公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
いろいろとバタバタした新年社交のシーズンが終わった。年末から続いていた学校のお休みも終了。
学校に通っていない俺には関係ないが、レイヴェルは明後日から登校再開だ。ついでに週替わりでフェニックス家とグレモリー家を行き来する生活も再開だ。
わりと長い期間続いていたレイヴェルのグレモリー家滞在も、明後日で終了ということになる。まぁ、次の週には我が家で寝泊まりするわけだが、どうも彼女はそのことで寂しがっているように思える。
「父上、一つ許可を頂きたいのですが」
「どうしたんだ、急に」
と、レイヴェルのことで思うところがあった俺は、父上の執務室にお邪魔していた。
何やら書き物をしていた父上は、急に顔を出した俺の言葉にいぶかし気な様子だ。いや、一応これから顔出しますよーとは伝えてあったのだけれど。
「いえ、学校が始まる前にレイヴェルとふたりで出かけてこようかと思いまして」
ということで、明日は一つデートにでも行ってこようかと思ったのだが、出かける先がイマイチ思いつけないままズルズルと前日まで来てしまった。
で、クレーリアとの夢遊びの後になって、ふと思いついた場所があったので父上に許可を取りに来たのだ。
たぶん、思いつかなかったら一日中くんずほぐれつしていたと思う。それはそれで悪くないとも思うのだが、もうレイヴェルとのベッド戦は日常の一部になって来ているしな。ちょっと違うことをしておきたくもあるのだ。
「学校が始まる前というと明日ではないか」
「はい、申し訳ありません。先ほど急に思いついたものでして」
いや、ホントに前日になって急に申し出るような行き先ではないのだが、思いついたのがついさっきだから仕方がないのだ。
「それで、私の許可がいるような場所に出かけたい、と。まぁ、言ってみなさい」
「ええ、実は例の通過儀礼でも使われる遺跡に行きたいのですが」
他所の御家のことは分からないが、グレモリー家には伴侶となる者と一緒に受ける通過儀礼なるものがある。俺はその通過儀礼の内容の詳細は知らないが、儀式の場となる遺跡のことは知っていた。
そして、その遺跡は基本的にはグレモリー家の者だけが訪れることを許される場所だ。
「まだ早いだろう。それに、儀式には準備もある。今日明日で急にというわけにはいかん」
「いえ、場所の下見と言いますか……。見学に行くだけと言えばいいのか……」
基本的にはグレモリー家の者だけというのは、一族の者でなくとも修繕や清掃などの維持管理をする者たちは出入りしてるからだ。
だったら、数年早くてもレイヴェルを連れて行っちゃってもいいのではないだろうか。家臣はオッケーで、婚約者は儀式のとき以外絶対ダメってことはあるまい。
「理由を詳しく言ってみなさい」
「どうもレイヴェルがラティアのことを気にしているようでして──」
社交シーズン中、俺の居ないところでどうもこう「並んでいるお姿を拝見しますと、ラティアさまとの方がお似合ですわね」といったようなことを言われたらしいのだ。
たしかに現状では並んで立つと、ラティアとの方が見栄えはいいのだ。身長的に。
自分で言うのもなんだが、俺は名門中の名門な血統で、悪魔にとっては重要ステータスである魔力もバカみたいに高く、美形揃いの悪魔の中でも特に顔の良い男だ。それに金をガッツリ稼いでもいる。
その辺りのこともあってか、レイヴェルはやっかみを受けたりもしているようなのだ。
そのわりに俺の方に貴婦人、御令嬢からのアクションがあった覚えはないのだけれど。
で、まぁ「気にしておりませんわ」と言いつつも、レイヴェルは自分とラティアとを色々と比較してしまったりするようなのだ。
悪魔の貴族は家格や血統を気にするところが結構あるのだが──家の格自体は、フェニックス本家のレイヴェルの方が形式的には上になる。ただ、ラティアは分家とは言ってもアスタロト卿の孫娘なのでそこまで差はない。魔王輩出の名門アスタロト家のラティアの方が上と考えるヒトもいるかもしれない。ベルゼブブ派のヒトたちは、だいたいそう言いそう。
血筋の話になると、これはもうアジュカさまの姪でアガレス大公の姪でもあるラティアの方がかなり上になる。
その上で、俺とレイヴェルは婚約してからまだ一年経っていないというのに、来月には俺とラティアが時間を加速したフィールドで二十年間を過ごすことになっている。
まぁ、そりゃ気にしちゃうよね。当たり前だ。
「──ということで、俺の態度と言いますか……、そういったものを改めて示しておきたいと考えたのです。学校で話を聞かれることもあるでしょうし」
いつもいつも「お前が一番だよ」と言ってるのに、それでも「不安ですわ」といった態度を見せてくるレイヴェル。これは俺の信用度が低いというわけではないと思う。別にそういう気配を彼女から感じたことはないしな。だから、まぁこれは「おねだり」なのだろう。朱乃が首輪を付けて欲しいと言って来たり、黒歌が悪戯を仕掛けてくるのと同じだ。
つまり、可愛い。可愛いことをされると応えたくなるものだ。前世ではまったく縁のなかった話だしな。
「分かった。行って来なさい」
俺とレイヴェルとの婚約は父上の決めたものだ。母上もレイヴェルを俺の第一夫人になる者として扱っている。これは色々とあった年末から一月を過ぎても変わっていない。
ということもあってか、理由を伝えたらサクッと許可が下りた。許可までの父上の思考時間、三十秒。
「ありがとうございます」
立派なハーレム王になるには、正妻さんの協力が不可欠。なので、そこの辺りはハッキリとさせておきたい。という、俺の考えを父上も肯定して下さったのだろう。
助かるね。レイヴェルにはこの辺りの事を学校で聞かれても、フフンと胸を張って堂々としていてもらいたいしな。
―○●○―
以前はあまり使わなかった後宮内にあるレイヴェルの部屋。ここもこの一か月ほどで随分と様変わりした。
レイヴェルのグレモリー家滞在記録が伸びるほどに、彼女の雰囲気が色濃くなっている。週替わりでこちらとフェニックス家とをレイヴェルが行き来していた頃はほとんど俺の部屋に居たからなぁ。
「旦那さま……。もうすぐ、こうして一緒にいられなくなってしまうのですね」
「明日、グレモリーの者が婚約者と儀式を行う遺跡を見に行こう」──そう伝えてからのレイヴェルは、ソファに座る俺の横に張り付いてべったり状態。うちの嫁さんはもうすぐ訪れる学校の再開と長らく続いたグレモリー家逗留解除にさびしんぼモードになってしまったようだ。でも、例のYesYes香水の匂いはしない。ふわっと甘い感じの匂いだ。たぶん、何かの花。
スリスリと寄ってくる様子が大変可愛らしい小鳥ちゃんは、まだエッチの気分ではないらしい。
『ですから、我々は下級悪魔も参加できるゲームと並行して公式戦引退者による──』
点けっぱなしのテレビの中では、ビィディゼ・アバドン殿たちアドバンスト引退組が記者たちに何かを語っている。
元第三位の知名度を生かして、今年の夏に開催予定のアドバンストリーグや平民向けゲームの宣伝をしてくれているようだ。ホント、ありがたい話である。
これは、夏の社交シーズンの話題もグレモリーで独り占めしてしまうかもしれん。
「ナベリウス家の事件から冬の休みに入って、そのままずっとこっちに居てくれたからな。しばらく会えないと思うと俺も寂しくなってくる」
まぁ、レイヴェルがフェニックス家に戻っている一週間の話なのだが。
「ラティアさまの箱庭が完成したら、二十年でしょう?」
「そうなるなぁ」
パパっと一日で小世界の入れ物を創ったら、あとは六日ほどで「ラティアの世界」は完成するらしい。
次元の狭間との境界線や、山や河、湖などのデカイ構築物は俺とラティアで創るにしても、樹々や動物などは計画書に合わせて業者が短期間で大体のところは準備してくれるそうで。
下級悪魔といっても侮れないものだ……。細かい調整などはその後も続くそうだが、悪魔の建築技術って改めて凄すぎる。
聞いた話では、アジュカさまは趣味でオーストラリアくらいの異空間を所持されているそうだし、上流階級のお遊びとしてはこういうフィールド作成ってのは割と一般的なようだ。
お貴族様御用達のフィールド職人たちは、その道一筋何百年とかの超ベテランである。もしかしたら何千年とかのヒトもいるかもしれない。人間の業者と違って、新人が入って来てミスとか、年取って腕が落ちるとかもない。なので、まぁ、任せて安心というわけだ。
その分、老舗企業の新陳代謝なんて無いも同然だがな。人員が十分な会社には新入社員の座る席などないのである。寿命が長くて、身体年齢も自在な悪魔には、退職者なんてそうそういないから。
「レイヴェルもラティアみたいに学校休んでしまえば良かっただろうに……飛び級なんて狙うからだぞ」
「それは……リアスさまはいじわるですわ」
そう言いながら、レイヴェルは俺の肩に額を押し当ててきた。ぐりぐりぐりと。
悪魔の学校にも、何故か飛び級制度がある。百年程度しか生きられない人間と違って時間に余裕があり過ぎる悪魔でこの制度を利用する者はほとんどいないのだが、レイヴェルはそれを狙っているのだ。
何故かというと、早く俺と結婚したいから。一応、結婚は学習期間終了後という目安があるので、俺とレイヴェルも両方が学習期間を終えてからということになっている。
ただ、俺の方がレイヴェルよりも二歳年上なので、そのままいくと俺と同い年のラティアとの方が先に結婚可能になるわけだ。
レイヴェルとしては自分が一番先に結婚したいらしく、といってラティアに待ってもらうというのも嫌なようで……「でしたら、私が飛び級致しますわ!」という結論になったらしい。
俺はそんな忙しい娘に、いろいろとお仕事を丸投げしているヒドイ男なのである。でも、その方がレイヴェルも嬉しそうだからいいのだ。俺のために働くのが大好きな嫁さんってサイコーだな!
ちなみに、人間界での仮の身分用の黒歌と結婚式をすることや、結婚指輪を身に着けることについては「悪魔としての正式なものではないのですから……。か、構いませんわ!」とちょっと悔しそうに了承してくれた。そのことを伝えた日のレイヴェルは激しかった。一緒に致した黒歌も激しかった。美少女と美女に自分のチンポの取り合いをされるのは実に良い気分であった。
「高等部まではともかく、大学部までいけば『不死身』特性の医学的検証とかに付き合うだけでいけるんじゃないか?」
「そうかもしれませんけど……」
フェニックス家の特性の『譲渡』は医学的にかなりの注目を浴びているようで、悪魔の医学の進歩に貢献するかもしれないとそちら方面の研究者から結構な期待を寄せられている。
が、何分お値段を決めてしまった後なので、無償で協力はしてやれない。レイヴェルの大学部の単位と引き換えとかそんな話で済めば、二年ぐらいサクッと飛ばしてくれるだろう。
金で単位を買うようなものだがな。まぁ、卒業だけしておいて勉強なんて後から付け足しても良いのだ。
貴族の次期当主や、その婚約者が学ぶのは領地経営に関することに決まっているので、医学方面の研究に協力してどうこうってのもヘンかな。
というか、領地経営については学校より母上から習った方が早いし良いような気がするな。
実際のところ、経営学ってどれぐらい役に立つのだろうか……少なくとも人間の学問をそのまま持ってきても何か違うことだけは分かるのだが。
寿命が違うのってホントに大きい。定年退職とかないし、上司が引退しないから会社のポストは埋まったまま、創業社長がずっと現役なので二代目がどうこうとかないし……。老後のための貯蓄とかそういう考えは悪魔には無縁のものだ。年取って生きるのに飽きちゃった後の事なんて考えても仕方がないしなぁ……生きるのに飽きちゃってるんだから、つまり死んでも構やしないって心になってるわけなので。
平民の一般企業の役員よりも、貴族家当主の代替わりの方が早いのが現状だ。何故って、貴族は引退しても割と悠々自適に暮らして行けるが、平民は稼ぎの良い仕事を手放したらその後の生活に困ってしまうから。
息子とか娘とか、血縁者に後を任せて引退。あとは事業を引き継がせたかわりに養ってもらいつつ、蓄えた金を使って暮らしていく者もあるかもしれないが──基本、創業者とかって働くの大好きで「俺が、私が!」ってワンマンタイプが多そうな気がする。そういうタイプの悪魔は、肉体的もしくは精神的に死ぬまで後進に譲ったりはしないだろう。
「大学とかその先とか、どうなっているんだろうな」
「お母さまと話していると、百年くらいはあっという間に過ぎていくように言われますけど。まだそういった感覚にはなれませんわね」
今はまだ周囲の状況や関係性、自分自身の身長なども変わっているがいずれそういった変化はなくなっていくのだろうか。
将来を考えると、なんとなくイチャつきたくなる。明日の遺跡見学もあるから、どこか盛り上がっている部分があるのかもしれない。
「んっ……っちゅ……。旦那さま……?」
「ん、なに、百年、千年経ってもこうしていられるようにしたいな」
「はい!」
俺の腕を抱えるようにしていたレイヴェルの手が、首に絡んできた。ちゅっちゅっとお返しのキスが飛んでくる。彼女の頭に手を添え、髪の感触を楽しみつつそれに応えていく。
ベッドの上でガッツリと重なり合うのも良いが、こういうのも良いものだ。
「なぁ、フェニックス家では重臣の顔ぶれが変わったりすることはあるのか?」
「私が記憶している中ではありませんわ」
「やっぱりどこもそうか」
軽くボディタッチし合いながらフェニックス家の家臣事情を聞いてみると、フェニックス家もグレモリー家とそう変わらないらしい。
大戦中や内戦時、その後しばらく続いた混乱期には家臣のポストにも変動があったようだが、それ以降はあまり顔ぶれが変化することはなかったようだ。重臣の面子はどこの家もほぼ固定化しているのだろう。
平民の会社などでもそうなのだろうが、過去に功績があり、現在問題がないのなら変える理由もないしな。
「サイラオーグが前に、『実力のある者が上に行ける社会に出来ないだろうか』なんて言っていた覚えがあるが、今あるポストは埋まっているんだよな」
「家中でそれは難しいでしょうね。新たに功績を上げた者がいるからといって、上の者を降格させる理由にはなりませんから。やはり積み上げた功績に応じて、中級悪魔、上級悪魔と昇格させていって、貴族と認められる上級悪魔になった時点で独立させる現在の形しかありませんわ」
なお、自分のことがよく分かっている家臣は功績を積み上げても独立して行かない。人間社会でもよく言われていることだが、組織の一員として活躍する才と、独立してトップとしてやって行く才は別物なのだ。爵位持ち貴族になんてなりたくないって者は割といるのだ。
名門グレモリー家の重臣と、木っ端貴族家の当主であれば前者の方が重要視されるし稼ぎも安定しているってこともある。グレモリー家の家臣のときには丁寧に応対してくれた相手だったのに、独立したらそっけないとか普通にありそうな話だ。
貴族になったからって、現在繁栄している領地なんてもらえないしな。辺境の地を一から開拓していくことになるだろうから、難易度も高い。
まぁ、転生悪魔、純血の貴族の眷属は別だがな。主次第ではあるが、上級悪魔になっても眷属であることには変わりないので主に面倒を見てもらえる。
というか、レーティングゲームでの活躍だけで昇進した眷属悪魔のほとんどは、主家に面倒を見てもらわないと早々に詰んでしまうだろう。ノウハウも部下も最初は無いだろうしな。
そして、貴族家としても役立つ家臣を手放す理由ってのはあまりない。現状に問題がなく、本人が残りたいと言うのならそのままの体制を維持するほうが楽だ。
結果として、俺が当主になっても直接話すような家臣の中でも主だった者の顔ぶれは変わらないってことになる。貴族家でも平民会社でも、既に体制の固まった場所では若者の昇進が困難なのが悪魔の不老社会。
何百年過ぎても会うのはいつもの顔ぶれで、見た目の年齢も変わらないとなると、時間の感覚も人間やってた頃とは変わっていくのだろうな。
「出入りの商人や業者も昔から同じだからな」
貴族家御用達ってのは平民にとって結構なブランドだ。グレモリー本家の領地が日本の本州くらいなので、グレモリー家御用達ブランドは王室御用達みたいなものである。
金を積んででも欲しいって連中は結構いるのだが、なにぶんこちらも下手な者にそんな看板をやれない。信用と実績を重ねてきたところを使うものだ。安けりゃいいって新規参入を受け入れたりはしないのだな。
こちらも貴族の権威で値切ったりはしないし、向こうも手抜きはしないし吹っ掛けてきたりもしない。良い仕事に適正な報酬を。
悪魔の社会は信用社会。一度の不義理が、千年先まで後を引く。その場その場での一時の得よりは、ずっと先までの付き合いってものを考える。
そうなると、昔から付き合いのあるところを利用し続けるわけだ。余程他の業者との差が付けば切ることもあるが、普通はそうならないように対応してくるし、こちらからもそれを促す。
「変わりやすいのはデザイナーなどでしょうか。流行りがありますから」
芸術関係は確かにそうだ。人間界の流行り廃りの影響が露骨に反映してくる。
「テレビの導入時は大騒ぎだったらしいな……っと」
小柄な彼女の身体を持ち上げて、膝の上に乗せる。この体勢で頭の位置関係がキスするのに丁度いいのがレイヴェルの良いところだ。
「んっ……♡ んんっ……♡」
人間界でテレビが発明され広まり出した辺りで、「これはいける!」と踏んで動き出した者がいて、利権やらポストを巡っていろいろとあったらしいとは聞いている。
大規模で成功しそうな新規事業ってのはどこの貴族家も動くものだ。大王家とか、魔王輩出の名門とか、そういう権力に近いところはガンガン行ったらしい。我がグレモリー家もその一つである。
フェニックス家もテレビ関係にヒトを送り込んでいるしな。
と、将来のことや領地経営のことなどをつらつらと取り留めもなく話しながらレイヴェルとの時間を過ごす──半分以上仕事の話で良かったのだろうかね。
レイヴェルのオーラや身体の声からすると良かったのだろう。
まぁ、YesYesじゃなくてもヤることはヤルわけだが。俺は我慢の効かない男であり、レイヴェル相手に我慢も遠慮も必要ない。
そろそろベッドに行こうか──と、思ったらレイヴェルが亜空間から香炉を取り出した。
「旦那さま……今夜もたくさん可愛がってくださいまし」
スイっと宙を舞った香炉がテーブルの上に着地し、そこに炎と風の魔力が注がれる。
途端に漂い始める淫靡な香り。
うん、今夜も子作り子作りだ。
一夜明け、俺とレイヴェルは件の遺跡を目指して山道をラクダの背に乗って進んでいた。空間転移で近場まで跳躍し、そこからはグレモリー家伝統の乗騎で向かう形だ。
俺の前に座ってレイヴェルが操る
「ああ、見えて来た」
遺跡の入口へと向かう周囲とは材質の違う石畳の道。その道の両脇に立ち並ぶ石柱群。石柱と石柱との間には、歴代当主や勲功有った者たちの石像が置かれている。
なお、ここに石像があるからといってそのモデルとなったご先祖様がお亡くなりになっているとは限らない。別に霊廟とかそういったものではないのだ。亡くなっている方もいるが、生きている方もいる。悪魔は長寿なので、まだまだ現役の方の像も多い。当主を引退したら、ここに父上の石像も並ぶことになるだろう。
グレモリーの初代さまは、同じ七十二柱の祖であるゼクラム祖父さんと同世代のはず。それを考えると……もしかしたらこの遺跡は大昔の住居跡だったりするのかもしれない。うん、洞窟に住んでいたとかそういう時代もあっただろう。
なにぶん大昔の話だ。うちのご先祖様とゼクラム祖父さんが石の槍もって、ふんがーふんがー、うんばっば! と焚火の周りで踊っていたなんて頃もあったのかもな。初代さま方の生まれた頃の文明レベルを考えると。
初代七十二柱と四大魔王さま方が皆して蛮族ムーブ決めて、焚火を囲んで「美味く焼けましたー!」などとしていたシーンを想像するとなかなかどうしてほっこりとするのものがあるではないか。
「ここが……グレモリー家の方々が親愛なる者と共に試練を受けると言う遺跡なのですね」
石畳に足を付け、ラクダがポコポコと歩く。その背の上で、ほぅと息を吐くレイヴェルを後ろから抱きしめた。
昨日の夜から今朝にかけて、いつもより燃え方が激しかった我が婚約者さんである。情事というものは、燃えるほどにあちこちがよく湿るのだから妙なものだ。
そんなレイヴェルは今もちょっと体温が高めだ。でも、少し身体が強張っている。ベッドの中ではあんなにふにゃふにゃだったというのに。
「今日は下見みたいなものだから」
腰を抱く力を強めると、レイヴェルは頭を俺の胸に預けてきた。
「ですけど……どんな試練なのかと考えると、どうしても緊張してしまいますわ」
まぁ、結婚するには試練を乗り越えなければならないとか言われるとな。内容が気になってしまうのは仕方がないところだ。
とはいえ、そう難しいものでもないとも聞いている。
「詳しいことは教えてもらえなかったが、『貴族なら問題ない』と聞いているからレイヴェルなら大丈夫だろう」
「そうだと良いのですけど」
むしろ俺の方がヤバイかもしれないくらいだ。いや、大丈夫だとは思うがね。
最初の石像の前でラクダを降り、歩きながら立ち並ぶ石像一つ一つの下に刻まれた名前を読み上げる。ついでに、その方がどういったヒトなのかを俺が覚えている範囲でレイヴェルに説明していく。
グレモリー家の歴史みたいな話だな。
エピソードとして一番多いのは、「大過なく領地を治めた第○○代当主の誰々~」といったものだ。悪魔の歴史は割と平和なものなので、これといって記すことが無い当主も多い。内政の話ならそこそこあるのだが、基本ゆったりペースでの変更だったりする。
戦の話があれば盛り上がるのだが、悪魔は人間と違って同種族で争ったことが少ないからな……まぁ、騒動がないのは良いことだ。大戦と内戦の時期を過ごした父上は、グレモリー家の歴史書の中でページをガツンと取ることになりそうだな。
「メ、メモを取らせてくださいまし」
これも結婚への試練なのでは!? とでも思ったのか、単に真面目なだけなのか、レイヴェルは俺の話すことを懸命に覚えようとしているようだ。
「書いてある本があるから、今度一緒に読もうか」
ちなみに俺はフェニックス家の歴史をあまりよく知らない。ただ、我が父上と同じで現当主であるフェニックス卿の存在感が大きくなるだろうことだけは分かる。
どの御家もそうだと思うのだが、現当主と先々代だったら現当主の方が大変なはずだ。最近の人間界の変化は昔と比べて速過ぎる。
お仕事の関係で人間との縁が深い悪魔の文化や社会制度は、どうしても人間のそれの影響を強く受けるからなぁ……。1000歳オーバーの悪魔だって、仕事で必要なら「パソコン使えません」とは言えないのだ。
「ここに手を当てて、魔力を流せばいいらしい……」
そうこうしている内に遺跡の入口に着いた。入口は大きな門扉によって閉ざされている。事前に聞いていた箇所に手を当て、魔力を流す。
すると、門が右と左にスライドして開いていく。なんというか、ゲームの遺跡ダンジョンの扉がゴゴゴゴゴと開いていくシーンのようだ。というか、そのものだな。グレモリー家の血筋やら魔力がカギにでもなっているのだろうか。清掃や補修の者は、何か開閉用のアイテムでも持っているのかもしれん。
ところで、ここはまだ現役の儀式の場だ。なんなら建造された当時の方が存命だったりしそうなのだが、それを遺跡と表現して良いのだろうか?
遺跡というと、なんだかこう発掘とか研究されているイメージがあるのだが……まぁ、いいか。
門扉を抜けると、そこは石造りの通路だった。割と広いし、天井も高い。グレモリーの一族は人間サイズだが、御家によっては身長物凄く高いヒトもいるしな。そういったヒトを連れてきた場合も想定されているのかもしれない。
通路を少し進むと、後ろから門の閉じる音が聞こえてきた。自動ドアである。外から光が入って来なくなり真っ暗になるが、俺もレイヴェルも悪魔なので視界は問題ない。むしろ中途半端に明るい方が見難いくらいだ。
でも、手は繋いでおく。試練が待っているという場所なので、トラップの一つや二つはあってもおかしくはないからな。
さすがに即死罠などはないと思うが。そんな物があれば父上も教えてくれているはずだ。しかし、性質の悪い冗談のような代物くらいはありそうで油断はならない。
初代さまと面識のあるという親戚から聞いたところでは、どうも初代さまには悪戯好きな面もあったらしいので。
カツンカツンと通路にふたりの足音がだけが響く。虫はいないし、目立つ汚れもない。苔が生えていたりもしないので、ここの保全を担当している者はきちんと仕事をしているようだ。
通路を進む間、レイヴェルは一言も発しなかった。やはり緊張しているらしい。繋いだ手を彼女の方からギュッと握って来るのが、頼られているという感じがして大変よろしい。俺は満足だ。
一応の注意をしつつ通路を進んで行くと、ひらけた場所にたどり着いた。広間の向こうには閉ざされた石の扉が見える。
「ここが最初の試練の間になるのかな」
「どうやら、そのようですわ。リアスさま、こちらに──」
とレイヴェルが指し示す方に目を向けると、第一の試練と書かれた金のプレートが壁に掲げられていた。
「開かないな」
とりあえず先へと進む道を閉ざしている石扉の前に行ってみるが、魔力を流してみても開かない。どこか別の場所にスイッチでもあるのだろうか。扉を壊して通ることは簡単だが、さすがに自分の御家の遺跡でそんな真似をするわけにもいかない。
定番だが、これは他のプレートに扉を開くヒントが書かれているのだろう。RPGのダンジョン攻略でもしているようで、ちょっと楽しくなってくる。
さて、ではそのヒントはどこかなと広間を見渡せば、石壁に絵が描かれていた。壁画ってやつか、実に遺跡っぽい。
「舞踏と歌がテーマでしょうか?」
「そうみたいだな」
壁に描かれているのは、歌唱や舞踏のシーンばかり。
歌や踊りというものは、信仰や宗教と縁が深い。これはもう世界各地の様々な文明で共通することだろう。シヴァ神などは踊りの上手な神として知られているし、教会だって聖歌隊なんてものがある。
で、信仰を妨げる存在であるところの悪魔にとっても、歌と踊りはなんだかんだで重要項目になるのだ。
「途中で途切れてる」
ぐるりと壁伝いに歩いて行くと、まだ何も描かれていない壁面が現れた。どうやら古代から現代までの順に歌や踊り、音楽などの歴史が描かれていたらしい。
「これから描かれるのかもしれませんね」
こういった文化を進めていくのは、異形の存在ではなく人間だ。
「父上が描かせるのか、それとも俺の代になるのか」
もう一度最初の絵と思しきものから見直して行く。レイヴェルとふたり、意見を交わしつつ絵を見るというのも悪くない。
ちょっとした美術館デート気分だ。
「あら? 扉が……」
一通り見終わったところで、何もしていないのに石扉が重々しい音を立てて開き始めた。
さて、奥へと進むには扉をどうにかしないといけないな。と、思っていたところでのジャストなタイミング。
どうやら何者かに監視されているらしい。ドライグが何も言ってこない辺り、監視者に敵意はないのだろう。
なんとなく、初夜のときのことを思い出す。またどこかにカメラでも仕掛けられているのだろうか?
こういうのを見つけられる、ゲームで言うところの
強いて言えば仙術で気配を探れる黒歌がそれっぽいが、残念ながら彼女は『僧侶』で後衛職だ。敏捷性や防御力を考えると、斥候役として送り出したりするのは危険である。
「まぁ、いいか。どうやら奥へ進めってことらしい」
石橋を叩いて壊すの精神で進むとしようじゃないか。危険も罠も踏み潰すのがドラゴン流って感じだ。
通路を進んでいくと、また広間に出た。どうやら、ここが第二の試練の間らしい。プレートにもそう書かれている。
「今度は食事や礼儀作法について描かれているようですわ」
この広間にも壁画があった。レイヴェルの言う通り、食事や作法がテーマのようだ。
「宗教とこれらは切り離せないからなぁ」
歌や踊りもそうだが、食事というか供物も神話や伝説にはつきもの。生贄とかそういうのも含む。
農耕にも大活躍な牛をたくさん所有している=金持ち。立派な牛を所有している=偉い。牛を巡って奪い合い、争い合い、騙し合いみたいな物語のなんと多いことよ。
バアル家というか、バアルとそんな大事な牛の関係は良く知られているところだが、昔の人間たちは大事な大事な財産であるこの家畜を屠って神に捧げることで信仰心を示していたとかどうとか。
前世で教授にそう習った。まぁ、ギリシア神話だと神に捧げるのは骨と煙で、おいしいお肉は人間が食べてしまうのだが……お前ら神を言い訳にして肉喰いたいだけだろとか批判もされたそうな。
まぁ、お祭りの時くらい美味い物をたらふく食べて、酒を浴びるように呑みたいって気持ちも分からなくはないが。これらの絵は、神々が人間のそういった欲望のダシにされている場面と考えれば悪魔的にも意味があるのかな。
「この絵……。人間って醜いですわね」
「ああ、これか……有名なヤツだな」
レイヴェルが立ち止まって「うぇぇ」といった顔をしているのは、貴族風の男が食事を吐いているシーンの絵だ。タイトルは『美食』。
料理をたくさん味わうために、お腹いっぱいになってきたら胃の中身を吐き出して、それでもう一度食べ始めるとかいう話。噛み砕いて胃に流し込んでしまえば、みんなゲロになる的な?
この絵の時代では、これが食事の作法として普通だったのかね。この頃に食事の作法を学んだだろう方々が悪魔の中にはたくさんいるわけだが、俺の主催するパーティーとかでコレやられたらたまらんな。気分が悪くなるわ。
うーん、文化の変遷とは恐ろしいものだ。悪魔の催しは、主催者によってマナーというかルールが変わるから……こういうのしなさいってところもあるのかもしれない。参るなぁ……。
「まだ二つ目ですけど、この試練は祭事に関することを考えなさいということでしょうか?」
「かもしれない」
歌に踊りに、食事に、それらについての決まり事。これらは支配者にとっては大事なことだ。
ここはグレモリー家の者と、その伴侶になるものが儀式を行う場所なので、自分たちの儀式を行う中で今後取り仕切ることになるだろう祭事について考えようってことなのだろう。
悪魔は悪魔なので、『聖書の神』はもちろん他の神話の神々も崇めたりはしない。だが、お祭りや行事はある。何か理由を付けて大騒ぎさせ、民衆たちの中に溜まった日頃のうっ憤を晴らすようなイベントは行っているのだ。こういったところは、人間とそう違わない。
俺やレイヴェルはそういったイベントを楽しむ側ではなく、主催する側になるわけだ。統治のための手法の一つとして、いろいろと考えて行かなければならない。
「基本的には引き継いでいく感じでいいのだろうが……人間界の変化が速いからな」
父上が当主を継いだ頃と今とでは、相当変わっているはずだ。
古くからの伝統に人間の方が合わせていく神々への信仰と違って、悪魔の「お仕事」はこちらから人間に合わせてやらねばならん。サービス業だからね。
まぁ、神々への信仰も時代によって移り変わってはいるのだが。もう人身御供はもとより動物を使った生贄の儀式とかは、表向きにはほとんどなくなっているだろうし。
「百年後には人間の食事風景も変わっているのでしょうね」
近未来ものの物語などでは、人間たちが必要な栄養素全部入りのゼリーだけ食べて暮らしているなんて設定が出てきたりする。これがあり得ないとも言い切れないから困る。
「まぁ、人間の食糧事情が変わっても俺たちはそのまま美食を楽しんでいればいいだろう。冥界産の肉や野菜が超高級品扱いで人間に売れるようになる時代が来るかもしれないし」
これまたありがちだが、気候変動で現在の人類が食している主要な農作物が生産できなくなるって未来も大いにあり得る。以前俺は何かの折に神々は地球温暖化に関わって行かないなどと考えたことがあったような気がするのだが、なんと現在の地球は寒冷化し始めているのではないか? などといった説もあるそうな。
温度上がるの? 温度下がるの? どっち!? てな話なのだが冥界の気候は魔力で操作しているしな。悪魔的にはそこまで問題でもない。
人間的には、暑い方が寒いよりはマシかな。寒い方が作物出来なさそうだから、食糧不足で飢えそうだ。飢えると戦争にもなるだろうし。
「人間界に飢餓が発生するようでしたら、稼ぎ時ですわね」
「絶滅だけはされないようにしておきたいが、核戦争とかやらかされる可能性もあるからなぁ……」
またまたありがちだが、地球が核の炎に包まれるってこともあり得るわけで……。悪魔に限らず、人類の精神エネルギーを食い物にしている種族にとしては絶滅は避けてもらいたいところだ。ある程度の人口の減少や危機なら、飢え死にするくらいならってことで悪魔との取引が発生しやすくなるから構わないのだが。こういうときって、神々的にも信仰のボーナスタイムになるのかもしれん。
そう考えると、ラティアパパの人間混じりを確保しておく政策はアリなんだよな。うーん、グレモリー家でも千年先を考えて備えておくべきか……。
ぶっちゃけ、千年後に人類が生き残っているかどうかが分からないからな。俺は寿命いっぱい生きたいのだ。
「いくらかさらっておきますか?」
「備えあれば憂いなしとも言うし、それもありかもしれないな。丁度……」
ラティアと創る世界が人間界に似せた環境にするって予定なのだが──。
ちょっと言いづらいなと言葉を止めてしまった俺である。
「分かっておりますわ。そちらの方はラティアさまにお任せします」
分かっておりますわ、らしい。それなら、まぁいいか。
今後機会があれば、ある程度の人数は確保しておくことにしよう。神隠しならぬ悪魔隠しに遭うことになる人間さんは御愁傷さまだが、場合によってはその方が幸運って可能性もあるしな。
俺が人間だったら『裸足の拳』みたいな世界でヒャッハーと放射能に怯えながら暮らすより、気候は安定、農業も安定、領主は長寿の悪魔で政治も安定な世界の方がいいし。
「取引で魂や寿命差し出すって人間がいたら連れてくるかな」
「リアスさまにお任せすると、女性ばかりになってしまいそうですわ」
「ハハハッ……うん、そうなるかも」
あり得る。人間の女に手を出して「やーん、悪魔さまぁ……ずっとお傍においてください。お願い、このおチンポから離れられないのぉ♡」とか言われたら……うん。
ま、向こうから攫われたいって言うのなら、俺としても外交的に気が楽ってものだ。他の神話勢力にしても、悪魔に心や魂を奪われた人間についてはあまりうるさくは言わないだろうしな。
結果、女ばっかりになったら、俺が悪魔と人間のハーフをいっぱいこしらえよう。それでも『欲望』は得られるのだから、ヤリ捨てよりはそれがいい。
小説サイト風にタイトルを付けるなら、
『快楽に負けて悪魔に魂を売り渡したら、異世界で領主さまの
うーん、これはヒドイ成年向け作品。
ラティアの性格だと、普通にそのままだと飢え死にしそうな連中を勧誘してきそうだ。男でも構わんが、出来るだけ子孫女性の期待値が高くなるような人間でお願いしたいところである。
「あっ、開くようですわ」
「それじゃ、次に行くか」
食事の絵から食料の話になり、悪魔の糧である人間の話に飛んで、将来への備えについて話していたら扉が開き始めた。
どうやらこれで第二の試練の予行演習としてはオッケーらしい。
聞いた話では、試練は全部で三つ。次が最後の試練ということになる。まぁ、本番ではないのだが。
お手々繋いで最後の試練に向かって通路を進んでいると、レイヴェルの指に少し力が籠った。
「そういえば、この試練はサーゼクスさまとグレイフィアさまも受けられたのですよね?」
今ではグレモリー家を出て『ルシファー』を名乗っている兄上だが、通過儀礼を受けた当時はまだ『グレモリー』だったらしいので。
「そう聞いているけど、どうかしたのか?」
レイヴェルは何やら考え込んでいる。
「いえ、おふたりもこういったことを話し合われたのかもしれないと思いまして」
「兄上たちが、ここで考えたことか……」
それは、現政府の方針のもとになるようなことだったのだろうか。
「ほとんど、ギリシア神話ですわ」
最後の試練の間の壁には、文章が刻まれていた。レイヴェルが言うように概ねギリシア神話だ。
「まぁ、聖書の文言が書かれていても困る」
そんなことをされたら実に頭の痛い試練になってしまうし、管理担当者も絶対に嫌がるだろう。
「どういう意味でしょうか?」
「うん、分からん。ただ……」
「ただ……?」
「まぁ、悪魔というか『聖書の神話』はかなりギリシア神話の影響を受けてはいるのだろうなとは思う。この遺跡が出来た当時はまだキリスト教がなかったはずだから、その頃のことを考えると──」
ここは、グレモリー家が大昔から通過儀礼に用いてきた遺跡だ。建造されたのは紀元前。『聖書の神話』がまだ書物にまとめられていなかった頃だろう。
そんな昔の頃から現在にまで残っている神話の中で、ギリシア神話の存在感は非常に大きい。信仰こそ『聖書の神』に持っていかれた感があるが、その影響は現在でもあちらこちらに残っている。
建造当時の頃の『聖書の神』の信徒たちは、オリュンポスの神々のことをグギギギギと見ていたに違いないのだ。で、『聖書の神話』が一神教ってことを考えると他の神話の神々は邪
聖書系の物語などには、ルシファーの頭が割れて中から邪悪な女が生まれてくる場面などがあった気がするが……あれどう考えてもゼウス神からアテナ神が出てきたシーンを意識しているし。妬む『神』の信徒たちからすると、隆盛を誇っていた者たちが信仰していた他の神話の神々は悪魔のようなものだろう。
「──ああ、それであの劇か」
「劇、ですか?」
「兄上と義姉上の馴れ初めから、結婚までの物語があるだろ?」
「ええ、何度も観に行っておりますわ!」
兄上と義姉上のラブロマンスは悪魔の中では語り草だ。劇にもなっているし、本だって出ている。
ちなみに俺はあまり観ていない。本人がすぐ近くに居るということもあるし、どうにも、ちょっと、なんとも言えない気分になってしまう。兄夫婦のラブロマンスとかさぁ……。
「戦争絡みで、敵同士の恋物語、最後は結婚して王さまになりました」
英雄の物語としては、実に良い終わりだ。ここの壁に書かれた物語のような悲劇がない。まぁ、物語と違って結婚しても王になっても、その後がまだまだ続いているわけだが。
ギリシア神話の神々は、人間たちの信仰を『聖書の神』に持っていかれた。それでもまだ、オリュンポスの勢力は大きな力を残している。それはきっと物語の力なのだろう。我らは『
「あっ、ここを見てそうされたのでしょうか?」
「かもしれないな」
まぁ、兄上たちが試練の中で何を考えたのかは知らないが。こっぱずかしい劇まであるのだ、何かしらあったのだろう。たぶん、きっと。
ぐるりと一回り、壁に刻まれた物語を読んでいくとゴゴゴと最後の扉が開き始めた。これで、見学も終了か。
またもや出てきた通路を進んでいくと、向かう先に光が差し込んでいる。通路を抜けると、空が見えていた。冥界の空を行く偽物の太陽の光が、暗闇を抜けてきた俺とレイヴェルを照らしている。
「コロシアム……か?」
ローマにありそうな円形の闘技場っぽい感じだ。俺たちが出てきたのはどうやら見物席の出入り口にあたる場所のようだが、他に人影はない。
「そのようですけど、これで終わりで良いのですよね?」
「と、思う……あれは」
周囲を観察しながら話していると、俺たちの居る側から最も遠い場所にある剣闘士の出入り口から一つの影が現れた。
その影は……ゆるかった。ゆるっとしたデザインの着ぐるみだった。
「ゴモリン!」
思わずレイヴェルとハモってしまった。ゴブリンでもゴポリンでもなく、ゴモリン。人間界というか一時期の日本の流行に乗っかってグレモリー家で生み出された、ラクダ系ゆるキャラである。
「試練は三つだと聞いていたか? それは嘘だ」
ゴモリンから聞こえてきた声は、録音した俺の声をちょいと老けさせたような感じのものだった。
まぁ、父上である。魔力の波長も父上なので、まず間違いあるまい。
「お
俺はレイヴェルの口を塞いだ。あえてあの姿で出てきたと言うことは、つまりこの時この場では父とは思うなということだ。謎の着ぐるみ男として対応しよう。
小声でそれをレイヴェルに説明し、父上──ではなく、ゴモリンに問いかける。
「試練はまだ続いていると?」
「そう、ここが最終試練の場だ! 何をする場所か口にする必要はあるまい!」
言いながら、ゴモリンは闘技場の中央へと歩んでいく。
「分かった! 死ね!」
俺のこの手から、紅と紫の入り混じったオーラ砲撃が迸った。
「ちょっ、まっ!!」
あっさりと、実にアッサリと、ゴモリンは倒れ伏した。
正体を隠した先代を殺して家督を受け継ぐ……それがグレモリーの最終試練ということなのか……。
という冗談は置いておくとしても、最後がコロシアムというのは戦闘があるということなのだろう。
「本番はどなたがいらっしゃるのでしょう」
「兄上と義姉上かな?」
「それ、勝たないとダメですの?」
「いや、それはないと思いたいが……。父上と母上なら、まぁ問題ないか?」
今回みたいに手加減すればいいだろう。いや、母上は割とヤバイかもしれないが。
「とりあえず、父上を起こしてくる」
と、思ったらゴモリンと同じ出入口から翼を広げて現れた母上が、ゴモリンの着ぐるみを揺すっている。
ちょっと母上、揺すぶり方が乱暴じゃないですかね。母上が何か怒っているようなので、俺はもうあそこには近寄らないことにした。
母上の愛情表現は、ときに暴力を伴うのだ。
「暴力系ヒロインなんて今時流行らないぜ」とか何処かの誰かに言われそうだが、母上は俺のヒロインではないのでいいのだ。
父上はそれでいいらしいので、構うまい。むしろ、それがいいのだろうか?
「あ、そうでした。私、お弁当を用意してきたのですけれど、ちょうどお昼時ですわ」
「なら、ここで食べていくか」
「はい、用意いたしますね」
レイヴェルが慣れてしまっている。我が父母のやり取りに……。
このあと、レイヴェルと父上がそれぞれ持って来ていた弁当を四人で食べることになった。
俺とレイヴェルと父上と母上と、グレモリーの次代と当代での昼食会。場所は先祖代々の儀式場のゴールに用意されたコロシアムの戦闘ステージ。
「まさか、こんなところでピクニック気分とは思わなかった」
「あら、リアス。たまにはこういった趣向も良いではありませんか」
俺のつぶやきに母上が返してくる。屋敷で普段見かける顔よりも表情が柔らかい気がするのは気のせいではないだろう。
使用人の姿もないので、いつもよりはリラックスモードだ。身内オンリーってなかなか機会がないからなぁ。
「私はサンドイッチですわ」
「そうか、こちらはこれだ!」
シートを広げて座る四人の真ん中に、レイヴェルの持ってきたバスケットが「ポンッ!」と白い煙と共に出現し、着ぐるみを脱いだ父上の重箱が「デデンッ!」と効果音付きで現れた。亜空間収納から物を取り出すときにちょっとした演出を凝らすヒトはそこそこいる。煙とか炎とか、おどろおどろしい音とかね。
しかし、父上よ。何故にレイヴェルと張り合っているのだ。微妙に自慢気だし。
「うーん、この中で俺だけ料理出来ないな」
現在のグレモリー家のちょっとズレた日本贔屓は、父上の趣味によるところが大きい。重箱の中身も和風。そして、上手くて美味い。料理に凝ること数百年、趣味で磨いた腕前が父上にはある。
母上も悪魔の貴族女性だ。たしなみとして料理を始めとした家事全般は、ほとんど使う機会がなくとも普通にこなす。レイヴェルも年齢を考えたら上手な方だ。
俺だってカレーや肉ジャガ、シチューくらいは作れるけどな。工程が大差ないし。なお、ルウから作ったりはしない。市販品利用だ。
「リアスは雑ですからね」
母上が言うように、どうにもいい加減なのがこの俺、リヴラクス・グレモリー。野菜の切り方とか大きさを不揃いにしてしまう、グレモリー家次期当主さまである。
「とりあえず、食べられはするでしょう」
火の通り方が均一でなくても、煮崩れたり、ちょっとガリっとしたって食えればいいんだよ、喰えれば。といった前世から引き継いだいい加減さが抜けて行かない。
「その考え方だぞ、リアス。レイヴェルくんを見習いなさい」
父上にまでそう言われ、レイヴェルを見ればニッコニコ顔だ。まぁ、別に母上も父上も俺に怒っているわけでも責めているわけでもない。ちょっとした親子のコミュニケーションというヤツである。
「俺はレイヴェルに作ってもらうからいいんですよ」
「お任せくださいまし」
その辺りのことは、レイヴェルも分かっているのだろう。あとは、まぁ、昨晩俺が父上にレイヴェルとのことを相談して、それで翌日に当主夫婦でこの対応だ。
はっきりと口にはしていないが、父上と母上の意見・立ち位置を改めてレイヴェルに示しているのだと思う。
「はい、あなた」
「うむ」
「リアスさま、あーん」
「あーん」
何か知らんが父母が目の前でイチャイチャし始めたので、こちらも対抗して見せたり。とまぁ、一月最後の日の昼食はのどかに過ぎて行った。
うん、こういう日も悪くない。