※この作品はR-18です。

公爵家次期当主好色物語   作:ルペッタ好き

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2-29 グレイフィアのおとうと

 彼にとって、姉は憧れの存在だった。

 誰よりも勇敢で、誰よりも強く見えたその姿は、彼の誇りそのものだった。

 そんな姉を支える存在になることこそが己の生きる道だと信じていたのだ。

 

 その心の中で最も大きな存在であった姉が『ルシファー』に尽くすルキフグスの定めに反し、悪魔と呼んでいいのかすら分からない異形の存在と結ばれた。

 その衝撃は彼の心に多大な影響を与え、それまでに培ってきた価値観を崩壊に至らしめた。  

 

 悪魔と悪魔が本来の敵である天使や堕天使をよそに殺し合った、あの内戦。それに勝利したのは姉を惑わした異形の男の率いた勢力だった。

 敗者となり、旧魔王と呼ばれることになる側について内戦を戦った彼──ユーグリッド・ルキフグス──は、その内戦の最中に辺境へと落ちのび、心の芯を抜かれ精神の均衡を崩し、屍のような有様で長いときを過ごして来た。

 彼の下に訪れた『ネビロス家』の使いから、あることを聞くまでは──。

 

「メイド……?」

 

 そのことは一応聞き及んでいた。あの男は、あの異形は、ルシファーの名を簒奪した紅髪の悪魔は、彼の姉であるグレイフィアに下女(メイド)の姿と仕事をさせていると。

 以前に聞いた時には、茫洋とした精神状態で聞き流してしまっていたが、よくよく考えるとその所業は彼を憤怒させるに十分なものだった。

 彼の姉は、誇り高き貴族。魔王筆頭たるルシファーのそば近くに仕えるルキフグス家の悪魔なのだ。

 それが、平民、下級悪魔の仕事である下女として扱われている。なんということか! 

 彼の憧れ、彼の誇り、彼が愛し、生きる道と信じた姉が、下女の仕事に就いている。

 王妃として扱われているのならば、納得は出来た。姉にはそれに相応しい存在だ。それが、下女! 

 しかも、魔王のメイドではなく、あの男の生家であるグレモリー家のメイドだ。

 

 さらに聞けば、そのグレモリー家の次期当主として指名されたあの男の弟は、叔父である大王バアル家当主の妻を奪ったことで知られる女好き。

 このまま放置すれば、姉はその女好きの当主の下でメイドとして働くことになる。

 

 彼の姉は美しい。男であれば必ずや魅了されるに違いない。ならば、その次期当主が姉に邪な想いを抱くことは必定。

 サーゼクスによってメイドに落とされ、その弟のリヴラクスによって弄ばれる。

 

 そんな未来は絶対に許さん! 

 

 ユーグリッドは激怒した。

 必ず、かの情欲と愛欲のグレモリーから姉を助け出すと決意した。

 今のままのユーグリッドではグレモリーに勝てない。サーゼクスもリヴラクスも、強大な超越者である。滅びの権化と、赤龍帝だ。

 ユーグリッドとて弱い悪魔ではない。その実力は姉にも引けをとらないと自負している。

 しかし、それでは足りないのだ。姉は強い。だが、セラフォルー・シトリーやロイガン・ベルフェゴールと並んで現行悪魔社会の中で女性悪魔最強候補として名を上げられる程度。

 彼がかつて誰よりも強いと信じていた姉の力は、グレモリーの兄弟には届かないだろう。少なくともサーゼクスには及ばないことは確実。

 内戦の折、そのことを彼は既に実感してしまっていた。

 

 姉が勝てぬ相手に、彼が勝てるはずもない。

 

 けれどもそれで諦めることはできない。姉のことは頭がおかしくなるほど大事であった。

 愛しているのだ。狂おしいほどに。失ったことで屍同然と化すほどに。

 

 優しい姉のことだ、長い時を共に過ごしたグレモリーに絆されてしまっているかもしれない。引き離そうとしても抵抗されてしまう可能性がある。

 そうなると、姉に劣らぬと自負すれど勝るとは思えぬユーグリッドでは、強引に連れ去ることは難しい。

 取り戻した後、姉と一緒に暮らしていくためには、彼女がどこへも行けないようにする必要もあるだろう。

 

 力が足りない。寿命の尽きるまで共に居続けるために必要なものが不足している。

 

 奮起した彼は長年の不摂生によって弱った己を鍛えなおすことにした。もとより才能のある彼は、かつての大戦と内戦のころの自身を超えて力を付けたが、それでも足りない。

 あの異形から姉を取り戻すには、まだこの程度では足りない。

 

 

 

 だから、ネビロスの提案に乗ることにした。屈辱の苦い汁を飲んででも、やり遂げねばならぬ決意があるのだから。

 

 ネビロスが言うには、堕天使の最大組織から離反した者よりもたらされた技術があるという。

 

 それは忌まわしき聖書の神の模倣。神を滅ぼす具現の再現に至るだろう研究。

 屈辱である。聖書の神の業、堕天使の成果に頼るなど。

 だが、それでもやると決めた。

 

 それは穢らわしき赤い天龍の神器。強者がもつことで最も効果を発揮する単純にして明快な暴力。

 屈辱である。大戦の際に暴れまわって多くの悪魔を殺して混迷をもたらし、内戦へと繋がる状況を作った原因の一つ。それの封じられた品の模倣品を身に宿すなど。

 だが、それでもやると決めた。

 

 屈辱の極みである。

 それは、現在の『赤龍帝の籠手』所有者の○○○○(体液の一種)。口に出すのも憚られる材料。

 そんなものから精製した偽物の神器を身に着けるなど、悍ましさで気が狂いそうになる。

 だが、だが、それでも、屈辱に耐えさえすれば力を得られるのならば──。 

 

 ユーグリッドはその決意の表明として、現行政府から生死不明と扱われているらしい己の存在を姉に知らせることにした。

 姉の近くにいるだろう、彼の姉を「義姉上」とはばかることなく呼んで暮らしているという、羨ましいグレモリーの次期当主。

 その次期当主の使い魔の存在をナベリウス分家の当主から聞いた彼は、自身の顔とオーラの質を白音という使い魔に覚えさせるように振舞った。

 召喚され消えて行ったあの使い魔は、姉と出会ってくれるだろうか。そしてユーグリッドのことを話すだろうか。そのとき、姉は彼のことを思い出し、どんな顔をしてくれるだろう。

 

 ユーグリッドは決意した。最も重要なこの目的を遂げるためならば、姉のように振舞うことすら辞さないと。

 

「愛のためならば、ルキフグスの定めに反しても構わない」

 

 他ならぬ姉がそう教えてくれたのだから。

 

 

 

 

 

 ―○●○―

 

 

 

 

 

 政府調査員による白音への質問責めは、長時間に渡った。

 それに付き添った俺と黒歌は、ぐったりだ。

 俺たち以上に疲れたのだろう白音は、既にベッドで眠りについている。

 

 

 エダーギ殿の行方は、結局分からなかった。

 

 白音の発言の後、明らかに動揺した様子の義姉上に困惑しつつ、連絡を聞いて駆けつけてくれたナベリウス本家の者たちとともにエダーギ殿の研究施設に入り込んだ。

 途中から遅れてやって来た政府の調査員も交えて内部を改めたが、そこには手掛かりとなりそうなものは一切残されていなかったのだ。

 

 それこそ、何の研究をしていたのかを推測する材料の一欠けらさえも抹消されていた。

 大がかりな実験装置と思われる物は完全に破壊されていて残骸となっており、資料や資材の類は根こそぎ持ち去られてしまっているような有様。

 

 幾人か出入りしていた者らが居たはずなのだが、誰一人として見当たらなかった。

 何かしらの残留物がないかも調べたらしいが、どうやら純水と思しきもので施設内を丸ごと洗浄されていたようで、あまり成果は期待できそうにないらしい。

 ただ、そのことからかなり腕の立つ水の術の使い手も絡んでいそうだということだけは予想されている。

 

 というのが、俺の聞くことの出来た話だ。

 本当はもっと多くのことが判明しているのかもしれないが、次期当主に過ぎない身では知ることの出来ない情報もあるだろう。

 分家とはいっても、エダーギ殿は元七十二柱の名門貴族に連なる者。レーティングゲームにこそ参加していなかったが、優秀な眷属を育成・販売(トレード)していたことである程度名前も売れていた。

 

 その失踪事件は、悪魔の貴族社会に大きな波紋を生んだらしい。俺は主として使い魔の白音に付き添っていたので良く知らないが、レイヴェルがフェニックス家の伝手で情報を集めて来てくれたのでそうなのだろう。

 

 上級悪魔の行方が分からなくなること自体は、ときどきある。

 人間界に赴いた際にエクソシストに遭遇して殺されてしまうこともあるからだ。実際、ヨーロッパ方面に縄張りを持つ悪魔の中には、眷属まるごとやられたなんて話もちらほらある。

 聖剣持った連中が奇襲を仕掛けてくるらしいのだ。教会のクソどもめ。

 

 では今回の事件で何が騒がれたかと言うと、白音の義姉上に似た顔立ちとオーラの質を持った男性悪魔がいたという証言だ。

 

 ユーグリッド・ルキフグス。

 

 我が愛しの義姉上、グレイフィア・ルキフグスの実の弟であり、兄上の義理の弟になる悪魔の名だ。

 白音の証言を基に似顔絵を作成し、いくつかの方法で感じ取ったというオーラの質を確かめたところ、おそらくはそうであろうと判断された今回の事件の重要参考人でもある。

 まだ確定はしていない。見たのが白音だけで、かつ彼女は悪魔ですらない妖怪の使い魔に過ぎず、さらに悪魔の中には姿を変えオーラを偽装する術を持つ者もいる。

 それでも、ユーグリッド・ルキフグスの名前が出たことは大きかった。

 

 なにせ、内戦時には兄上たちの敵方の立場にあり、その後は生死不明とされつつもまず死んでいるだろうと思われていた強力な悪魔だ。

 その強さは、いわゆる魔王クラス。旧魔王勢力の幹部と考えて良い。

 死亡していると思われていた悪魔内部の敵対勢力の幹部が生存していて、しかも貴族家当主の失踪事件に関与しているというのは恐ろしい話だ。

 いつの間にか屋敷に入り込まれて、殺されるかもしれないと考えるとおちおち寝てもいられなくなる。まぁ、起きていたところで抗うだけの力がなければ殺されるなり攫われるなりしてしまうのだろうが。

 

 ユーグリッド・ルキフグスのことは、大衆には伏せられた。

 

 ルキフグス家は、ルシファーの側近だ。

 それが動いたということは、その主である前魔王の血族が何かをしようとしていると考えられる。

 兄上たちが政権を奪ってからの期間は人間基準では長いが、悪魔としてはそこまででもない。兄上が生まれてから、俺が生まれるまでの期間とほとんど同じなので、人間の感覚に合わせるとちょっと年の離れた兄弟の年齢差程度になるのだろう。

 世代すら変わっていないからな。大戦時の軍人たちで死んでいない者はまだ現役だし、代変わりしていない当主も多い。

 

 つまり、元々のルシファーが魔王として君臨していた時期を過ごしていた者が人口の大半だということだ。寿命長いし、子供生まれにくいからね。

 なのでクーデターによって政権を奪った兄上たち現四大魔王よりも、前魔王に心を寄せている者も多いことだろう。

 兄上たちに勝てないから従っただけで、内心ではってヤツだ。面従腹背とかそんな感じか。

 ということで、いろいろとざわついたらしく、結果としてそのしわ寄せが義姉上に来てしまった。

 

 目撃されたのがユーグリッド・ルキフグスとは断定できない。

 ユーグリッド・ルキフグスだとしても、失踪に関与しているかどうかはまだ確定していない。

 だが、それらしき人物が貴族家当主失踪事件の現場近くで目撃されている。

 

 この状況で、義姉上にユーグリッドさんの生存を知っていて黙っていたのではないかという疑惑の目が向けられてしまった。そして、自主的に政府関係の職務から遠ざかることを求める声が兄上が無視できないほどに上がったらしい。

 あくまでも自主的に、である。ユーグリッドさんの事件への関与も、本人なのかも確定していないから。いやらしい。

 

 黒歌にも普段から主への態度が悪いところがあったり、事件現場で「ぶっころ」発言をしていたことで取り調べがあったのだが、割り出されたという事件発生時間の彼女は俺にぶっ挿されていたのでアリバイが成立したらしい。

「アリバイが成立したらしい」としか言えないのは、もしかしたら父上か兄上あたりが権力で俺の眷属(予定)を庇ってくれた可能性があるからだ。深くは聞かず、感謝だけしておくことにする。

 

 でも、義姉上はそうはいかなかった。

 

 悪魔の社会では、何か事件があってその犯人を捕らえられなかった場合、犯人の親族を責めることが多々ある。まぁ、これは人間でも同じだった気がするが。

 もしも黒歌が「ぶっころ」発言を実行してしまったとして、その上で逃走に成功していたとしたら、きっと白音が吊るしあげられていたことだろう。

 今回の場合はユーグリッドさんが一番怪しいので、義姉上にいろいろ来てるってことでいいのかね。内戦時代からの諸々もあるようなので、イマイチ分からないところも多いが。

 政治が絡むとよく分からなくなる。単に現魔王派に打撃を入れたい大王派からの攻撃ってこともあるだろうし。複雑怪奇だ。

 

 分からないことをグダグダ考えていても仕方がないので、ここは今の俺に出来ることをしようじゃないか。

 

 とりあえず、精神的に疲れたので寝る。

 いろいろ駆けまわってくれたレイヴェルを右手に抱えて、おろおろ心配してくれていた朱乃を左手に抱えて睡眠である。

 朝一はリュイに頼もう。駆けつけてくれて、レイヴェルの手伝いをしてくれたようだしな。

 ちなみに黒歌と白音は別室だ。

 

 で、明日は義姉上のお見舞いだ。

 いや、病気ではないのだが、ふさぎ込んで部屋に籠っているようだから。

 しかも、兄上は通常時でも激務らしい魔王業が事件の対応でさらに増加していて義姉上のところに来れない様子。ならば俺が慰めて差し上げねば! 

 

 思えば義姉上には大変お世話になってきた。レイヴェルとの婚約以来会う機会が減ったが、ミリキャスが生まれる前なんてかなり面倒を見てもらったものだ。

 母上は貴族らしく使用人に子供の世話を任せる感じの人なので、使用人のグレイフィアがよく俺の世話をしてくれた。

 魔王の妃なのに、使用人のメイドさん。慣れた今でも混乱するところだ。

 

 そういえば、以前に義姉上からユーグリッドさんの話を聞いたことがあったような覚えがあるな。

 あのときの義姉上は酔っぱらっていたから、「うんうん」って感じで聞いていたのだが、もう少し詳しく聞いておけば良かったか。

 義姉上は、酔っぱらうとなかなかこう……スキンシップが激しかったりするので、結構嬉し困る。あと、弟ってものに対して何やら思うところのありそうなことも言っていたような。

 俺も義理ではあるが義姉上の弟なので、そこに死亡したと思われていたユーグリッドさんを重ねられていたりでもしたのだろうか。

 聞いてみたいような、聞きたくないような、なんとも微妙な気分がしてくる。

 

 

 ところで、義理の姉の弟ってなんと呼べばいいのだろうか? とりあえず「さん」付けでいいよな。日本語思考でそう言っておけば、いい感じに翻訳されて受け取ってもらえるはずだし。

 

 






ユーグリッドくんの表舞台登場はだいぶ先になります。
旧魔王勢力やネビロス、サタナエルやらがいろいろ動いてるんだなって思っておいてください。
オリ主がさっぱり知らないところで。



原作を読み返していたら、だいたいのことは『ネビロスの仕業だ』にしておけばいい気がして来た今日この頃。
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