公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
現代語訳『アンチクリスト』
という本を一部参考にさせていただきました。
「『自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。税金を取る者でも、同じことをしているではないか。親しき者にだけ親切にしたところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異境の者達でさえ、同じことをしているではないか』」
聖書の文言は、頭に痛みを与える。記者たちも嫌そうな顔をしている。
自分を愛してもくれない相手を愛せとか、親しくもない者に親しく振舞えとか言われてもな。俺には理解できん。
悪魔ではなかった前世でもそうだったので、この先俺が聖書の教えに従う連中の根本を理解することは不可能なのだろう。まぁ、悪魔の身には必要ないことだと思いたいが。
「俺は悪魔であろうとしている。そして、お前たちも悪魔だろう。そう……我々は悪魔だ。聖書に記された勢力の内、神の敵対者である悪魔だ。それで……お前たちは、いずれ貴族家の当主として税を徴収する者たちの上に立つことになる俺に何をしろと言うのだ? まさか、見ず知らずの他人に、愛し合う関係どころかろくに言葉を交わしたことさえないものに情けをかけろと言うのか? 天界の連中の敵である俺に、やつらの教えに倣って、親しくない者にすら親しげに振舞えと言うのか? 情けないな、お前たちはそれでも悪魔なのか? 何か言ってみろ。質問することを許してやる。────何もないのか?」
反論も質問もなしか。これが、世に言う完全論破ってやつか? ちゃんと仕事したら?
悪魔のくせに、よもや聖書の教えに従う連中の真似事をしろなどとこの場で発言できる者などいまい。
ま、これ同志シスタスキーことディオドラのお陰なんだけどな。ちょっと通信かけて、「なんか上手い言い方ない?」って聞いたら、「じゃ、聖書のこれ使えば?」って悪魔的に利用できそうな箇所をサクッと教えてくれる。
さすが、数多の聖女・シスターを堕とし続けている男。持つべき者は口の上手い友人だな。
「慈悲だの情けだのを恵んで欲しければ、聖書の神にでも祈っておけ。天界の門を叩いて、『悔い改めます』とでも叫んでみるといい。ヤツの持つ奇跡の力は多種多様だが、『復活』はその最たるものだ。死すら容易に覆すという奇跡の力ならば、手足の二・三本程度楽なものだろう。『敵を愛し、己を迫害する者のために祈れ』などと記されているくらいだ、本当に治してれるかもしれんぞ? もっとも、天使どもに光の槍で祝福される方が早いだろうがな」
ふむ、ここまで言ってようやく質問が来たな。ならば、兵はどうなのか、と。
「今回の大戦及び内戦時に癒しきれない怪我を負った者の治療に関しては、既に政府から発表があったとおりだ。魔王さま方の判断があり、俺には報酬が支払われる以上、何も言うことは無い。詳しく知りたければ政府に聞くといい。グレモリー家の兵の治療はもっと簡単な話だ。俺はグレモリー家の次期当主。あの者たちはいずれ俺の手足となって働く者たちだ。自分の手足に傷がついていた、だから治した。それだけのことだ」
決戦戦力としてはそれほどでもないが、広範囲を支配するためには兵が必要だ。監視の目は多く有った方がいい。
悪魔に善良さなど期待は出来ないので、良い給料を払って雇っている兵の働きは治安の維持に繋がり、税収の増加にも繋がるだろう。
悪魔は寿命が長いから、損得勘定のキチンとできるヤツは軍紀をしっかりと守る。真面目にやっていれば今後数千年以上に渡って安定して良い暮らしが出来るというのに、一時の欲のためにそれを投げ捨てるのはもったいなかろうよ。本当は規律何ぞ無視したくとも、グレモリー家の定めた決まりを守れないの兵は必要ないからな。全軍合わせても俺一人よりも戦力が低いから、どうしても切れない人材なんてのもいないことだし。
まぁ、人間の軍隊と違って上がいつまでも引退しないから、出世が大変難しいところはあるか。
で、次はバアル家、と。
「バアル家からは報酬を受け取っている。そもそも金額を決めたのがその時だ。──貴族基準の金額では高すぎる? 何を言うのかと思えば、俺の母の生家との取引の際と同額で行ってやろうと言っているのだ。身内に甘いと言われ続けてきたグレモリー家の者が、親類用に設定した額だ。見ず知らずの者に対してならば、むしろ安いのだと理解しろ」
俺は自分と身内に甘く、他人には厳しくドライに生きていきたいのだ。その方が絶対楽だと思うのでな。
おっと、エダーギ殿との試合のときの話が出て来たか。
エダーギ殿の眷属と、ライザー義兄上の眷属。どちらも普通に治せる状態だったのに、調子に乗って『不死身』特性を『譲渡』しまくったっけな。
あの場には関係者と、いくらかの家臣しかいなかったのだがな。短い期間でよく調べてくるものだ。
話の出所は、エダーギ殿の眷属辺りだろうか? あの頃は隠すつもりもなかったし、こんな状況になるとも思っていなかったから気にしていなかったが、今になってみると大盤振る舞いしたことになってしまうか。
さて、どうするか……ふむ、こうするか。俺は言い訳ついでに、自分に都合の良さそうなことを話しに混ぜ込むタイプの男だ。
「…………たとえ話になるが、俺が道を歩いているときに怪我をして足を引きずっている猫を見かけたとしよう。そのときに俺がなんとなくの気まぐれで猫を癒すことがあるかもしれない。猫は可愛いからな。そして施しを受けた猫は感謝して俺の足にすり寄ってくるかもしれないし、驚いて逃げて行ってしまうかもしれない。このとき、その結果はどうでもいいのだ。もとより獣に感謝など求めていないからな。俺は気まぐれな俺自身の心の動きに従って行動しただけなのだから。そう、やりたいからやったとき俺の中ではこの行為とその結果の価値は釣り合っている。等価なのだ。だが、それを見ていた関係のない者が、『猫を癒すくらいなら、私も癒して欲しい』と言って来たとしよう。そのとき、俺はおそらくそのことを不快に思うだろう。俺は猫に施したかったのであって、そいつに何かしてやりたかったわけではないからだ。──言っている意味が分かるか?」
上手く伝わっていない感じか。たとえ話ってのは難しいな。
「では、料理に置き換えてみるか。料理を趣味にしている者は多いと聞くからな。──今の質問をして来た者。そう、そこのお前だ。お前が長い年月をかけて料理の腕を磨いてきたとしよう。そうなると、今度はその腕前を披露してみたくならないか? まぁ、なったとしておけ。お前は自分の磨き上げた料理を振舞うために、親しい者たちを集めてパーティを開いた。そこで美味しいと褒められれば気分がよいだろうな。中にはまだまだ精進が足りないと口にする者もいるかもしれないが、そいつもお前にとって親しい者ならば、その言葉もそれほど気にはならないだろう。だが、そこに貧しく飢えた者がやって来て、『振舞う料理があるのなら分けて欲しい、三日間何も食べていないんだ』と言い出したらどうする? お前はきっと優しく情にあふれているのだろうから、そいつにも料理を分けてやるのだろう。そして、次の日にもまた飢えた者がお前のところにやって来るのだ。その次の日も、その次の日も、毎日数を増やしながら……な。博愛精神に満ち溢れたお前は、きっとその者たちに食事を与え続けていくのだろう。その状況にお前が満足できるのなら幸いだ。お前の心の中で、提供したものと受け取ったものが等価で在り続ける限りは幸せでいられるだろう」
言っていて自分でもわけが分からなくなってきたぜ。俺、肉体年齢まだ十代前半なんですけど。
それがいきなり公開生放送で記者からの質問付きとかさ。我が父上、スパルタ過ぎない?
隣の席に座って、応援してくれているレイヴェルだけが心の支えですよ。この状況。
「ようは俺の気分に合わせろということだ。俺の機嫌が良い時に、そうすることで俺の気分が良くなるように、俺の心の動きを察して、俺が不愉快にならないように行動し、俺が気まぐれにそうしたいと思えるようにしてみせろ」
条件が厳しいが、他人にただで何かして欲しいってことならこんなものだろう。少なくとも俺はそう。
こんなの読心能力持ちか、俺のことをよく知っている者でないとまず無理だろうが。
「で、料理の話の続きだが、もしもお前が料理店を開いていたとしたらどうだ? そこに金を持ってやって来る者が相手なら、料理を提供し、その対価として金を受け取ることに不快感はあるか? 想像してみろ」
見ず知らずの連中にただメシをたかられたら不愉快だが、決められた料金を支払う客なら話は別だ。金を払うのならば提供することに文句はない。
「さきほど俺の気分に合わせろと言ったが、実際のところそんなことはお前たちには無理だろう。だから金額を定めているのだ。これだけの金を支払えば、俺は不愉快に思わないし、お前も何をどうすればいいのか分かりやすいはずだ。金、貨幣が何で出来ているのかを思い出してみろ。初等科の授業で習っているはずだ。貨幣は金属や紙で出来ているのではない。貨幣に同じ重さの同じ物質よりも高い価値があるのは、そこに『心』が籠っているからだ」
貨幣は『信用』で出来ている。人間やってたときは、これ習ったかな。習っていないような気がするが、覚えていないだけかもしれん。まぁ、政情不安定とか今にも財政破綻しそうな国の貨幣価値が落ちるのだから、考えてみれば当たり前の話だ。
「貨幣には価値がある。これを出せば同じだけの価値のものが手に入る。多くの者がそう信じているから、そこに価値が宿る。『信じる心』を売り買いに利用する、貨幣が人間たちから悪魔の発明などと呼ばれる所以だな。欲しいものがあるのなら、俺の気分を貨幣に宿る『心』で買って見せろ」
さて、もう言いたいことは言ってやったことだし、そろそろ利益の分配の話に入るか。元々はこっちが主題だったのだ。
妙なことがあったせいで、そこに絡めて話すことになってしまった。
「と、ここまで言っておいてなんだが……俺は今日のことで思い知らされた。俺は人付き合いが苦手な性格でな、こうやって煩わされると気が滅入って仕方がない。気が滅入ると何事もやりたくなくなる。そうなると、神器にも影響が出るだろう。なにせ、神器というものは所有者の『想い』に応えて力を発揮するからだ。だから、俺は俺がこの治療行為をやりたくないと思うことがないようにするため、依頼を受ける相手を限定させてもらうことにする」
チラリと隣を見ると、レイヴェルが頷いていた。グレモリー家というか、俺だけがぼろ儲けすると妬まれて面倒そうだから、他の家にも適度に利益があるといいねって話だな。
仮にまたバアル家から依頼があったとして、治療を受ける者はバアル家の者に限ってはいない。バアル家から紹介があれば、引き受けてもいいとするわけだ。
さっきの料理屋の話なら、会員制で会員の方と一緒でないと他の者は入店できませんみたいなところか。紹介料というか、仲介料は各家におまかせだ。俺の知ったことではない。
「まずは、『譲渡』する『不死身』の特性の源であるフェニックス家。それから、俺と個人的に交流があるバアル家、シトリー家、アスタロト家、アガレス家、それからウァプラ家──」
フェニックス家については説明する必要もないだろう。
叔父上は嫌いだが、祖父さんやマグダランは嫌いではないし、バアル家の古参兵なんかは母上のことを「姫さま」やら「お嬢さま」とか呼んでいたしな。
シトリー家とは親の代から仲が良いし、アスタロト家にはディオドラとラティアがいる。アガレス家のシーグヴァイラはロボ話仲間だ。ウァプラ家はミスラさんの家だしな。
たしか、グレモリーを除いて六家だから、これでいいはず。
「──なんだ、どうし……」と心の中で確認していたところで、レイヴェルに袖を引かれた。
「グラシャラボラス家もですわ」小声でそう言われて、背中から汗がブワッと噴いた。
交流がある家なんて前置きをしたせいで、さっぱり関わりのないグラシャラボラス家が抜けてしまった。
そういえば魔王派内の各魔王の四派閥に、大王派、中立派で割り振ったのだった。うっかりウァプラ家を入れてしまったが、今更取り消しも出来ないしいいだろ別に。
「──にグラシャラボラス家。名前を挙げた家と魔王さま方以外からは受け付けないことにさせてもらう」
何か言いたそうにしている記者連中を身振りで制し、視線を正面のカメラに向けて俺は最後の言葉に入った。
「最後に、頭の痛くなる言葉を聞かせてやる。『神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれた。また神は地位の有るものを無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれた。それは、誰一人、神の前で誇ることがないようにするためだ』。──愚かな者、弱い者、身分卑しき者を選ぶのは、聖書の神のすることだ。俺はそんな者たちに価値があるとは思わない。悪魔ならば、賢くなれ、強くなれ、上を目指せ。自己の利益を追求し、他者を見下し、自分の力を誇ってみせろ」
一息をつく。下級悪魔の親子だったか。
「『命の価値は平等ではない』、人間との取引を経験している者は知っているはずだ。命と魂を差し出しても大金すら得られない者がいる一方、同じものを支払って大国の王となった者もいる。『命の価値が平等ではない』のは悪魔もまた同じだ。俺とお前の価値は生まれたときから違う。力ある者として生まれるかどうかは、運だ。運もまた実力。生まれる前の実力が足りなかった者は、泣こうが叫ぼうが持って生まれた力で生きるしかない」
前世は仏教徒の端くれだった俺は、そのラインで転生している気がするのだが。こんな悪魔になるなんて、俺はどれだけの悪業を積み上げていたのやら。前世ではそこまでの覚えはないから、前前世か、それより前に、大虐殺でもやったのだろうか。
まぁいい。えーと……たしか、ミスラさんがサイラオーグに言ったという言葉がこんな感じだったか?
「下級悪魔ならば、魔力は少ないだろう。魔力がないのならば、その足りない部分を他の何かで補え。腕力でも体術でもいい。知力でもいい。財力や技術、人脈でもいい。弱さなどを盾にするな。愚かさなどを武器にするな。大衆やみんななどという、形のないあやふやな者たちに期待するな。お前の価値は、お前自身で高めるしかない。何かを望む弱者に『怠惰』は許されていない。『怠惰』は、力ある者と諦めた者の特権だ。欲するものがあるのならば、悪魔らしく自分の手で掴みとって見せろ。自分の得意なことを見つけろ、それが必要とされている場所を探せ、儲ける方法を考えろ。好きな者、愛する者のためにやってみせろ」
我ながら偉そうなことを言っているが、人外異形の世界は弱肉強食。弱い者が雛鳥のように叫んだところで、他の強者のエサにされるだけだ。
「そうして俺の目の前に金を積み上げ己を誇ってみせろ。その取引の瞬間だけは、俺とお前は対等だ」
なんとも、こっぱずかしいな……これで終わり。
「──以上だ。これで会見終了とする!」
まだ予定時間は残っているが、これ以上こんなところで話していられるか。
何やら文句を言うヤツがいるが──。
「俺の気分に合わせろと言ったはずだ。俺が終わりと言ったら終わりだ。さっさと目の前から消えろ。目障りだ」
魔力をドッと放出してやったら、蜘蛛の子を散らすように去って行った。うん、これでヨシ。
傲慢で強欲で好色、怒りっぽくて気難しい。だけど、強い。俺はそんな領主になりたい。
もしくは、気に入った者の武器しか作らない頑固なドワーフの職人みたいな立ち位置。
平民との距離感は遠い方がよいのだ。近寄り過ぎるとなめられるからな。昔の王が、下々の者と直接会話せずに間に言葉を伝える者を挟んだり、御簾を下ろして顔を隠したりなんてやってる場面をテレビで観たような覚えがあるが、あれはたぶんそういうことだろう。
民草なんぞに媚び始めたら、貴族は終わりよ。気まぐれで踏みつぶされると思われるぐらいで丁度いい。
「あれで、よろしかったのですか?」
記者共が消え、カメラも止まった会場で、何やらフリーズしていたレイヴェルがギギギと動き始めた。
「俺は話すのが苦手だと言っただろう?」
「ええ、それにしては……そのいろいろと仰っていましたが」
「普段からもやもやと考えていたことを吐き出しただけで、何を言ったのかなんてあまり覚えてもいない」
「え……もしかして、緊張して……?」
「レイヴェルは俺のことをなんだと思ってたんだ? 全国中継の場で受け答えをしろとか、それだけでガチガチになるだろ」
「いえ、私はそこまででもありませんでしたわ」
これが生粋の貴族……! 俺のような前世一般人の小物精神とは何かが違う。前半の質問にスラスラと答えているなと思ってはいたが……。
あんな場面で何も問題なく過ごせる度胸があったなら、前世で彼女の一人ぐらい出来てたはずだ。俺は所詮告白前に砕け散ったような男よ……。
せめて、こう読み上げる原稿とかあれば良かったのに。父上が厳しくて引き籠りになりそう。
と、通信が入った。魔方陣が広がる。これは、ソーナか。また音声オンリー、最近のソーナはいつも顔出さないな。
「なんだ、観ていたのか。いや──ああ、だから──。いいから、お前はあれだけ学校、学校言っていたんだから、学校を造れ。そう、レーティングゲームだけじゃなくて、他のものも全部含めたようなのを。──そう、下級悪魔なんて強さを求めても厳しいに決まってるんだから、それ以外で何か長所を発掘するような感じでだな。──お前が学校造るって言っていたからそれっぽいことを混ぜたんだ。いや嘘じゃなくて、たぶん、普段からなんとなくどうしようかと考えていたから口をついて出たんだ。──造れよ、絶対に造れよ。最初の運営費くらいは応援するから、百年以内には黒字に持って行けるような感じで頼むぞ。──無理? いや、無理じゃないから。俺には出来ないけれど、お前なら出来る! 俺が保証するから──」
胴をぎゅっとされたので下を見ると、レイヴェルが抱き着いてきていた。
俺、こんな会見なんてことしてないで子作りだけして過ごしていきたくなっちまうよ。
「──ああ、聞いてる。──え、それはだな。──」
まぁ、次があれば今日よりはマシになるだろう。何事も経験だって言うからな。
―○●○―
「無茶苦茶やってるなあ……」
アスタロト本家の一室で、ディオドラは録画を再生中の画面に映る友人の姿を観ていた。
魔力をまき散らして記者たちを追い払う様子には、もう何も言えない。
「で、ラティアはあんなのがいいの?」
『……悪い?』
ディオドラが座る椅子の前にはテーブルがあり、その上に魔方陣が展開されている。
通信の相手は、ラティア・アスタロト。彼の兄が当主を務める分家の娘である。
「いや、別に悪くはないけどさ。で、何か用?」
『これ、リアスから贈られたのだけれど。どういう意味かしら?』
通信魔方陣の映像に、赤と白で構成された衣服が映る。いわゆるミニスカサンタ服だ。
「着てくれってことじゃないの? まぁ、似合うとは思うよ」
『こんなもの、どこで着ろというのよ』
「さぁ、ベッドの上とか?」
『ふざけないで』
ディオドラは、そっとテーブルの下を見た。テーブルの上に展開された通信魔方陣内のラティアからは見えない位置で、赤と白で構成された三角帽子が前後に揺れ動いている。
自身のモノに奉仕する女の頭をそっと撫でながら、ディオドラは答えを探して視線を彷徨わせる。
「じゃあ、ただの冗談、ジョークのつもりじゃないのかな。アイツ、身内だと思っている相手にはそういうことをするところがあるから」
『身内ね……。そのわりには、こちらに顔を出したことがないのだけれど』
「あー、こっちにくれば会えると思ってるんじゃないの? 実際そうしていたワケだしね」
『効果がなかったわ』
「いや、あったと思うけど? ただ、同じことを一年前にしていたら簡単だっただろうにとは思っているけどね」
ディオドラが今回のリヴラクス・グレモリーとレイヴェル・フェニックスの会見の様子を観る分には、もう婚約解消なんて事態はなさそうに思えた。
並んで座って、婚約者で『女王』ですと紹介までしていたのだ。半ば婚約発表のようにすら見えた。後半は酷いことになっていたが……。
「これ、僕が言ったってことは秘密にして欲しいんだけどさ。アイツ、婚約前に話したときに、『結婚相手は見た目が好みで性格がある程度良ければ誰でもいい』とか言ってたんだよね。だからさ、先にラティアから行ってたら、その場でオッケーだったと思うんだよね」
『誰でもいい? でも、ソーナとは』
「次期当主同士だからあり得ないって考えだったようだけど?」
『そう』
「婚約の話の相手はやっぱり気に食わないのかな?」
『ゼファードルは嫌よ』
「幼稚舎以来会ってもいないだろうに、今は落ち着いているんじゃないのかな? あ、じゃあ、ライザー・フェニックスは? 何度か会ったことがあるけれど、そう悪い感じではなかったよ」
『わたくしに、レイヴェルの義姉になれと言うの?』
「あー……、あー……そういうことか。なるほどね、それは複雑だ」
アスタロト家次期当主であり当事者ではないディオドラは知っている話だが、ラティアとリヴラクスの婚約が考えられた時期はかなり前になる。
幼稚舎で仲が良い様子を両家の親が見た時点で、ある程度の話は進んでいたのだ。
現ルシファーの弟であり、バアル大王家当主の甥でもあるリヴラクス。
分家ではあるが、現ベルゼブブの姪であり、アガレス大公家当主の姪でもあるラティア。
四大魔王の中でも上位になる二名の超越者に親しく、さらに大王家と大公家の血も混ざる。
悪魔勢力内部だけを考えると各派閥の領袖である家同士の結びつきが強くなってしまうが、外部、天使、堕天使、他の神話勢力を考えるとそう悪い縁談でもなかった。
悪魔勢力は大きく疲弊した三勢力による大戦の直後に、内輪もめの内戦を行ってさらに勢力を減衰させている。もしもあの時期に外部から攻められていたならば、損害は大変なものになっていただろう。同じ冥界に住まう堕天使に攻め込まれていたら、滅んでいた可能性もある。
それもあって、二人を結びつけることで、現在は内部では未だに派閥争いを続けているが外に向かっては一丸となって戦う。その象徴的な意味を持たせることも考えられていたのだ。
だが、その話はリヴラクスが幾つかの問題を起こしたことで一旦立ち消えとなり、アスタロト家が再考をしている間にフェニックス家の長女とリヴラクスとの縁談が決まってしまった。
そこまでは、次期当主としてはともかく、ディオドラ個人にとってはそれほど関わりのない話だったのだ。
問題は、ディオドラが純血悪魔の女とは子作りをしないと宣言したことから始まった。
リベラルの風が吹き始めてはいても、貴族社会の純血主義は根強い。ディオドラが純血の子を作らないのならば、その次に次期当主に近い立場にあるラティアに純血悪魔の子を産んでもらおう。
それはアスタロト本家としては当たり前の判断だった。
聖女やシスターを弄ぶことを生きがいとするディオドラにも、血もあれば涙もある。ラティアに対して悪かったなと思わなくもない。
だからといって、ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ転生者を嫁にすることを止めるつもりはないし、好みに合わない女を抱くつもりもない。
「それなら……、えーっと、怒らないで質問に答えてくれるかな?」
『なに?』
「ラティアって処女? いや、前にリアスのヤツが──」
ということで、ディオドラはラティアに協力しているのだった。
自分の迎える養子の父親が誰になりそうなのかと考え、紅髪はなんとなく嫌だから母親に似た金髪の子になるといいなと思いながら。
「敵を愛し、自らを迫害する者のために祈れ」ってことなら、ディオドラを治したアーシアって信仰的には何も悪くなかったのかなって