※この作品はR-18です。

公爵家次期当主好色物語   作:ルペッタ好き

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一話まるまるビィディゼ・アバドン






虚栄と虚飾

『最後に、頭の痛くなる言葉を聞かせてやる。「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれた。また神は地位の有るものを無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれた。それは、誰一人、神の前で誇ることがないようにするためだ」。──愚かな者、弱い者、身分卑しき者を選ぶのは、聖書の神のすることだ。俺はそんな者たちに価値があるとは思わない。悪魔ならば、賢くなれ、強くなれ、上を目指せ。自己の利益を追求し、他者を見下し、自分の力を誇ってみせろ』

 

 ──ああ、その通りだとも、『紫紅の龍帝』リヴラクス・グレモリー。金と地位と才能に恵まれた超越者よ。

 

 

 

 

 

 

 

 ビィディゼ・アバドンはその名の通り『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』アバドン家の出身である。

 名誉を求めてレーティングゲームの世界に踏み込んだ彼の船出は、順風満帆とはいかなかった。出身家とは縁切り状態、金もなければコネもない。

 実家からの支援はなく、政治的な影響力もない。『ビジネス』で勝利を買うことも、『接待』で勝たせてもらうことも出来はしなかった。

 その頃のビィディゼにあったのは、貴族として手に入れた『悪魔の駒』を用いて得た眷属たちだけで、

 

 心の底より貴族で良かったと思えたものだ。

 

 最初期のビィディゼは、デビュー当時のロイガン・ベルフェゴールと似たり寄ったりの状況だったと言っていい。

 戦術をどれほど研究しても突破できない壁があった。生まれもった特性を磨き抜いても、才能=魔力が足りず活かしきれない。

 戦術で、努力で上に行けるのならば苦労はない。

 

 努力は、愚かな者に与えられた夢に過ぎない。そして、夢とは才能も金も地位もない弱者がすがる最後の幻想だ。

 

 この時期に、ビィディゼはそのことを身をもって経験した。

 

 凡才がどれほど努力をしようとも、知恵を振り絞ろうとも、真に才能ある者には絶対に届かないのだと思い知らされた。

 なぜなら、真の才能の持ち主もまた努力し、知恵を働かせるからだ。

 

 ビィディゼも『番狂わせの魔術師』リュディガー・ローゼンクロイツと戦ったことがある。平民に向けた顔では彼を称賛して見せ、貴族との会話では彼を嘲るビィディゼだが、ローゼンクロイツの戦術と積み上げた努力は認めていた。

 そうでなければ、勝ち越しているとはいえ敗れた経験もある己が惨めになる。

 

 戦術重視でもある程度まではいけることは理解した。だが、同時に、それだけでは王者は到底無理であることも理解させられた。

 

 戦術の鬼才、リュディガー・ローゼンクロイツですら第七位止まりだったのだから。

 

 戦場で同じ奇手が通じるのは一度だけ。それも分の悪い賭けでしかない。定石が定石たる所以は、それが最も勝率が高いからに他ならない。

 戦いは、兵の数と質と武装で決まる。寡兵で大軍を破った将は歴史に名を残すが、それは困難だからこそ称賛されているのだ。

 

 華々しい伝説に刺激された愚者の大半は、夢破れて戦場に散っていった。

 幾度も同じ相手と戦うことになる「ゲーム」ならば、なおさらだ。二度も同じ手でやられる間抜けはトップランカーではいられない。

 

 王者になり得るのは、異常なまでの絶対的な力を持った者だけなのだ。

 

 ビィディゼの同期には、怪物がいた──絶対王者、不敗の『皇帝』、第一位ディハウザー・ベリアル。彼の存在が、ビィディゼにそのことを嫌と言うほど教えてくれた。

 

 ああいった才能の塊に近づくためには、まともにやっていてはどうしようもないのだと。

 

 ビィディゼは元七十二柱の貴族家に生まれた者たちとは違う。地位も金もある状況で『王』の駒を使用した者たちとは違う。

 

 現行政府と距離を置くアバドン家の出身で、さらにその家から縁を切られていたビィディゼには、政治的な影響力を意味する地位など無いも同然だった。

 家の支援を受けられない以上、金銭の余裕もそうありはしない。

 

 違うが、他のレーティングゲームに気軽に参加できた立場の元七十二柱貴族家の『王』の駒使用者たちにビィディゼはこう言っている。

 

『私には地位も金もあった。無かったのは最上級悪魔になれる才能だけだった』と。

 

 権力のなさを誇る貴族がいるものか。貧乏自慢など見苦しいだけだ。『王』の駒を使った以上、才能が無かったことだけは認めるしかない。

 だが、それ以外は無くても有ると言い張るのが、無かったとしても今現在ある以上有ったとすることが、ビィディゼの考える貴族の在り方だった。

 

 ビィディゼたち『王』の駒使用者を自らの派閥に受け入れなかったアジュカ・ベルゼブブは、そうしたビィディゼの考えをどこまで見抜いていたのだろう。

 レーティングゲームを続けたければ、アドバンスト・クラウンと新たに名付けられたソレの機能を停止しろと要求して来たかの超越者は、その後にビィディゼたちが選ぶ道を予想していたのではないだろうか。

 

 

 ──踊らされているのだとしても構うものか。

 

 

「ルシファー派は我々を受け入れた。『紫紅の龍帝』との接触も成功と言っていいだろう」

 

 ビィディゼが長期間レーティングゲームのトップランカーとして在り続ける間に稼いだ金で購入した、いくつかの屋敷の内の一つ。

 その広間に『王の駒』を使用している者たちが集っていた。魔王クラスから最上級悪魔クラスの者が数十名。しかも、レーティングゲームの上位で戦い続けてきた者ばかり。ここにいる者とその眷属だけで、天使や堕天使相手に戦争を仕掛けられるほどの大戦力であった。

 集った面々の前に立ち、ビィディゼは自身の活動の成果を発表していた。

 

「ビィディゼ。リヴラクス・グレモリーはどうだった?」

 

 同胞のひとりから問いかけられたビィディゼは、一つ頷くと『紫紅の龍帝』リヴラクス・グレモリーとの会談の内容を伝えた。

 するとビィディゼの答えを聞いた同胞たちの間にあった空気が緩んだ。広間に安堵の毛色を含んだ気配が広がる。

 

「そうか……それでは、しばらくは様子見か」

「ああ、暇つぶしに道楽に付き合う約束をしてきたが、皆も構わないな?」

 

 次々に上がる賛同の声に、ビィディゼは満足し内心でほくそ笑んだ。

 リヴラクス・グレモリーとロイガン・ベルフェゴールが社交の場で動き始めてすぐ、ビィディゼは『王』の駒を使用しているだろうと睨んでいた者たちをまとめ始めていた。

 そのおかげで、現在のこの立場がある。この広間に集っている強大な戦力がビィディゼを頭として動くのだ。

 それぞれ思惑はあるのだろうが、纏まっていた方が影響力を持つことぐらいは皆分かっている。欲望に突き動かされる悪魔が集う理由としてはそれで十分だった。

 

「構わないさ。だが、まだ二十にもならない若造の下につくことになるのか」

「上の連中から見れば俺達も若造だろうよ」

「違いない」

 

 同胞たちの間で交わされる会話の通り、ビィディゼたちは悪魔としてはまだまだ若い世代だ。ほとんどが同世代で、戦後生まれ。

 政治力においては、数千年を生きてなお欲望の火を燃やす老練な古き悪魔にはかなわない。

 だが、ここに戦力はある。アジュカ・ベルゼブブの気分次第で失われてしまう可能性のあるものではあるが、それでも権力の根幹である暴力がここにあるのだ。

 後先を考えなければ、これまで自分たちに対して上から指示を出していた連中を皆殺しにすることすら容易い。そう思えるだけの戦力。

 

 その中心、指導的な立場に自身がいることは、ビィディゼの自尊心を大いに満たしてくれていた。 

 

 ランキング三位。龍帝の眷属に下った二位のロイガンを除けば、『王』の駒を使った者の中で最上位の位置にいたことが役に立った。

 

 現政府と距離を置く『番外の悪魔』アバドン家の出身であることも、上手く作用した。

 家同士の間にある政治的な因縁めいたものとほとんど無関係のビィディゼは、家柄的に友好関係の者もいなければ、嫌悪し合う関係の者もいない。

 そのため、元七十二柱の貴族家出身者が多い中で指導的な位置に就くことへの反発が少なかったのだ。

 

 もちろん、『王』の駒使用者の全てがビィディゼと行動を共にしたわけではない。大王派に残った者が何名かあり、機能停止を選んでベルゼブブ派に入った者も僅かにいる。

 

 大王派の選択を取った者は、これまで貴族的な発言の多かった者。

 ベルゼブブ派に入った者は、公式戦に未練を残した者。

 

 どちらも愚かだ。

 

 ゲームに出られず、アジュカ・ベルゼブブに首を掴まれた者に大王派内での地位などあるものか。いいように使われるだけの未来しか見えないではないか。

『王』の駒──アドバンスト・クラウンなしでゲームに参戦しても、惨めに落ちぶれていくだけだ。力を失った自身への失望の中で堕落していくだけだ。

 

 ビィディゼはそう考えていた。

 

 ビィディゼやここにいる者の多くは、表向き平民寄りの言動を取って来ていた者たちだ。

 スター選手に集まる金の出所は平民のファンたちなので、サービスとして平民が喜ぶようなことを口にし続けてきた者たちだ。

 平民寄りの政治を行ってきているルシファー派に属することになってもさほどおかしくはない。

 

 ビィディゼ・アバドンは平民を愛している。彼らの愚鈍さこそが愛おしい。

 

 彼らからの称賛の言葉が、羨望の眼差しが、ビィディゼの心を満たしてくれる。その上、金まで貢いでくれると言うのだから、嫌いになどなれるはずもない。

 心の内で見下し嘲りながら、表向きの顔と安い言葉、真っ直ぐに見える行動で愚民どもを操る快感は、言語にはしがたいものがある。

 名誉は守られたのだから、これからもビィディゼのその望みを叶えるやり方はあるだろう。そのために、彼はリヴラクス・グレモリーを利用するつもりだった。もちろんそれなりの対価も支払うつもりだ。

 貴族同士の付き合いとは「ビジネス」なのだから。

 

「ビィディゼ。リヴラクス・グレモリーはどうだったんだ?」

 

 さきほどと同じ質問。だが、質問者の求めている答えは違うものだということは、周囲の話の流れから分かった。

 リヴラクス・グレモリーは平民を見下す発言を平然とする。それでいて、一定の人気を持っている。

 巨大な龍の姿、圧倒的というのも生温い魔力。それを見て感じ取った平民共の中には、這いつくばり崇めることを選んだ者たちが多くいたのだ。

 

「バケモノだよ。我らが仰ぐに相応しいな」

 

 平民は愚鈍だ。そして、上流階級の不祥事に大いに怒り、貴族の失墜を何よりも喜ぶという妬みと嫉みの精神で動く。それで自分たちの何が変わるわけでもないというのに、だ。

 

「貴殿がそこまで言うほどか……」

 

 だが、何事にも例外はある。平民に嫉妬を抱かせない領域があるのだ。

 

「『無価値』を持つディハウザーならばあるいは……といったところだった」

 

 同じ悪魔、同じ種族だと思うからこそ嫉妬する。平民達は、自分たちでも貴族に生まれていたならあれぐらいは出来ると思うからこそ上流階級の者を妬むのだ。

 だが、あまりにもかけ離れた存在は、ある一定の水準を越えた「強さ」を持つ者は、愚民たちから同じ悪魔だとは思われない。悪魔を超越したナニかとなるのだ。

 

 それこそが、超越者。悪魔を超えた者。

 

 理解を超越した存在を前にした愚民どもは畏怖に支配される。

 政府、軍、魔王。それらの統治機構を破壊しかねない力を前にすれば、愚鈍な民でも分かるのだ。

 敵と思われるよりは、怯えながら従うべきなのだと。

 龍に生贄を捧げ、生存の許しを乞うた古の人間たちのように──。

 

「──『赤龍帝の籠手』は、たしかに神を滅する具現だったということだ。稽古の名目で一戦交えてきたのだが、その時の映像がある」

 

 そう言ってビィディゼが指を鳴らすと、広間に設置されたスクリーンが映像を流し始めた。

 

 

 

 

 あの会談の日、ある程度話がまとまった後でビィディゼとリヴラクスはグレモリー家の保有する戦闘用フィールドに移動していた。

 これからレーティングゲームに参戦していく新人に、ベテランのビィディゼがアドバイスを送ろうという名目だ。

 今後、平民寄りのルシファー派の中でやっていくにあたって、サーゼクスからの心象がよろしくないビィディゼとしては、将来的にグレモリー家の当主となるリヴラクスに取り入って行こうと考えていた。

 ただ、ビィディゼがまとめた者たちは、レーティングゲームにどっぷりと浸かったものばかり。ゲームの闇と業に身を浸して来た彼らは、同時に戦闘を好む者たちでもある。

 だからこそ、ビィディゼはバカげた魔力の量と巨大な龍に変じられることしか分かっていない龍帝の力のほどを見ておきたかった。

 ビィディゼ達の現在の「強さ」は『王』の駒によって得たものだ。生まれ持ったものではない。

 それでも、現状の自分たちの力を下回る弱者にはも(・)う(・)頭を下げたくはないと考えている者が一定数いる以上、確認は必要だった。

 

 弱いくせに偉そうに口だけは出してくる年寄りは、もううんざりだ。

 

『王』の駒がアドバンスト・クラウンとして表に出たときからそう口にする者が増えていた。

 その年寄りがいなければ、そもそも力を得られなかった。そのことを無視した意見だが、それは確かに同胞たちの本音だったのだ。

 

「これが例のタンニーンの息子を斬り裂いたという龍の爪か」

 

 映像の中では、ビィディゼが龍帝の五本爪を躱し続けていた。

 身を捻り、足さばきで掻い潜り、ときには『穴(ホール)』に跳びこんで、ビィディゼは龍帝の攻撃を回避する。

『赤龍帝の籠手』の『倍加』も使っていない状態で、単に『滅び』を宿しただけの爪を振り回しているだけの龍帝は、第三位──元第三位のビィディゼ・アバドンに受け止めるという選択をさせなかった。

 

 龍種の鱗は硬く弾性に富み、頑強だ。魔法強化された金属で作られた装甲に匹敵、あるいは凌駕する防御能力を持つ。

 

 ボーヴァ・タンニーンは『魔龍聖』タンニーンの子だ。元龍王である父親には及ばずとも、その鱗がかなりの強度であることは間違いない。それを何の抵抗もなく斬り裂く爪を防御術式で止められるとは、ビィディゼは思ってもいなかった。

 第三位であったビィディゼの魔力弾、拳撃、蹴打は、下位にいた元龍王タンニーンの鱗を砕きダメージを与える威力がある。その際にビィディゼは魔力を用いているのだが、龍帝が気軽に爪に籠めていた魔力はビィディゼの全力攻撃時のものを遥かに上回っていたのだ。『滅び』の特性も考慮すれば、回避一択しかなかった。

 

「おお、ビィディゼの『穴(ホール)』を斬り裂いているぞ!」

 

 アバドン家の血に宿る『穴』の魔力特性は、非常に汎用性の高い性質を持っている。

 空間に穴を生み出し、その穴にあらゆるものを吸い込み、あるいはそこから吐き出す。その性質は攻撃に、防御に、移動に、カウンターにと様々に応用可能だ。

 

「『穴』を形成している魔力を消滅させられているのだよ。長大な爪を振り回してくるのではなく、刺突であったならカウンターも狙えたのだろうが……私が『穴』をそういった形で利用する様子はゲームで散々見せてきたのだ、警戒もされる」

 

 相手の攻撃を穴の中に吸い込み、吐き出す。穴の出口を相手に向けておけば、それだけで相手は自分自身の放った攻撃を喰らってくれる。

 その手はレーティングゲームの試合の中で何度も使い続けてきたビィディゼの常套手段。知っていながらそれを簡単に許すようでは、程度が知れるというものだ。

 それでもカウンターを成立させるのが、長年ゲームの中で磨いてきたビィディゼの技なのだが……この映像内ではそれはまだ活かされていなかった。

『穴』の直径を超える攻撃を吸い込ませるのは難しいのだ。

 龍帝の爪は長大かつ手首と指先の動きだけで繰り出されるため、人型生物との近接戦闘におけるセオリーが適用し難い。その上『滅び』の力が込められているため斬撃線上の何もかもを消滅させてくる。それは『穴』の縁すらも例外ではなかった。魔力を消滅させられた『穴』は、存在を維持できなくなり滅びてしまう。

 

「それから、あの身体に纏っている方の『滅び』のオーラも厄介だ。手足に全力でオーラを纏わせなければ、迂闊に格闘戦も挑めない。殴った側の手が消し飛ばされてしまう」

 

 悪魔の戦闘では、格闘技術はそこまで重視されていないのが現状だ。

 元人間の武術家などの転生悪魔転生は近接距離(クロスレンジ)での白兵格闘戦を好むが、悪魔は翼を持つ種族だ。地上戦闘の得意な者と相対すれば、空中に逃げる。

 それだけで、人間の武術の大半は意味をなさなくなるからだ。

 足場を踏みしめ、各関節の捻りを活かす体術は、空中戦では本領を発揮しない。大地から足を離し、重力の恩恵を万全に受けられない状態というものは、空を飛ぶことを前提とせずに積み上げられた人間の技術体系を容易に殺す。

 近接戦闘の武術に秀でた転生悪魔が最初に覚えるのは、魔力で空中に足場を形成する術になることが多い。そうしなければ、パフォーマンスを十全に発揮できないのだから当然だろう。

 だが、生まれながらの悪魔の多くはそんなことに魔力を使うよりも射撃・砲撃を選ぶ。もしくは、体当たりや突進めいた攻撃だ。

 

「これでは格闘戦は厳しいな。ビィディゼのアレを防げるというのは羨ましい限りだ」

 

 ただ、トップランカーともなるとその辺りの事情は違ってくる。レーティングゲームの試合条件によっては近接戦闘が必要になる場合も出てくるからだ。また単純に使う場面は少なくとも鍛えておいて損はないということもある。命短い人間と違って、長命の悪魔にはいくらでも時間があるのだから。

 魔力の研鑽に行き詰った際に、別方面に手を伸ばして己を磨くというのは上位陣ならば誰でもやっていることだ。

 

「足の下に開いた『穴』から手を伸ばされて、足首掴まれたときは焦ったな」

「最初にアレやられたときは、知っていても驚く」

 

 ここまでは、ビィディゼ以外の者の話。『穴』を自在に駆使するビィディゼは、何処からでも拳や蹴りを相手に届けることが可能だ。

 地に足を付けたまま、空中の相手を頭上から殴りつけることさえ簡単に行える。己の拳を『穴』に突き込み、敵の頭の上に開いた『穴』から繰り出すだけでいい。

 だが、そういった手妻は『滅び』を纏う龍帝には通用しない。『滅び』のオーラを相殺するだけの力を叩きつけなければ、あの攻撃的な防御は貫けない。

 

「おや、ビィディゼ氏のアレが出るようですぞ?」

 

 画面の中のビィディゼは、瞬間放出量の限界まで力を籠めた魔力弾を『穴』に撃ち込んでいた。回避を続けながら、次々に最大威力の攻撃を『穴』内に貯め込んでいく。

 ビィディゼが数十発の魔力弾を『穴』の中に納め終えると、次に龍帝を囲むように数十の『穴』が開いた。

 圧縮魔力弾の一斉発射。角度を調整し、顔面を含む身体の急所数か所に魔力弾を集中。複数個所を同時に狙うのは相手の防御に割く意識を分散させて防御術の展開を遅らせ、あるいは局所防御よりも脆い全身防御を強制させるためだ。その上で、魔力弾同士が着弾前に干渉しあわない限界数を同時に一点一点に着弾させる。

 

 魔力弾の直撃に合わせ、ビィディゼは自身の目の前に『穴』を展開しオーラを纏わせた拳を構えた。

 龍帝の全身を覆う『滅び』のオーラに対して、圧縮魔力弾群による一点突破を仕掛け、オーラの守りが消えたところに全力の拳を打ち込む! 

 

 それは防御力・耐久力に優れた者、再生能力を有する者を一息に仕留めるための技だった。

 

『穴』の檻が展開しきる前に抜け出さなければ大概の者が沈む、ファンからの人気も高いビィディゼの大威力攻撃だ。

 派手な魅せ技だが、威力は十分。実際、ビィディゼはこれでタンニーンを幾度か撃破したことがある。

 

 龍王殺しの技であった。

 

「やったか!?」

 

 避ける素振りすら見せず屠龍の技の直撃を受けた龍帝の姿に、同胞の一人が思わず声を上げた。

 

『ハハハッ、いや、さすがに魔王クラスですね。思わず「倍加」を使ってしまいました』

 

 しかし、ビィディゼの攻撃による魔力光と爆煙の中から現れた龍帝は無傷。

 逆にビィディゼは片腕を失っていた。肘から先を失い、断面から鮮血をほとばしらせるビィディゼ。

 

『ビィディゼ殿、治療は必要ですか?』

『ああ、お願いしたい』

 

 禁手化。貴族服だった龍帝の姿が魔王のそれに似た装束に変化する。

 

『力を貸せ、レイヴェル』

 

 龍帝が女の名を呼ぶと、ビィディゼに『不死鳥(フェニックス)』の特性が『譲渡』された。『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』、ビィディゼの腕の断面から炎が噴き上がり、失われた腕が瞬時に再生していく。

 

「ここまでか……ここまでの差があるのか……。我々と、『紫紅の龍帝』との間には……」

 

 龍帝の持つ戦闘フィールドを破砕したなどの逸話から、破壊力・攻撃力にのみ注目していた者が慄きつぶやいた。

 

「対峙してみて分かったが、『紫紅の龍帝』はどちらかというと攻撃よりも守備を重視しているように思えた。感覚的なものだが、彼の魔力は私の十倍以上はあっただろう。あの魔力量の『滅び』ならば、大概の者に攻撃は通るのだから、守りを重視して逆転の目を潰してくるのは理にかなっている」

 

 ここに集った者の中では、ビィディゼは総合的には最も強いが、悪魔の特性は様々なのでメンバーの中にはビィディゼよりも攻撃能力に優れた者もいる。

 皆の視線を受けたその者は、注目に気付くとゆっくりと首を横に振って見せた。

 

「ビィディゼのアレでダメージが通らないとなると、私でも無理だろう」

「それに加えて、フェニックスの不死身か……」

 

 魔王クラスの最大威力の攻撃でもほとんどダメージが期待できない。その上、一撃で屠らなければ不死身の特性で回復されてしまう。ダメージを積み重ねての勝利は不可能と見て良い。

 まずレイヴェル・フェニックスを倒さなければ、龍帝は倒せない。そして東洋の龍が掌中に宝珠を握るように、龍帝はフェニックスの姫君を掴んで離さないだろう。

 

「これはまだ、一回の『倍加』だ。『紫紅の龍帝』はここからさらに倍々に力を高めていく……禁手状態でなら一瞬で数百倍だ。ハッキリ言うが、我々の誰であろうとも、まともにやって勝てる相手ではない」

 

 先代までの『赤龍帝の籠手』所有者は人間だった。人間の所有者が神や魔王を討ったという話は聞かない。『赤龍帝の籠手』は神滅具とされているが、神を滅するほどの領域にはたどり着けない代物だと、これまでの多くの者が考えていた。

 だが、最初から魔王クラスを大きく上回る者が所有者となったのが現在の状況だ。ただでさえ魔王クラスから見ても勝ちの目が薄い相手。それが数百倍、数千倍に力を高めると来ては、もうどうしようもない。

 

「ここからは少しばかりみっともないのだが、私が一方的に打ちのめされる場面ばかりだ。未だ成熟すら終えていない若者によって、この私がボロ屑のようにされる姿。それを皆が見たいと言うのなら続けるが……どうする?」

 

 そのビィディゼの質問には、分かり切った答えが返って来る。

 禁手状態での『紫紅の龍帝』の力は、ビィディゼを容易く撃破するものだった。本当に、どうしようもない差があることを心底から刻み込まれたのだ。

 

「これは、ロイガンの『裂け目(ベルフェゴール)』か」

 

 映像の中のビィディゼの身体は、無数の断片に裂かれていた。

 

「ああ、『倍加』を繰り返した龍帝殿が振るう『裂け目』は数に限りが無く、威力も段違いだったよ。扱い自体はまだ慣れていないようだったが、それでもこれだけの数で押されてはな」

 

 ベルフェゴールあるいは、ベル・ペオル。家名がバルやベルから始まる悪魔は多いが、ベルフェゴール家もその一つであり、ペオルという言葉には『裂け目』という意味があるとも言われている。

 名に『裂け目』の意味を含むベルフェゴール家の魔力特性は、その名の通りの『裂け目』。

『裂け目』の特性は、使用する者の力を大きく超えない範囲でなら、大概のものに裂け目を作って裂いてしまえる。そう、この特性は『(・)裂(・)け(・)目(・)』(・)を(・)作(・)る(・)特(・)性(・)な(・)の(・)だ(・)。

 その際、手で触れる必要はない。何かを飛ばして当てる必要もない。狙った箇所に特性を作用させ、その箇所が使用者の力で裂(・)け(・)る(・)ならば、問答無用で裂いてしまう。

 

 そのため、ビィディゼ・アバドンはロイガンのこの『裂け目』を苦手としていた。

 

 当たり前の話だが、第三位よりは第二位が良い。ディハウザーには終ぞ勝てなかったビィディゼだが、一つ上に居たロイガンとは熾烈な試合を繰り広げてきたものだ。

 上の者の指示がなければ、この二番手争いで手を抜いたことは無い。そして、二位と三位が入れ替わっても大差がなかったため、ロイガンとの試合では事前に勝敗の取り決めがされていることは少なかったのだ。

「ビジネス」もなかったと言える。ロイガンは真剣勝負を望み楽しんでいて、ビィディゼはロイガンに勝って第二位の地位を得たかったのだから。

 

 狙った箇所に発(・)生(・)す(・)る(・)『裂け目』は、射撃や砲撃と違って射線上に『穴』を置くことで防げない。ビィディゼの得意とする『穴』の特性を活かした防御・カウンターが通用しないのだ。

 使用者の力(・)の(・)及(・)ぶ(・)範(・)囲(・)ま(・)で(・)な(・)ら(・)ば(・)、ど(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)で(・)も(・)裂(・)け(・)る(・)『裂け目』の特性を、バカげた魔力を誇る龍帝が『倍加』を繰り返した後に使用するとどうなるのか──その答えが映像の中にあった。

 ビィディゼが裂ける。裂けたビィディゼが、治療される。ビィディゼが、裂ける。治療される……。

 

「なんだ、この地獄は……拷問か」

 

 膨大な魔力で連続行使される『裂け目』には回避など間に合わない。そして、超越的な力をさらに数百倍にまで高めて行使される『裂け目』は、魔王クラスのビィディゼ程度は楽に裂いてしまう。

 これはロイガンとの対戦経験豊富なビィディゼが、特性の稽古に付き合ってやろうと言って始まった地獄だ。

 

「視認、あるいはその他の方法で居場所を察知された段階で、力尽くで引き裂かれると思っていい。会敵した状況で始まる形式のゲームなら、試合開始直後の全滅もありえる。睨まれたら終わりだ」

 

『裂け目』は狙った箇所に発生するので、途中に壁を建てようが、防御魔方陣を設置しようが、位置情報だけで喰らってしまうことがある。ロイガンはそれを裂きやすい箇所を見極めて使用してきたが、龍帝の『裂け目』は完全な力技だ。

 ビィディゼのような「魔王如き」程度の力では、ほとんど抗えなかった。

 そして、これは始まりに過ぎなかったのだ。

 

「む、またビィディゼ殿が倒れておられるぞ!」

 

『裂け目』のあとは、ロイガンとは違い無名の眷属のものだという妖力と仙術をミックスした術を試すことになった。

 悪魔によく効くように調整されたという毒霧だ。これにビィディゼは『穴』に空気を吸い込ませることで対処していたが、何事にも限度というものがある。

 際限なく湧き続ける毒霧の前に、ついにビィディゼは屈して動けなくなってしまった。麻痺して動けぬ身体を毒がジワジワと蝕んでいく。

 緩慢な死が迫る中、ビィディゼは妖怪如きの力ですら『倍加』すればこうなるのだと分からされてしまった。

 

「これは眩しいな……」

「ああ、これはバラキエルの娘の光力だな……ふふ、こうして画面で見ているとただ眩しいだけだが、実際に喰らうとたまったものではない」

 

 龍帝の背から一対の黒い翼が生えていた。コウモリにたとえられる悪魔の翼ではない。堕天使の黒い鳥のような翼だ。

 その黒翼から全方位に光が照射されていた。それが画面内を真っ白に染める眩しさの根源だ。

 

「これはな肌が徐々に溶けるんだ……。目を真っ先にやられてしまってね……。ああ、私はこのとき、太陽光に焼かれる吸血鬼の気持ちを理解させられたよ」

 

 天使や堕天使の持つ光力は、悪魔にとっては猛毒だ。光の力を束ねた槍が掠っただけでも全身から力が抜けたようになる。

 通常は槍や剣、矢のように束ねて放つ光力を、このときの龍帝はただの光として周辺に拡散させていた。普通ならばそんな「薄い」光力など意味はない。

「薄い」光力など、『穴』を介して撃ち返したところで滅びのオーラを纏う龍帝に効くはずもなく……。それでいてビィディゼの視覚は潰され、肌を高熱で焙られ続けるような体験だった。

 相手の不利な環境を作る。こういった嫌らしい手札も、龍帝は使ってくるということだ。

 

「細く束ねて槍にでもしてくれたなら、カウンターを狙えたのだろうが……。それが分かっていて使ってくるはずもない、か」

「そういうことだ。『倍加』された光力の拡散照射。下級悪魔程度なら、これだけで消滅するかもしれん」

 

 ビィディゼは光り輝く黒翼を背負った龍帝が空を舞う姿を幻視した。龍帝が舞う空の下、地上では光によって溶かされ消えていく無数の平民達の姿がある。

 吸血鬼の国は太陽光を遮るために霧に覆われていると聞く。もしも昼間にその霧を吹き飛ばしたならば、きっとビィディゼの幻視と似たような光景を目にすることが出来るだろう。

 恐ろしいことだ。なんと恐ろしいことだろうか。

 

『ラティア』

 

 龍帝がまた違う女の名を口にすると、その次の瞬間、ビィディゼが吹き飛ばされていた。

 ピンボールの玉のように、右に左に、上に下にとビィディゼの身体が跳び跳ねる。

 

「これは、なんだ? どういう状況だ?」

「これはな……アガレス家の特性である『時間』を使われているんだ……」

 

 正確にはアスタロト家の術式の制御に優れた部分も加わっているのだが、地味なため無視された。

 

「スロー再生にしてくれ」

 

 言われたビィディゼが映像の再生をスローにすることで、ようやく何が起こっているのかが観客の目に映るようになった。龍帝が拳や蹴りを繰り出しているのだ。拳打のインパクトの瞬間だけが切り取られたように画面に映り、移動の様子はスロー再生であっても目にも止まらないほどの速さ。

 それは「ドラグ・ソボール」の戦闘シーンを思わせるような光景だった。

 

「龍帝殿の体術は、私から見ればまだまだ未熟なものだったが……。これほどまでの速度差を付けられると反応が出来ない。本来ならばここに『滅び』の力が上乗せされているのだから、吹き飛ぶ前に消し飛んでいることになるのだろうな……ふふ」

 

 映像が進むほどに、自信に満ちていたビィディゼの様子がおかしくなってくる。

 広間に集った者たちは、ビィディゼが薄く浮かべていた笑みに、どこか壊れたような気配が加わってきているように感じていた。

 

「自信満々に『紫紅の龍帝』の実力を見極めてやると出かけて行ったビィディゼ・アバドンが、こんなになって帰って来るとは……」

 

 それでも映像の再生を止める者はなく、そのままスクリーンには蹂躙される元第三位の姿が曝され続ける。

 そして、最後に──巨大な、あまりにも巨大な龍の足の裏が画面いっぱいに映し出され映像は途切れた。

 

「大丈夫か、ビィディゼ……」

 

 悪魔には似つかわしくない心配するような声を受けて、いつの間にか椅子に座らされていたことにビィディゼは気付いた。

 

「ああ、すまない。少しばかり、才能というものについて考え込んでしまっていたようだ」

 

 かつての大戦のおり、赤き龍の帝王は当時の魔王達を「魔王如き」と呼んで見下したと言われている。

 今スクリーンに映し出されたものがその力の一端なのだとしたら、たしかに魔王クラスと称されたビィディゼは龍帝にとって「如き」なのだろう。

 

「分かってくれていると思うが、この稽(・)古(・)で私は手を抜いてはいない。むしろ龍帝殿の方が手を抜いている。──諸君、我々が従うに値しない弱者だと彼を評価する者はまだここにいるだろうか?」

「龍帝殿は、まだ十代の前半だったか……」

「ああ、そうだとも。まだここから大きく伸びる年代だ。禁手の特性によって、彼の眷属が増えるごとに振るう力もより多彩なものとなって行くことだろう」

 

 魔王クラスのビィディゼが手も足も出ない。そんな悪魔をヒトは超越者と呼ぶ。

 

「サーゼクスさましかり、アジュカさましかり、悪魔を超えた悪魔、超越者が納まるポストは一つしかない。龍帝殿がこの先どういった道を進んでそこに至るのかは分からないが、たどり着く場所だけは決まっている」

 

 現政府において、サーゼクス・ルシファー、アジュカ・ベルゼブブに続く超越者。古き魔王の血統の者を含めても四名しかいない悪魔の中の規格外。 

 

「龍帝殿はいずれ魔王となるだろう。だが、少々平民に対して厳し過ぎる。その点について、我々は協力して差し上げられると思うのだよ」

 

 リヴラクス・グレモリーは、ある意味において平民に期待を持ちすぎている。だからこそ、厳しい。

 賢い平民、強い平民などまずいない。ほとんどの平民は愚かで弱く、賢くなろうとも強くなろうともしないのだ。

 

 そして、リヴラクス・グレモリーは世論というものを軽んじ過ぎている。それでも、どうにでもなると考えていているのだろう。

 たしかに彼と彼の眷属だけならば、どうとでもできるのかもしれない。名の知られた大悪魔でありながら、冥界から離れて暮らす者もいる。あの強さがあればそれも簡単なことだろう。

 だが、それではビィディゼたちが困るのだ。

 

「百年か、千年か、どれほどの期間となるか分からないが、その時まで我らはルシファー派の中で身を潜めているとしよう。そして、時がくれば、我々は新たな魔王の派閥における最古参となるのだ」

 

 簡単に騙され、踊らされ、分かりやすいものに流される。そんな衆愚どもの相手はビィディゼたちが引き受けてやればいい。

 平民のためを思い、傲慢な超越者に対して意見することのできる者。

 そんな立場にビィディゼは成りたい。

 

 

 ──支持を、称賛を、名誉を! 私が望むものを差し出すならば、私はその対価として愚民どものために働いてやろう。

 

 

 それはそれとして、リヴラクスは身内に甘いグレモリー家の者だ。そして、女好きで知られている。

 そして、大変都合のいいことにビィディゼには、家を出てレーティングゲームに参加したいと相談して来ている姪がいる。叔父の目から見ても悪くない容姿をしている姪だ。

 

 本当に都合が良い。

 

 ビィディゼは自分を褒め称える平民が大好きだが、そのために殺されたくはないので保険を必要としていた。

 

 

 











ビィディゼ・アバドンの活躍は、21巻で観られます。

読めば読むほど、平民から誉めてもらうことしか考えていない平民思いの良いヒトです。
下手したら世界滅亡ってこともありえたのに、復讐のためにリゼヴィムに協力しちゃって666復活に貢献した第一位さんよりは平民思いに見えるので、きっと上手くやってくれることでしょう。


『王』の駒を使ったことで、グリゴリが抜き取って保管していた『邪龍の黒炎』『漆黒の領域』『龍の牢獄』(元の所有者はたぶん死んでる)を埋め込まれたグリゴリ怪人匙くんから非難されたり、
レグルスと合体して覇の獣と化したサイラオーグに何発も殴られたりして、
最後に覚悟の違いで(三対一で)負けたとか書かれちゃう可哀想な叔父さんなのでちょいと贔屓しておきました。



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