公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
メガラニカあるいはテラ・アウストラリス(ラテン語で南方大陸)と呼ばれる大陸がある。
古代ギリシャの頃、大地が球形であるとするならば北方だけ大陸が多くてはバランスが悪い、だからきっと南方にも同じくらいの陸地があるはずだと学者たちは考えた。そうして未知なる南方大陸の存在は推測され、想像され──創造された。
メガラニカの面積はアフリカ大陸とユーラシア大陸を足し合わせたほどの巨大さと考えられていたので、実在したならそれはもう広大な大地だったことだろう。
古代ギリシャの頃から時は流れ、やがて航海技術を発展させた人間たちはこのメガラニカが存在しなかったことを確認し、南方大陸は夢や幻の代物だったのだと結論付けた。
だが、この大陸はたしかに創造され、たしかに存在していた。『次元の狭間』を『無』に蝕まれながら漂う『
少なくとも昨日までは──。
魂を掌握される感覚の悍ましさに、咄嗟に拳が出た。
人型形態の龍神は、幼い少女の姿をしている。事前に聞いていた、白髭の老人の姿ではない。
衣装も奇妙。まるでエロゲのロリキャラクターのようなデザインの服を着ている。好きなだけ白濁をぶちまけてくださいと言わんばかりの格好だ。
だが、いくらエロゲキャラのように見えようとも『無限の龍神』は『無限の龍神』。その力は俺の最大限をどれほど上回っているのか測り知ることさえできない。
『無限の龍神』相手に逃走は不可能。ドライグの特性が『倍加』なら、オーフィスの特性は『無限』と推測できる。ならば、その速度も無限大。誰も龍神からは逃げきれない。
城塞に籠るのも無意味だろう。無限のパワーを前にしたら、壁も結界も用をなさない。如何なるものも龍神を塞き止められない。
それでも、俺の
怯えて竦んで頭を垂れて、諾々と従っていれば覗き込まれるだけで済んだのかもしれない。
だが、もう後の祭りだ。拳を振り抜いた以上は、闘争しかない。
「我の手を弾いた……?」
顔面に受けた滅びの拳には構いもせず、オーフィスは己が手を見詰めている。隙だらけのその姿には、無傷の余裕がある。
展開した禁手の装束。魔王の衣。両手に顕現させた籠手から爪を伸ばし、魔力を集束、オーラを収斂、滅びを凝縮。両手を広げ、翼を閉じるようにして左右の爪を振るう。
オーフィスの斬り刻みにかかる。右から五本の爪。左からも五本の爪。交差させる形で両手を振り抜くと、オーフィスの身体に升目のような切れ込みが奔り──龍神は何事もなかったかのように佇んでいる。
「いくつに割いても、無限は無限。それは無意味」
血の一滴も流れない。格子に奔った斬撃線は、次の瞬間には消え失せた。
指の具合を確かめるように、左右の手を幾度か折りたたんでは開いている。
「……やはり、真なる豹?」
ラティアの姿を探す。見つけた。
オーフィスの狙いは俺にしかないようだ。むしろ、ラティアを認識しているのかさえ怪しいところだ。邪魔だと跳ね除けたときの仕草は、人が羽虫を払うものによく似ていた。龍神にとっては、純血の上級悪魔など目の前を飛び回らなければ気に掛けるほどのものではないのだろう。
ラティアに逃げろと言えば、嫌だと返ってくる。『騎士』だから、と。
ならば、俺と一緒に死んでもらう。死んだ気で戦ってもらうおう。
だけど、ラティアは弱い。全力に巻き込めばすぐに死ぬ。
だったら、どうする。
こうする。
外に置いておけば、弱みにしかならない。であれば──喰ってしまえばいい。呑み込んでしまえばいい。『赤龍帝の籠手』にはその機能がある。
過去の所有者たちは、籠手の中に剣や槍、銃などを籠手の中に収納して用いていたという。過去の所有者たちは、その怨念を、思念を籠手の中に残していた。クレーリアの魂だって封入している。この宝玉は、物質も精神も、肉体も魂も、取り込める。
我らはレギオン、一にして多なるが故に。
神器の淵から浮き上がって来た呪文を唱え、ラティアを抱きしめる。すると胸元の宝玉へと彼女が吸い込まれていく。
身体の中から、魂の近くから、神器の内側のどこかから、悪魔の魂の波動を感じる。俺とラティアは今、
『
龍に変じ、身体を
悪魔の身体は脆い。人より遥かに強いが、龍より弱い。最強の生物はドラゴンだ。龍の肉体であれば、より大きい身体であれば、より強い力に耐えられる。
「我は、確かめなければならない」
こちらに合わせるように、オーフィスもまた真の姿である漆黒の蛇となった。『無限の龍神』はこちらが巨大化すればするほどに、それを上回る巨体になっていく。限りなく、どこまでも。
どれほど力を高めても、無限は常に上回って来る。
背筋が凍る。腹を見せて命乞いをしたくなる。
『珍しいな、オーフィス。お前がやる気になるとは』
「ドライグの宿主、真なる豹かもしれない」
『真なる豹……?』
「真なる豹は、父なる神の影。封印を解く鍵になるかもしれない者。我はあの封印の向こうにグレートレッドに近い力を見た」
だが、世の中舐められたら終わりだ。無条件の降伏などあり得ない。対価もなく魂を差し出すものか。
恐怖を燃やせ、怯えを滅ぼせ。心が竦めば腰が退ける。狂気を起こして、無理矢理にでも闘争心を猛らせろ。ドライグの暢気な会話を気にしている余裕はない。
GuirrArooooEEoothooohh──!!
牙を剥け、咆哮を、気勢の雄叫びを上げろ。
「再び静寂を得るために」
意味なき音の羅列で心を奮い立たせる俺に向けて、漆黒の蛇神は光のない瞳を向け抑揚なくそう言った。
―○●○―
原色の絵具をぶちまけ、こねくりまわし、油をかけたような景色。毒々しい万華鏡のごとき次元の狭間の空を、深紅の流星が切り裂いていく。
紅く燃える流星の向かう先には、広大無辺な空間の中にあっては珍しい大地があった。
メガラニカ。かつて人々にあると信じられたことによって生じ、今は次元の狭間を漂う夢幻の大陸だ。
その大陸中心部に豪速で落下して行く流星の中心で、全長15キロメートルの巨大な紅龍が吠えた。
強大な力の籠ったその咆哮が空間に波紋を生じさせながら向かう先、大地の面から見て上空にあたる方角には、これまた巨大な全長80キロメートルほどの黒龍の姿があった。
OarrrAhhooWwwrthoohh──!!
只人であれば音を聞くだけで肉体どころか精神すら爆散するだろう紅龍の怒声。上位の人外異形であっても恐慌に陥るだろうそれを浴びながら、黒龍は一切動じた様子を見せない。静かで音の高低を感じさせない、それでいてどこまでも届く声音で語り掛ける。
「ドライグでは、我に勝てない」
音速よりも遥かに速く堕ち行く紅の鱗に紫の瞳のドラゴン。彼ははその声に憤った。
猫科の肉食獣のようでもあり人のようでもあるフォルムを持つ西洋風の龍の名は、
『紫紅の龍帝』リヴラクス・グレモリー。
凡人の魂。力を『倍加』し続けられる赤き龍の帝王の神器。万物万象に終焉を齎す『滅び』の悪魔の力。三つを宿したケダモノ。
「それではすぐに終わる」
天から見下ろすのは闇の鱗に深淵の瞳を持つドラゴン。細長い蛇のような身体のどこまでが胴で、どこからが尾なのか。振り下ろした尾をくるりと丸めてみせるのは、
『無限の龍神』オーフィス。
その力は他の如何なるモノより大きい
無尽の生命力と防御力を持つオーフィスは、痛みを知らない。感じ取る機能を必要としない。ついでに、ヒトの常識もあまり理解していない。
オーフィスの振るった尾による一撃は、そのオーラでリヴラクスの魔力を打ち消しながら秒速20キロメートルを超える速度で次元の狭間を漂う哀れな大地に叩きつけた!
全長15キロメートルのドラゴンに変化したリヴラクスの大きさと重量を地球上のモノでたとえるなら、エベレストが最も近いサイズになる。通常の物質を遥かに超えた強靭無比な鱗の内側に超高密度の筋肉と骨格を収納した最強の幻想生物ドラゴン。倍加を繰り返して巨大化した体。その重量、数百兆トン。
超重量の龍体リヴラクスと幻想大陸メガラニカの衝突。その瞬間、最大規模の火山噴火の数億倍の爆発が発生。広島型原爆の10億倍を超えるエネルギーの炸裂は大陸の上に、太陽が生まれたかのようだった。もしもこの墜落が次元の狭間ではなく地球上で起きていたならば、生物の大半が死滅するレベルの被害が出ていたことだろう。
激突の衝撃で圧縮され燃え滾る大地には、幅100キロメートル、深さ20キロメートルを超えるクレーターが刻まれ、地球という支えを持たない漂流大陸はその衝撃で吹き飛ばされた。
大陸はひび割れ、砕けた破片を散らせ、焼け溶けた大地を深紅の尾のように引きながら次元の狭間を飛んでいく。
激突から十秒、気化した岩石が灼熱のガスとなっているクレーターの中心点で紫紅の龍帝は立ち上がった。全身にまとった滅びのオーラが広がると、周辺の赤熱地獄が消滅して行った。沸騰する大地と岩石蒸気の大気で溢れかえる円形のクレーターの中心部、そこに黒い球体が生まれ、広がり、直径数十キロメートルにまで達した。次の瞬間、その黒球が一気に収縮。大地にぽかりと開いた大穴が見えた。
クレーターによって深度20キロメートルまで抉られ、そこからさらに数十キロメートルを消し滅ぼされたことで、大陸の裏側まで貫通してしまったのだ。
BarrrwwwAaaaaoooowwh──!!
龍化しているリヴラクス、その鋭い牙が並ぶ上下の顎の間に滅びと龍のオーラが集束していく。一旦、体外に放出して留め置いたオーラ。新たに放出しているオーラ。合わせて『倍加』し、上乗せして『譲渡』。さらに集束、これまでにない圧縮。
掌握しきれなくなったオーラが制御を外れ、撒き散らされた『滅び』が飛び散る。空へ大地に飛散した黒い帯によって、大地は穴だらけのチーズのようになっていく。
紅龍はその左右の掌にもオーラを束ね、集め、滅びの球体を形作った。
『オーフィスとやり合えるとはな! 面白い!』
突然、柔な魂に触れられたリヴラクスの頭の中は憤怒で真っ赤に染まっていた。ときに臆病な小心者は、追い詰められると後先を考えない行動に出ることがある。
宿主のその臆病さを、ドライグは嫌ってはいなかった。危機に際して怯え竦むのではなく、怒りをもって戦闘衝動に身を任せる在り方を悪くはないと考えているのだ。
恐怖に怯え身動き取れなくなるよりも、発狂して暴れまわる方がよほどドラゴンらしいと──。
―○●○―
彼女の両手は椅子の肘かけと一体となった二つの宝玉の上にあり、彼女の頭脳と魔力とその特性は『王』の魔力制御を補助するため全力で稼働している。
「あれを受けて無傷なのね」
目の前には無数のスクリーンに映し出される映像群。ラティアはその一つ一つの画面のどれかに注視することなく、全体の情報として捉えていた。視線は動かない。ぼやりと広がる視界。
一番大きいメインスクリーンは、リヴラクスの両眼に映っている光景のようだ。
『オーフィスの力は無限だ。どれほど「倍加」しようとヤツからすれば同じこと』
無限の龍神の力は無限大。たとえ火山噴火の数億倍、数兆倍、数京倍、地球に月が落下したほどの威力を叩きつけたとしても、無限にとってはその全てが無に等しい。
実際、ついさっきリヴラクスが放った『滅び』の砲撃は地球の地表から中心部までを穿つほどの代物だった。もしかしたら貫通さえさせられたかもしれない。それを直撃させ、前後左右に口部を動かすことでオーフィスの蛇体を幾つかに裁断。さらに術式を加えることで直線砲撃から球状に変化させてオーフィスの全身を『滅び』に呑み込ませることまでした。
それなのに、滅びの暗黒球の中から姿を現した無限の龍神には、ダメージを受けた様子が一切ない。
「その攻撃は意味がない」
滅びの闇が消え去り、万華鏡の様相に戻った空からオーフィスの無機質な声が聞こえてくる。
その間もリヴラクスからの攻撃は続いているが、無限はソレに何の注意も払っていない。回避も防御も、その素振りすら見せない。
『幸いだったのは、オーフィスがこちらを殺そうとは考えていないところか』
ラティアとドライグは初対面ではない。これまでに何度か籠手から発する声と会話をしたことがある。戦闘好きで身勝手なドラゴンらしいドラゴンであることは承知しているが、頭に血が上っている状態のリヴラクスよりは話が通じるとラティアは判断していた。
「ドライグ、貴方は彼女の目的がわかるかしら?」
彼女──人型を取る時は老爺の姿をしていると聞いていたオーフィス。だが、ラティアが初めて見た無限の龍神は幼い少女の容姿をしていた。だから、ラティアにとってのオーフィスは女性という認識となっていた。
『真なる豹と言っていたが……分からん。分からんが、コイツの魂を確認しようとしていたことだけは分かる。あのまま受け入れていれば、案外あっさり去って行ったかもしれん』
「リアスは怖がりなのよ」
リヴラクス・グレモリーは臆病な気質だ。前提として命のやり取りまではしないゲームであったり自身の側が明らかに優勢ならば余裕を持って振舞うが、劣勢は避けるし、勝てない相手からは逃げる性質の持ち主だ。
本人が普段からそう言っていることも、事実そうであるらしいことも付き合いの長いラティアは知っている。さすがに神器として共にあり続けて来ているドライグには及ばないが。
『俺はこの方が楽しいから構わんがな。コイツはこれまでの所有者と比べて強すぎる。全力を出せる相手がいなくて退屈していたところだ』
「気楽なものね」
宿主が裏路地の行き止まりで毛を逆立てて威嚇する猫のようになっているというのに、このドラゴンは何を楽しんでいるのか。
ドライグに向けたラティアの言葉にはいつもより鋭い棘があった。戦と争乱を呼び込む『赤龍帝の籠手』などに憑りつかれていなければ、リヴラクスはもっと安穏としていられたと考えているからだ。
『見ている事しか出来んからな』
出来ることなら自分が戦いたい。不満そうなドライグの声を聞きながし、ラティアはスクリーンに映るオーフィスの行動の変化に合わせて術式操作の配分を切り替え始めた。
『
センスに任せて暴れまわる『
「数で抑え込むつもりかしら」
オーフィスの身体から数え切れないほどの黒く細長いものが現れ出で、天を埋め尽くそうとしていた。万華鏡の空が漆黒に染め上げられる。
漆黒の蛇の群れ。数え切れない。
紅の大龍と化したリヴラクス。本来の姿である黒蛇龍の形態をとるオーフィス。両者と比べると小さく見えてしまうが、湧き出した無数の蛇の一匹一匹の大きさはタンニーンほどもある。それらが雨粒のように空から降って来る。
轟音と共に降り注いだ黒蛇の雨を、リヴラクスは大地の上に移動して迎え撃った。足下も含めた前後上下左右全方位から攻められるよりも、地面を盾として下方だけでも塞ごうとする動きだ。
人間界の数百倍に加速された時間の中で、リヴラクスは黒蛇を爪で切り裂き、牙で噛み砕き、尾で薙ぎ、足で踏みつぶす。羽ばたきが岩とともに蛇たちを巻き上げる。放たれる滅びの砲撃が大地の上を奔り抜け、大陸の山々を消し飛ばして大地を平らにしていく。
数百、数千の黒蛇が裂かれ、砕かれ、潰され、消滅していくが、それに倍する数の蛇が尽きることなく空から落ちてくる。
切りが無い。無尽蔵に追加される蛇たちは、その一匹一匹が純血の上級悪魔の中でも上澄みにあるラティアを簡単に殺してしまえるだけの力を宿している。そんな怪物をいくら生み出しても、オーフィスには消耗する様子が無い。
スクリーンに表示される『無限の龍神』の力の量は、いつまでも
(籠手の機能を使って相手の力を数値化して表示までして……。まるでシーグヴァイラの好きなゲームの画面みたいね。本当に命が掛かっているところは笑えないけれど)
リヴラクスが以前から考えていて、去年になって眷属を得たことで発現させた『
『Rage
Rageは「憤怒」、「猛威」、「渇望」あるいは「狂気」。
Rexは「王」。Lexは「法」。
Legionは「軍勢」「多勢」あるいは「選ばれし者」。もしくは己が身に無数の悪霊を巣食わせた男が、自らの名であるとして答えたという言葉。
レ・レ・レと同じ音が続く様に適当にそれらしい単語を並べただけというネーミングについて、ラティアから特に意見はない。
ただ、この禁手の性能が狂っていることは理解していた。禁手は神器のバグとも呼ばれるようだが、リヴラクスの禁手は拡張性その他諸々が高すぎる。
「王冠、叡智、理解、慈悲、苛烈、美、勝利、栄光、基盤、王国……。正義、勇気、知恵、希望、信仰、節制、愛……。我にも解けぬ十と七の封印の鍵。サタナエルの言葉、確かめる」
そして、そんな禁手の力をもってしても僅かも削ることが出来ない『無限の龍神』オーフィス。
巨大な龍と龍のぶつかり合いに巻き込まれた哀れな超大陸メガラニカは、軋む地殻の悲鳴とともに今まさに崩壊の時を迎えようとしていた。
禁手の元ネタのひとつはガメラからなので、怪獣っぽく……戦闘シーンは難しい
真3巻でイッセーくんは惑星破壊クラスの力を得ているので、暴れて大陸が消し飛ぶくらいでは、まだまよわよわオリ主ってことでいいと思います。