8月の大会が終わって間もなく、REALは第2回無差別級グランプリの開催を発表した。試合のルールは10分2ラウンドの総合格闘技、参加者8名によるトーナメント戦によって優勝者を決するという概要は前回と変わらなかったが、いくつかの相違点もあるので主なものを以下に列挙する。
1.参加選手には外国人選手も含まれる
2.参加選手のうち6名は主催者推薦とし、残る2名は事前に予選を行い決定する
3.レフェリーストップ有り
4.本戦トーナメント1回戦から決勝戦までを大晦日当日に行う
5.本戦トーナメントの組み合わせは前日(12月30日)に抽選を行い決定する
1と2に関しては、前回は出場者の全てが主催者推薦かつ日本人選手に限られていた事を考えると、より開かれたハイレベルな大会になったと言えるだろう。3に関しては昨年の決勝戦後に金田悠希がゴネた経緯を踏まえての改正である。そして今大会における最大の変更点は4だ。昨年は8月に1回戦、10月に2回戦を行ったが、今年は最大で1日3試合をこなさなければならないワンデイ(1day)トーナメント制が採用される。選手にとってはタフで厳しい変更であり、大晦日の大会を最大限に盛り上げたいというREALの本音が透けて見える。そして5についても、エンターテインメント性の追及に重点を置かれた変更と言えた。
第2回大会のレギュレーションを知らされた達也も、優勝までのハードルは昨年よりもぐっと上がったと正直に感じた。特に対戦相手の事前研究を欠かさない達也としては、5の変更が最も気になる所だった。
とはいえ、条件は皆同じなのだから文句は言えない。連覇への道のりに厳しさは感じつつも、新たなレギュレーションに対する不満は全く無かった。むしろ、ディフェンディングチャンピオンとしてどんな相手でも返り討ちにしてやるぜと闘志が湧いてくる思いだった。
また、達也が並々ならぬ闘志を燃やす要因となっていたのは、やっぱり充希の存在が大きかった。
8月のトンプソン戦で完璧な勝利を収めて充希からも祝福のメールをもらった達也だったが、残念ながら充希はまだ完全には達也を許した訳ではないようだった。一時期に比べてだいぶ雪解けは進んだものの、とはいえまだ怒りが完全に収まった訳ではないようで、電話で他愛ない話をしてても素っ気ない返しをされる事も多く、聞こえてくる声のトーンも冷えがちだった。だから達也は、大晦日は何が何でも優勝してとびきりカッコいい姿を充希に見せ付けて、絶対に充希を俺に惚れ直させてやるんだ…!と燃えに燃えていたのだ。達也を突き動かす最大のモチベーションはお金でも人気でも名誉でもなく、やっぱり充希なのである。
そして10月に開催されたREALでは、大晦日に行われる本戦トーナメントへの出場権を懸けた予選が行われた。8人の選手が4人ずつAブロック、Bブロックに別れてトーナメント戦を行い、それぞれの優勝者が本戦への出場権を獲得できるという仕組みである。
外国人選手も複数出場したこの予選、まずAブロックを制したのはノルベルト・マエダという日系ブラジル人の柔術家だった。他の出場選手に比べて体格では劣っていたが、寝技主体の粘り強い戦いで1回戦、決勝戦共に長期戦を制し、見事に本戦へのチケットを掴んだ。
続くBブロックを制したのは、ボビー・サップというアメリカの黒人選手だった。身長2m10cm、体重170kg、体脂肪率10%台前半というまるでゴリラのような規格外の肉体を武器に昨シーズンまでNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)で活躍していたアメフト選手だったが、肩を故障して引退しプロレスラーに転向。総合格闘技の経験は皆無だったがその類稀なる身体能力を見込まれて今回の予選に参加したところ、1回戦、決勝共に試合開始のゴングと共に相手に突進してパンチを連打し、そのまま驚異のパワーで相手に何もさせずボコボコに殴り倒して秒殺してしまった。世界最大のスポーツ大国アメリカにおいて最も身体能力の優れた男たちが集うスポーツはアメフトだと言われるが、その底力をまざまざと見せつけるようなちょっと信じ難い勝ち方で、本戦トーナメントのダークホースに躍り出たのだった。
ところでこの10月大会、達也にはワンマッチでの出場オファーがあった。達也が出場するか否かで大会の興行収入は全く違ってくる。なのでREALは達也に「ルールはキックボクシングでも総合格闘技でもどちらでもいい、相手もできる限り達也の希望に沿ったような選手を用意するから…」となりふり構わない姿勢で出場を求めたが、達也はオファーを丁重に断った。理由はもちろん、大晦日に向けての調整を優先するためである。
達也は本気だった。本気でグランプリ連覇を目標に掲げ、厳しいトレーニングに明け暮れていた。8月のトンプソン戦の時には立ち技での打撃でKOしてやろうと決めていたため直前のトレーニングは打撃だけに絞ったが、今回は誰と対戦する事になるか分からないので寝技のトレーニングもみっちりとこなした。しかもこれまでは「体を密着させたくないから」という理由で忌避していた男子選手との寝技スパーリングも取り入れ、さらにはFAILYの選手とのスパーリングだけでは飽き足らず、足しげく他ジムへと出稽古に通った。REALのリングで弱い相手と戦って小銭を稼いでいる暇など無かったのだ。
厳しいトレーニングを重ねながら、達也は自分がまだ幼かった頃を思い出していた。思えば、あの頃の達也には何も無かった。強くなって空手の大会に優勝すれば女の子から多少はちやほやされるけど、所詮はその程度。世間から注目される事も無ければ、賞金や副賞を貰えるような事も無い。それでも、ただひたすら強くなる事だけを目指して、友達と遊びたいのを我慢して必死に稽古に明け暮れた。
そして今、達也は全てを手に入れた。目もくらむような大金、スーパースターとしての地位、日本最強の男という名誉…しかし達也は今も、あの頃と同じように必死に強さを追い求めている。もうこれ以上何も得るものは無いというのに…
結局のところ、達也が欲しいのはお金でも名誉でも地位でもないのだ。達也が戦い続ける理由、それは何も持たなかった少年時代も、全てを手にした今もやっぱり同じで…
と、達也がグランプリ連覇に向けて必死に汗を流していたのと同じ頃、充希は充希で人知れず孤独感と戦っていた。
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―充希―
あの日達也は、もう隠し事は無いと言った。今後ひかりちゃんと2人で食事には行かない、部屋にも絶対に連れ込まないとも約束してくれた。
でも、それでも、モヤモヤした気持ちは全然晴れてくれない。それは、決して達也を信じられないからじゃなくて…
むしろ、私が自分自身を信じられないから…
高橋ひかりちゃんは本当に素敵な女の子だと思う。もちろん実際に会った事は無いけど、テレビで見る彼女はとっても可愛くて、明るくて、話も上手で。誰がどう見たって、ひかりちゃんは私なんかよりもずっとずっと魅力的な女の子だ。というか、比べる事自体がおこがましい。どう考えたって、私がひかりちゃんに勝てる所なんて何一つない。
だから、もし達也が私を捨ててひかりちゃんを選んだとしても、それは単なる『普通』の選択に過ぎない。というか誰だってそうするに違いない。議論の余地も無い。
「はあ…」
本当に、自分がイヤになる。
私ごときが達也を叱るなんて、一体私は何様のつもりなんだって…
ひかりちゃんじゃなくて私を選べだなんて、どの口がそんな恥ずかしい事言ってるんだって…
今の達也は、みんなから愛されるスーパーヒーロー。好きな女の子を自由に選べる立場。世の男性がこぞって羨むような、素敵な女性をお嫁さんに貰うべき人物。
達也は、私なんかが束縛していい人物じゃない。達也が誰と仲良くしようが、私にはそれを咎める権利なんて無い…
そんな事は、もう分かり切った事なのに…