公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
日暮れに目覚め、夜明けに眠りにつく者、それが吸血鬼である。
元吸血鬼の転生悪魔エルメンヒルデの一日は、日本時間の午後に始まる。
悪魔に転生したからといって吸血鬼の体質が失われたわけではないから、日光を避ける習性はそのままなのだ。悪魔も日光を苦手とするが、吸血鬼のそれは悪魔よりも強烈である。
悪魔に転生することによるデメリットはいくつかあるが、それらのほとんどは吸血鬼と共通しているため、転生悪魔となったことで彼女は特に弱点を増やしてはいなかった。元々が多すぎるとも言う。
「はふ……」
小さく欠伸をし、寝所である棺桶の蓋を開け起き上がったエルメンヒルデがまずすることは、身だしなみを整えることだ。
日によっては仕えている『王』の手で色々と大変な状態にされてしまっていることもあるので、これは重要な目覚めの儀式となっていた。
吸血鬼は鏡に映らない。
そのため、エルメンヒルデの部屋に鏡はない。代わりに分身として蝙蝠を生成し、分身の眼で自身の姿を見る。
吸血鬼の生み出す蝙蝠は、夜行性の蝙蝠が持つ多く持つ音波の反響による位置測定能力の他に、十分な視力も備えている。吸血鬼の異能の内いくつかは視線を媒介とするので、分身たる蝙蝠にもそれが求められるのだ。
するすると寝着を脱ぎ捨て裸身を晒す。小柄でスレンダーな姿が蝙蝠の眼に映った。同じ『王』に仕える他の眷属たちと比べて身体の一部分の膨らみが乏しいが、エルメンヒルデは特に気にしていなかった。
『大きければいいというものではない。大事なのは顔とスタイルだ』
その点に関しては自信のあるエルメンヒルデであった。根拠もある。他の男からの評価は必要ないので何ら問題ない。
蝙蝠によって自身の姿を確認したところ、本日は一人寝用の棺桶で寝たこともあって、残念ながら特に気になるところは無かった。
それでも彼女は清潔を心掛け、毎朝のお手入れは欠かさない。肉体を綺麗に保つための方法は当然ながら水またはお湯による洗浄ではない。
吸血鬼は流れる水もまた苦手とするからだ。
転生悪魔となったことで、エルメンヒルデは悪魔の異能である魔力を得ている。彼女はその食事情の関係でバアル大王家の特性である『滅び』の力を扱えるので、消滅魔力を全身に纏わせサッと汚れを消し去った。
この一瞬で綺麗な身体だ。これは転生前と比べ大きく手間が減ったところだが、断じて手抜きではない。
吸血鬼の代謝は通常の生物とは異なる。
動く屍であるアンデッドを産み出してしまうこともある吸血鬼の肉体は、半ば屍に近い冷えた性質を備えているからだ。だからといって、別に臭くはない。腐っているわけではないのだから当然だ。
むしろ、どこかほのかに没薬のような匂いがすると好評である。吸血鬼は悪魔と同じく人間を誑かし、魅了することもある誘惑種族なのだから当たり前だろう。
ちなみに没薬というのは、ミイラ造りの防腐剤として使われることもある香料だ。エルメンヒルデは干からびてはいないが、動くミイラというものも世の中にはいるらしいので、吸血鬼とそれらは遠くて近い種族なのかもしれない。
なお純血の吸血鬼はトイレに行かない。口にするものが極端に限られているので、出て行くものがないから。でも、何故か涙や唾液等は出てしまう。
自己チェックを終えたところで、エルメンヒルデは身の回りの世話をさせているメイドたちを呼んだ。
悪魔の国において、エルメンヒルデ・カルンスタインは『悪魔の駒』や爵位こそ受け取っていないが、上級悪魔相当の扱いだ。これには彼女がこの悪魔の国にやって来た表向きの経緯が関係していた。
カルンスタイン家は、吸血鬼の国の二大派閥の一方、女性真祖を王と仰ぐカーミラ派の女王カーミラの血を引く家柄。人間の王国にたとえると、公爵家に相当するだろう。
エルメンヒルデは悪魔への転生前、そのカルンスタイン家に生まれた純血の高位吸血鬼だった。そしてほぼ鎖国状態のため出番は少なかったが、一応外交を担当する役目を負っていたのだ。
そんなエルメンヒルデが、魔王の弟にしてグレモリー公爵家の次期当主に攫われたというか、駆け落ちというか、何とも言い難いことになってしまったため、吸血鬼・悪魔双方の体裁もあって友好のための嫁入りということになっているのだ。
そういったこともあって、悪魔社会でのエルメンヒルデの扱いは悪くない。基本的に見下されることがないというのは、気分の良いものだ。
エルメンヒルデに呼ばれたメイドたちが、どこか怯えた様子で室内に入って来た。
「リヴラクスさまは?」
「いつものお部屋でお待ちです」
「支度を」
思わず表情が綻びそうになるのを抑え、メイドたちに支度を命じる。
それからしばらくして、エルメンヒルデはやや速足で室外への扉を潜った。身支度に手間暇をかけ、着飾るのも貴族の女の務めである。メイドたちの動きが何故か忙しなかったが、別に急かしたわけではない。
目覚めの食事が一人きりで血液パックを啜る侘しいものではないというのが……少し嬉しいだけだ。生血の方が断然美味しいのだから。
吸血鬼の身体能力は高い。
基本的に、人外異形の種族の身体能力は人間のそれを大きく上回る。元純血の吸血鬼であり、今は悪魔でもあるエルメンヒルデもその例外ではない。
怪力などはよく知られた吸血鬼の能力の一つだ。吸血鬼の持つ多数の異能をある一つを除いて平均的なレベルで有するエルメンヒルデは、多少鍛えた程度の人間の戦士よりも高い運動能力を持っている……はずだ。
「あっ……」
通路を歩いていたエルメンヒルデは、何もないところで転びそうになってしまった。そこを付き従っていたメイドに助けられたエルメンヒルデは、助けに入ったメイドを思わず睨みつけてしまう。
エルメンヒルデは、よく転びそうになる。高いところから飛び降りると、転んで尻もちをついてしまうことが多い。
その様子を見られ「ドジっ子属性だな」などと言われ、抱きかかえられながらニヤニヤされると、エルメンヒルデは屈辱のあまり頬が紅潮してしまうのだ。
まったくタイミングが悪かったとしか言いようがない。
人間を遥かに超える身体能力を持つはずの元吸血鬼の転生悪魔でありながら、よく転んでしまうエルメンヒルデ。彼女がそうなったとき近くに居たのが別の人物だったならば、この哀れなメイドのように睨まれることはなかっただろうに。
このリヴラクス・グレモリーの
「おはよう」
「ええ、おはようございます」
毎度のトラブルもありつつ、食料係の居る部屋にたどり着いたエルメンヒルデがまずすることは、本日の食事の状態の確認である。
ちなみにメイドは室内には入ってこない。エルメンヒルデは下品ではないので、食事は秘めやかに二人きりでするものだと考えている。
吸血鬼の国では、飼い主である吸血鬼の食料となる人間を食料係と呼ぶ。
食料係の役目と仕事は、吸血鬼のために体調を整え良質な血液を提供することだ。そのため、食料係には絶対に食べてはならない物がある。
「ニンニクは食べていませんね?」
「いつも言っていることだが、お前を連れてきてからは一欠けらも口にしたことは無いぞ」
「当然のことですね。あなたは私の食料なのですから」
吸血鬼の宿敵である忌々しい人狼とは違って、エルメンヒルデはさほど鼻は利かない。犬畜生とは違うのだ。
だが、嫌いな物の臭いだけはよく分かるもの。吸血鬼にとってニンニクは毒物だ。だから、よくよく確認しなければならない。
うっかり口にしてしまうと、それはそれは酷いことになるのだから口臭のチェックは重要事項だ。
吸血鬼が啜るのは食料係の血液だが、そこにニンニクの成分が混じるのは許しがたいこと。だから、毎回食事前に食料係の口内を確認する必要がある。
食料係の腕がエルメンヒルデに絡みついてきた。エルメンヒルデも、彼の首に腕を回す。
「んんっ……」
ニンニクを口にしていないかどうか、その確認方法は簡単だ。唇を合わせ、舌を絡め合い、歯や歯茎その他、食料係の口内を端から端までチェックするだけ。
「んふぅ……んちゅっ……どうやら本当だったようですね」
確認を終えたらさっと距離を取る。
この食料係は生意気なので、血以外の体液を飲まそうとしてくることがある。油断ならない。
別に飲めないことは無いエルメンヒルデだけれど。
「毎回疑り深いな、どうやら俺はよほど信用がないらしい」
「うっかりあの大食い娘と焼き肉に行って来たなどと言いそうですから。その都度確認は必要です」
小さなテーブルを挟んでの雑談は、いつものこと。食事には余裕も必要だ。
最近、エルメンヒルデは食料係に紅茶の淹れ方の指導をしている。吸血鬼式の紅茶は、エルメンヒルデが口にできる数少ない物の一つ。
この淹れ方をマスターすることは、優秀な食料係になるための必須技能と言っていい。
「どうかな?」
「ダメですね。まったくなっていません。ハッキリ言ってマズいです」
そう言いながら、エルメンヒルデは美味しくない紅茶の入ったカップを傾けていく。
味覚が違うのだから、ある程度は仕方がない。飲めるようになっただけマシだろう。
「ほら、ここに乗れ」
「自ら椅子になろうなんて、いい心掛けですね」
適度に会話を楽しんだ後は、食事の時間だ。
エルメンヒルデは食料係が大きく開いた両脚の間に立ち、彼の左脚に腰かけた。彼女の細い腰に回された男の左腕は、背もたれの代わりだ。
女尊男卑のカーミラ派吸血鬼の世界で育ったエルメンヒルデにとって、男とは女に従う者であり、女を支え奉仕する者である。ましてや、食料係などというものはどんな風に扱っても良い存在だ。
つまり、個人的にそこから啜るのが一番美味しいと思っている首筋に二本の牙を突き立て、思うさま生き血を貪るべきなのだ。遠慮など無用。好き放題にしてしまえばいい。
「はぁ……」
なまめかしい吐息と共にエルメンヒルデは視線を彼の首筋に定め、両手を男の首に絡めようとした。
そんな彼女の唇に触れるものがあった。食料係の右手人差し指だ。上下の唇を押し開き、侵入してきた指先が牙をなぞる。
牙の先端に指の腹の柔らかい部分を押し当てられると、思わず噛んでしまう。ジワリとにじみ出て来た血潮がエルメンヒルデの舌の上に広がった。
どうやら、首を許してはくれないらしい。今日もまた、指で我慢させられてしまう。悔しい、でもこの血の味は──。
脳髄が焼けるようだ。骨がぐずぐずと溶けていくよう。頭がおかしくなりそう、おかしくなる。くるう、狂わされてしまう。こんなもの一度味わってしまったら、もう離れられない。
エルメンヒルデの血色の瞳に妖しい光が灯った。見つめる者を魅了する吸血鬼の異能が、勝手に発動してしまう。
この血を独り占めにしたくなってしまう。他の吸血鬼に渡したくない。自分だけのものにしてしまいたい。
吸血鬼は処女の血を好む。
いつからそうなってしまったのか分からないが、吸血鬼という種は『聖書の神話』から多大な影響を受けてしまっている。
処女や、女の穢れを知らない少年など、かの神話で清らかとされる者の血こそが、吸血鬼にとっての美味であり、強い力を与えてくれる代物になっていた。
この男には清らかさなどない。聖なる乙女などとは正反対の存在。淫蕩に耽る強大な悪魔であり、神を蹴散らそうとした龍の力を宿す男だ。
そのはずなのに病みつきになる。吸血鬼の様々な異能の中で、エルメンヒルデが唯一他者より抜きんでているのは、糧とした血の持ち主の力を再現する能力だ。
力の増大は癖になる。だが、この血の持つ心狂わせる味はそれだけでは説明できないものがあった。
吸血鬼に血を吸われた者は、それに大きな悦びを覚えてしまう。
血を啜られることの快楽に溺れさせ、食事を円滑にするその作用は容易に性的な興奮に繋がる。
エルメンヒルデは鼻から甘えた音を漏らしながら、彼の瞳を見つめた。そこに宿る色合いに満足を覚えつつ、首筋の血管を名残惜しそうに視線で舐め、目を下へと向けていく。
男の両脚の間が盛り上がってきているのを目にすると、彼の指を舐めまわすエルメンヒルデの舌遣いが変わった。
突き立てた牙の周囲から湧いてくる血潮をチロチロと舐めとっていた動きから、より深く指を咥え込むんで指と指の間や血のにじみと関係の無い部分にも艶めかしく舌を巻きつけくすぐっていく。
スイッチの入ってしまったエルメンヒルデの様子に、男の股間はより一層大きく盛り上がる。
…………。
「あぅん……♡ はぁぅ……♡」
床に這いつくばらされたエルメンヒルデが、バックから犯されている。
土下座のように手を床に付き、はしたなく開いた口元から涎を垂らす様子にメイドたちを付き従えていたときの高慢さはない。高く上げた尻を振って男の激しい突き込みに応える様子は、性奉仕する奴隷のようだ。
下僕なのだ、エルメンヒルデは。
あの日に吸血鬼の国から攫われ、ここに連れて来られるまでの間にそれを思い知らされていた。
とっくに堕ちている。普段の彼女の『王』に対する言動は、彼の気を引くための媚態に過ぎない。そうした方が、まぐわう際に彼が悦ぶからと演じているだけだ。
ダメになる。ダメになってしまっている。頭がおかしくなってしまった。
男を従えるはずの女が、性玩具のように道具のように扱われてしまっている。そのことに妖しい倒錯的な悦びがこみ上げて来て、エルメンヒルデは快楽の泥沼に溺れていく。
「あーッ♡ ああ~~ッ♡♡」
ハンマーで杭を打ち付けるような衝撃が、エルメンヒルデの華奢な肢体を激しく揺らす。叩きつけられる肉杭で、子宮が壊されてしまいそう。
それが善かった。善がり狂ってしまう。牝啼きする吸血鬼の姫君の嗜好を汲み取って、男は彼女を良い様に弄ぶのだ。
「口に出すぞ! 飲み込めよ!」
男の腰振りが小刻みになり、最奥を振動させられたエルメンヒルデが一気に昇り詰めていく。
「ああっ♡ い、や、いやぁッ♡ なか、なかにぃ、ください。このまま、出してくださいぃ♡♡!」
「ダメだ。お前はこのまま小突かれてイケ」
「ああっ♡ ひどいッッ♡ こんあ、こんあになってりゅ、の、に……。ふっぁ♡ はぁッん♡ んんぅ~~ッ♡」
止めを刺そうと膣から抜けそうになる限界まで腰を引いた男は、強烈な一撃をエルメンヒルデにお見舞いした。
「んっひぃぃぃ♡♡♡!!」
絶頂し痙攣するエルメンヒルデの膣内から男は素早く男根を抜き取ると、彼女の頭を床に押し付け、その唇に先端を押し付ける。
「しゃぶれ」
「ひぃっ、ふぅぁ……♡ ふぁい……♡ んっ、ちゅっ、れろ」
蕩けた顔のエルメンヒルデは、突きつけられた逸物に舌を這わせた。じゅぶじゅぶと肉棒が彼女の口内へと侵入していく。
彼女の牙に触れた部分が傷つくことも構わず、男は吸血鬼の喉奥まで肉棒をぶち込んだ。
「お゛ぇぅ……♡」
苦鳴を漏らしながらも、エルメンヒルデは舐め奉仕をやめない。これが善いのだ。感じてしまう。
「出すぞ。良く味わって、一滴残らず飲み干せ。もし、こぼしたら……分かっているな?」
エルメンヒルデの口の中で牡の精が爆ぜた。咽るような性臭に気が狂う。
言われるままに口中を満たした白濁を舌の上で転がし味わってから、エルメンヒルデはそれをすべて飲み下していった……。
食後の一服に満足ご満悦のエルメンヒルデは、再び身だしなみを整えると今度はグレモリー家のメイドを束ねるグレイフィアの所へと向かっていた。スケジュールの確認である。
胃袋の中身の比率が、もう吸血鬼というより精飲鬼になってしまっているがそこは気にしてはならない。
特別な紅茶と彼の体液がエルメンヒルデが口にするものの全てだ。
栄養補給直後のこの吸血鬼は、魔王クラスを遥かに凌駕した超越者クラスの魔力を漲らせている。そのため、エルメンヒルデ付きのメイドたちは毎日が戦々恐々だ。
本日は上機嫌なので問題ないが、
吸血鬼と悪魔は弱点など似たところもあるが、やはり異種族、文化が違う。異文化交流というのは何かと気を遣うものだ。特に吸血鬼の貴族の噂を聞いていれば、メイドたちが怯えてしまうのは仕方がないことだろう。
エルメンヒルデの方が、メイドたちを気に掛けていないということも大きい。貴族にとって使用人とは道具や家具と同じものなのだ。エルメンヒルデはそういった環境の中で長年過ごして来たため、それが常識となっている。
「本日は、緊急の予定は入っておりません」
エルメンヒルデにとって、この銀髪のメイド長グレイフィア・ルキフグスという存在はなかなかに理解しがたい。
本人がメイドと言い張るのでメイドとして扱ってはいるが、魔王ルシファーの妻であり、自身の『王』の義理の姉でもある。正直、どういった態度で接するのが正解なのかがよく分からない存在だ。
非常に困る。ついでに言うと、このどう接したらいいのか分からない存在が、何故かリヴラクス・グレモリー眷属のスケジュール管理を行っていることにも困惑していた。どうしても、こうして話す機会が発生してしまう。
危うきに近寄らずとはいかないのだ。
「そうですか。では、あちらでの日没を待って駒王学園に向かいますので」
「承知いたしました、エルメンヒルデさま」
エルメンヒルデは、大使的な存在でもある。
長らく他の勢力に対して鎖国状態の吸血鬼ではあるが、本音の所では外部勢力との繋がりが欲しくないわけではない。吸血鬼が生きていくためには人間の存在が不可欠であり、その国内には多数の人間が飼われている。自給自足のために繁殖なども行っているほどだ。
しかし、吸血鬼の国は人間にとって良い環境とは言えない。年がら年中、日光対策のために異能で発生させた霧に覆われている土地だ。いろいろと不便はある。
作物などもその一つ。日照不足が深刻なため、人間用の食料は外部からの輸入が重要になってくる。基本的にそれは秘密裏に人間の国家や商人との取引で賄っていたのだが、なにぶん人間の寿命というヤツは短すぎる。その上、寿命以外でも病などで簡単に死んでしまう。
人間はしょっちゅう戦争をしては同種同士で殺し合いもする。そのせいでせっかく作った輸入ルートが潰えてしまったことだって何度もあるのだ。
やはり人間のような低劣で野蛮な生物は、高貴なる吸血鬼によって家畜として管理・飼育されるべき存在なのだろう。それをするには現状の吸血鬼の勢力は力が足りなさすぎるのだけれど。
一度人間の国を吸血鬼が裏から支配したことがあるのだが、そのときは天使や教会の介入によって台無しにされてしまっている。
人間だって家畜を飼っているではないか。吸血鬼がそれをすることの何が邪悪だというのか。それでいて人間同士の戦争には無関心に見えるのだから、天界勢力の者はロクでもないというのが元吸血鬼の貴族であるエルメンヒルデの見解だ。
といった事情もあり、人間よりはまだマシな悪魔との取引はどうだろうかという話がカーミラ派から出ている。
吸血鬼はやはりプライドが高い種族なので、他の異形との対等の関係での取引なんてことは受け入れられないと言う者が多い。だが、背に腹は代えられない。だけど、誇りを重んじる在り方を変えることもまた出来ない。
そんな感情の落としどころとして、カーミラ女王の末裔であり、今は悪魔の社会に居るエルメンヒルデという存在が丁度良かったのだろう。体裁のための方便ではあるが、友好のために嫁入りして来ていることになっているのだから。
そうした役どころを求められたこともあり、エルメンヒルデはたまに外交担当魔王の城に出入りすることがある。
やたら馴れ馴れしく「エルメちゃん」などと魔王から呼ばれることには困惑してしまうのだが、魔王が魔法少女とは一体全体どう反応すれば良いのだろう。
メイド王妃グレイフィア・ルキフグスといい、魔王少女セラフォルー・レヴィアタンといい悪魔の文化は理解に苦しむところも多い。
ただ、『王』の付き合いで会った大王派貴族たちは分かりやすかった。エルメンヒルデとしては馴染み深いものを感じたものだ。
「縄張り用の服に着替えます」
部屋に戻り、メイドたちに着替えを命じる。最初から人間界に出かける格好をしていても文句は言われないのだけれど、着飾りたい気分になるときはあるものだ。たとえ二度手間、三度手間になったとしても。
人間界用の服装への着替えを終えたエルメンヒルデは、転移阻害の結界外から人間界へと空間跳躍した。
縄張りでの悪魔のお仕事の時間だ。といっても、ほとんど仕事をこなしてはいないのだけれど。
「今夜もつまらなそうな仕事ばかりですね」
抱っこしたい。アニメキャラのコスプレをして欲しい。そんな依頼が多数。
ふざけているのだろうか。もっと高貴なる吸血鬼に相応しい仕事があるはずだ。
こんなものは雇われの平民悪魔にでもやらせておけばいい。
「エルメが気に入るようなのはなかなか来ないのよ。主さんもそうだけど、選り好みが激し過ぎるにゃん」
眷属の中で縄張りの管理を任されている者が、この『僧侶』の黒歌だ。仕事の時間前、人間界での拠点となっている駒王学園理事長邸宅で彼女に会うのはエルメンヒルデの日々の営みの一つとなっていた。
地図の端にある小さな島国のマイナーな妖怪種族出身の転生悪魔だが、人外種族からの転生悪魔という共通点もありエルメンヒルデはそれなりに親しくしているつもりである。
「抱き着かないでもらえますか」
「主さんの匂いがするのよねー、エルメって」
食事の関係でエルメンヒルデの身体を構成するものは、かなり『王』に近くなってしまっている。そのためなのか、同じ眷属の女性から妙に親し気にされてしまう。
黒歌などはまだいいが、妖怪ハラペコ娘は喰い付いて来そうな気がして若干の恐怖を覚えてしまう。
恐るべきお腹ペコぺコ娘も魔力量で押し切れなくもないエルメンヒルデではあるが、全長50mくらいの巨体と化した状態で大口を開けられるとやはり怖いものがある。
それに比べたらこの猫女は怖くはない。やや品性と知識にかけるところがあるが、それを補おうと陰で努力を重ねている様子なので別に嫌いでもない。ただ、だからといってベタベタされたいわけでもなかった。
「離してください。それから、語尾にわざとらしく『にゃん』と付けるのはいい加減やめたらどうですか? 年若いとはいえ、もう大人なのでしょう?」
「私のキャラ全否定!」
エルメンヒルデは悠久を生きる吸血鬼の中にあって、外部との交渉を任されていた身だ。それなりに齢を重ねている。
そのエルメンヒルデから見ると、黒歌はかなり年下だ。そのせいなのか、余計なお世話だろうとは思うけれど、ときどきこうしたことも口にしてしまう。
じゃれてくる猫をあしらうと、エルメンヒルデは最近趣味の一つとしている夜の街の散歩に出かけることにした。
受けたい仕事がないのだから仕方がない。仕事は選べと『王』からも言われているので問題ないのだ。
「それでは散歩に行ってきますので」
「行ってらっしゃーい。見回りご苦労にゃん」
仕事の量が少ない日は黒猫を肩にのせて出かけることもあるが、今日は件数が多いらしい。平民悪魔の管理をするのだろう黒歌を部屋に残し、エルメンヒルデは屋敷を後にした。
今日のエルメンヒルデの上着には黒いネコミミフードが付いている。
「見回りではなく、ただの散歩です」
屋敷から出たエルメンヒルデは、学園の敷地内にある林の中で無数の蝙蝠を生み出した。分身の一匹一匹に、上級悪魔程度の魔力を分け与える。
まだレーティングゲームの経験はないが、「分身は使い魔の規定に抵触しないので、人海戦術を取る際に有効ですわ!」というのがこの蝙蝠を見た参謀気取りの『女王』からの評価であった。
リヴラクス・グレモリーの眷属、そしてその子世代、孫世代眷属には複数の上級悪魔が在籍しているので、縄張り範囲が単独の上級悪魔のみの場合よりもかなり広いらしい。駒王町周辺に大きく広がる縄張り内にエルメンヒルデの蝙蝠たちが散らばっていく。
眼を紅に光らせた上級悪魔クラスの蝙蝠たちが飛び回る駒王町周辺の夜は、今日も悪魔にとっては安全安心だ。
弱い下級悪魔たちは教会の戦士や堕天使たち、あるいはこの国土着の信仰から力を得る退魔士などに出会ったらあっさりと殺されてしまうかもしれない。それでは悪魔の仕事をする者が減ってしまう。
だから、平民悪魔のことも多少は気に掛けてやる必要がある。これも貴族の眷属たる者の務めだ。
吸血鬼には影がない。
古来より人間は夜の闇を恐れて来た。それは科学が発達し、文明的になったと嘯いている現在でも何ら変わらない。その証拠が闇を払おうとでも思っているのか、あちらこちらを無駄に照らす街灯たちだ。
エルメンヒルデには影がない。街灯の下で人間とすれ違ったとき、そのことに違和感を覚える者もある程度はいるだろう。そう思って夜でも彼女は日傘を差していた。
傘の影だけが、アスファルトの上を滑っていく。
夜の日傘と、影がないこと、どちらの方が目立つのか。それは人間ではないエルメンヒルデにはよく分からない。血の詰まった袋に過ぎない存在の思考を理解するのは、高貴なる身には困難だ。
エルメンヒルデは吸血鬼の国の中だけで長く過ごして来たので、外の世界が物珍しくて仕方がない。
超越者クラスの魔力を有する元吸血鬼が徘徊し、上級悪魔クラスの蝙蝠が飛び回る夜の駒王町。エルメンヒルデは人間たちの街並みを観察して回った。なお、グレモリー家とこの縄張りの地の神仏たちとの協定により、聖域には立ち入ってはいない。内部に興味はあるが、『王』のところにくれぐれも入らせないでくれと要請があったそうなので仕方がなかった。
ときに吸血鬼は恨み重なる教会の建物を根城にすることがあるが、この国の神々とはさして因縁もないので、あえて事を荒立てることもないだろう。興味はあるけれど。
「バレンタイン……?」
そうして歩き回っていると、とあるコンビニエンスストアのガラスに貼られたポスターが目に留まった。
バレンタインデー。家族や大切な人などに贈り物をする習慣がある日らしい。吸血鬼には縁がないものだ。その由来は諸説あるそうだが、忌々しい教会関係のものが多いので。
何故かこの日本という国では、女性が男性にチョコレートを贈る日ということになっているらしいが……。
「ふぅ……」
ポスターに書かれていることを読んで、エルメンヒルデはどこか考え込むような仕草をした。その後、ポケットから電話を取り出す。
「エルメンヒルデですが──」
人間界で遠方の相手と話をするのなら、通信魔方陣よりも電話を使う方が怪しまれない。それぐらいのことはエルメンヒルデもわきまえている。
通話の相手は、以前会った際エルメンヒルデにお菓子を振舞おうとしてきた者だ。人間界の学校に興味があるとかで、冥界の名門学校ではなく、人間たちの学校である駒王学園に通っている変わり者の悪魔令嬢。
なお、吸血鬼は食べられるものが極端に限られているので、エルメンヒルデはソーナ・クッキングの被害を受けてはいない。そのため、普通にお菓子作りが得意なのだと思っていた。
通話を終えたエルメンヒルデは、コンビニでは足りなかったので後日早めの時間に人間界に赴き、それらしき店で材料を購入した。
食料係ごときにくれてやるものなど、この程度で十分だろう。
ちょっとした気まぐれである。他意はない。
その日の前日、大きな袋をぶら下げたエルメンヒルデは、とある屋敷へ向かって歩き始めた。
エルメンヒルデの体力:
クロスクライシス(原作の)で、高位の吸血鬼は鍛えた教会の戦士よりも体力有りそうに描写されていたので一般人間さんよりはずっと上。
でも転生天使になった教会戦士よりは下(アザゼル杯vs転生天使チーム戦から)
英雄派は異形に劣らぬ身体能力らしいので、曹操やジャンヌには負ける
スラッシュドッグチームは英雄でもない人間ですが、神器に宿る魔物と同調すると身体に影響があるらしいので、鍛えた妖怪並み(エルメより上)としておきます
続きは明日までに書けたら明日に、無理だったらホワイトデーを目指したい