公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
『王の駒』もとい『
ロイガン・ベルフェゴールは我がメイド『騎士』リュイとなり、他の使用者たちの大半はレーティングゲーム公式戦を引退していった。
年末に別件で引退した元7位リュディガー・ローゼンクロイツに始まり、元2位ロイガン・ベルフェゴール、元3位ビィディゼ・アバドン殿、他にも百位以内から数十名のトップランカーが引退していなくなった。
さらに王者が戦線に出ていて不在のレーティングゲーム公式戦は、今後大荒れになりそうだ。
だが、それは俺の知ったことではない。何故ってまだデビュー出来る年齢ではない上に、運営はほぼ大王派のお年寄りたちがしていて、システム担当はアジュカ・ベルゼブブさま。俺は本当に何の関係もないのだ。トップテン付近にいたタンニーン殿やルヴァル義兄上はきっと大忙しになるだろうけれど、是非とも空いたトップ3にランクインしていただきたい。ただし、ライバルが抜けての繰り上がりが嬉しいかどうかは分からない。
さて、大きなところでの動きはだいたい決まってきたところで、俺の手元には『王の駒』と若干関係がある者がいる。
クレーリア・ベリアルだ。
魂だけの彼女をどうするか。俺は考えた。
ゼクラム祖父さんからはまだ魔力で魂を扱う術のさわりを聞いただけだ。これでは魂状態のクレーリアにおさわり出来ない。
おさわりできない女なんて、魅力は半減どころの騒ぎではない。俺には、女の魂を宝玉に閉じ込め、それを眺めて悦にいるような趣味はないのだ。
兄上にも魔力で肉体を生成する方法を聞いてみたが、色々忙しい様で詳しいところはまだ習えていない。まったく、兄上ときたらいつも「忙しい、忙しい」状態で困ったものだ。
俺と兄上では意見が違うところが多くあるのだが、兄上としてはそれ自体は構わないそうだ。様々な意見・主張を拾うつもりがなければ、そもそも政治家が居て議会があるなんて制度にしていないということらしい。
でも、兄上ってなんだかんだ自分の意見が一番正しいって思っているところがあると思う。まぁ、そういうところは『傲慢』のルシファーらしくていいんじゃないかね。兄上は魔王なので。
兄上のことは置いておこう。考えるべきはクレーリアの扱いだ。
お忙しい兄上から肉体精製の術を習えなかった俺は、むんむんむんと考えを巡らせ、はたと気付いた。
「いるじゃないか! 気軽に呼びつけられる専門家が!」と。
ということで、そろそろ冬の社交シーズンが終わりそうな今日この頃、俺は後宮の自室でその専門家の到着を今か今かと待っていた。
「若さま、連れてまいりました」
しばらくして、リュイが呼びつけた相手を連れてきた。
その相手は、ピンク髪でくるりと回った二本の角を持ち男の欲情を刺激する煽情的なスタイルの持ち主だった。リュイと被る部分が多々あるが、この者は淫魔・夢魔の類である。
「ご指名ありがとうございまぁーす♡」
いわゆるサキュバスってヤツだな。ぬるりとした尻尾があって、その先端がハートマークのようになっている。実にくにくにしてやりたい尻尾だが、今日コイツを呼びつけたのは、サキュバス遊びをするためではない。
「依頼の内容は聞いているな」
「はぁい。もちろん確認してますわぁ。わたしとしてはぁ、ちょ~っと残念で・す・け・ど♡」
聞くところによると、魂は夢を見るそうだ。肉体を失っているのだから脳を休める必要もなさそうなものだが、夢を見ることは出来るらしい。
サキュバスから説明を聞いた俺は、クレーリアの魂を封じた宝玉を取り出して彼女に見せた。
「なら、さっそく頼むとしよう。俺とコイツの夢を繋げ」
「はぁい、了解いたしましたぁ♡」
夢魔はすぐに宝玉に封じられた魂へと術を施した。他人の夢の中に潜り、淫らなことを仕掛けるときに彼女たちが用いる術だ。
『
夢魔の中では力ある者を呼びつけたとはいえ、所詮は中級悪魔の術。上級悪魔であるクレーリアには、そのままでは通用しないかもしれない。
だが、その術にこうして『譲渡』してやれば話は別だ。
「あとは頼むぞ、リュイ」
「お任せください。若さま」
リュイを見張りに立て、神器に潜る要領で神器の一部でもある宝玉に意識を沈めていく。
──夢の設定は俺が決められるらしい。
まだクレーリアと八重垣が生きていた頃。二人が出会い、その関係が恋愛へと発展し、
こちらからその状況を思い描くように彼女の精神に働きかけてやればいい。夢の中だ、登場人物はそれほど必要ない。場面も飛び飛びでいいだろう。そうだな──。
―○●○―
クレーリア・ベリアルは、駒王町を縄張りとする上級悪魔。
長い間、縄張りを運営したこともない半端者として過ごしてきたが、従兄のはからいによって去年からこの駒王町で縄張り運営の経験を積むことが出来るようになったところ。
そのクレーリアは、鏡に向かっていそいそと身支度を整えていた。彼女はこれから眷属たちにも秘密で出かけようとしていた。
「おかしくないよね?」
背の半ばまで伸ばした灰色の髪に、活発な印象を与える灰色の瞳。160㎝台半ばと悪魔の女性としては平均的な身長で、Eカップのバストとくびれた腰付き、スラリとした脚線美。上級悪魔らしい美少女の見た目をした女が、恋の熱に浮かされた顔で鏡の中から問いかけてくる。
クレーリアは秘密の恋をしていた。その恋の相手は、今まで彼女が出会ったことのなかったタイプの人で、悪魔として生まれ育った冥界とは常識も価値観も違っている人だ。
どんな服装が好みなのか聞いておけばよかった。
彼に聞かずに、鏡の中の自分に向かって問いかけてしまうなんて、何をバカなことをしているのだろう。頭の片隅でそう思いながらも、クレーリアの心は幸福感で満たされていた。
浮かれまくっていたとも言う。
昼間。夜の間「悪魔のお仕事」に励んでくれた眷属たちが寝静まるのを待って、クレーリアは太陽の下を歩きだす。
八重垣正臣は教会の戦士だ。教会の運営している孤児院で神の教えの中で生きてきた。
そしてその教会で戦士としての資質を見出されてイギリスへと修行に赴き、そこで鍛えられ剣を学んだ。
「これしか服が無い」
清貧を旨とし、質素に生きる教会の戦士に贅沢は必要ない。悪魔や魔物、その他多くの人に仇なす異形を討ってきた正臣は、これまで服装に無頓着なまま生きてきた。
神に仕え、神の戦士として、神の敵を討つ。つい先日までは、それだけを考えていれば良かったのだ。
鏡の中には、鍛え上げられた身体を情けなさそうに縮こまらせ、眉を八の字にして精悍な顔つきを台無しにしている戦士の姿があった。
「見回りに行って来ます」
結局、いつもの神父服で正臣は現在の任地にある教会の扉を開いた。同僚たちに嘘を吐いて。
悪魔の女性との逢引に出かけたのだ。それがこれまで一途に仕えてきた神への裏切りだと知りながら。
リヴラクス・グレモリーは、悪魔の名門学校に通っていれば初等部低学年になっていただろう年齢の上級悪魔。
悪魔の貴族の中でも名門中の名門、魔王輩出の名家グレモリー家の次期当主であり、既に魔王クラスを凌駕しているとも言われる莫大な魔力と、神滅具『赤龍帝の籠手』を所持する規格外の悪魔だ。
ただし、その外見は年相応のもので、紅色の髪の美少年といった風情。まだ年齢も一桁で、身体つきも細く声も可愛らしい彼は、服装次第では美少女でも通りそうな容姿をしていた。
「ここが駒王町か」
そんなリヴラクスはいかにも良家の子息といった服装で、将来自分が縄張りとして与えられることになっている土地の見物に来ていた。
その縄張り予定地の名は「駒王町」。現在、ベリアル家の分家の娘であるクレーリアという貴族女性が、グレモリー家とバアル家から縄張り運営の経験を積むために「借りて」いる土地だ。
リヴラクスが縄張りを運営するようになる年齢まで、クレーリアはこの土地で縄張り運営の経験を積む。そして、開拓した顧客ごとリヴラクスに引き継ぐということになっていた。
その将来の縄張りの話を聞いたリヴラクスは、一つ見学でもしておこうかとこの土地を訪れたのだ。
まず向かう先は、クレーリア・ベリアルが拠点としている館である。そこで話を聞いておこうという考えだった。
「いない?」
だが、向かった先には目当てのクレーリア・ベリアルは居なかった。眷属に何も告げずにどこかに出かけてしまったらしい。聞いてみると、最近のクレーリアはよくこういうことがあるそうだった。
ならば構わないか、とクレーリアの『女王』に言伝だけを頼みリヴラクスは町を歩いて回ることにした。
そして、たまたま、偶然に、その場面を目にしてしまうのだ。
クレーリアと八重垣の唇が触れ合った。触れ合うだけのキスだ。
「ク、クレーリア……今の……」
聖書の教えに忠実に生きてきた八重垣正臣は、それだけで真っ赤になってしまっている。
いや、ふたりが出会って、最初はもっと敵対的な間柄で、それからこうした関係になるまでの間に、八重垣は何度もこうした姿を見せてくれていた。
今ではそうした姿を見る度に、クレーリアの心に八重垣を愛おしいと想う気持ちがこみ上げてくる。
クレーリアが冥界で出会った男性には、こういうヒトは居なかった。領主の一族の娘として見てくる領民たちか、もしくはどこか見下した視線を向けてくる貴族たちか。
八重垣は教会の戦士だから、同じ悪魔からとは違った反応をされるのは当たり前なのだけれど、そのことがクレーリアには嬉しかったのだ。
たぶん、外見も好みだったのだろうと思う。
クレーリアには従兄がいる。自慢の従兄だ。ベリアル本家の嫡男で、恵まれた才能に驕らず鍛錬を積み重ね、今ではレーティングゲームのランキング一位に君臨しているディハウザー・ベリアル。クレーリアはその『皇帝』と一緒に育ってきた。一族はディハウザーを名門学校に送るだけで精一杯であったため、平民と同じ学校に通ったクレーリアとは学校こそ違ったけれど、家ではいつも会っていた。
多くの悪魔は努力というものをしない。細身の優男が良いとされている風潮もあってか、身体を鍛えこむ者も珍しいのだ。
クレーリアの男性の趣味は、この努力家で筋肉質な従兄の影響を多分に受けていた。
これは別段おかしな話ではない。悪魔の男性は目下の親族女性に優しいことが多く、いっそ甘やかし過ぎるぐらいに接してくる。貧しく、他の貴族から馬鹿にされて来たベリアル家のクレーリアにとって、接する機会が多く、自分に優しくて、一族の誇りと言える強さと活躍を見せてくれるディハウザーは大きすぎる存在だ。影響を受けない方がおかしい。
八重垣は強さこそ天使の力を借りた武器を使ってようやく上級悪魔と戦える程度であったが、それは人間としては破格の強さでもあった。
魔力の一撃で致命傷を負いかねない脆い人間の身体を、戦士としてストイックに鍛え上げてきた八重垣はクレーリアを惹きつけるに十分なものを持っていた。
行為は結婚してからと考え、安易に欲望に流されない態度もクレーリアには好ましく思えた。悪魔はとかく欲望に溺れやすいので、こういった男性とはあまり出会ったことがなかったのだ。
クレーリアが積極性を見せると、こうしてすぐに真っ赤になってしまうところを可愛いとさえ思っていた。
「正臣……」
ふたりの影がまた重なり合った。
そこまでは、まだ悪魔の女に誘惑され堕落していく信徒の姿に見えなくもなかった。
その後、拠点に帰ったクレーリアは自身の『女王』から昼間に訪ねてきた人物の話を聞いた。
「グレモリーの次期当主って、連絡をくれたら良かったじゃない!」
この駒王町の縄張りは、本来バアル家とグレモリー家が共同で管理してきた場所だ。今のクレーリアは、それを貸してもらっている立場。
昼間に訪ねてきたというリヴラクス・グレモリーは、年齢こそクレーリアよりずっと若いが、悪魔の中での地位は遥かに上である。幼稚舎時代に喧嘩で同級生を殺しかけたなんて噂もある相手だ。
クレーリアは血の気が引くような思いをした。
この頃、八重垣とのことがあって眷属からの日中の連絡を控えさせていたのが良くなかった。緊急事態というほどのものではないが、機嫌を損ねて「八重垣の居る今の縄張り」を取り上げられたくはない。
『女王』から話を聞いたクレーリアは、しばらくこちらに居ると言っていたらしいリヴラクスに急いで連絡を取る。
その連絡方法は通信魔方陣ではなく、人間の機械、最近日本でも急激に広まり始めた携帯電話だ。ここ数十年の人間の通信技術の進歩は凄まじいものがある。ずっと前にクレーリアが使ってみた頃の電話は、交換手に相手先の番号を口頭で伝えるものだったような覚えなのに、今ではそれがこんな小さな持ち運び出来るサイズになっているのだから驚くしかない。
『ええ、いや、別にいいですよ。──そうですか? では、サーゼクス・ホテルにお願いします。フロントで名前を言って頂ければ通じますので──はい、ええ、では』
電話先のリヴラクスは特に気にした様子もなく、こちらから顔を見せに行くと言ったクレーリアの言葉を受け入れてくれた。
気が短く、怒ると何をするか分からないなんて噂のある人物だけに焦ってしまったけれど、慌てることは無かったのかもしれない。
クレーリアはほっと胸をなでおろすと、リヴラクスが宿泊しているホテルに向かうことにした。
サーゼクス・ホテル。
隠すこともなく魔王サーゼクス・ルシファーの名を冠したその豪華なホテルは、駒王町からそう遠くない場所にある。
ホテル前でその建物を見上げるクレーリアは、改めてリヴラクス・グレモリーが魔王の弟であることを思い出していた。
未来の権力者だ。リヴラクスは貴族の中の貴族と言っていい地位にある。ディハウザーの活躍で盛り返し始めて来たとは言っても、まだまだ貧乏貴族という評価を拭えていないベリアル家。その分家の娘に過ぎないクレーリアとは圧倒的なまでに立場の違う相手だ。
ごくりと喉を鳴らしクレーリアがホテルの玄関へ歩を進めると、話が通じていたらしい従業員が現れた。
そして、クレーリアが要件を告げるとすぐさま最上階へと案内される。
このときのクレーリアは、『女王』も『騎士』も伴わず、ひとりだけで来るように言われた理由を分かっていなかった。
次回:粛清(意味深)
まだ生きていたころの夢の中で過ごすクレーリアに、バアル家の監視要員の立場になったオリ主の魔の手が迫る。