公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
クレーリア・ベリアルとリヴラクス・グレモリーの対面は穏やかに進んでいた。
ホテルの一室に通されたクレーリアは、リヴラクスとの間にテーブルを挟んで椅子に座って話していた。主な会話の内容は、リヴラクスから縄張りの運営の仕方や、駒王町について聞かれ、それにクレーリアが答えていくというもの。
いつもやっていることを話すだけだったので、クレーリアは特に詰まることなく会話を進めていた。
話をする中で気になることがあったとすれば、リヴラクスの視線だろうか。常にクレーリアの灰の瞳を、少年の紫の視線が捉えている。
鍛え上げられた筋肉質な男性が好みのクレーリアだが、リヴラクスのような美少年からそうやって見つめられていると、どうにも気恥ずかしいものがある。本当に、ジッと目を合わせてくるのだ。
「だいたいこのぐらいかな」
最初は少年貴族の魔力量に驚き、しどろもどろになっていたクレーリアだっだが、数時間ほどの会話の中で打ち解け口調が崩れ出していた。相手の外見と実年齢のせいか、どこか領民の子供に接するような態度になってしまっていたのだ。
そのことを咎めてくることもなかったので、稀に社交の場に顔を出すと嫌味を言われることの多いクレーリアとしては、リヴラクスはかなり付き合いやすい相手のように思えて来ていた。
「この町にいる教会の者たちはどうしているのですか?」
その質問を受けるまでは。
「……教会とは、お互いに不干渉ということになっているの」
「聖剣を持った戦士団が来ているのにですか? あれは上級悪魔を討てるだけの戦力でしょう」
駒王町に派遣されている教会側の戦力は、『聖書の神話』の浸透度が低い日本という国にあってはかなりのものだ。
リーダーを務めている紫藤という男はかなりの使い手であり、聖剣を所持していること。さらに紫藤の部下として、優秀な若手が多数この駒王町の教会に配置されているらしい。それらのことを、リヴラクスはグレモリー家が運営している学園の者から聞いたと言う。
「だからよ。教会とやりあったら、私も眷属も危ないから。戦わないようにしているの」
「教会側は、悪魔の仕事について何も言ってこないのですか?」
「ええ、神の信徒ではない人と取引することについては、あちらからは何も言ってこないわ」
「ヨーロッパ方面では教会の戦士たちの活動が激しく、上級悪魔が殺害されることもあるようですが」
「そうね。でも、ここは日本だから、キリスト教徒が悪魔と取引をするのとは事情が違うのよ。だからお互い刺激しないように共存しているの」
「なるほど。それにしても……これは少々
リヴラクスは亜空間から一枚の写真を取り出し、クレーリアの前に滑らせてきた。
「これは……ッ!」
「なかなか
写真に映っていたのは、神父服に身を包んだ男性とクレーリアが口づけを交わしている場面だった。
「これは、その……」
「違うの」と続けようとして、クレーリアはそれを口に出来なかった。八重垣とのことで、否定するような言葉を自分の口から紡ぎたくなかったのだ。
リヴラクスは立ち上がると、テーブルを回って椅子に座って押し黙るクレーリアの横に立った。
またあの目だ。紫の双眸が射貫く様にクレーリアの瞳を覗き込んでくる。
「クレーリアさん、この教会の男。名前は八重垣正臣というようですね」
「どうして……」
彼の名前までどうして知っているだろうか。クレーリアがそれを聞く前に畳みかけるようにリヴラクスは答えを口にした。
「明らかに裏に通じている教会の人間が、グレモリー家の運営している学園の近くに居住していれば確認しますよ」
一時的な滞在ならばともかく、長期間居住するとなれば人間が公的な手続きから無縁でいることはまずできない。
悪魔側は公的機関との過去からの繋がりや魔力を利用してそれらの情報を入手し放題なのだ。日本では教会の力が弱いということもある。この国の退魔組織の代表格である五大宗家などが相手であればこうはいかなかっただろう。
リヴラクスはそう語ると、クレーリアを見つめてくる視線に力を込めた。
「クレーリアさん、これは確認ですが、この男、八重垣正臣とはどういった関係ですか? 悪魔らしく教会の人間を堕落させようとしているのなら構いません……と言いたいところですが、クレーリアさんの実力では少しばかり危険ではありませんか? 八重垣以外の教会の戦士に知られたら、それこそ抗争に発展してもおかしくない」
「正臣とは……」
教会の者との、それも裏の事情に通じている戦士との真剣な恋愛は禁忌。それはクレーリアも承知していた。
それでも、愛してしまったのだ。だからこそ、クレーリアは八重垣とのことで嘘を言いたくはなかった。
「ああ、それとも全員ですか? 偶然今日は八重垣の番だったというだけで、リーダー格の紫藤含めて戦士連中を残らず誑かしているということでしたら──」
「違うわ。私が愛しているのは、正臣だけ」
とんでもない言われように、クレーリアは思わずそう口にしてしまった。悪魔的には一つの教会を丸ごと堕落させるというのは、それはそれでアリなのだけれど──八重垣とのことをそんな風に思われるのは我慢がならなかったのだ。
「では、八重垣以外の教会の者はこのことを知らない?」
「ええ……」
「なら、八重垣との関係を清算してしまえばいいだけですね」
「それは、できない」
「困りましたね。これは父上、グレモリー家とバアル家、もちろんベリアル家にも報告しないといけない」
そう言いながら、リヴラクスはテーブルから写真を回収しようとした。
「あっ!」
クレーリアは慌ててその手を抑え、写真を奪い取った。
「はぁ、一枚ぐらいでしたら差し上げますよ。いくらでも増やせますからね」
リヴラクスは亜空間に手を突っ込むと写真の束を取り出し、テーブルの上にバラまいた。クレーリアが握りしめたものと同じ場面を映した写真が大量に散らばる。
「ああっ……」
その光景を目にしたクレーリアは、隣に立つ少年に顔を向けた。
「その様子だと、クレーリアさんも理解はしているんですね。八重垣とのことがマズイことだと。この駒王町は、我がグレモリー家とバアル家の共同管理地。そこで問題があると困るのですよ。特に俺は十年もしないうちにここの管理者になるわけですからね。無関係ではない。問題があれば報告してしかるべき処置をしてもらわないといけないわけです」
そんなことをされたら、クレーリアはこの土地の管理者の任を解かれるだろう。そして冥界に連れ戻されて、しばらくは──八重垣が死ぬまで──家から出してもらえなくなるかもしれない。
「ディハウザー殿も立場がないでしょうね。縄張りのないクレーリアさんが経験を積めるようにと随分と尽力されたそうですから。それにディハウザー殿には疑惑も多い。このことが公になれば、ディハウザー殿のことも絡めて、マスコミ連中は面白おかしく報道することでしょうね」
「兄さまは、ディハウザー兄さまは『王の駒』なんてッ!」
従兄のディハウザーにまで迷惑がかかると言われ、クレーリアは涙目になりそうだった。
「雑誌の話ですか。あれが本当でも嘘でもどちらでもいいのですよ、アイツらは。売れさえすればいいのですから。そのためのネタになりさえすればなんだって構わない連中です」
八重垣とのこととは別に、従兄のことでトップランカーたちのゴシップに興味を持って調べていたクレーリアには、そうなったときの状況がありありと想像できてしまう。
「ベリアル家は大変なことになるでしょうね。大戦で没落してから数百年、一族一丸となって耐え抜いて、ディハウザー殿の活躍でようやく上向いてきたところだと言うのに……」
やれやれといった調子で首を振って見せるのは、クレーリアよりもずっと若い初等部に通う年齢の子供だ。
「とはいえ、俺としても将来のことを考えればこの土地に傷を残したくはないんですよ。どうですか、クレーリアさん。ここは御家と領民のためと想って、貴族らしく八重垣と別れましょう。今ここでそう言ってもらえれば、このことは俺の胸に仕舞っておきますから」
リヴラクスの提案に、クレーリアは首を横に振った。どうしても、その選択は取れなかったから。
「だったら仕方がないですね。傷が深くならないうちに報告するしかありません」
「やめて! それだけは……やめて」
クレーリアが伸ばした手を、リヴラクスは振り払った。
「あれもイヤ、これもイヤと言われても困るんですよ。これを放っておいたら、俺には損しかない。それとも何かあるんですか? 未だ資金繰りが苦しいと聞くベリアル家の、それも分家の娘に過ぎない貴女が、御家に秘密で俺に何か差し出せるものがあるとでも?」
魔王輩出の名門グレモリー家の次期当主リヴラクス・グレモリーの
ましてやクレーリア個人で沈黙の対価として渡せる物などありはしない。
「何でもするから、お願い……」
払われた手をもう一度伸ばし、リヴラクスの右手を両手で握る。
こんな小さな子にただ頼むだけであることに情けなさを覚えつつも、クレーリアはそうすることしか出来なかった。
「実は、最近困っていることがあるんですよ。クレーリアさんがそれに協力してくれるなら、考えてもいいですよ。それも嫌ということでしたら断ってもらっても構いませんが、どうしますか?」
「何をすればいいの?」
尋ねたクレーリアの頬を、リヴラクスの左手がなぞっていく。
「灰色の髪に、灰色の瞳」
何を言われているのか分からないクレーリアのあごを、少年の指が掴んだ。
顔の向きを変えられ、息のかかる距離で見つめられた。
「俺の愛人になってもらえませんか?」
クレーリアは既に悪魔としての成熟を終えている。もしも人間として生まれていたのであれば、とうに天寿を全うしていただろう年齢だ。
当然、経験はあった。上級悪魔でありながら領民に混じって育ったこともあり、長く続く相手がいなかっただけで、こういった行為自体は何度もしたことがある。
ただ、さすがにこんな年齢一桁の子供からそういった意味で求められたことは無かった。
「早いとは思うんですけどね、もう来ちゃいまして」
少し恥ずかしそうに言うと、少年は視線でクレーリアに返答を迫って来た。
「そんなこと……」
「いいですよ、断っても。別にこだわっているわけではありませんので」
リヴラクス・グレモリーは性欲解消の相手に困るような立場にはいない。求めれば得られる位置にいる。
これは、代わりに差し出せるものが何もないクレーリアに示した一欠けらの同情に過ぎない。
そんな雰囲気が、彼の言葉には滲んでいた。
「この話はなかったことにしましょう。忘れてください」
返事をしないクレーリアの様子を見て、リヴラクスは素っ気なく言った。
糸を垂らしてすぐに引き上げるやり方が、クレーリアの選択肢を奪って行く。
「ああ、簡単な解決策がありましたね。処分してしまいましょう、その男を。クレーリアさんには恨まれるかもしれませんが、ベリアル卿は感謝して下さるでしょうからね」
その言葉の冷淡さが、リヴラクスが八重垣の命を奪うことになんら躊躇いないことを伝えてくる。
「待って、正臣には何もしないで!」
先の提案にすがりつくしかない状況にされた。魔力の差は歴然としている。どうあがいてもクレーリアではこの少年を止められない。
教会側と戦争になってしまうかもしれないと言ってみても、欧州ではよくあることだとにべもない。あちらでは、教会の戦士に襲われた上級悪魔が命を落とすことも珍しくないのだと。
それでもクレーリアは殺し殺されの間柄の勢力の男との繋がりを断ち切ることが出来ない。
「ならどうすると言うんですか?」
「愛人になるから、だから」
必死だった。リヴラクスの足にすがりつくほどに必死だった。
「いえ、その話はもういいですから」
子供にひざまずいて、こんなことを懇願しなければならない自分が情けなくなってくる。
「お願いします。私を、クレーリア・ベリアルを貴方の愛人にしてください……」
それでも、クレーリアは……。
「分かりました。じゃあ、それでいいですよ。クレーリアさん。……いや、もうクレーリアでいいな。俺は仕方なくお前の頼みを聞いてやると言っているんだ。だったら言うことがあるだろう?」
こうして、クレーリア・ベリアルは必死に頼み込んで、グレモリー家次期当主『紫紅の龍帝』リヴラクス・グレモリーの性欲のはけ口に
「うっぁ……ありがとうございます」
感謝の言葉と共に。
八重垣正臣:夢の中の彼は言わばNPC。
前回までが共通ルート。夢なのでいろいろなルートが可能。
そのうち甘々ルートも書きたいけれど、まずは可哀想なところから。