転して怒声を飛ばし、部屋には一気に緊張した空気が張り詰める。
「だいいち、さっきから何よ「高橋さん」って。いかにもよそよそしい感じを出して、ホントはそんな呼び方してないんでしょっ!」
「いや、それは…今は第三者だから」
「普段は何て呼び合ってるの?正直に言いなさいよっ」
「ま、まあ…えっと…その、一応、名前で…ひかりちゃん、達也くん、と…」
「………」
ギロリと充希が達也を睨みつける。そしてそのまま、しばしの静寂。
充希のターンの筈なのに、何の言葉も返って来ないままで…
「ご、誤解だよ誤解。別にひか…高橋さんだけじゃなくて、テレビで共演した人はみんな結構そういう感じで呼んでるというか…本当、本当なんだよっ」
しゅんと小さくなる達也。
すると充希は、なおも鋭い視線を達也にぶつけたまま。
「何白々しい事言ってんのよ!だいたい、最近の達也は調子乗り過ぎなのよ!ちょっと強くてモテるからって、いい気になるんじゃないわよっ!」
「い、いや、決してそんなつもりは…」
「この前のスパーリングだって、何よアレ?あんなくだらないもの見せるためにワザワザ私を呼びつけたのっ?」
「く、くだらないなんて事は…あれもれっきとしたトレーニングで…」
「何がトレーニングよっ!達也が強い事ぐらい、もうみんな知ってるわよっ!それを何?女の子たちの前で自分の強さを見せびらかすみたいに大学生の子たちをボコボコにして、チャンピオンがそんな事して楽しいのっ?」
「いや…あれは…胸を貸してあげたつもりなんだけど…」
「胸を貸すとか言うんなら、一方的にボコボコにするんじゃなくてもっとちゃんと教えてあげなさいよっ!ちょっと自分が強いからって、大勢の女の子の前であんな若い子たちをいじめて、本当、バッカじゃないのっ?」
「い、いや…いじめたつもりは…」
「私、達也があんな最低な事する奴だとは知らなかった。自分の強さをあんな風には使わない人間だと思ってたのに…弱い者いじめするようなくだらない男だったなんて思わなかったっ!見損なったよっ!」
「………」
馬鹿じゃないの…最低…くだらない男…見損なった…それらの言葉がグサリグサリと達也の心に突き刺さる。
あれがスパーリングなどではなく、実態は確かに弱い者いじめだったという事は、達也自身がよく分かっているから。
だから、声を震わせながら。
「ゴメン…充希の言う通りだよ…俺が間違ってた…もうあんな事は絶対にしない。公開スパーリングはもうやめる」
達也がぽつりという。本当にショックだったのだろう、その声は弱々しい。
そんな姿に充希は、怒りと呆れが入り混じったような顔を向けて。
「それで、前に電話で話した時は、記事は事実無根だって言ったよね。あれは真っ赤な嘘だったんだ?」
「い、いや…それは嘘というか…その、熱愛っていう事に対して事実無根だって言いたかったんだよ。だって実際、本当にそういうのは全く無いから。高橋さんとはただの知り合いで、それ以上でもそれ以下でもなくて、部屋に来たのも本当にあの1回だけだから…」
「でも、事実無根ではなかったよね?」
「そ、それは…まあ、充希がそう捉えるのなら…」
誤解を招くような言い方で本当に申し訳なかったと、達也が深く頭を下げる。日本最強の男とは思えない、何とも惨めな格好である。
「それで、その1回のお持ち帰りはどうだったの?ひかりちゃんの体は気持ち良かった?」
「へ、変な事言わないでくれよっ…!本っ当に何も無かったから。テレビ見ながらちょっと話したぐらいだからっ…いやマジで、本当に、そういう事は絶対してないからっ…!」
「4時間も2人っきりで?」
「み、充希だってゲームだけして帰ったりもするじゃんっ…!そ、それにほら、もしそういう事してたら朝帰りになるのが普通だろっ…?」
一線は超えていない事を頑なに主張し続ける達也。その表情と口調は怪しくもあり、でも必死に真実を話しているようでもあり…
結局どっちなのか分からないから、充希は達也の本心を確認するようにじっとその目を見つめて。
そして…
「達也」
「は、はいっ…?」
最後通牒を突き付けるように、確かめる。
「今日達也が言った事、一つの嘘も無いよね?」
「も、もちろん。神に誓って言う。この期に及んで嘘なんかつく訳ないって…」
でも、そんな陳腐な言葉では到底信じられないから。
「達也、もし訂正しておきたい事とかまだ隠してる事があるのなら、今正直に言って」
「い、いや、あの…」
「今だけだよ。もし隠し事とか嘘があったとしても、今正直に言ってくれたら許してあげる。でも…」
ほんの少しだけ、間を置いて。
「もし今後、今日の達也の言葉に嘘があったりまだ隠し事があったって分かったら…私、一生達也を許せない」
「えっ…」
その、究極とも言えるような問いに、達也の体がピクンと硬直して。
静寂が、2人を包んで。
達也の、言葉は。
「そ、その…記事になってない所でも…1回だけ、高橋さんと2人でカラオケに…はい」
か細い声で白状する達也を、また充希が無言で睨みつける。
「い、いやでもカラオケに行っただけで、それ以上変な事は何もしてなくて…て、ていうか、今言ったら許してくれるんじゃ…なかったっでしたっけ…?」
「本当にそれだけ?もう他には無い」
「な、無いっ…無い無い…もう何も無い…本当に…」
「今だけだよ。よく思い出して。後で訂正しても、もう絶対許さないからね」
「お、思い出すも何も…」
と言いながらも達也は、何か無かったかと記憶を辿って…
「いや…無い。本当に無い。他に高橋さんと2人で会った事は無いし、今日言った事にも嘘は無い。だから…信じて欲しい」
その言葉に、また少しだけ静寂が訪れてから。
「そう……分かった」
それ以上、充希は何も聞こうとはしなかった。