公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
サイラオーグが平民学校を卒業した。
「卒業おめでとう、でいいのか?」
「ああ、ありがとう」
平民の教育は、前世で言うところの中学校までだ。
それ以上はそこそこ金に余裕のある親を持ったヤツだけが通える。もしくは、自力で金を稼いで後から通うかだ。夜間学校みたいなものだな。
というか親に余裕のまったくない平民は学校にも通えなかったりもする。が、そもそも寿命が長く生命として人間よりずっと頑強な悪魔に生まれながら、余裕なしのカツカツ生活しているような親から生まれた子供なんて期待できない、という考えもある。悪魔って合理的なところあるから、その辺りはシビアだよな。
『命の価値は平等ではない』ってよく言われているし。
それでも鳶から生まれた鷹がいるのだろうが、そういうヤツは自力で稼いで頭角を現すから問題ないってことらしい。人間と違ってスタートが数百年遅れたところで、寿命的に巻き返すのは可能だから。
うーん、長命の種族は、やはり気長だ。俺は未だに前世感覚を引きずっているところがあるから、その辺り意識しておかないと。
「上の学校に行けるようにも出来るが」
「いや、その言葉だけありがたく受け取っておく」
サイラオーグは、実父であるバアル家当主の叔父上が貴族扱いをしていなかったために最下級の平民どもと同じ学校に通っていた。だが、今はグレモリーに来ているので望めば上級悪魔としての教育を受けることも出来るようになった。
なんなら、アスタロト領や首都リリスにある、貴族や金持ち平民だけが通える名門学校にだって行かせてやれなくはない。編入試験が必要らしいが、コイツならやってやれなくはなかっただろう。
「レーティングゲームで力を示すなら、そっち方面の教育を望んでもいいんだぞ」
「ふっ……いや、それもいい。すまないな。おそらく、俺には合わないだろう」
生まれながらの貴族や、成り上がって上級悪魔にまでなった者であればレーティングゲームの学校なんてものもある。ここに通う成り上がり上級悪魔ってあまり聞かないけどな。出世の近道がレーティングゲームでの活躍になっているから、成り上がって来たヤツって元から試合巧者が多いし。
上級の学校、あるいはレーティングゲームの学校。どちらにもサイラオーグを通わせないとなると、ミスラさんとサイラオーグの身元を引き受けた俺の評判が悪くなりそうだが──それを言ってしまうとコイツに強制することになってしまうか。
まぁ、小さい頃から辺境暮らしで、貴族の社交やらには疎いだろうからその辺りが分からないのは仕方がない。「合わない」というのも間違いないだろうしな。俺の外聞やら評判のために、バカにされ続けるだけだろう学校に無理矢理通わせるってのもよろしくないしな。
いじめられるのが分かっていて、自分の世間体のためだけに義理とは言え息子を気の向かない学校に無理矢理通わせる。そんな真似をしては、別方向で叔父上と同じになってしまう。あっちは表に出られないように押し込んでいたわけだが。
「で、やはり旅に出るのか」
「もう決めたことだ」
「はぁ……、まぁミスラさんからもよろしく言われているしな、仕方ない」
今のサイラオーグは、ハッキリ言って弱い。滅茶苦茶弱い。どれぐらい弱いかって言うと、平均的な中級悪魔にようやく勝てる程度の強さしかない。
それはつまり、純血悪魔の子供に負ける程度ってことだ。レイヴェル……は、フェニックスだから比較対象にし辛いが、不死身の特性無しで考えてもサイラオーグを捻るぐらいはワケないだろう。
黒歌に遊ばれて負けた朱乃にだって勝てない。光力を防御に回されたら、手も足もでないはずだ。殴ったサイラオーグの拳の方が溶ける。
いくら闘気を身に纏い始めたと言っても、コイツはまだその程度でしかないのだ。
「だが、今すぐに旅立つことは許さん」
「む……理由を聞かせてもらえるか?」
「たしか、前に聞いたときに冥界の悪魔の領域をある程度見て回った後、人間界のイギリスから出発して日本を目指すとか言っていなかったか?」
「ああ……義父上の神器に宿る赤龍帝殿と縁の深い場所から始めて、そのまま東に向かって行こうと思っている」
ちなみにグレモリー家は日本にかなりの投資をしている。あちこちに施設を建造しているし、日本の神仏ともある程度の交流があり、なんなら神のいない神社をいくつか所有しているほどだ。
くくく、悪魔が神社を根城にしているとは思うまい……みたいなことが出来なくもないって寸法よ。
日本の神仏は、お国柄なのか歴史的な背景によるものか、排他的なところが少ない。とりあえず寺社の境内とかの神域っぽいところに勝手に入り込まなきゃオッケーくらいな感じだ。
ただし、朱乃を狩り殺そうとしていた姫島家の連中のように、仕えている人間の方はかなり厳しい。上同士はそこそこやり取りあるっぽいのにな。
来年ぐらいから俺が管理することになる予定の縄張りも、日本のグレモリー家が大規模な投資をした駒王町という町だ。つまりイージーモードの縄張りである。そこの近隣にも確か、そういった神無しの神社を確保していたはずだ。あと、教会勢力が引き払った廃教会も、ゼクラムの祖父さんが確保してくれた。
しかし、京都の駅近くにでかいホテルを建設してしまっているのは如何なものかと思わなくもない。
景観がーとか怒られなかったのだろうか? 神仏や妖怪はその辺り気にしていないのかもしれないが、一応我が家って日本文化贔屓しているわけだしなぁ……。
まぁ、もう建っているものを壊してまでどうこうしようとは思わないが。元日本人的には、なんかこう違ってるんだよな我が家の日本文化の理解の仕方は。
というか、赤龍帝に縁のあるイギリスから出発して、グレモリーの影響力が強い日本を目指すとかさ。サイラオーグはなんなの? 俺のこと好きなの?
すまんが、そっちの趣味はないから応えてはやれんぞ。
「まぁ、お前の選択だ。そのルートは構わないが、そのためにはまず学ばなければならないことがある。……それが何か分かるか?」
「いや……」
「ならまずはそこからだな。幸いなことに、俺の友人にヨーロッパ方面に詳しいヤツがいる。だから、まずはソイツから人間界での歩き方を教えてもらってからにしろ」
ヨーロッパとかなぁ……ハードモードなんだよな。俺なら返り討ちに出来るから問題ないが、今のサイラオーグでは教会の戦士に出会ったら狩り殺されてしまう。
日本では比較的大人しくしているからどこぞの悪魔とマジ恋愛なんて話があったようだが、欧州方面は教会勢力の中心。難易度ハードモードだ。
聞いたところによると、ヴァチカンの近郊に縄張りを配置されてしまった可哀そうな上級悪魔さんもいるらしい。難易度ヘル……いやヘブンモードだ。
俺、日本で良かったな。でも、俺なら返り討ちに出来るだろうから、むしろそっちに回された方が功績を稼げたのではなかろうか?
ふむ、悪魔側がヴァチカンの近くに公爵家次期当主にして、超越者級の赤龍帝を配置したとする。
そうすると、面子にかけて向こうも攻めてくるだろう。それを討ち取るわな。
当然向こうもやられたらやり返せってことで、向こうから仕掛けてきたのだとしても、また来るはず。で、また撃退する。
さらに強化された戦力がやって来るだろう。それこそ教会の最高戦力クラスとか天使の一部とか。
そうなると俺も周囲に気を遣って手加減してなんぞやれなくなるだろうから、人間の被害を無視した攻撃に出ることになる。
ヴァスコストラーダァァ! お前が500倍滅びのオーラ砲を避けたら、この半島は消滅だぁぁ!! みたいな。
うん、全面戦争必死だな!
「その友人というのは……」
サイラオーグが嫌そうな顔をしている。まぁ、予想はつくか。なんか、バアル領辺境に送られる前、サイラオーグがまだバアル本家の屋敷で過ごしていた頃に何度か会っていて、相当馬鹿にされたとかなんとか聞いたことがある。だが、あれだ小さい頃のことをいつまでも引きずっていては良くないな。未だにグラシャラボラスと疎遠な俺の言えたことじゃないが。
「もちろん、ディオドラ・アスタロトだ。俺と交友のある中では一番人間界に潜り込むことに長けている男だ。間違いなくな」
なにせ、教会の聖女やシスター相手に腰振って堕としてくるのが趣味なんだ。最も危険な場所に入り込んで、そこで無防備になりそうなことを平然とこなして帰ってくる。とんでもない奴だよ、彼は。
同世代でアイツより教会の目をかいくぐることに長けた者はいないと思う。
「むむむ……」
「まぁ、小馬鹿されるかもしれないが、その程度を呑み込めんようでは人間界でやっていけるとは思えん。何せ悪魔を見かけたら速攻で殺しに来る連中がうろついているわけだからな。お前はデカイし、鍛えこんでいるから目立つってこともある。とりあえず授業の対価は払っておいてやるから、教えてもらって来い。何に襲われようが返り討ちにして生き残れるなら構わないが、自分がまだ弱いってことの自覚はあるだろう?」
ディオドラは、他者を格と強さで見るところがある。つまり俺と同じだ。一般的な悪魔の感性だな。
で、悪魔が同じ悪魔の強さを測る時に一番目安とするのは、当然ながら魔力の大きさだ。俺とディオドラは同じ次期当主で、魔王の弟って立場、それでいて俺の方が圧倒的に魔力量が多いからある程度こちらに譲ってくれているワケだ。
だが、サイラオーグの場合はそうはいかない。何せコイツの魔力量は、平民の子供に馬鹿にされていじめられてしまう程度のものだ。つまり、平民にさえ「コイツなら弱いから甚振っても構わない」と思われてしまうくらいに見えているということ。
今は身体を鍛えて強くなったので平民からはそう見られないだろうが、それでも中級悪魔程度だ。上級悪魔の平均より上にいるディオドラから見たら、木っ端のようなもの。ついでに地位も高くないしな。
グレモリー家預かりになっているウァプラ分家の子供で、なおかつ親は眠り病だ。
「分かっている」
「ま、義理とは言え俺の息子にそこまで無体なことはしないだろう。頼んだら普通に引き受けてくれたしな。ちゃんと教えてもらえよ」
「ああ……ありがとう」
いちいち礼など言わんでもいいのだが、何せこれから小さい頃に学校で受けただろうイジメよりも酷い目に合わせるのだからな。
「失礼いたします」
と、ちょうど朱乃がやって来た。ここは我が家のトレーニングフィールド。朱乃とよく練習している場所である。
「時間通りだな」
「はい、私に御用と伺いましたが……」
うん、朱乃がもじもじしているが別にえっちぃことをするために呼んだわけではないのだ。期待していたら悪いがな。
というか、サイラオーグが居る時点でそれはないって分かるだろう。まさか、二人がかりで前から後ろからぶっ挿されたいとか思ってないよね? 朱乃は俺以外の誰にもヤラせんぞ。
「サイラオーグ、今までに光力を喰らったことってあるか?」
「ん、いや……ないな」
朱乃とサイラオーグが挨拶を交わすのを待って一応確認を取ったが、やはり心配していた通りだったらしい。
「教会の戦士たちは、天使どもから光力を受け取って剣の刃やら銃の弾丸として使ってくるらしい。堕天使どもとその尖兵も同じだな」
「それは聞いたことがある」
サイラオーグはある意味では、箱入り息子ってことになるからなぁ。バアル領の僻地にほぼ幽閉されていたのだから、光の威力を知らないとは思っていたのだ。
「旅に出るとなると、どこかで天使や堕天使、そいつらに従う者どもと戦闘になるだろう。だから、ちょっと朱乃の光の槍を喰らってその痛みを覚えておけ」
聖剣は用意できなかったが、よく使われる光力の痛みに慣れておいて損はないだろう。光力の痛みは独特だからな。それで動きが鈍って死なれても困るってことだ。
「たしかに、その必要はあるか」
「ああ、光力は悪魔にとっては猛毒だ。聖なる力よりはマシだと聞くが、かなりキツイ」
「分かった……その、いろいろとすまないな」
「なに、気にするな。朱乃、サイラオーグを死なん程度に痛めつけてやってくれ。くれぐれも死なせるなよ? 生きてさえいれば、不死身特性の譲渡でどうとでもなるからな」
「分かりました。サイラオーグさま、徐々に出力を上げていきますので」
「頼む」
大丈夫だとは思うが、一応、念のため、横で見ていることにした。
うーん、酷い。ぼろっぼろである。俺はなんという虐待親なのだろうか。まさに悪魔の所業。
「だ、大丈夫ですか?」
「まだ……ま、だ……」
はい、回復。レイヴェルのおかげです。
「よろしければ、また撃ちますが」
「ああ、問題ない。大丈夫だ!」
なんか、朱乃のヤツちょっと顔赤くなってないか? なに、興奮してるの? どういうことだ、くぅっ、まさか浮気か!
「うふふふ……」
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
なんだろう、このSМっぽい光景は。俺だけ蚊帳の外で、どういうことなんだ。
うん、終了しよう。そうしよう。でもって、朱乃を犯す。ブチ犯す。お仕置きっクスである。
はい、回復。フェニックスの特性って、すごいよな。さすが俺の嫁。
「今日のところはここまでにしておくか。サイラオーグ、他にもまだあるからな」
「ああ、くっ……」
「なんだ、まだ痛いのか?」
「いや、そうではない……」
「そうか? ならいいが」
後日、今度は黒歌とサイラオーグを引き合わせた。
「黒歌だ。今度俺の眷属の『僧侶』として迎える予定の者で、仙術の使い手でもある」
「よろしくにゃん♪」
「仙術……!」
「察しが付いたか。お前の扱っている闘気は、仙術使いが戦闘時に扱うものだそうだな。お前の場合は、独学でそこまでたどり着いてるワケだが、そのために抜けているところも多いかもしれないと思ってな。話を聞くだけでも何かしら役に立つこともあるだろう」
「黒歌殿! よろしくお願いします!」
といった感じで、いくつかの特訓をサイラオーグに課しておいた。本当はもっと年単位で覚えさせたいところだが、まぁ、なんというか人間でたとえると夏休み丸々使っての合宿のような感じだろうか。
ミスラさんのこともあって、気が逸っているようだしこのぐらいにしておくしかないだろう。
よろしく頼まれたからな、本当はなぁ……いやでもなぁ……。いやいや、獅子は千尋の谷に子供を突き落とすとかなんとか言われていた気がする。獅子を司るウァプラ家ならきっとそんな感じだろう。
俺はグレモリー家だから、ついつい過保護になりがちでよろしくない。
そんなこんなで、ついに旅立ちの日がやって来てしまった。
「サイラオーグさん……んっ、こほん、サイラオーグ! これを渡しておきますわ」
「レイヴェル義母上……これは?」
「フェニックスから渡す物など決まっているではありませんか。中身は使ってしまって構いませんが、入れ物は必ず返しに来るようにしてくださいまし」
レイヴェルから渡されたペンダントをじっと見つめながら、サイラオーグはしばらく黙っていた。
それからガバリと頭を下げる。
「ありがとうございます! 必ず、必ず無事に返しに来ます!」
「え、ええ……その、そんなにかしこまらなくても……」
この貧乏辺境暮しで染み付いた感性は、そのうち矯正しないといけないんだろうな。
いや、高いけどさ、フェニックスの涙。
「では、行ってまいります!」
と、一か月ほどバタバタした後、サイラオーグは旅立って行った。
ディオドラ・アスタロトは、サイラオーグの師匠になった!
この後、サイラオーグは人間界で癒しの力持った聖女さんと出会うことに……