※この作品はR-18です。

種付けファイター達也くん   作:minnie_remon

88 / 92
8-6 頂上決戦 2

 第3ラウンドは比較的静かな展開に終始した。接近してもみ合うようなシーンもあったが互いに決定的なダメージを与える事はできず、テイクダウンにも到らないまま10分間が過ぎ去った。

 続く第4ラウンドは果てしなく奇妙なラウンドだった。ラウンド中盤に金田が達也を捕まえついにこの試合初めてのテイクダウンに成功したのだが、達也も金田の体に長い足を巻き付けガードポジションを構築。すると金田は、達也の上に乗ったままほとんど何もせずに残り時間の全てを過ごしたのだ。ガードポジションを維持できてさえいれば下からでも打撃や関節技を狙えるのだが、それはあくまで上にいる者が攻撃を繰り出してきてこその話。相手が動いてくれないのであれば達也としてもどうする事もできず、ただ金田の100kg近い体の重みを感じながら時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 第5ラウンド。開始早々、またも金田が距離を詰めて達也に組み付いた。距離を詰めさせない事に定評がある達也だが、試合時間が40分を超えもう完全に疲弊しきっており、いつものようなフットワークを駆使する事は難しくなっていた。前のラウンドでずっと金田の下でガードポジションを維持し続けた事も、達也のスタミナを奪う要因となっていた。

 組み付いたまま、金田が達也の体にコツコツと小さくパンチを当てる。そして小さな膝蹴り。徹底して達也の体力を削る事を目的とした、泥臭く嫌らしい攻撃だ。好調時の達也であれば何という事は無かっただろうが、調整不足でスタミナも枯渇してしまった今となっては、小さな膝蹴りが十分な苦痛だった。

 途中、レフェリーがブレイクを命じるような素振りを見せようとしたが金田は頑として達也から離れようとせず、金田陣営も「ブレイクするなら棄権するぞ!」と激しく抗議。実際、この試合においてレフェリーは『見届け人』に過ぎずブレイクの権利は有していない。レフェリーが距離を取ったのを見て取ると、安心したように金田は膝蹴りを再開した。

 結局そのまま第5ラウンドが終了。このラウンド、金田は組み付きに成功して以降テイクダウンを狙わず、ひたすら小さなパンチと膝蹴りを繰り出し続けた。達也も近距離からの応戦を試みたが金田の方が腰の位置が低く有利な体勢で、達也は小さな膝蹴りをボディーに数十発も受ける事になってしまった。

 そして第6ラウンド。達也は組み付かれないようにと距離を取ろう試みるが、それも虚しく金田が鋭い踏み込みからアッサリと組み付きに成功した。しかも、ラウンドの開始早々に。

 そしてまた、近距離からの小さなパンチと膝蹴りが達也を襲う。

 不思議な事に、金田の膝蹴りは的確に達也の体をボディーを捉えた。ぴたりと密着しているから金田は膝蹴りを打つ箇所を見えない筈なのに、その全てが的確に達也のボディーにヒットするのだ。達也は膝蹴りを嫌って腰を引いたり体の位置をずらしたりするのだが、金田の膝にはまるで目が付いているかのように、達也が逃げる方向を的確に追いかけダメージを与えてくる。

 金田はこんな密着した状態で膝蹴りを当てる特訓にも余念がなかったのか…達也は心の中で金田のテクニックに舌を巻くと共に、自身のピンチを感じずにはいられなかった。見えていない筈なのに、ドスッ、ドスッと小さな膝蹴りが確実に達也のボディーをノックし、決して小さくない苦痛を与える。

 傍目には膠着状態に近いが、ブレイクは無く、ロープ際に押し付けられ逃れる事は不可能。このラウンドも第5ラウンドと同様、金田の正確無比な膝蹴りを耐え続けるしかないのか…

 そう覚悟した瞬間、達也の耳に晴香の声が響いた。

「達也くん、モニター!金田はモニターを見てるわよっ!」

 それを聞いた達也は、咄嗟に顔を大型モニターの方へと向ける。

 するとそこには確かに、密着する自身と金田の姿が大きく映し出されていた。そう、金田は観客用に取り付けられた会場の大型モニターに映る映像で達也の体の位置を確認しながら膝蹴りを放っていたのだ。

 それが分かった達也は、少しばかり安心しながら。

「おいおい金田、それはちとセコいんじゃねえか…?」

 そう言ってお返しとばかり、モニターを見ながら金田を足の甲をカカトでドンッ!と踏み付けた。すると金田は一瞬だけ苦痛に顔を歪めながらも、すぐにニヤリと笑ってからサッと達也から離れて距離を取った。

 この時達也は、敵ながら天晴れという思いを金田に対して抱いていた。会場のモニターまで利用してくる奴なんて初めてだ…何が何でも勝ちたいのはこいつだって同じなんだ…と。

 達也がすっと左手を伸ばして拳を突き出す。すると呼応するように、金田も左手を伸ばしてポン、と拳を合わせる。ここまでの健闘を称え合い、これからの健闘を誓い合うような2人の仕草に、観客から自然と拍手が沸き起こる。

 試合が始まってから、間もなく1時間が経過しようとしていた。

 

………………………………………

 

 第7ラウンド。達也は戦術をガラリと変えた。何と開始早々にごろんと仰向けになり、グラウンド勝負を誘ったのである。

 マットに仰向けになる達也と、立った状態でそれを見下ろす金田。いわゆる猪木―アリ状態だ。

 達也がここまで露骨にグラウンド勝負を志向した事はかつて無かった。それだけ金田の組み付きからの細かいパンチや膝蹴りに手を焼いていたのだ。達也は今や寝技もできるとはいえ、本来立ち技の選手でありグラウンドでの攻防なら金田に一日の長がある。試合の流れが金田に傾いている事を示す光景と言えた。

 だが金田は、達也の誘いには乗らなかった。仰向けになった達也の足を狙ってローキックを放つ。

 しかし達也は一向に立ち上がろうとしない。仰向けになった状態からスライディングのようなキックを放ったかと思えば、今度は一転して顔面を狙って飛び上がるようにハイキック。だが、これは虚しく空を切った。

 第8ラウンド、今度は一転して立ち技での攻防が繰り広げられた。達也がローキックからハイキックという得意技で攻め立てる。しかし肝心のキレに乏しくクリーンヒットには到らない。対する金田もローキックで応戦するがこちらももう大分疲れてしまっており、その攻撃にスピード感は乏しい。お互いに疲れ果てているのは誰の目にも明らかだった。

 こうなると、打撃では決着がつかずお互いにもつれあう展開となるのは必然だ。クリンチのようにどちらからとなく組み付き、脇腹を狙っての小さなボディーや膝蹴りを打ち合っては、また何かの拍子に距離を取っての打撃戦に戻る。しかし決着はつかず組み合い、そして絡み合うようにグラウンドへ…試合は死闘の様相を呈していた。

 ラウンド終盤、グラウンドで達也が金田の足関節を狙った。膝十字が一瞬入りかけたように見え会場からこの日一番の歓声が上がったが、結局フィニッシュには到らず、第8ラウンド終了のゴングが打ち鳴らされた。

 肩で息をしながら、両者がコーナーへと戻る。各ラウンド毎に2分間設けられているインターバルの時間も含めると、試合時間は既に1時間半を超えた。通常は数分、時には1分足らずで決着する総合格闘技の世界では到底有り得ない試合時間だ。観客も大会関係者も報道陣も、さらにはテレビの向こうの数千万人の視聴者も、その全員が「今我々はとてつもないものを目撃している!」という興奮を抑え切れない思いだった。

 

 だが、永遠に続くかにも思われた死闘は。

 次の第9ラウンドで、大きく動く事になる。

 

 第9ラウンド。達也は距離を取りつつ、金田の動きに合わせてカウンターを狙う戦術に出る。残念ながら自ら攻め込んでも有効な打撃を繰り出せるだけの体力が残っていないのは先ほどのラウンドで実践済みだ。もう力を込めた打撃を何発も打つ事はできない…カウンター一撃で仕留めるぐらいでなければ自分に勝機は無い…そんな覚悟で金田と対峙する。

 一方の金田も、達也のカウンター狙いを察知したように距離を取る。第5~第6ラウンドでは早々に距離を詰めて組み付いてきた金田もここに来てさすがに消耗が激しく、下手には攻め込めない程に疲弊していた。

 お互い、できる限り呼吸を小さくして表情も平静を装う。だが、実際の所は共に立っているのもツラい程で、体力はとっくに限界を超えていた。まさしく死闘だった。

 達也が遠めからローキックを飛ばす。だが、決してダメージを与えようとしている訳ではない。言わば、わざと小さな隙を作って金田の攻撃を誘発する事を狙って撒いた餌だ。金田が踏み込んできた瞬間にカウンターを合わせる…達也の狙いはこの一点だ。

 対する金田は不用意に攻め込まない。言い方を変えれば、不用意に攻め込めるほどの体力は残っていない。だから金田も、達也が撒いた餌に食いつくのではなく自分のタイミングで踏み込むべく虎視眈々とチャンスを窺う。

 達也が体の位置を前後させ、金田との距離感を細かく変える。

 この時達也には「最適な間合いは金田に考えてもらおう」というような妙な思考が生まれていた。遠いと思えば金田は攻めて来ない。金田が攻めて来たくなるような、金田にとっての絶好の間合いを提供すべく、ジャブやローキックを挟みつつ細かく立ち位置を前後させる。

 必然的に金田よりも達也の方が動き、リングの中央に位置する金田の周りを達也がぐるぐると回るような位置関係になる。両者共に疲れを隠しながら、じっくりと機を窺う。

 

 しかし、その時。

 リング上の悪魔が、突如達也に牙を剝いた。

 

「っ…!?」

 それは、達也が遠めから右のローキックを放った直後だった。戻した右足がちょうど汗で濡れた地点を踏み、つるっと滑ってバランスを崩してしまう。

 その隙を、金田は見逃さなかった。

「なっ……!」

 この時を待っていたかのような鋭い踏み込みと、強烈な右ストレートが達也の顔面を襲う。

 咄嗟にかわそうとするが、バランスを崩した状態での不安定な体勢では、体を動かせる範囲は限られていて…!

「あぐっっっ…!!」

 金田の拳が、達也の顔面に突き刺さった。瞬間、重い衝撃が脳へと伝わり、ぐらっと腰が落ちる。

 そこに、金田の巨体が覆いかぶさるように達也を襲って。

「………っ!?」

 歓声が、一転して悲鳴に変わる。

次の瞬間、リングの上では金田が完全なマウントポジションで達也に馬乗りになるという、あまりにも絶望的な光景が広がっていた。

 そんな中、場内にアナウンスが鳴り響く。

 

「ファイブミニッツパスト。5分経過――」

 

 第9ラウンドは、まだちょうど半分を残していた。

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