「ただ今の試合、1ラウンド23秒。青コーナー、小野達也選手のKO勝利となりました!!」
達也の勝利を告げるアナウンスが響く。記念のトロフィーを抱えながらファイティングポーズを決める達也の表情は、試合直後は思えないほどに涼しいものだった。
「それでは、プロデビュー戦を見事KO勝利で飾りました、小野選手の勝利者インタビューです!」
試合終了から…というか試合開始からまだ数分も経っていないというのに、リング上では勝利者インタビューが始まった。
「――デビュー戦、見事なKO勝利でした。今の率直な気持ちを聞かせてください」
「ええ、何とか勝つ事ができてホッとしてます」
謙虚にそう口にする達也だが、その表情は余裕に満ち溢れていた。まるで何度やっても同じようにKO勝ちできるとでも言わんばかりに。
「――初めてプロのリングに立ってみて、緊張はありましたか?」
「いえ、特に緊張しなかったですね。集中してリングに上がる事ができました」
「――それにしても、凄い左フックでした。あれは練習していたパンチだったんですか?」
「え…ああ、はい。そうですね」
別に取り立てて練習してた訳じゃないけどまあいいか、と達也は思いつつ。
「――相手の中村選手は、プロのリングで既に4戦して3勝という経験がある選手でしたが、その点についてはいかがでしたか?」
「自分にも空手の経験がありますから。経験値では決して負けてないと思って試合に臨みました」
「――そして小野選手、キックを一発も出さずに勝ってしまいましたね?」
「あれ、そうでしたっけ?」
そう、この試合、達也はただの一発もキックを繰り出していなかった。パンチだけ、しかもほとんど左手一本で相手をマットに沈めてしまったのである。
「あんまり意識してなかったですね。流れでそうなっただけで、でもKOできたんで良かったです」
「――それでは、最後にファンの皆さんに一言お願いします!」
そう言ってインタビュアーから渡されたマイクを、達也はためらう事なく握って。
「えー、皆さんはじめまして、小野達也と言います。今回は試合があっという間に終わってしまってスミマセンでした。でも今日はまだまだ面白い試合が続きますので、ぜひ最後までknock outを楽しんでください!」
「達也くん、快勝おめでとう!」
控室に戻った達也を、晴香は満面の笑顔で祝福した。これまでFAILYに所属した延べ数十人の選手の中で、これだけ短時間での圧勝劇を演じたのは達也が初めてだった。
しかも達也にとってはデビュー戦、加えて決して弱い相手だった訳でもない。彗星のごとく現れたゴールデンルーキーに晴香の喜びが溢れるのも無理はなかった。
「何とか勝つ事ができて良かったです」
「また謙遜しちゃって、大楽勝だったじゃない」
「いえいえ、そんな事ないですよ」
と言いつつも、その涼しげな表情が大楽勝である事を物語っていた。実際に達也も、言葉には出さないまでも確かな手応えを感じていた。今日の相手なら100回戦っても100回連続で1ラウンドKO勝ちできるだろうな、それが戦い終えての率直な感想だった。
ただし、それでも達也にとっては手放しで喜べる試合内容ではなかったようで。
「でも、自分としてはちょっと動きにキレが無かったですね。緊張はしてないつもりでしたけど、体は少し硬くなってしまってましたし」
「あ…あれでも?」
一方的なKO勝利を飾っておきながらも喜ぶどころか逆に試合内容への不満を口にする達也に、晴香は驚きを禁じ得ない。
「やっぱ1年のブランクって大きいですね。言っときますけど、俺の実力はまだまだこんなもんじゃないですから」
「それは…本気で言ってるの…よね?」
「もちろんです。ま、今日の調子は50~60%ってとこですかね」
「そんな…これで50%や60%だって言うんなら、100%になるとどうなっちゃうの…?」
「そりゃあもう、完全体になりますから」
楽しみにしててください、笑いながらそう口にする達也の果てしないポテンシャルに、晴香は期待を通り越して怖ろしさすら覚えるのだった。
彼は本物だ…と。
………………………………………
達也の23秒KOデビューは大きな注目を浴び…る訳もなかった。キックボクシングはマイナー競技、無名の新人の試合が注目される筈もない。
ただ、ごく一部の格闘技系ネットメディアだけは、小さい扱いながらも達也の試合を取り上げていた。『現役西都大生ファイター小野達也、衝撃の23秒KOデビュー』というタイトルの記事では試合内容を写真付きで報じると共に、高校時代に空手でインターハイ連覇という経歴も簡単に紹介し、「衝撃の23秒KO劇で鮮烈なデビューを飾った天才空手家がキックボクシングのリングで今後どんな活躍を見せてくれるのか目が離せない」と締めくくっていた。
また、記事には敗れた中村選手の試合後のコメントも掲載されていた。
――小野選手のパンチは自分がこれまで受けてきたどのパンチよりも重く、力強く感じました。悔しさも湧いてこないぐらいの完敗です。(再戦したいかとの問いに)正直、今の自分ではちょっと勝てる気がしないです。
完敗だけでなく、圧倒的な実力差を認めたコメントだった。まあ、認めざるを得ない試合内容だった事は誰の目にも明らかなのだが。
そして、記事自体にもコメントがついていた。ただし全く注目されてない試合の記事だけあって、コメントはわずかに5件だけだった。
「中村ってかなり期待されてる若手だったはず。この一戦は後に伝説として語られるかもしれない」
「最後の左はマジでエグ杉」
「現地で観戦してました。デビュー戦とは思えない堂々とした戦いっぷりが印象的でした。大物の予感です」
「ていうかこの小野って選手、調べてみたら空手界の超大物じゃねーか。もっと取り上げられるべきだろ」
「何気にイケメンなのが腹立つ」