充希にこってりと絞られて。
達也は、一人でめちゃくちゃ反省していた。それこそ、どこかの神社の猿のように反省しまくっていた。
そもそも達也とひかりが仲良くなったきっかけは、数か月前にゲスト出演した某スポーツ系バラエティ番組の打ち上げの席だった。それまでは番組の打ち上げなど一切参加してこなかった達也だが、その番組は収録が年明け間もない頃で達也がREAL無差別級グランプリを制した直後だった事もあり、ぜひグランプリ優勝をお祝いさせて欲しいと番組スタッフが強引に誘うものだから断り切れずに渋々参加するとそこには番組にレギュラー出演していたひかりの姿もあって、スタッフが機転を聞かせて達也はひかりの隣に座る事になって、人気No.1若手女優を隣にして達也も最初は緊張していたけどひかりのフレンドリーな雰囲気に少しずつ打ち解けて、しまいには普段ほとんど飲まないお酒も入ってしまってさらに話は弾んで…気が付けばいつの間にか今度一緒に食事に行こうかみたいな話になってて…とまあ、ざっくり言うとそんな感じである。
ただ、達也に情状の余地があるとするならば、彼は決してひかりと付き合いたいとか浮気したいとか考えてた訳ではなかった…という事は言っておいてあげたい。ハッキリ言って、ひかりと仲良くする事に対して特に深く考えていなかったのだ。普通の女友達ぐらいの感覚で、「まあ俺ぐらいのスターになれば、ひかりちゃんレベルの有名人と友達になるのは当然っちゃ当然だよなぁへへへ」程度の感覚だった。ひかりのような有名人からアプローチされる自分、というものに酔っていた。要は、やっぱり調子に乗っていたのである。
ただ、達也は軽い気持ちでも、充希から見れば達也の行為はとても許せるものではなくて…
………………………………………
―達也―
「――最近の達也は調子に乗り過ぎ」
充希の言葉がまた脳内に再生される。強烈な言葉が。
でも…100%充希の言う通りだった。
グランプリを制覇して以降、自分が調子に乗ってしまっている事は自分自身何となく気付いていた。
なのに俺は、それに気付いてないふりをしていた。それどころか「俺は王者なんだからむしろ王者らしく振舞うべきだろ、変に謙遜してもかえって感じ悪かったりするしなぁ」なんて勝手に思い込む事で、調子に乗っている自分自身を正当化しようとさえしていた。
だけど、充希に一喝されてようやく目が覚めた。最近の自分はあまりに調子に乗り過ぎてしまっている…それは王者の風格でもなんでもなく、ただみっともない姿を晒していただけだ…と。
さらに、充希の重たい言葉が脳内に何度も何度もこだまする。
「――馬鹿じゃないの?」「――最低」「――くだらない男」「――見損なった」
その一言一言が、グサリグサリと心に刺さる。どんなパワーファイターのパンチよりも重く、深く。
でも、自分自身を思い返せば思い返すほど、本当に充希の言う通りだった。女の子たちの前で力の劣る大学生たちをボコボコにしていい気になっている自分…冷静になった今思い返すと、その姿は反吐が出そうになるぐらい醜く感じられた。いや、実際に醜かった。
大悪役として名を馳せた金田悠希ですら、自分よりはずっとマシだと思えた。なぜなら金田は、少なくとも自分自身の主義や行為を本心から肯定していたから。自らを悪役と認めて悪を演じていたから。その点自分は、大学生たちに稽古をつけてあげるなどと言ってあたかも善人ぶりながら、実際にはこれ以上なく醜い行為に走っていたのだから…
本当に恥ずかしかった。きっとFAILYの仲間たちも、調子に乗った俺の事を白い目で見てたんだろうな…そう思うと顔も上げられなくなるぐらいに恥ずかしかった。
でも、反省と後悔と恥ずかしさで一杯だけど。
同時に、自分の醜さに気付く事ができた嬉しさも、確かにあった。
もっと言えば、俺の醜さを気付かせてくれた充希には、心から感謝するしかなかった。
やっぱり俺の事を叱ってくれるのは充希だけ…そんな事はもうとっくの昔に分かっていたけど、でも今回、また改めてそれを実感させられた。やっぱり俺には充希しかいない…充希が傍にいてくれないと、俺はあっという間に醜い男になってしまうんだと。
今回の件で充希からの信頼はガタ落ちだろう。でも仕方ない、俺はそれだけの事をしてしまったんだから。
だからこそ、失われた信頼を取り戻すためには、口先だけじゃなく行動と結果で示すしかない。幸いにも試合は近い。次の試合もまた、REALのリングでメインの舞台に立つ事が決まっている。
必死にトレーニングに励んで、俺が心を入れ替えたと感じてもらえるような試合をしよう…充希が俺の事を見直してくれるような試合を…
それが、今の俺にできる唯一の事だから…
………………………………………
―充希―
達也の大ファンを公言して止まない美桜は、達也の熱愛疑惑が報じられてからというもの、分かりやすく元気を無くした…なんて事は全くなかった。
「私はT大王の鈴木ひかりちゃんを推してたから『ひかり違い』だったけど、高橋ひかりも悪くないんじゃないかな。明るくていい子だし、何たって間違いなく一番旬の若手女優だからね」
特に悲しそうな様子も見せずに美桜は言う。世間では「達也ロス」なんて言葉も飛び交っているぐらいだけど、どうやら美桜にとって達也は恋愛対象ではなく崇拝の対象らしい。
だから「達也に彼女がいた事自体は悲しくないの?」と聞いてみても。
「そりゃあ全く悲しさが無い訳じゃないけどさ、でも達也くんは別にアイドルじゃないんだから恋愛は自由だし、何よりあんなにカッコいい男に彼女がいない訳ないって事ぐらい分かってるよ」
そう言うのを聞いて、一瞬ドキッとしてしまう。
達也の彼女は高橋ひかりじゃなく、私の筈だから。きっと…いや、間違いなく。
「じゃあ、やっぱり高橋ひかりとは付き合ってると思う?」
今度はそう聞いてみると。
「うーん、別に負け惜しみをいう訳じゃないんだけど、実は付き合ってないような気もするんだよね」
「どうして?」
「女の勘って言ったら願望みたいになっちゃうんだけど、2人の言葉とか聞いてると、どうも違うような気もするんだよね。もし本当にくっついてるなら、あそこまで書かれて否定する意味も無いと思うし」
「でも、お持ち帰りもしたっていう話だよ?」
「だから高橋ひかりが言ってたみたいに、仲の良い友達止まりってのが意外と本当の所だったりするんじゃないかなって思うんだよね」
と、美桜が言うのを聞いて、少しだけホッとしてしまう私がいる。
本当に仲の良い友達止まりであって欲しい…そう思うから。
もしあの時、達也に嘘をつかれてたとしたら、私…きっと耐えられないから。
「まあでも、どっちにしても時間の問題じゃないかな。遅かれ早かれ、達也くんと高橋ひかりはくっつくんじゃない?」
「…どうしてそう思うの?」
「どうしても何も、既に付き合ってる可能性だって十分にあるし」
「……」
何も言えない。
私はただ、達也が嘘をついていない事を信じるしかできない。
「何にしても、達也くんは素晴らしい女性を見つけて幸せになって欲しいよね」
「う、うん…」
その言葉に、どう返していいか分からなかった。
私よりも美桜の方が、達也への愛が強いように思えてしまったから。
私は、達也が私より素晴らしい女性を見つけて幸せになって欲しいなんて思えなかったから。
でも、私よりも高橋ひかりの方がきっと…いや、間違いなく素晴らしい女性だから…