※この作品はR-18です。

公爵家次期当主好色物語   作:ルペッタ好き

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DX-4-8 援助交際の饕餮 -SLASHDØG-

「ひどいよ! 先生!」

 

 サーゼクスホテル最上階特別室。その豪華で広い浴室に可愛らしい声が響いた。

 

「可愛くひどいと言われても、俺の子ではない」

 

 そう言いながら、先生は湯船に浮かぶ白いモコモコ生物を指先でつついている。

 すると、つつかれたモコモコ生物は何処か嬉しそうに「ぽぅ、ぽぅ」と鳴いた。

 

「だって、先生の……」

 

 驚いたことに、シグネはぽこぽこぽこぽこっと四つ子を産んだ。

 子宮に生中出しを受けたかと思ったら、もこもこもこもこっとお腹が大きくなったのだから、シグネも先生もこれにはビックリしてしまった。

 処女喪失から子宮姦、さらにその直後の四つ子出産。一夜にしてとんでもないことになってしまったシグネのお腹から出てきたのは、二足歩行する白いもこもことした羊のような生き物。その生き物は白毛の顔の大部分を赤に金色で饕餮文の刻まれた仮面で覆っていた。顔で見えているのは、額付近から生えている2本の角と、その大きな口だけだ。胴体の毛も白く、先だけ黒くなったふさふさの尻尾も備えている。ちょっと変わった生き物を模したヌイグルミのように見えなくもない。

 シグネとしてはお腹から出てきたそのときは驚いたけれど、少し慣れるとなかなか可愛いと思っていた。

 なんといっても、先生との行為によって生まれて来た子たちだ。悪魔になった今となっては、見た目が人型でないことはあまり気にならない。

 

「いや、それは分かるが……説明した通り、こいつらは独立具現型神器『饕餮』の能力で発生しているシグネの分身だからな」

 

 この白いモコモコ謎生物らは独立具現型神器『饕餮』の生み出す分身である。シグネは神器使いとして途轍もなく優秀だったのだ。

 

「うー……くすん」

 

 お互い裸で湯船に浸かり、シグネはその背をぺとりと先生にくっつけていた。先生の両脚の間に座る形だ。少女は泣きまねをしてみせながら、彼に後頭部を擦りつける。

 それをされた先生の方は、脚の間に抱えたシグネの肌をもみもみなでなでと楽しんでいる。

 結局、この二人はいちゃついているだけなのだ。シグネは、神器や悪魔その他についてのおおまかな説明を既に受けていた。

 

「こら、お湯を飲むな。こっちにしろ、こっちに」

 

 先生が、湯船の中を元気よく泳ぎまわる四体の異形たちに言葉をかけた。

『ポッくん』、『ポォくん』、『ポンくん』、『フゥくん』。

 シグネによってそう名付けられた四匹の獣は競い合うようにして湯船を泳ぎ、差し出された先生の指に押し合いへし合いしながら吸い付いていく。彼が片手の四本の指先から放つ魔力に反応しているのだ。

 魔力は指先からある程度の距離まで伸ばされているので、別に指に吸い付かなくても食べられるというのに四匹は争うように近づこうとしていた。

 

「先生、なんだか嬉しそう」

 

 その光景を見て、ふと後ろの先生の表情が気になって振り返ったシグネは、彼の顔に浮かぶ表情を見てとてもほわりとした気分になった。

 

「そうだな。こいつ等は神器が生み出した分身だから、所有者であるシグネの気持ちをそのまま表している。それが懐いてくれば、まぁ、嬉しいさ」

 

 おっぱいをねだる子犬の赤ちゃんたちのように、先生の指に吸い付いている自分の分身たち。その姿に恥ずかしさとこそばゆさを覚え、シグネはお湯の中にブクブクと顔を沈めて行った。

 風呂のお湯に息を吹き込んでぶくぶくと音を立てる。子供みたいな仕草だ。そんなことをしているシグネの頭に先生の手が置かれぐりぐりと少し乱暴に撫でられると、まだ家族がいた幼かった頃が思い出される。

 

「せんせぇ……♡」

 

 湯船の中でくるりと向きを変えたシグネは、分身たちと同じように甘えた声を上げて正面から先生に抱き着いていった。

 胸の双丘を男の胸板に擦りつけるその仕草はオスに媚びてねだるメスそのもの。たちまち男の象徴がギチギチと硬くなっていく。

 

「お前も欲しくなったのか」

「うん……♡ んぁっ、入ってくるわ」

 

 昨日まで満たされたことの無かったシグネのお腹の穴がオスの肉でみっちりと満たされ、肢体を快感が突き抜ける。

 オッドアイの美貌が淫らな色に染まる。たった一度の交わりで身も心も虜にされてしまった少女の姿がそこにあった。

 

「今度は自分でいいところを探してみろ」

「はぁい♡」

 

 強者に媚び諂い、弱者の全てを奪い尽くし災いを振りまく。また「あらゆるモノを喰らう」その性質から、魔や災禍すらも喰い尽くすとされ、象徴である饕餮文は護符ともなったという。

 四凶最強にして最凶の妖魔『饕餮』。それは従えることの出来る強者にとっては、従順で強力な守護者となる存在だ。

 

「シグネは良い『戦車』になってくれそうだ」

「あっ♡ んぅぅっ♡ がんばる」

 

 その大妖怪と深く混じり合い貪るように己を求める美少女の痴態。

 それを紅髪の悪魔は満足そうに見つめ、自身もまた彼女を貪ることに集中し始める。

 浴室に少女の嬌声と、揺れて跳ねる湯の音が響き渡り始めた。

 

 

 …………。

 

 

 幾度か気をやり、二度の射精を受け止めたシグネはとろんとした顔で先生にしな垂れかかっている。ぬるめの湯が心地好い。

 未だ自分の中を貫いたまま、萎える気配を一向に感じさせない剛直にウットリとしてしまう。

 

「ああ、ご苦労」

 

 でろんとシグネが蕩けていると、先生の耳の辺りに魔力の気配があり、そこから誰かの声が聞こえて来た。

 小さな通信用の魔方陣が展開されているのだ。

 

「どうしたの?」

「食事の用意が済んだらしい」

 

「ごはん!」と目の色を輝かすシグネ。その分身たちもパシャパシャとお湯を叩いて喜んでいる。

 先生の魔力が病みつきになった饕餮だが、暴食の化身は普通の食事だって大好きなのだ。

 

「きゃん♡」

 

 ざばりと水音を割って、シグネを貫き抱えたまま先生が立ち上がった。

 

「大人しいな」

 

 脱衣所でもふもふとした身体を拭かれる分身たちは、先生の言うように大人しいものだ。タオルで包まれてもされるがままになっている。

 

「ポッくんたちも、先生のことが好きなんだよ」

「そうか、悪い気はしないが……饕餮がこんな可愛らしいものだとは思わなかった」

 

 ちょっと変わった仮面をつけた赤子ほどの大きさのヌイグルミのような白い生き物。それがシグネの分身たちだ。神仏に仕える者が顔を引きつらせ怯えるだろうその禍々しいオーラさえ無視すれば、愛玩用ペットのような愛嬌が感じられるだろう。

 そして、悪魔でありシグネの主でもある先生や、『饕餮』の神器所有者であるシグネにとっては、分身たちのオーラは好ましいものに感じられていた。

 

「わ、すっごい」

 

 ガウンに着替えたシグネと先生がダイニングルームに向かうと、そこには大きなテーブルを占領する料理の数々が並べられていた。

 

「足りなくなることも考えて、追加できるようにしている。遠慮なく食べろ」

 

 そうして、先生は四匹の内、ポンくんとフゥくんとを膝にのせて椅子に座り、手ずから料理を食べさせ始める。

 シグネはテーブルの向かいと先生の隣とで視線を迷わせた後、先生の隣に座ることにした。少女の膝の上には、ポッくんとポォくんが乗っている。

 

「おいしい?」

「ポッ!」「ポゥ!」

 

 シグネはこれまでペットを飼ったことがなかった。神器が生み出した分身なのでペットとは違うのだろうけれど、なんだかこの騒がしさが楽しい。

 でも、二匹の分身に食べさせ、自分もご飯を食べていると、まだ家族や親類がいた頃を思い出してしまう。それにつられて、シグネに近しい者に降りかかったという災いの根源についても──。

 

 最初に亡くなったのは、シグネの叔父だったらしい。シグネがまだ物心つく前に、独り暮らしのアパートの室内で亡くなっていたと聞いた。

 死因は不明。ベッドの上に寝転がって、情報端末で小説サイトを読んでいる途中で急死したような状態だったという。

 叔父はネットの無料小説を読むのが好きな人だったと父から聞いた覚えがある。叔父が作りかけで遺して逝ったという、恐竜型ロボットのプラモデルを作りながら父がそう言っていたことをシグネはおぼろげに覚えていた。

 

 その叔父の死が災禍の始まりだったのだろう。そこからシグネの親類縁者が次々と亡くなっていった。櫛の歯が欠けるように、一人、また一人と親類たちが世を去って行ったのだ。

 

 高校生になる頃には、シグネは家に独りで暮らしていた。両親も祖父母ももういなくなっていた。引き取ってくれるような親類もいなくなっていて、でも一人で暮らせないほどには幼くなかったからだ。

 両親が遺した遺産頼りの生活だ。祖父母が遺した田舎の広大な山林などもあるらしいが、その詳しい場所も、相続の手続きをどうしたのかもほとんど覚えていない。分かるのは、売れる当てもないのに税金だけはきっちりかかってくることだけ。

 

 饕餮──四凶にあって、もっとも凶事を司るとされるもの。その災いは近くに在って力なき者に容赦なく降り注ぐ。

 

 群れからはぐれた者、弱い者、守ってくれる者の居ない者、饕餮はそういった者から喰い殺していく。野生の肉食獣の多くがそうであるように。

 シグネが自身に宿った、今や深く結びついている妖の性質に思いを巡らせ、親族の不幸の原因を考えていると、その頭がぐいと先生へと引き寄せられた。男の腕が少女の肩に乗せられ、彼の腕に包まれる。

 

「シグネ、饕餮を、自分を憎むなよ。恨みや憎しみは『聖書の神』に向けておけ。神器を創ったのは『聖書の神』で、饕餮もお前もヤツの行いによってそうなっただけだ。それに、お前はもう自分勝手な悪魔になったのだからな」

「うん……」

 

 先生の腕から伝わってくる温もりとオーラには、シグネへの気遣いが満ちているように思えた。

 

「えへへ……先生ってちょっとお父さんみたい」

 

 見た目も言葉遣いも、考え方も、先生とシグネの父親とでは全く違う。でも、どこか少し、似ているところがあるような気がしていた。

 

「ん? なら、パパって呼んでもいいぞ」

「え? うーん、それはちょっと……先生は先生だから」

「そうか……」

 

 シグネのその返事に、先生は何故か少し残念そうな様子だった。パパと呼ばれてみたかったのだろうか。

 

「フゥー! フゥー!」

 

 なんとなくしんみりしてしまったところで、四匹の分身の末っ子フゥくんが先生のガウンの袖を引っ張った。本体に構っていないで、自分にもっと食べさせてくれと主張している。大変いやしい。

 お腹がいっぱいになると眠くなる。シグネには今日一日でいろいろとあり過ぎた。うつらうつらとしながら歯を磨かれ、ベッドに寝かされたシグネは先生に腕枕されながらすぐに眠りについてしまったのだった。

 

 夜が過ぎ、朝になった。目が覚めるとすぐにシグネのお腹がぐーっと鳴った。

 それを聞かれてしまったかと赤面しながらシグネは隣を見たが、誰もいない。プクッと頬を膨らませながら、少女は男が寝ていたのだろう場所に手を置いてみる。まだ暖かかった。

 

(夢じゃなかった。私、先生と……)

 

 昨夜のことを思い出し、少女の顔が赤く染まる。なんてことをしてしまったんだろうとは思うけれど、後悔する気持ちはまったくなかった。ただ、嬉しさだけがこみ上げてくる。

 住み慣れた以前の家の自室とも、最近暮らしている駒王学園の寮の部屋とも違う豪華な内装のホテルの部屋。大きなベッドから降りたシグネは、室内への日光を完全に遮っている遮光カーテンに歩み寄り、それを少し寄せてみた。

 

「うわっ……」

 

 身体が重く、だるくなる。悪魔は日の光が苦手だとは聞いていた。慣れれば平気になるらしいが、悪魔になり立てのシグネにはキツかったようだ。

 慌ててカーテンを閉めたシグネは、自分が悪魔になったことを実感し、ふぅと息を吐いた。息を吐いた分、空気を吸い込むと食べ物の匂いがしてくる。

 ふんふんと形の良い鼻が動いた。ふらふらと匂いのもとへ向かうと、ダイニングルームから声が聞こえて来た。

 

「こら、がっつくな、もっと行儀よく喰うんだ」

 

 それは、四匹の分身たちに群がられている先生の声だった。

 むー、となってしまう。シグネをベッドに放っておいて分身たちの相手をしている先生の姿にちょっとだけ不機嫌になり、でも楽しそうにポッくんたちの面倒を見てくれている姿にグッと来てしまう。少女の心模様は複雑だ。

 

「あーん」

 

 とりあえず、シグネは甘えてみることにした。椅子に座る先生の近くに行ってかがみ込み、口を開けてみる。

 

「ん? ほら」

「ぱくっ」

 

 自分でやっておいてかなり恥ずかしかったけれど、先生がなんでもないことのようにしてくれたのでそのまま食べてしまうシグネ。もぐもぐと口を動かす彼女の口内は、朝からがっつりステーキ味。

 

「ほいひい」

 

 饕餮は血なまぐさい物を好むそうで、血も滴るレアな焼き加減が実に美味しい。デレデレになってしまった少女によく効くメインのスパイスは色ボケである。 

 今はこんな有様だが、七滝詩求子は本当はそれなりに行儀作法の出来る子だ。小さい頃には日本舞踊だってやっていて、着物の着付けも得意だったりする。今は少しばかり浮かれているだけなのだ。

 

「あ、先生もたべる?」

 

 見れば、四匹の相手に手一杯の様子で、先生は自分の口に何も運んでいないよう。

 そんな先生に向かって、シグネは料理を突き刺したフォークをちょっと持ち上げて見せた。

 

「そうだな。もらおうかな」

 

 僅かな笑みを見せてくれた先生の口に、シグネは「あーん」と言いながら料理を運び始める。もちろん、自分も食べるのだけれど。

 少女的には、いつかやってみたかったことの一つを達成し満足していた。人三倍の食事もペロリと平らげ、お腹も腹八分目だ。

 本日は休日。朝食は片付けられ、日曜日の午前中ののんびりタイムだ。ただし、シグネの分身たちは朝食だけでは満足していなかった。

 食べる。食べる。食べる食べる食べる。ひたすら食べ続ける。この子たちは、常に何かを口にしていないとダメらしい。

 

「シグネ、ひとりで面倒みられそうか?」

 

 四匹の分身たちは、いつまでも先生やシグネの手によって運ばれるお菓子を貪り続けている。寝ている間は大丈夫なようだが、起きている間は常時食事タイム。

 

「無理かな……」

 

 神器によって顕現している存在なので、引っ込めることが出来ないかと試してみた。けれど、一度実体を得た分身たちは常人には認識されないように気配を薄めることは出来ても、消すことは出来ないようだった。

 この分身たちを抱えて学校に通うなんて、とても出来そうにない。授業中だってポッくんたちの食欲はお構いなしなのだろうから。

 

「だろうな、とすると……。少し待っていろ、冥界に行ってくる」

「え?」

 

 悪魔は本来この人間の住む地球上ではなく、地獄とも呼ばれる次元を隔てて存在する異世界・冥界の住人だ。

 気軽にそこへ行ってくると言う先生は、フゥくんを抱えて足元に魔方陣が展開した。

 

「転移。まぁ、テレポートのようなものだ。シグネもすぐに出来るようになる。こいつらがシグネからどれぐらい離れても平気なのか試してみよう」

「あ、ちょっ……行っちゃった」

 

 それからしばらく、シグネがテレビを見ながらせっせと残された三匹にご飯を与えていると、先生がようやく帰って来た。

 ただ、その手にはフゥくんがいない。

 

「界を隔てても平気なようだな。母上に預けて来たんだが、こっちに呼び戻せるか?」

「母上って、先生のお母さん?」

「それ以外に俺が母上と呼ぶヒトはいないな。シグネの分身を見せたら取られてしまった。意外と可愛いものが好きだったらしい」

 

 先生によると、フゥくんは先生の母親にも懐いたらしい。

 それで、そのまま「でしたら私が預かります」と取り上げられてしまったのだとか。先生でもお母さんには弱いようだ。

 

(先生のお母さんって、40代か50代くらいかな?)

 

 そのくらいの年齢のヒトがぬいぐるみのようなフゥくんを抱っこして嬉しがっている姿を想像し、シグネは笑みを浮かべた。

 まだ、悪魔の外見年齢に慣れていないが故の想像である。

 

「先生のお母さんだからかな?」

「まぁ、俺の魔力の半分は母上から受け継いだものだからな。物は試しと預けて来たんだが、こっちに呼び出せそうか?」

 

 独立具現型神器から生まれる分身と、その神器の所有者は心で会話が出来る。伝心と呼ばれるらしいそれで、シグネはフゥくんに呼びかけてみた。

 うんうんと感覚を研ぎ澄ますこと数分、『饕餮』使いとしての才能に恵まれたシグネはそれだけでフゥくんと繋がる感覚をすぐに掴んだ。

 

「あ! いけそう」

「フゥ!」

 

 呼ばれて飛び出たフゥくんを先生が抱き上げる。それが羨ましいのか、残りの三匹が先生の足元に集まっていく。

 

「お、呼べたな。使い魔の召喚と似たようなものか。そうなると、三匹は向こうに預けてしまってもいいな」

「この子たち、先生の家に預けさせてもらえるの?」

「ああ、専用の食事係を用意しよう。シグネのためにも一匹は近くにいた方が良いだろうから、残った一匹は理事長邸に預けて学校に行くといい。それでいいか?」

「うん」

 

 シグネとしては、高校と大学は出ておきたかった。悪魔になった以上、人間の学校に通う必要はもうないのかもしれないけれど、そこまでは卒業しておきたい気持ちもあったのだ。

 だから、先生からの提案を断る理由は特になかった。というよりも、そうしてもらわないとシグネ個人の時間がなくなってしまう。起きている時間すべてが、ずーっとポッくんたちにご飯を食べさせ続けるだけになってしまいそうだ。

 

「あっ、でも食費」

「お前は俺の眷属だぞ。言っただろう、面倒はみると」

「あっ……うん。私、先生のものなんだよね」

「そうだ、お前はもう俺のものだ。夏休みに入ったら、冥界に連れて行ってやる。家族にも紹介したいからな」

 

 そう言って先生に頭を撫でられ、シグネはふにゃりと幸せそうに頬を染めた。

 もうすぐやってくるシグネの高校二年生の夏休みは、どうやら異世界旅行になりそうだ。

 

「さて、シグネはまず神器の扱いや『戦車』の駒の特性よりも前に、転移と人払いの術を覚えないとマズイな」

 

 少し落ち着いたところで先生がそう切り出した。ちなみに、ポッくんたちは今もむしゃむしゃとし続けている。会話しながらも先生とシグネの手は食事を分身たちの口に運び続けている状態だ。

 

「はい、先生。転移の術はさっきので、人払いはどういうものですか? なんとなく意味は分かりますけど」

「そうだな。想像はついていそうだが、普通の人間から認識されなくなったり、その術を施した範囲に普通の人間が立ち入って来なくするための術だ」 

 

 シグネは高校生である。そして、先生は学園の理事長。毎朝ポッくんを預けに理事長邸に足を運ぶのはいかにも怪しい。放課後は白音という口実があるが、朝はそれもないからだ。

 神器に慣れることを考えると学校が終わった後は近くに分身を置いていた方が良いらしい。ということで、シグネは朝の登校前に普通の人間にバレないよう理事長邸にお邪魔する必要があるのだ。

 

「転移用の魔方陣を寮の部屋に用意してもいいが、シグネの部屋にあれを設置するとオカルトマニアの部屋のようになってしまうだろうからな」

 

 転移用の魔方陣のおおよその大きさを聞いたシグネ。それが女子寮の部屋に設置された光景を想像すると、実行はためらわれる。

 

「専用の部屋を作っておいてもいいが、覚えた方が早いだろう。さいわい、シグネは魔力も多そうだからな。魔力でなく妖力を使ってもいいが、そっちを俺が教えるのは難しそうだ」

 

 シグネに宿り一体化している「饕餮」は紀元前から中国神話に名を残し邪神と扱われることもあるほどの大妖怪。その影響なのか、シグネには悪魔としての魔力だけではなく、妖怪の力である妖力もあるらしい。

 

「で、だ。シグネは魔力がどんなものか分かるか?」

「えーっと、魔力が多ければイメージ次第で何でもできる」

 

 このあたりは昨夜に軽く説明は受けていた。

 

「そうだな。各貴族家の特性になっているような特殊なものでなければ、火も氷も雷も出せるし、空間転移や精神への干渉も可能だ」

 

 魔力はイメージ、想像力。心の力。

 

「神器も所有者の精神力が力の源で、あれ? ちょっと似てるかも」

 

 神器についても昨夜に簡単な説明はされていた。改めて考えると、魔力と神器はどちらも心の力のようだ。

 

「ああ、俺の考えだが魔力と『聖書の神』の力、奇跡は元々は同じものなのだろう。だから似ているのは当たり前だ。多くの魔法使いが使う近代魔法も、神の奇跡や悪魔の魔力を再現したものだしな。どちらも似たような魔法術式で再現されている。魔法使いの魔法力というのも、あれはあれで心の力だ。だから魔法使い出身の転生悪魔は魔力の扱いも上手いことが多い……まぁ、今は魔法は関係なかったな」

 

 昨日までのシグネにとって、悪魔も妖怪も、魔力も妖力もフィクションの中のものだった。神器なんて存在すら知らなかったものだ。魔法だってそう……。

 

「ファンタジー過ぎてすぐには分からないよ」

「そう、ファンタジーだ。悪魔も神も、魔法も儚い人の夢から生まれて来たものだ。先に人間の歴史があり、信仰があり、そこから異形の者、超常の存在が発生した。……というのが俺の考えなんだが、純粋な悪魔や異形の存在はどうにもこれを聞いてくれないし、理解できないらしい。存在の根本に関わるからなのかもしれないが、まだ悪魔になり立ててで人間の精神を残しているシグネになら話せるかと思ってな」

 

 どうやら、先生は自分の話をシグネに聞いて欲しいようだった。

 

「先生は、その純粋な悪魔や異形じゃないの?」

「ああ、俺には前世の記憶があるんだ。悪魔に生まれ変わる前はこの国でただの人間をやっていた。それこそ昨日までのシグネと変わらないような認識の一般人のな。生まれ変わったと言っても『悪魔の駒』で転生悪魔になったわけではなく、気が付いたら悪魔の両親から生まれていた感じだ」

 

 生まれ変わり。輪廻転生。またもや出てきたファンタジー要素に、シグネの頭はいっぱいいっぱいになってしまう。

 ただ、先生の前世というのは気になった。

 

「先生の前世ってどんなヒトだったんですか?」

「ん? あー、いや特にどうってことのない男だったぞ。ただの会社勤めのモテないオタクだ」

「モテないオタク……?」

 

 今の姿からは先生からはちょっと想像がつかないと思ったシグネだったが──。

 

(あ、でも自分の考えを語りたいってところは、そんな感じがあるような? さっき少しだけ早口だった気もするわ。どんなヒトだったんだろう)

 

「それでだ。魔力の話に戻すぞ」

 

 その言葉で先生の前世の姿への想像から、引き戻されたシグネは背筋をピッと伸ばした。授業中にボーっとしてしまっているところを当てられた生徒のように。

 

「さっきも言ったが、これは俺の見解であって公式なものではないことは先に断っておく」

「はい!」

「良い返事だ、シグネくん」

 

 何故か亜空間──これも悪魔の魔力によるものらしい。便利そう──から眼鏡を取り出した先生はそれを装着してくいッと持ち上げて見せる。

 

「なんで眼鏡」

「それっぽいだろ? 俺たち悪魔を始め、天使や堕天使連中は『聖書の神話』に属する者だ」

 

 それはもうシグネも聞いていたところだ。神と天使と教会の勢力と、堕天使の勢力、それから先生の悪魔勢力。この三つの勢力が『聖書の神話』に属する三大勢力で、長い間三つ巴の戦いを続けているらしい。

 

「実はな、この天使、堕天使、悪魔は最初の最初、初期の『聖書の神話』には居なかったんだ」

「え……?」

 

 先生は紙を取り出すと、そこにペンで大きな円を描いた。

 さらにその下に文字を書いていく。

 

『我は光をつくり闇を創造し、平和をつくり災いを創造す。われは主にしてこれらの事をなすものなり』

 

 その言葉を見るだけでも、シグネの中に不快感が湧き上がってくる。

 悪魔となったものは、聖書に記された言葉に苦痛を覚えると教わったので、これも聖書の言葉なのだろう。

 

「頭が痛くなるだろうから読み上げるなよ。これは旧い聖書の言葉だ。読んだ通り、初期の『聖書の神』はこの世の悪も災いも全て単一の存在として司っていた。善きことも悪しきこともすべて唯一にして絶対、全知全能の神の御業として信仰されていた。ああ、ただ他の神話勢力もあるから、本当に全知全能だったわけではないぞ。単にそう信じられ崇められていたというだけだ」

 

 善も悪も、平和も災いも、全てが神のものであるならば、そこに悪魔や堕天使の居場所はない。

 はじまりの頃の『聖書の神話』において、神は本当に絶対者だったのだ。

 

「だがな、こんな神では都合が悪いだろう」

 

 先生は突然手を振り上げると、シグネの頭をポコリと叩いた。

 いきなりのことにビックリしたシグネは、むーっと唸ってしまう。

 

「先生、なんで」

 

 抗議するシグネを、先生は咎めるような目つきで見つめてくる。

 

「シグネは、どうして叩かれたか分からないのか?」

 

 そうされると、シグネは自分が悪いような気分になってきてしまった。

 

「え、私、なにか悪いことしちゃったかな」

 

 シグネの返答に、先生は満足の笑みを見せ、今度は優しく撫でてくれる。

 

「どうして撫でられたと思う?」

「えっと……可愛かったから、とか?」

 

 叩かれたけれど本当に軽くだったから、痛くはなかった。むしろちょっと気持ち良かったシグネである。

 先生に撫でられるのは、ほやんとして気持ちが良い。

 

「そうだな。悪いことをしたから罰を受ける。可愛く思われたから誉められる。昔の『聖書の神』の信者たちは段々とそう考えるようになっていった。この世のどんなことも神のものだったはずが、ここで神は人間の行動によって対応を変える存在に貶められ、小さくなった。他ならぬ信者の手によってな」

 

 そう言うと、先生は最初に紙に書いた大きな円の中に、一回り小さな円を描いた。

 

「いろいろな約束事が出来た。これをしてはならない、あれをしてはならない、この日にはこれをしなければならない。そうしなければ神から罰を受けるぞ、と。こうして『聖書の神』は最初の好き勝手に出来た存在ではなくなり、人間との契約を守らなければならない神になった。……だがな、そうしたところでこの世から悪も災いもなくなりはしない。人間たちが勝手に作った神との約束事をきちんと守っていたとしても、天災は起きるし、異なる神の信者との戦争は起こる。それを乗り越えられれば、戦争に勝てたなら問題はないが、飢えればひもじいし、戦に負ければ悲惨な目にも遭う。すると、そのままでは神と信者との約束は守られなかったことになるわけだ。契約通りにしているのにな。そこで人間たちは考えた。どうして神はこんなことをするのだろう、と」

 

 先生は、さらに一回り小さな円を描いた。そして、その三番目の小さな円と二番目の中ぐらいの円の間に線を引いて切り取ったバームクーヘンのような形を作り、三分の一ほどの部分を黒く塗りつぶした。

 

「ここでようやく天使と堕天使の登場だ。人間たちは全知全能の神が約束を破るはずがないから、神の使いである天使がいることにした。さらにその天使の中から裏切り者が出て悪さをしていることにしたんだ。その裏切り者が、今の堕天使勢力の総督アザゼルなどの幹部連中だ」

 

「図の黒い部分が堕天使だ」と先生は紙の上をペン先で指し示す。

 

「でも、天使も堕天使も、神さ……神が創ったんだよね。全知全能の」

「そう、神話の上では、神は未来の全てを見通し、あらゆることを可能とする力を持っている。だから、この堕天使が裏切ることも予め知っていたことになるし、本当は裏切らないように創れたはずなのに、あえて堕天するように創ったことになってしまう。人間たちは神を小さくしてまで堕天使なんぞを聖書に記したが、それでもやはり神が悪と災いの根源になってしまう構造は変わらない」

 

 堕天使は、神を善なる者とするための答えにはならなかった。

 

「そこで、こうなった。我ら悪魔の登場だ」

 

 先生は、最初の一番大きな円と二番目の中ぐらいの円の間を赤く塗りつぶしていく。

 

「神が創ったものではない存在。神が小さくなったことにより空いた空間に何処からともなく湧き出して来た悪の化身。それが悪魔だ。悪の根源が外から来たことで、人間は神を完全に善なる存在と考えられるようになる。ま、これによって神は信者たちの信仰の中ですら全知でも全能でもなくなったんだがな。『聖書の神』を信じる人間にとっては神が悪を内包していることの方が大問題だったらしい」

「でも、神がこの世の全てを創ったって聞いたような……?」

 

 シグネの家は仏壇もないなんちゃって仏教徒だったのだけれど、聖書の神話は有名なので少しぐらいは聞いたことがあった。

 

「ああ、それは教会の連中が未だに『聖書の神』のことを全知だの全能だのと言い張っているだけだ。事実として神によらないとされる超常存在、我ら悪魔が生まれている以上、人間たちは心の底ではもうそれを信じてはいないってことになる。なにせ、異形や超常の存在は人間の心から生まれて来るのだからな。堕天使が悪魔になったなんて主張する者もいるようだが、はっきりと別種族だからなぁ。ま、その辺りは今はどうでもいい。シグネに言いたいのはここの事だ」

 

 先生は図の赤く塗りつぶした部分を指さした。

 

「この悪魔の部分、最初はなんだったか覚えているか?」

「小さくなる前の神」

「そう、悪や災い闇をも自在にしていると信じられていた頃には神の奇跡が及んでいた領域だ。ここは今となっては悪魔のものになっている。だから、まぁ、悪魔の魔力というものは神話の中で神が縮小していったことによって出来た空白部分の力なのだろうと俺は考えているわけだ。だから、全能ではないが万能だ。魔力量とイメージの範囲で大体のことは出来る。実際、次元の狭間に天地を創造出来るしな」

 

 先生の言うところによると、現在の悪魔は遊びのためだけに異空間に都合の良い小世界を創造し、使い捨てにしたりしているらしい。

 もう、シグネには訳が分からない話になってきていた。

 

「この魔力って、世界を創れるんだ」

 

『悪魔の駒』で転生し自分に宿った悪魔の力。そのオーラを手のひらからゆらゆらと立ち上らせ、シグネは思わずうーんと唸ってしまう。

 

「転移くらい簡単に出来そうだろう?」

 

 そう告げる先生はとてもスッキリした顔つきだった。本当に誰かに語りたかっただけなのかもしれない。

 

 

 










シグネ編は、原作にあった夏休みに列車に乗って冥界へ~をイッセーくんと同じ元一般人視点で描けたら終了予定
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