公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
18巻 イッセー、天国にて
「まあ、亡くなった方の大半は地獄に行ってしまわれるのですけどね」
18巻 ミカエル 第六天
「うーん、私はオシャレというものからはほど遠い生活をしているからな。主のために戦えればそれで満足なんだけどね」
「それは私も同じだけれど、女の子なんだし、最低限のオシャレは必要よ?」
「任務に必要になるのか?」
私たちは女だ。将来、「女」という点を利用して潜入する調査もあるだろう。女性にしかやれないことが当然ながらあるのだから。
DX3 クロス×クライシス ゼノヴィアとイリナ
大王sideからなので、ご了承ください。
死人に口なし。人間の間では通用する言葉だが、超常・異形の存在の中にあってはそれは正しくない。死人は語るのだ。
前世では、恐山のイタコなんて信じていなかった俺だが、悪魔に生まれ変わってからは本物もいるらしいと知った。
人間たちの想像によって、あの世は創造され、実在するものとなったのだ。人々が死後の世界を信じる限り、人間の魂は生前関与した神話体系ごとの「あの世」に囚われる。
そして、とかく宗教において天国に相当する場所への門は狭い。そうでなければ、ありがたみがないからだ。
それ故、仏教徒の大半は地獄行きとなり、キリスト教徒のほとんども地獄に落ちる。人間は自分たちで自分たちを苦しめ苛む場所を発明してしまった。
天国や地獄を信じる人間にとって死は始まりに過ぎない、永劫に等しい地獄の苦しみの始まりなのだ。
つまり、俺に言わせれば信心深い者の多くはМということだ。シスターや教会の戦士、巫女さんに会ったらサディスティックに責めていくのが概ね正解となるに違いない。
ちなみに、悪魔は地獄で苦しんだりはしない。悪魔だからな。
魔力の少ない者には厳しいだろうが、十分な魔力を持つ者であればレーティングゲームのフィールドを形成するようにして快適な住環境を整えることが可能だ。
ホント、悪魔に生まれて良かったと思うね。
ところで、我々悪魔が暮らす冥界は、「キリスト教圏」の地獄である。悪魔や「聖書の神」を裏切った堕天使の住処だ。
そして、生前キリスト教徒だった者の内、天国に行く資格のない者の魂は冥界へと落ちてくる。
キリスト教徒でありながら、欲望に負け理性を捨て、色欲の罪を犯した者もそういった地獄行きの魂の一つとなるだろう。地獄の最下層の名をコキュートスとした、『神曲・地獄篇』によれば肉欲の罪によって地獄に落ちた者は、止むことの無い風によって常に痛めつけられ続けるのだという。
たとえばそう、俺が今度縄張りとする駒王町の前任悪魔クレーリア・ベリアルと通じた教会の戦士などは、地獄の風に責め苛まれる場所にいるのではないだろうか。悪魔の女との愛欲に耽った罪によって。
ゼクラム祖父さんの城の一室に、上級悪魔の影がひとつ、ふたつ……5つ。
城主のゼクラム祖父さんに叔父上、俺とリュイ、それからベリアル卿が円形魔方陣を囲むように椅子を並べて座っている。
まだ会話はない。
どっしりと落ち着いた様子の祖父さんは、さすがに年の功というべきか無言でも大物オーラを醸し出している。いつかは自然とこういう雰囲気を纏えるようになりたいね。二千年ぐらい生きたら俺もこうなれるのだろうか。
叔父上がピリピリしているのはいつものことだ。ゼクラム祖父さんがいるので、普段会うときよりも畏まっている感じはするが。
俺とリュイは、まぁそれなりだ。
レーティングゲームで慣らしたリュイでも、ゼクラム祖父さんの前ではやや緊張してしまうらしい。これが権力者の威圧ってものだろうか。
俺はちょっとばかり「神如き、魔王如き」なドライグ思考の影響があるので、まぁ、戦えば勝てるし? 平気でしょ? と気が抜けているかもしれない。
一番落ち着きのないのがベリアル卿だ。無理もない。この中で一番魔力が小さいからな。戦闘も得意でないと聞いている。『皇帝』の父親と聞いてパッと思い浮かぶようなイメージはこのヒトにはない。
叔父上は母上の異母弟なので、魔力はそこそこある方だ。魔力が小さいとなめられ軽んじられやすいのが悪魔の社会、派閥のトップを務めるにはそれなりの魔力が必要になる。
「今回こうして集まっていただいたのは、日本の駒王町、バアル家とグレモリー家が共同で統治してきた土地でかつて起きた事件についての再確認が目的です」
そんなバアル家現当主である叔父上がまず最初にそう告げると、どこか所在なさ気にしていたベリアル卿の顔つきが変わった。
彼は叔父上に向かって身を乗り出し、焦ったように声を上げる。
「お待ちください。あの一件は、秘匿すると……ッ!」
ふむ、ベリアル卿がここにいて駒王町の事件と言えば、例の教会の戦士とガチ恋して処分されたと聞いたクレーリア・ベリアルのことだろう。
俺はどうにも彼女に敬意を抱けない。なので、かなり年上ではあるが、「姫」とか「嬢」とかを付けて呼ぶ気になれないのだ。
やらかして粛清された女だからな。
敵対する勢力に所属する男女の恋物語ってロマンチックではあるのだが、彼女のその行いのせいで縄張りの上書きだのなんだのとよく分からんことを言われてるってのもある。いや、それって俺に関係ないよねってさ。
ベリアル卿が慌てているのは、おおかた醜聞なので内々に処理したはずなのに俺やリュイがいる場で口に出されては約束が違うといったところだろうか。ベリアル家内部では、この件どういう扱いにしているかまでは知らないが。
「このリヴラクス・グレモリーは、今年から駒王町を縄張りとして運営することになっている。そのため、過去のいきさつについては説明済みだ」
叔父上の返答に、ベリアル卿はまず俺に目を向け、それからリュイに視線を移した。
「ベルフェゴール卿……いや、もう最上級悪魔のロイガン殿か。ロイガン殿は後ほどこの件に関わるところがあるので同席してもらっている」
ベリアル卿の視線に対して俺が何か言う前に、かぶせるように叔父上がそう言った。余計な事をしゃべるなという意思が感じられる。
俺は叔父上が好きではないが、ミスラさんを頂いて以来、叔父上には寛大に接しようと考えている。だからここは叔父上にお任せするとしようじゃないか。
バアル家当主に対してなんとも上から目線だが、叔父上から第一夫人を頂戴した俺が勝者であり、持っていかれた叔父上が敗者であることは明確なのでな。
これは勝利者の余裕なのだ。
ふふん、と余裕顔を浮かべるてみせると、叔父上は貴族御用達のポーカーフェイスを一瞬崩しかけるが、ぐっと持ち直して話を続けた。
ゼクラム祖父さんも含めて話しかける時は丁寧。それが叔父上クオリティ。いつも通りの叔父上である。
「まずはベリアル家とリヴラクスに伝えたクレーリア・ベリアル粛清前の状況、そして彼女が犯した罪について説明させていただきます」
叔父上が語ったのは、以前に祖父さんから聞かされたことと同じだったが、あのときより少しばかり詳しかった。
俺が独自に調べたことも織り込み済みのようだ。
まぁ、正直記録をちょっと見ただけなのだが。
祖父さんから聞かされた時点である程度俺が確認することくらいは承知していたのだろう。政府にも影響力の強い大王派が本気で秘匿するつもりなら、記録の改ざん程度のことは容易だっただろうからな。
あの時点まで父上も知らなかったことを考えると──もしかしたら、改ざんあるいはすり替えていた記録を元の物に戻したのかもしれない。
リュイから聞いた話と、レイヴェルの『僧侶』であり元7位の『番狂わせの魔術師』リュディガー・ローゼンクロイツが集めていた資料によると──
駒王町の前任者クレーリア・ベリアルは、『皇帝』ディハウザー・ベリアルの叔父の娘、従妹である。ディハウザー殿との年齢差は、俺とミリキャス程度のもので、一族が近隣にまとまって暮らしているベリアル家の御家事情もあって、本当の兄妹のようにして育ったそうだ。
なんでもディハウザー殿のことを「兄さま、兄さま」と呼んで慕っていたらしい。ディハウザー殿もそんなクレーリアのことを大層可愛がっていたそうだ。
その気持ちは、わかる。もしもミリキャスが女の子だったなら、俺は滅茶苦茶可愛がって甘やかしたに違いない。いや、男の子だからっていびっているわけではないのだがな。
クレーリアは分家の娘なので、俺とミリキャスみたいに後継問題とかもないわけなので、ディハウザー殿もそれはもう可愛がっていたことだろう。
そうして親類の中で可愛がられて育ったクレーリアだが、彼女は上級悪魔の子息・子女が通う名門学校には通えなかった。ベリアル家の財政は火の車で、クレーリアと歳の近い本家の嫡男ディハウザー殿を通わせるだけで精一杯だったらしい。
首都とアスタロト領、二つある貴族及び平民富裕層の子息・子女の通う名門学校は、最高水準の教育を施す学び舎であると同時に、社会に出た後に役立つコネ・ツテを作るための機関でもある。
俺やゼファードルのような魔王輩出名門本家の出であれば、向こうから寄ってくるので特に必要ない。
むしろウザくてかなわないらしい。
ソーナが前に「もう人間界の学校に通いたいぐらいだよぉ、助けてお兄ちゃーん」といったようなことを言っていた気がする。口調は違うが内容は大体そんな感じ。
ディオドラも貴族女性に対してインポになっちゃってるし、学校って怖い。
だが、当時貧乏貴族と見下されていたベリアル家、それも分家のクレーリアにとってはこれは大変痛かったことだろう。
事実、彼女はその後長い間『縄張り』を得ることすら出来ていなかったようだ。クレーリアがバアル家を通して駒王町を縄張りとして借り受け、縄張り運営の経験を積むことが出来るようになったのは、従兄のディハウザー殿がレーティングゲームで活躍して立場と名声を確かなものとしてからになる。
これは通常の貴族の子供と比べると相当に遅い。
なにせ、クレーリアはこの時点ですでに成熟してからかなりの年数を経ている。普通ならば、俺のようにまだ未成熟な学習期間中から縄張りの運営を学んでいくのだから。
これはベリアル家に金も信用も無かったことと、彼女がツテを得られなかったことの双方が影響したものだろう。
ディハウザー殿の稼いだ富と名声によって、クレーリアは我がグレモリー家と大王バアル家が古くから共同で管理してきた日本の土地・駒王町を縄張り運営の学習場所として一時的に借り受けることが出来たのだ。
これは時期的にはレイヴェルが幼稚舎に通い始めたころのことになる。
「縄張りを貸し与えてからしばらくの間、クレーリアの運営は順調なものだった。特別良かったわけではないが、悪くもなかった。普通に貴族としての教育を受けた者と変わらぬ営業成績を出していたのだ」
叔父上の言うところによれば、クレーリアの運営に関しては貸した側のバアル家からの指導・監視が入っていたという。これはディハウザー殿はゲームに忙しく、ベリアル家は御家事情に余裕がなかったので、新体制後の縄張り運営についてのノウハウが不足していたためらしい。
まぁ、前魔王さま方の旧政府と、兄上たちの新政府では人間に対するスタンスも違っているからな。それに、駒王町は現魔王派筆頭であるグレモリー家との共同管理地だ。大王派としては、その土地であまり不甲斐ない真似はさせられなかったのだろう。
バアル家がそれだけ手間をかけたのは、大王派の最大戦力となってきていた『皇帝』ベリアルと親しいクレーリアのことを重く見ていたところもあると思う。
「だが、クレーリアはそこで罪を犯した。大王派に属するベリアル家、『皇帝』となったディハウザーからの依頼だからと土地を貸し与えたバアル家と、バアル家からの頼みだからと貸すことに同意したグレモリー家の顔に泥を塗ったのだ。よりにもよって教会側の戦士と通じてしまうなどと……」
叔父上が当主を務める大王バアル家、ルシファー輩出の名門にして叔父上の異母姉が当主夫人となっているグレモリー家、失われた信用をこれから取り戻していこうとしているベリアル家、そしてクレーリアに縄張り運営の経験を積ませるために尽力したであろうディハウザー殿。
そのすべての面子を潰し、唾を吐きかけるような暴挙。彼女は自身の立場をまったく理解していなかった。
──吐き捨てるように叔父上が続けると、ベリアル卿の顔が歪んだ。それは可愛がっていた姪を悪しざまに言われたことによるものか、それとも当時ベリアル家が立たされた苦境を思い出してのものか。
「そのこと自体は、まだ咎めるほどのものではなかった。悪魔と人間が関係を持つなど、古来からそう珍しいことではなかったのでね。一時の戯れとして付き合うだけであれば、構わなかった。相手が敵対する教会側の者だとしても、こちらへと引き込む、あるいは堕落させて傀儡とするためであれば問題は無かった」
顔を歪めたベリアル卿をなだめるように、ゼクラム祖父さんが叔父上の言葉に付けたした。そうしてから、俺の方へと視線を向けてくる。
「たとえば、リヴラクスの『戦車』はバラキエルの娘。件の教会の戦士などよりもよほど影響が大きい。こちらは堕天使だが――教会の一戦士などより遥かに敵対勢力の中枢に近いと言える。だが、我々はこのことを問題としてはいない」
俺は朱乃との子作りについて、下僕にしてからならば良いと父上から言われた。
俺が朱乃に入れ込んでいたことは父上も承知していただろうから、単に弄ぶだけでは済まないと判断してそう言われたとすれば……なるほどと今になって思うわけだ。
明確な敵対勢力出身者を真剣に自分のものにしたいのであれば、『悪魔の駒』を使って転生悪魔に、下僕に変えてしまえば許されると。
朱乃って堕天使のナンバー3くらいの位置にいるバラキエルの娘だからな。
天界・教会側でたとえると、四大天使のラファエルとかウリエルが人間との間に作った『奇跡の子』ぐらいの立場になる。
たしか、『奇跡の子』は教会ではかなり重要視されていて、枢機卿候補にすぐに挙げられると聞いたことがある。
まぁ、天使と違って堕天使はもう堕天の心配がないので、子供をほいほい作れはするのだが……それでも朱乃と一介の教会戦士なら朱乃の方が重要度は上になるだろう。
教会の者を堕落させて傀儡にするってパターンは、身近なところにディオドラがいるので問題ないことも分かる。
アイツ、聖女やシスターを相当数堕としているからな。眷属にもしているし、人間のまま囲ってもいるし、教会や堕天使組織に潜り込ませてもいる。
俺がその戦士よりも重要度の高い朱乃を自分のものにするのがオッケーで、ディオドラがその聖女・シスター趣味を満喫しまくっていてもオッケー。
ならば、どうしてクレーリアはそうしなかったのだろうか。
身振りで発言の許可を取った俺は、その疑問をそのまま口に出した。
「クレーリアは、何故その教会の戦士に『悪魔の駒』を使わなかったのですか?」
真剣交際だったと聞いているので、ディオドラのようなパターンは出来なかったとしても、眷属化はいけただろう。
本気で欲していたというのなら、その時点で駒に余裕がなかったというのは『悪魔の駒』を使わなかった理由にはならない。
従兄のディハウザー殿やベリアル家の親族に頼れば、トレードで未使用の駒を確保することは可能だっただろうから。結束が固いと言われるベリアルの一族だ。粛清されるよりはと、なんとか空いた駒を工面したことだろう。
そんな俺の質問に、ベリアル卿は黙ったままだ。祖父さんも同様。
「我々はそのようにしろと説得を試みた。特例を許すわけにはいかなかったからだ。だが、クレーリアはどうあってもそれを受け入れなかった。そのため、我々は教会側と手を組んでまでクレーリアと教会の戦士を引き離そうとしなければならなくなったのだ」
忌々し気な叔父上の声は、ベリアル卿に向けられていた。
どういう教育をしたのだと言いたげに見える。
「その後、クレーリアはさらに重大な罪を犯したのだが……」
ゼクラム祖父さんは動きかけたベリアル卿を身振りで制し、
「そのことに触れる前に、証人をここに召喚するとしよう──」
手のひらを床の円形魔方陣へと向けた。
するとそこに魔力が迸り、魔方陣の中に一体の骸骨が出現した。
「──
この冥界は『キリスト教圏』の地獄である。天国に行けない罪人の魂は、冥界へと落ちてきて永劫の責め苦の中で過ごすことになるのだ。
悪魔であるクレーリアと通じた教会の戦士の魂には、なるほど地獄行きが相応しい。
「あの中から探し出したのですか……」
昔も今も、『キリスト教圏』の死者、信徒の魂の内、天国に行ける者などごくわずかだ。大半の者は地獄に落ちてくる。
そして、『聖書の神話』の地獄には救いがない。仏教のそれのように、刑期のようなものを終えれば生まれ変わってやり直せるなどということはないのだ。
そのため救われぬ咎人の魂は、年々この地獄に降り積もり続けている。減ることは無いので、人間界の人口と神話の影響範囲の拡大もあって増えていく一方だ。もうその数はとんでもないことになっている。
「手間はかかったがな」
俺が思わず漏らした感心の言葉に、叔父上はちょっとだけ誇らしげに答えを返した。
叔父上は指示を出しただけだけだろうに……などと口には出すまい。
飛行機から砂漠に落とした砂金の粒を探す。それぐらいの苦労をしただろう大王家の臣下には「お疲れ様でした!」としか言いようがないなこれは。
「オオォォォッォッ、グァァァァッ……!」
俺が叔父上とやり取りをしている間に、八重垣の魂が生前の姿を取り戻し始めた。骨の上に肉が付き、心臓から血管へと血が流れ込み、皮膚が形成されていく。
その工程ごとに激痛が彼を苛んでいるのだろう、しばらくの間、若い男の苦悶が室内に響いた。
地獄に落ちた魂は『聖書の神』の業によって拷問を受ける。それによって苦しみ傷ついても、消滅することは許されず、痛みの中で再生して、また苦しみの淵へと放り込まれることになる。これが、神と天使が従わなかった人間へと与える残酷非情の刑罰だ。まぁ、それを想像して、創造したのは人間なわけだが。
『ここ……は……? ──ッ!』
やがて生前の姿を取り戻した八重垣は周囲を見渡すや警戒態勢をとった。まぁ、意味はないが教会の戦士だったのならそうするだろう。
「ご機嫌いかがかな? 八重垣正臣」
死者の魂を召喚した祖父さんが、八重垣に声をかけた。
『悪魔……悪魔が僕になにをッ!?』
うろたえる八重垣に、祖父さんは言い聞かせるようにして続ける。
「私はゼクラム・バアル。初代バアルだ。教会の戦士であったなら、名を聞いたことくらいはあるだろう」
ゼクラム祖父さんは、聖書その他関連書籍でよく見かける「バアル」そのものだ。教会の戦士をやっていたのならば、それらの書物に目を通していないはずがない。
警戒姿勢のまま八重垣は目を大きく見開いた。
『バアル……あのバアルが……なぜ……』
そこから八重垣の混乱がおさまるまで、しばしの時間がかかった。
その後に祖父さんが改めて何らかの術を行使すると、八重垣の瞳から光が失われ、こちらの質問に素直に答えるようになった。
人間の精神に干渉する悪魔の技だ。さすがにゼクラム祖父さんのそれは年季が違う。実にスマートだ。俺が同じことをやると、魔力任せの力尽くでねじ伏せる感じになるからな。
「ベリアル卿。この男がクレーリアの過ちの原因となった者だ。何か聞きたいことがあれば訊ねてみなさい」
「は、はい。ゼクラムさま」
祖父さんに促されたベリアル卿は、八重垣に質問を重ねていく。
黙ってその応答を聞いていた俺の中に、徐々にこう苛々としたものが溜まっていった。ついと横を見れば、リュイも少しばかり不機嫌そうだ。
なんというかこの八重垣という男、微妙に煮え切らないとでも言えばいいのだろうか。なんだろうなこれは……。
『僕は彼女を愛していた。彼女も僕を愛してくれた。種族が違っても愛し合えたんだ。愛していたんだ』
愛、愛、愛、愛、愛愛愛。八重垣の口から出てくるのはそればかりだ。具体的にどうしようとしていたのか、それがさっぱりない。
どうもこの八重垣は教会の戦士仲間によって殺されたらしい。「別れろ」「忘れろ」「そうすれば見逃してやれる」と彼は何度も説得を受けたが、それを受け入れられずに処分されたようだ。
八重垣にしろクレーリアにしろ、その愛を貫くには力が足りなかった。大王家の粛清部隊を、教会の戦士団を退けるだけの武力を持っていなかった。
力が足りないのならば、頭を使わなければならない。
「教会が悪魔を受け入れることがない以上、彼がこちらに来るしかなかったでしょうに」
リュイがそうつぶやいた。天界・教会勢力が悪魔と通じた八重垣や悪魔そのものであるクレーリアを受け入れることは無い。悪魔と見れば即殺しに来る戦士も多いと聞く。
追っ手を退け逃げ続けるだけの力が無く、教会側には行けない以上、八重垣が悪魔側に堕ちるしかこのふたりに道はなかったはずだ。
このことで、俺やリュイ以上に不快に思っているのはベリアル卿だろう。可愛い可愛い姪っ子を誑かした男が、未来について何のビジョンも持っていなかったわけだから。
まぁ、俺としては、クレーリアの方が随分と年上なのだからそこは若い八重垣くんをリードしてあげたら良かったのにと思うのだが。
何にしても、俺は悪魔で祖父さんは悪魔の中の悪魔、叔父上は俺よりも悪魔で、リュイやベリアル卿も生粋の悪魔だ。教会の戦士の考えはよく分からないところがある。
八重垣は教会系の孤児院育ちで、物心ついたころから信仰の道にいたようなのでなおさらだ。初めて恋したのが教会の不倶戴天の敵である悪魔の女性でしたってわけで……。
悪魔思考を中心で考えると、なんでそんなことしたんだこの男と思えてくるわけだが、教会出身者には教会出身者なりの理屈があるのだろう。前世の人間時代を思い出してみても理解は出来ないが。なにぶん、なんちゃって仏教&神道な家で育ったものだからな。
「もう良かろう。八重垣正臣──」
パチンとゼクラム祖父さんが指を鳴らすと、八重垣の瞳に光が戻る。
「──どうやら、君はまだ『神』を信じているようだ」
祖父さんにそう言われた八重垣は、戸惑いながらも悲しそうな表情を浮かべた。
「お言葉ですが、ゼクラムさま。ここまでクレーリアを、悪魔を愛していると言った男が未だに『神』を信仰してなどいるはずが……」
恐る恐るとベリアル卿が祖父さんの言葉に首を振る。
「いや、この者からは信仰の匂いがする。『聖書の神』へ己を捧げようとする者特有の雰囲気があるのだよ。ふふ、私とかの『神』とは因縁が深くてね、口での説明は難しいがそういったものが分かるのだ。聖書の神への背信行為をする者。聖書の神の信徒でありながら、異教の神の偶像へと祈りを捧げる者。ヤツが定めた戒律を破る者。そういった者の中には、罪の意識を感じながらも、深い信仰心を忘れずにいる者がいる。そういった者たちと同じ匂いが、この男から濃く漂っている」
ベリアル卿は表情の消えた顔を八重垣に向けた。
「では、クレーリアは……」
「分かっていたのだろうな。この男が『神』を捨てられないことを。この男の精神が、『神』への信仰によって形作られていることを。そして……そんな男を無理に悪魔へと転生させては、その心が死んでしまうだろうことも。『神』に救いを求めながら、悪魔とも愛し合いたいとは……ふふ、人間とはなんとも業の深い存在だ」
『違うッ! 僕は、僕は彼女を、クレーリアを真剣に愛して……ッ!』
なおもクレーリアへの愛を叫ぶ八重垣へと、ゼクラム祖父さんは手をかざす。
初代バアルの掌に、消滅魔力が収束する。魔力の量だけで言えば俺の方が遥かに勝るが、祖父さんの『滅び』の力は始まりのバアルだけあって非常に濃い。
「よいよい、これ以上言い募らずとも。矛盾を抱え、迷い惑う人間の在り方もまた我ら悪魔の好むところ。楽しませてくれた礼に『滅び』を与えよう。このまま未来永劫、地獄の苦しみを味わい続けるよりも、魂までも消え去った方が楽になろう」
『聖書の神話』において、人間の魂は不滅とされる。地獄に落ちて激痛の責めに遭い続けても、魂は滅びず永遠に苦しまねばならない。
ならば、そんな人の子の魂にバアルの『滅び』を与えることは、慈悲ともとれる。これ以上、苦しまずにすむのだから。
『お待ちください!』
滅びが解き放たれようとする寸前、八重垣とゼクラム祖父さんの間に立ちふさがる影が現れた。それと同時に女の声がしたが、もちろんリュイのものではない。
現れた女には実体がない。魂だけだ。そしてその女の顔は、男女の違いはあるがどこかベリアル卿やディハウザー殿に似たところがある。
「クレーリアっ!」
ベリアル卿の叫びが、俺にその女が何者なのかを教えてくれた。
『おじさまッ! お願いです。このヒトを、正臣を……ッ!』
残念ながら肉体がないが、ふむ、やはり純血悪魔だけあって見目麗しい少女である。
幽霊、悪霊、怨霊。ときに人間の霊魂は生前に未練や執着した場所や人に憑りつき現世に留まることがある。駒王町をざっと見て回ったときにも、そういった霊をそこかしこで見かけたものだ。
我々、悪魔などの人外異形の超常存在の魂は人間よりもそういったことが発生し辛い。大抵は雲散霧消してしまう。
だが、何事にも例外はある。神々は信仰の力を蓄えれば蘇ると聞くし、しぶとい邪龍などは肉体が滅びて魂だけになっても意識を保ち続けいずれ自力で復活するという。
「クレーリア・ベリアル。まだこの男の傍らに魂を残していたか」
叔父上がクレーリアの魂を睨みつける。
さて、このクレーリアは悪魔の霊魂なので、悪霊と呼ぶべきなのだろうか?
魂の捕獲・封印は、原作で小猫ですらやれているので、古参悪魔ならまぁ出来るってことで。
魂の扱いは悪魔も専門家っぽい気がしますし。
ゴーストタイプ
R18的にはNTRたい気もする