第2回REAL無差別級グランプリを制し最強の男の称号を得たのは金田陽希だったが、ファンの認識は全く異なっていた。以下、SNS上のコメントをいくつか抜粋する。
・あんな化け物からタップを奪うなんて小野達也最高すぎる!
・怪物はボビーサップではなく小野達也の方だったという解答
・普通の選手なら最初のパワーボム食らった時点で失神してる
・起死回生のハイキックからマウント奪った瞬間は日本中が震えた
・小野達也選手は日本の誇り!
・祝、小野達也(事実上の)グランプリ連覇達成!
・誰がどう見ても小野vsボビー戦が事実上の決勝戦だったよな
・ところで優勝したの誰だっけ?
・金田弟がボビーと当たってれば普通に秒殺負けだろ
と、達也への賞賛一色。一方、優勝した金田陽希を祝福するようなコメントはほとんど無かった。金田が優勝できたのは組み合わせの運に恵まれただけで、達也こそ真の勝者だというのがほとんど全てのファンの認識だった。
そんな状況を受けて、年が明けて間もなく、優勝者である金田陽希が驚くべき声明を発表した。
何と、第2回REAL無差別級グランプリの優勝を返上すると宣言したのである。
声明を要約すると「自分としても今回の優勝には納得できていない。やはり準決勝を勝利した小野選手と自分が戦い、その勝者が優勝となるべきだ。なので小野選手の状態が回復次第、改めて決勝戦をやらせてほしい」というものだった。
この声明を受けて、REALは金田陽希のグランプリ優勝返上を正式に承認し、優勝者を一時預かりとする事にした。そして、近い内に改めて金田と達也の試合を組むよう調整する事を明言した。事実上の決勝戦開催宣言である。
もちろんファンはこの流れを支持した。金田陽希の兄とは全く違う潔い声明を評価しつつ、来たるべき決勝戦では達也が金田を華麗にKOして名実共に真の王者となる事を期待した。
そんな状況の中、達也は年明けから少しの間を、病院のベッドの上で過ごしていた。
背中から首にかけての激痛は酷くて人生一と言って差し支えないぐらいに苦しい思いをした達也だったが、診断結果は筋肉の筋を違えた程度で大事には到っておらず、治療後4~5日もする頃には痛みはほぼ引いた。とはいえ大きな試合が終わった直後という事もあり、体を休める意味も込めて2週間程度入院する事にしたのだ。
病院でも達也は大人気で、ナースたちはこぞって達也の担当になる事を希望した。中には回診の時に「退院したら一緒にご飯行きませんか」とストレートに誘ってくるナースまでいた程である。もちろん達也の人気はナースだけにとどまらず、リハビリがてらに院内を歩いていたらお婆ちゃんに声を掛けられて長話を聞かされたあげく「相手にどうだい?」と孫娘を紹介されたり、あるいは中庭のベンチで休んでいるとたまたまそこで遊んでいた入院中の子どもたちと仲良くなってしまって、以降毎日のように病室に押しかけられたりと、決してゆっくりとは落ち着けない入院生活だった。
とはいえ、とても気楽でストレスのない時間だった。日々厳しいトレーニングに明け暮れてきた達也にとっては初めてと言っていいような完全な休養で、心身をリフレッシュするには十分だった。
そして退院した日には、早速トレーニングを開始した。言うまでもなく、次のターゲットは金田陽希である。
実は達也は、金田陽希との決戦にはあまり乗り気ではなかった。というのも、ボビー・サップを倒してさらに評価を高めた事で、もう十分に満足していたのだ。思い出して欲しい、第2回REAL無差別級グランプリで達也が最大の目標として掲げていたのは、「充希にカッコいい姿を見せる」という事であり、優勝はその手段であって目的ではなかった。なので優勝こそならなかったが、怪人ボビー・サップを死闘の末に撃退した姿にはさすがの充希も胸キュンだったに違いない…!と、達也はかなりの手応えを感じていたのだ。だから今さら金田陽希と戦いたいとは別に思わない、というのが本音だった。事実上俺が最強って事で評価は定着してるんだから、優勝の称号ぐらいは全然くれてやるんだけどな…と。
とはいえ、決戦を望む空気がファンの中にある事は嫌でも感じる。加えて、金田陽希に対して申し訳なさのような思いが少しあるのも事実だった。金田が優勝しながらも全く評価されていないのは、俺がが負傷棄権して戦えなかったからからに他ならない…金田としては俺を倒さない事には王者として評価されない…ならば俺としては、金田の挑戦を受けなければならない義務はあるだろう…と。
決して乗り気ではなかったが、しかし真の王者の義務として、金田陽希との決戦を拒否する訳にはいかなかった。幸い体の方は既に万全でトレーニングは復帰初日から強めの負荷をかけたが全く問題なく、2日目にはジムの後輩(達也効果でFAILYにはこの所若い入門希望者が増えている)たちを相手にスパーリングを敢行してみたのだが、相手がまだプロデビュー前の新人だったとはいえ、達也は左手一本で全ての相手を圧倒してしまった。2週間のブランクも何のその、もちろん背中にも首にも痛みは全く感じなかった。
そしてスパーリングの後には、遅ればせながら新年一発目の種付けにも臨んだ。こちらも好調で腰の動きは文句なし。種付けの体位もまずは自身が仰向けになっての騎乗位から頃合いを計って正常位に移行という、まるでガードポジション→マウントポジションへと移ったボビー・サップ戦と同様の流れを経て、女性をイかせると同時に膣奥へ気持ち良く射精した。ただ、久しぶりの射精だった事もありその量があまりに大量で、出し終えた頃には肩で息をしてしまうぐらいの疲労感に襲われた。若手たちとのスパーリングよりも遥かに疲労感は大きく、「あいつらとのスパーよりも種付けの方がトレーニング効果は遥かに高いんじゃないか?」と達也は本気で思ったとか思っていないとか。
とにもかくにも激戦の傷は癒え、達也は再び前に進み始めた。
……と、思ったのだが。
………………………………………
付き合い始めた当初は毎晩電話していた達也と充希だったが、社会人となってからはお互いに忙しい事もあってさすがに毎日とはいかず、その頻度は徐々に減っていた。とはいえ決して倦怠期とかそういうものではなくメールは毎日欠かさずにするし、週末などの休日前には長電話が恒例になっていた。
そして、この日は週末。充希は翌日から連休。
「ああ、うん、もう大丈夫。ちょっと背中を痛めてたけど、もう完全に治ったから」
例の週刊誌報道以降、達也は充希がまだ完全に許してくれていないのを感じずにはいられなかった。電話口から聞こえる声のトーンもやけに低い事が珍しくなく、気まずくなって逃げ出すように電話を切った事も何度があった程だった。ただ記事から半年が経ち、ようやく充希の態度にも軟化が見られる事も感じていた。この日も電話口から聞こえてくるのは、達也が大昔からずっと聞いてきた本来の充希の声だった。
それにはやっぱり大晦日の試合の効果も大きかっただろう、と達也は思っていて。
「あのゴリラ野郎、力任せに投げつけてきやがって。ま、見ての通りたっぷりお返ししたやったけど」
まるで自己アピールするかのように得意げに言う達也。まあ確かに、ボビー・サップから試合開始早々にパワーボムを食らって逆転勝ちできる日本人など達也以外にはいないかもしれない。
「充希もさすがに、あの試合は俺がヤバいかもって思っただろ?」
「ううん、達也は凄すぎるから、もう誰に勝っても驚かないようにしてる」
「おお、すげえ評価」
「本当に凄すぎるよ達也は。何かもう、別の世界に行っちゃったみたい…」
「はは、そこまで言ってくれるんだ」
これ以上無い最高の誉め言葉に、じんわりと嬉しさが込み上げてくる達也。同時に、例の件についてはもうほとんど許してくれたと思っていいのかな、なんて感じながら。
「ところで充希は、仕事の調子の方はうまくいってる?セクハラとかパワハラ受けたりしてないか?」
「うん、そういうのは全然無いかな」
今はハラスメントは即アウトだらかね、と言葉を繋いでから。
「実は、達也には言ってなかったけど、今年の春から転勤になりそうなんだ」
「お、ついに研修期間が終わったんだ」
「まあ…うん、そんな感じかな」
「で、どこになりそうなんだ?もちろん関西?」
期待を込めて達也が聞くと。
「うん…実は…イギリスなんだ」
「…はい?」
想像もしていなかったカタカナに一瞬戸惑ってしまう達也だったが。
「凄いじゃん!それって、夢が叶ったって事じゃんか!」
すぐに達也は、充希の背中を押すように。
「海外と繋がるような仕事がしてみたいって昔から言ってたもんな。それにイギリスだったら、英語ペラペラの充希には最適じゃん」
「私の英語なんて現地でどこまで通じるか分からないけど…」
「多少通じなくても、充希ならすぐに何とでもできるって」
「でも…イギリスだよ?達也は寂しくないの?」
ぽつりと充希が聞いた。
「そりゃ寂しいに決まってるよ。でも彼氏として、彼女の夢を応援するのは当然だろ?それに、別にイギリスに永住する訳じゃなくて、また何年かしたら日本に帰って来られるんだろ?」
「…私が遠くに行ってくれて嬉しいとか、思ってないよね?」
「あのな、そういうのは冗談でもやめてくれ。何なら俺も充希と一緒にイギリスに行きたいぐらいだ。というかマジで行きたくなってきた。ついて行っていいよな?」
「ごめん、今のは私が悪かった」
一言、そう謝って。
「でも、達也はダメだよ。達也は日本のスーパーヒーローだから、日本人はみんな達也の活躍を楽しみにしてるんだから」
「俺にとっては全てのファンより充希が大事だけどな」
その言葉に、充希も感傷的になってしまいそうなのを堪える。
どうして達也は…そんな嬉しい事をサラッと言ってくれるんだろう…と。
でも…
達也はもう、私が独り占めしていいような存在じゃなくなっちゃったから…
私なんかには束縛されずに、もっと多くの人に夢を与えて、もっと素晴らしい女性を見つけるべき人だから…
それが…達也のためだから…
「というかさ、来週にでも一緒にご飯行こうぜ。俺東京行くよ。海外赴任のお祝いしたいし、仕事以外でも話したい事沢山あるしさ」
「しばらく会えなくなるもんね…」
「まあ、めちゃくちゃ寂しいけど、俺は充希の夢をどこまでも応援したいし、それに――」
達也が、充希にエールを送るように何かを言う。
でも充希は、それを遮って。
「だからさ…いい機会だと思うから…」
その言葉を、口にする。
「もう…私たち………別れよ?」
「………………え?」