※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

81 / 92
7-13 第2回REAL無差別級グランプリ 3

 まずは、第2ラウンドの展開を簡単に要約する。

 第2ラウンドも開始早々にボビーが突進を仕掛けたが、今度は達也もタックルには行かずに横へとかわした。ボビーはなおも追撃したが、達也はロープ際を伝うようにして横へ横へとかわし続けては、時おりローキックを放ってボビーの動きを牽制した。やがてボビーはスタミナが切れ始め、その動きは明確に鈍くなった。

 と、ここまでは達也にとって理想通りの展開だったのだが、想定外だったのは第1ラウンドでの疲労とダメージが大きかった事だった。特に背中から首にかけての激痛は相当で、立っているだけでもかなりつらいレベルだった。

 なので、反撃に出たいのに思うように手が出せない。そうする内にボビーがまた勢いよく距離を詰め、今度はよけきれずにテイクダウンを奪われてしまう。

 ただ、第1ラウンドと同様に達也は仰向けになるや否やガードポジションの体勢をつくってボビーの動きを封じた。ボビーはテイクダウンこそ奪ったもののスタミナは切れており、達也に密着されてなかなか有効なパンチを振り下ろせない。逆に達也が下から放つパンチの方がボビーの顔面にヒットする。不思議なもので、上に乗るボビーよりもマットを背にして仰向けになる達也の方が逆に相手にパンチを当てているような状態だった。

 下からのパンチを嫌ってボビーが立ち上がった。それを受けて達也も立ち上がる。

 そこからは、達也がボビーの突進をかわしながらローキックを小気味良く当てる展開が続いた。だが達也の疲労は大きく、ローキックにいつものようなキレは無く深いダメージを与えられない。そしてそのまま、第2ラウンド終了のゴングとなった。

 規定の10分2ラウンドが終了し判定は…3人のジャッジのうち1人がボビーを支持したが、残り2人はドローと判定した。2人以上のジャッジから優勢と支持されなければ勝利とはならない。延長戦突入である。

 判定を聞いた瞬間、達也は無言で胸を撫で下ろしていた。負けた可能性も十分あると感じていたのだ。実際にジャッジの1人はボビーを支持していたのだから、判定負けとならなかったのは運が良かったとも言えた。

 延長戦は1ラウンド10分。もしこの延長戦でも決着がつかなければ、その時は30分トータルの内容をもって改めて判定が行われる事になる。再判定は無く、泣いても笑ってもこの10分で勝敗が決する。

 そんな運命の延長戦、達也はある作戦をもって戦いに臨もうとしていた。それは試合前には全く考えていない作戦だったが、第2ラウンドのふとしたタイミングで偶然思いついたものだった。

 

 ゴングが鳴り、決着の10分間が始まる。

 

 開始直後、やはりボビーは達也に向かって突進した。達也は予想していたようにそれをかわし、遠い位置から浅いローキックを放つ。

 リング上では第2ラウンドと同じような展開が繰り広げられた。休憩と突進を繰り返す猛牛と、それをかわし続ける闘牛士。お互いに決め手がないまま、時間だけが過ぎていく。

 そんな中、先にチャンスを作ったのは猛牛ボビー・サップの方だった。渾身の突進がついに達也を捕まえ、この日3度目のテイクダウンに成功した。

 だが、これまでの2度のテイクダウンと同様、やはり達也は完璧なガードポジションを確保していた。長い足をボビーの体に巻き付け、下から細かくパンチを当てる。

 見た目の印象では、達也の上に乗っているボビーが圧倒的に優位に見える体勢だ。だが下になっていたとしても完全なガードポジションを確立できてさえいれば、必ずしも不利とは限らない。実際、ボビーもパンチを落とそうとするがその動きは達也の長い手足によってかなり制限されており、むしろ達也が下から繰り出すパンチの方が細かいながらも的確にボビーの顔面にヒットしているような状態だった。

 実は達也は、最初からこの体勢を狙っていた。ボビーの圧力に屈してテイクダウンを許したように見えたが真実はそうではなく、敢えてボビーの突進を受けてグラウンドに引き込んだのだった。

 この達也らしからぬ作戦は立ち技の打撃でボビーを倒す自信が無いから…ではなく、やはり第1ラウンドに負った背中から首にかけての負傷が要因だった。第2ラウンドにテイクダウンを許した際、仰向けになった状態なら痛みがかなり緩和される事に気が付いたのだ。だからこの延長戦、達也は最初からガードポジションだけを狙ってボビーの適度な突進を待っていたのだ。

 とりあえずはボビーをグラウンドに引き込む事には成功した。見た目はあまり良くないかもしれないが、決して達也が一方的に不利という訳ではない。現にボビーも、達也の上に乗りながらも自分の体勢があまり有利ではないという事に気付き始めている。

 だから達也がボビーの体を押し上げると同時に、巻き付けている足の力を少しだけ緩めると、ボビーは安心したように立ち上がろうとした。蛇のように絡みつく達也から一旦逃れてスタンド(立った状態)に戻ろうとしたのは、完全に達也の読み通りだった。

 そして、その一瞬の隙を、達也は狙っていた。

 ボビーが達也の体から離れて一瞬気を抜いたその瞬間、達也は仰向けの状態から思いっ切り腰を跳ね上げて…

 5億円の保険がかかる、黄金の右足を振り抜いた……!

 

――パシンッッッッッ!!!!

 

 まさに日本刀で切り裂いたような一閃。ゼロ地点から蹴り上げられた達也の長い足は、まるでストリートファイターⅡの「昇竜拳」のように真下からボビーの顎を捉えた。

 不意の一撃に、ボビーが尻もちをつく。それを予期していたかのように、達也が素早く起き上がってその巨体にのしかかり、あっという間にマウントポジションを奪った。

 瞬間、会場が沸いた。実況のアナウンサーも声を張り上げ、その隣に座っている自称格闘技通のアイドル系女優は興奮を隠し切れないように絶叫した。無理もない。不利な状況に耐え続けた達也が、ついにこの試合初めて有利な状況を築いたのだから。しかも、もう勝利確定と言っても過言ではない、圧倒的に有利な状況を。

 ボビーは達也の下でもがいたが、達也は慌てずにその動きを制する。達也が得たマウントポジションは完全で、こうなってはいくら怪物的なパワーを誇るボビーとはいえ脱出は不可能だった。まるで駄々をこねて暴れる子どもを りつけるように、達也はボビーを押さえつけてその動きをコントロールする。

 そしてお仕置きとばかりに、顔面にパンチを落とす。2発、3発、4発と。

 ここから先は、勝者のためのみに存在する時間だった。

 

………………………………………

 

     ―達也―

 マウントポジションを奪った瞬間の心境はというと、心の底から安堵していた。敗戦を覚悟した瞬間こそ無かったけど、諦めそうになった瞬間が何度もあったのは事実だった。ボビーのパワーは凄まじく、ガードポジションを保つだけでも極端に筋力とスタミナを消耗した。ガードポジションの状態で顔面に受ける細かいパンチも、決定的なダメージにはならないまでも地味にかなり痛かった。そして何より、背中から首にかけての激痛はハンパじゃない。

 一瞬の隙を突いての逆転。あまりに狙い通り過ぎる気もするけど、でもとにもかくにも本当に諦めなくて良かった。自分で自分を褒めたいって昔誰かが言ったけど、本当にそんな思いだった。

 さらに何発かパンチを落とすと、ボビーはもう脱出の不可能を悟ったのか、暴れるのをやめて両手で顔面を覆った。その無防備な格好に思わず苦笑してしまう。何だよ、イカつい体して可愛い姿見せるじゃんか、と。

 ホッとしていた。そして嬉しかった。もちろん最後まで気を抜いちゃいけないけど、もう勝利は事実上確定したと言っていいだろう。俺は今、予選も本戦1回戦も圧倒的な強さで勝ち上がってきた怪人を、マウントポジションから一方的に殴っている…そう思うと(悪趣味ではあるけれど)正直言ってなかなかの快感だった。今の俺、めちゃくちゃカッコ良くテレビに映ってるよな…そんな事も思ってしまった。

 まだ試合が終わってない中で、たっぷりと勝利の余韻に浸る。思えば俺の試合はいつも一撃KOだから、こういう類の快感は初めてだった。マウントポジションってなかなかいいものだな…男としてどっちが強いかこれ以上分かりやすく見せ付けてやれる体勢って無いよな…なんて思いながら。

 ドン、ドンと何発かパンチを落とす。無防備の相手を殴るのはあまり好きじゃないけど、今日はこいつに殴られまくったからお返しの意味を込めて、本気は出さず軽めに。

 …と、勝者だけが味わえる悪趣味な時間を思う存分享受してから。

 最後はボビーの利き腕である右腕を取って、腕ひしぎ逆十字を華麗に極めてやる。

 その瞬間、ボビーは残された左手で俺の体をぽんぽんとタップした。敗者の合図をしっかりと確認してから、俺はその太い腕を解放してやる。

 勝利のゴングを聞いて、一気に体の力が抜けた。クタクタだった。立ち上がるのも億劫になるぐらいだった。

 でも、充実感はハンパなかった。日の丸を掲げてリングを何周もしたい…そんな充実感を覚えていた。

 

………………………………………

 

     ―充希―

 物凄い試合だった。

 達也の試合は大昔からもう数え切れないほど見てきたけど、でも、こんなにも壮絶な試合はかつて無かった。

 今まで何度も何度も達也のカッコいい姿を見てきたけど、今日の達也は間違いなく一番素敵だった。同じ人間とは思えないような大男を相手に勇敢に立ち向かい、投げられても殴られ続けても必死に耐え続けた達也。どんなに苦しくても決して諦めなかった達也…その姿に、私は心を打たれていた。

 胸が熱かった。何も言葉が見つからないぐらいに、心の底から感動して…

「っ…!?」

 その時だった。

 テレビの画面が切り替わって、観客席が映し出される。

 その中心に映るのは、大勢の観客の中に紛れながらも隠し切れない輝きを纏(まと)った、あまりにも綺麗な女の子で…

「あ……」

 カメラが捉えた高橋ひかりは、ボロボロと涙を流していた。

 達也のあまりにも劇的な逆転勝利に感極まり、周囲の人目もはばからずに号泣していた。

「そう…だよね…」

 その姿を見た時、私の中にある『何か』が、音を立てて崩れてゆくのを感じずにはいられなかった。

 それは怒りとか、悲しみとか、嫉妬とかでは決してなくて。そもそも、そんな単純な言葉で言い表せるような感情じゃなくて…

 達也は力の全てを振り絞って、それこそ命を懸けて、私たちに勇気と感動を届けてくれたというのに…

 そんな最高の姿を見せてくれた達也に、涙の一粒も流してあげられない私は…

 もう、達也の傍にいる資格なんて無いんだ、と…

 

………………………………………

 

 達也の劇的な逆転勝利に観客は熱狂した。だが、死闘の代償は小さくなかった。

 その発表がREAL統括本部長の口から観客とテレビの前の視聴者に発表されたのは、達也の試合からおよそ20分後の事だった。

 

「小野達也選手はボビー・サップ選手との準決勝において背中を負傷し、また疲労が著しい事からこれ以上の試合を行う事は不可能であるとドクターが判断致しました。これによりグランプリ決勝戦は小野達也選手の棄権となり、金田陽希選手の優勝と致します」

 

 発表に会場はどよめいた。達也が背中を負傷している様子など全く見せていなかったし、何より達也と金田陽希が決勝で戦う姿を見られない事が残念でならなかった。しかし、現実として達也のダメージは深刻だった。観客の前でこそ平静を装っていた達也だったが実際のところ背中から首にかけての激痛は凄まじく、試合後にはさらに悪化し満足に背筋を伸ばす事すら難しくなっていた。加えて30分弱の試合時間の半分以上をボビーの巨体の下で力を入れ続けながら過ごした事で、筋肉疲労も限界に達していた。なので発表ではドクターストップとなっていたが、実際は達也から決勝戦の棄権を申し出たというのが真実だった。連覇を掲げて努力してきた達也としても残念な気持ちは強かったが、とても戦える状態ではなかった。

 こうして、第2回REAL無差別級グランプリは金田陽希の優勝となった。決勝戦が無いというのは何とも締まりが悪いのでREALとしてはボビー・サップを達也の代役として決勝戦のリングに上げようとしたが、ボビーは頑なにリングに上がるのを拒否した。ボビーも達也との死闘で疲れ果てており、加えて試合終盤に達也にマウントポジションを奪われてパンチを落とされ腕ひしぎを逆十字を極められた事により、総合格闘技への恐怖心を植え付けられてしまっていたのである。頑なに首を縦に振らないボビーにREALがしつこく説得を試みると、ついにボビーは大声を張り上げ英語で何かを喚(わめ)き散らしながらながらさっさと会場を後にしてしまった。

 

 そんなこんなを経て、最後はリングの中央で金田陽希が優勝トロフィーを受け取り、第2回REAL無差別級グランプリはエンディングを迎えた。

 だが、優勝インタビューを受ける金田陽希の表情は、あまり嬉しそうではなかった。

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