晴香のツテを頼って様々なジムに出稽古に通っていた達也だったが、それにも限界が訪れようとしていた。
出稽古先でのスパーリングは連戦連勝、それもあまりに強すぎて勝負にならず一方的に相手を痛めつけてしまうような事も少なくないため、このままではウチの選手たちが潰されかねないと各ジムから事実上の出入り禁止を通達されるに到ってしまっていたのだ。言い換えると、もはや達也のスパーリング相手を務められる選手を見つける事すら困難な状況に陥ってしまっていた。
そんな状況下だったが、この日は久々に達也を受け入れてくれる出稽古先が見つかったという事で、達也はその場所へと訪れていた。
その場所とはジムではなく、神奈川にある米軍基地・キャンプ座間だった。
現代の戦争において格闘術は必要なのかという議論はさておいて、基本的にはほとんど全ての国の軍隊において格闘術の習得は必須になっており、その例に漏れずアメリカ軍においても軍隊格闘術が存在する。アメリカ陸軍格闘術はブラジリアン柔術を中心としつつもレスリングや柔道、さらにはキックボクシングなどのエッセンスを取り入れた極めて実戦的なもので、その内容は真の意味での総合格闘技そのものである。アメリカ陸軍兵にとって軍隊格闘術の習得は必須であり、基地内ではその技量を示す大会(模擬試合)が定期的に行われている程なのだ。
そんなアメリカ陸軍による格闘術大会がこの日もキャンプ座間の基地内で行われるのだが、何と達也がそこにゲスト参戦できる事になったのである。晴香の知り合いの知り合いの知り合いのツテまで頼って実現した飛び入り参加だった。
メディア活動などを通じてこれまで様々な所に訪れた事のある達也だが、米軍基地内に立ち入るのはこれが初めてだった。入り口で女性軍人からパンツの中まで入念にボディチェックされた際に「ここは日本の法律が及ばない場所になるので勝手な行動は絶対に取ってはいけません、もし不審な行動を取ったり基地内の立入禁止エリアに足を踏み入れる等した時には逮捕され、アメリカの法律にて裁かれる事になります」と通告された挙げ句、「もし基地内において負傷する等してもその責めは全て本人が負う」という念書にサインさせられた時は、温厚な達也もさすがにムッとした。こいつらは自分たちを何様だと思ってやがるんだ…日本で好き勝手にやりやがって…と。
軍隊格闘術は、言ってしまえば相手を殺す事を目的とした格闘術だ。なのでその体系には基本的に反則というものはなく、目つぶしも急所攻撃も何でも有りである。戦場での殺し合いにルールなど無いのだから当然だろう。
とはいえ模擬試合において殺し合いを行う訳にはいかない。模擬試合では目つぶしや急所攻撃だけでなく、グラウンドでの過度な打撃は禁止され、一方がマウントポジションを奪った時点で模擬試合は終了というルールとなっていた。要は総合格闘技のスパーリングと変わらないルールだ。
米兵たちは皆体格が良く、普段からマシンガンを撃っている連中というだけあって表情にも殺気が溢れていた。飛び入り参加とはいい覚悟じゃないか…達也が日本最強の格闘家か何だか知らないが、世界最強と恐れられる米軍の強さをたっぷり教えてやるぜ…そんな気迫に満ちていた。
一方の達也も、完全アウェーの雰囲気の中、全く気後れしていなかった。ここに来る前は特別な気負いなど無かったのだが、入り口で屈辱的な注意を受けただけでなく念書にサインまでさせられ、日本の中にアメリカが存在するという現実を見せ付けられ、日本人としての誇りを傷付けられた怒りを覚えていた。
そして、始められた模擬試合では。
達也は、その強さを米兵たちに如何なく見せ付けた。
まず行われたトーナメント戦では、達也は米兵たちを圧倒し、次々にマウントポジションを奪ってアッサリと優勝した。続けて行われた抜き試合でも連戦連勝。打撃で圧倒し、組み付かれても投げ飛ばし、形勢不明のままグラウンドの攻防にもつれ込んでも難しい体勢から関節を取ってタップを奪った。誤解の無いよう言っておくが、米兵たちは決して弱い訳ではない。確かに職業格闘家ではないため細かな技術に劣る部分はあるが、総合的な実力という点においてはプロの選手に勝るとも劣らないと言えるだろう。それこそ関節技を知らない並みのボクサーやキックボクサー程度なら、簡単に組み伏して確保できるぐらいの実力は持っている。
そんな連中を達也は次々となぎ倒していった。もし米軍基地の存在に反対する市民がその場にいれば、彼らは達也に大きな拍手と喝采を送っただろう。あるいは最近何かと冷たい充希ですら、この日の達也の雄姿を見ればさすがに惚れ直したかもしれない。若き日本人が単身で米軍基地に乗り込み、屈強な米兵たちから次々とタップを奪うその様は、まさしく侍の姿だった。
実際、達也の強さはその肉体からも見て取れた。言うまでもなく米兵たちは皆屈強なのだが、それでも達也と相対するとその体はみすぼらしく見えた。分厚い筋肉の鎧を纏った達也の肉体に比べれば、屈強なはずの米兵などまるで子ども同然だった。
結局、抜き試合は17人目の対戦相手を仕留めきれずに引き分けとなって達也の戦いは幕を閉じた。それでも16人抜きは見事の一言だし、引き分けとなった17人目との試合にしても達也が一方的に押し込みマウントポジション寸前まで行っていたので、事実上の勝利と言えるだろう。仕留めきれなかったのは実力云々ではなく、単に達也のスタミナが切れてしまったためである。
と、楽勝に次ぐ楽勝で米兵たちを圧倒した達也だったが、スタミナが切れるまでスパーリングをやり通すような経験はなかなかできるものでもなく、この日の意義を確かに感じていた。何より、普段のスパーリングでは相手が達也の強さに恐れをなして受け身の戦いに終始する事が多いのだが、この日の米兵たちは殺気を漲らせて向かってきてくれた。まさに実戦さながら、殺るか殺られるかの模擬試合は達也にとってもまたとなく素晴らしいトレーニングとなった。
しかも模擬試合の終了後は、殺気を向けていたはずの米兵たちは素直に達也の実力に脱帽し、達也に教えを請う者も少なくなかった。達也も惜しむ事なく自らのトレーニング法や関節の取り方を教え、最後はフレンドリーな雰囲気で米軍基地を後にしたのだった。
今回の話で描いた米軍基地内での話は、全てが事実に基づくものという訳ではありません。アメリカ陸軍に軍隊格闘技が存在して基地内でのその大会が定期的に行われているというのは事実の筈ですが…
いずれにしても、あくまでフィクションのお話として捉えて下さいますようお願い致します。