12月31日。
達也が過去3度の大晦日で見せた戦いは、いずれも衝撃的でセンセーショナルだった。3年前は大悪役の金田悠希を膝蹴りで葬り、トップアイドルをも凌駕するスーパースターの地位を手に入れた。2年前はボクシング元世界王者を1ラウンドで粉砕し、その驚異的な強さを見せ付けた。昨年は金田悠希の関節を極めて第1回REAL無差別級グランプリを制覇し、名実共に日本最強の男という称号を手にした。
そして今宵、四たび達也は大晦日のリングに立つ。グランプリを連覇し、自分が最強の男である事を証明するために。
その達也は1回戦第3試合に登場、相手はピーター・シュルツというオランダ人選手である。
達也にとっては、比較的やりやすい相手と言えた。なぜなら、シュルツが達也と同じくキックボクシングをバックボーンとする選手だからである。立ち技よりも寝技に自信を持つ元キックボクサーなどまずいない。なのでこの2人が戦えば立ち技での攻防が大きなポイントとなるのは試合前から誰でも予想できる事だった。
果たして試合は、大方の予想通り、打撃での攻防に終始する展開となった。
そして、打撃戦を有利に進めたのは、達也だった。
達也の動きは完璧だった。シュルツも一流のキックボクサー兼総合格闘家なのだが、そう思わせないほどに達也の打撃はパワー・スピード・キレの全てにおいて文句無し。特にローキックは見事の一言で、シュルツの攻撃は全く当たらないのに達也のローキックは面白いようにシュルツの足を捉え、じわじわと体力を削っていく。
そして1ラウンド4分過ぎ(グランプリは10分2ラウンド制)、達也のハイキックがシュルツの顔面を顎を捉え、その瞬間に勝負は決した。
もちろんシュルツは、ハイキックを十二分に警戒していた。しかし達也のハイキックは分かっていても避けられないからこそ必殺技なのである。もちろんそれは達也のハイキックのスピードとキレが抜群なだけではなく、確実に急所にヒットするように達也が状況を整えているからでもあった。ローキックで相手の体力を削りつつ、意識とガードが下がった瞬間に必殺の一撃。もはや定番となった勝ち方で強豪のオランダ人選手を相手に大和男児の強さを見せ付け、まずは難なく1回戦を突破した。ノーダメージで体力の消耗も全く無い、この後に続く2回戦に向けてという意味でも最高の勝ち上がりだった。
そして続く1回戦第4試合では、ボビー・サップがまたしても驚愕の試合を披露した。相手は日本人選手だったのだが、試合開始のゴングと同時に猛然とダッシュしパンチを連打。何とかクリンチに逃れようとする相手をコーナーへと突き飛ばし、さらに連打。たまらず腰から崩れ落ちた所に上からパンチの雨を降らせた所でレフェリーが試合を止めた。
試合時間は達也の秒殺記録である19秒を6秒も上回る13秒。REAL史上最短KO記録だった。
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午後9時前、いよいよ達也とボビー・サップの一戦である
達也が大晦日のリングに上がるのは4年連続だが、この時間にリングに上がるのも4年連続なのは決して偶然ではない(その理由は4-11『前日会見』を参照)。トーナメントの組み合わせが決定した瞬間から、REALは達也の2回戦をこの時間帯に重なるよう調整した。グランプリ自体は各選手に有利不利が生じないよう公正に行われているが、演出はやっぱり達也中心なのである。
先に行われた準決勝第1試合では、金田陽希が勝利し決勝戦へと駒を進めていた。だがファンの多くは、この準決勝第2試合こそ事実上の決勝戦と見ていた。実況のアナウンサーまでもが、「事実上の決勝戦と言っていいでしょう!」と口にするほどだった。
赤コーナー、小野達也。33戦33勝(33KO)。REAL通算16戦16勝(16KO)。
青コーナー。ボビー・サップ。3戦3勝(3KO)。3戦に要した合計試合時間は僅か1分弱。
両雄がリングの中央で対峙する。見下ろすように達也を睨みつけるボビー・サップと、対照的に全く目を合わそうとせず、ボビーの首から下に視線を向ける達也。
この時達也は、ボビーの肉体をじっくりと観察していた。そして、「こいつマジですげぇな…」と感心していた。
ボビーの体重は170kgである。日常で170kgなんていう体を目にするのは相撲中継ぐらいだが、ボビーの170kgは関取の170kgとは全く違った。何せ、上腕二頭筋も大胸筋も腹筋も太股もボコボコに割れているのだ。間近で見るとマジでえげつないなこいつ…というかドーピングしまくりのサイボーグなんじゃねえのか?ついそんな事を思わずにはいられなかった。
ただ、恐怖心は全く無かった。むしろ「こいつに勝てばまた俺の評価はグンと上がるよな」なんて思っていた。これまでも達也は、勝てないのではないかと囁かれた試合に勝ち、さらにはルールの壁を乗り越える事で今の地位を掴んだ。そんな過去の成功体験と似たようなものを、今回の試合にも感じていた。
改めて達也はボビーの体を観察する。何もかもが規格外の肉体なのだが、特に気になるのは腰の高さだった。
ボビーの腰は、達也の腰よりも高い位置にあった。身長が20cm以上も違うので当然と言えば当然なのだが、達也は自分より明確に足の長い人物を見たのはこれが初めてだった。
だからちょっぴり悔しかった…というのもあるのだけど、それより何より、ボビーの腰を高さを確認した達也にある考えが芽生えてくる。
最初のファーストコンタクトで、ボビーが突進してきた所に低いタックルに入れば、あっさりとテイクダウンを奪えるんじゃないか…?と。
実はそれは、試合前に考えていた作戦の一つでもあった。1回戦突破後、達也は控室で晴香や他のコーチたちとボビー対策を練り続けていた。その中で戦術として候補となったのが以下の3案だった。
1.開始早々のボビーの突進に合わせて、カウンターのストレートを顔面にぶち込む
2.開始早々のボビーの突進に合わせて、低いタックルで足を取ってテイクダウンを狙う
3.突進はフットワークで避け続け、序盤はローキックを織り交ぜながらボビーのスタミナ切れを待つ
いずれもボビーが開始早々に突進を仕掛けてくる事が前提の作戦なのだが、まあ、ボビーの突進は達也ならずとも誰もがそう読む所だ。
達也は1や2の案で意外とあっさり倒せるのではないかという気がしていたのだが、晴香やコーチたちが推すのは3の案だった。アメフト出身のボビーはパワーだけでなくスピードも兼ね備えており、100mを12~13秒で走れるという。170kgの巨体にそんなスピードで突進されては、衝突の際の衝撃は瞬間的には1トンを超えるだろう。正面から迎え撃つのはいくら何でも無謀すぎる。低いタックルを仕掛けるにしても失敗すれば即致命傷になるのは間違いないし、運悪くボビーの膝が達也の顔面に入ってしまえば、それこそ冗談抜きで首の骨が折れてしまうかもしれない。
という訳で最終的な結論としては3のスタミナ切れ待ち作戦を採用する事になったのだけど、実際にボビーと向かい合ってみて、やっぱり低いタックルでいけるんじゃないかという思いは強くなる一方だった。というか絶対そうすべきだろ、こんなに腰高けりゃ低いタックルが弱点に決まってるじゃん、それに逃げ回ってスタミナ切れ狙うより、いきなりタックル決めてやった方が絶対カッコいいし…と。
だから、両者がコーナーに別れた時には、達也の肚は既に決まっていた。
予定変更、タックルだ…!と。
そして、運命のゴングが鳴る。
すると、やっぱりボビーは達也めがけて物凄い突進を仕掛けてきた。まともに当たったらリング外まで吹っ飛ばされそうな、驚異的な勢いで。
しかし、そんな状況に達也は内心ほくそ笑みながら。
腰を落として、低いタックルに入る…!
……が。
――ズドンッッッ!!!
達也の顔面が、ボビーの太ももに当たった。柔らかい部分との衝突だったのだが、とてつもない衝撃に達也の意識がほんの一瞬だけ遠くなる。
「くぅっ…!」
だが、狙い通りボビーの足を捕まえる事はできた。あとはこの太い足を引き込んで巨体を倒せばミッション成功…
…の、筈だったのだが。
「えっ…?」
次の瞬間、達也は平衡感覚を失うのを感じた。捕まえていた筈のボビーの足はするりと手から抜けて、ふわふわとした感覚に包まれる。
「な、何だ…?」
そのふわふわとした感覚の正体が、自身の体が高々と持ち上げられているという事実から生じていると気付くには、そう時間はかからなかった。
そして、気付いた時には、もう遅かった。
――ドンッッッッッッッ!!!!!!
ボビーの太ももに衝突した時とは比べ物にならないほどの激しい衝撃が達也を襲う。それは、背中から後頭部にかけてを激しくマットに叩き付けられた衝撃だった。
本格的に意識が飛びそうになるのを、達也は寸前で堪える。
その直後、覆いかぶさるように上になったボビーの拳が、顔面へと振り下ろされるのが達也の視界に映った。