※この作品はR-18です。

公爵家次期当主好色物語   作:ルペッタ好き

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2-35 聖夜に響く鞭の音(前)

 母を殺されあちこちを一人彷徨っていた頃、冬はとてもつらかった。

 単純に寒いということもあった。冷たい風が吹き雪が薄く積もる中、人目を避け、敵対的な関係にある者たちに見つからないように息を殺して過ごす夜の厳しさは、きっと経験した者にしか分からないだろう。

 あの頃の冬の日はいつだってつらかったけれど、クリスマスや正月などはそれとは違う悲しさがあった。

 仲良く歩く恋人たち、幸せそうな家族、懸命にケーキを売ろうとするお店の人。煌びやかに飾り立てられた街の中を、汚れた服を着て一人歩くのはとてもみじめで寂しかった。

 

 私の母は代々日本の神に仕える家系の出身で、一般の人間とは違い神々の実在を知る立場にあった。そのため、家を出るまではクリスマスというイベントを経験したことがなかったらしい。

 

「この国の子供たちは、こうやってこの日を楽しんでいるのよ」

 

 でも、私が生まれてからは、母はそう言って日本の普通の子供たちが体験するイベントを教えてくれようとしていた。

 種族柄クリスマスは忙しいを夫を待ちながら、母は幼い頃の私と一緒に楽しんでいたのだ。山の奥で、二人だけの、ひっそりとした、でも幸せな夜。

 そのときのことをどうしても思いだしてしまって──。

 

 

 

 

 

 ふと数年前の冬を思い出してしまった朱乃は、そっと隣を歩く紅髪の少年へと肩を寄せた。

 つないだ手から伝わる温もりだけで、心からポカポカと暖かくなってくる。でも、もっと近くに寄りたくなってしまったのだ。

 

「どうした?」

 

 覗き込んでくる紫の双眸にどきりと胸が高鳴る。鼓動が速くなり、朱乃は何も言えなくなってしまった。

 不思議そうに見つめてくる瞳から逃れるように、そっと彼の肩へと視線を移す。半年前は朱乃の方が背が高かったけれど、今は同じくらい。

 彼の父や兄、従兄の背の高さを考えると、きっと三年もしないうちに朱乃が踵の高い靴を履いてもいくらか見上げることになるのだろう。

 

「外は久しぶりだから緊張しているのか?」

 

 普段、朱乃はグレモリーの城から外に出ることがない。城の中で寝起きし、働き、学び、城から転移して赴くフィールドで訓練して過ごしている。

 それが何故、今日に限って人間たちの暮らす街を歩いているのかといえば──。

 

 

「出かけるぞ。人間界に行くから用意しろ」

 

 政府から依頼された傷痍兵の治療。その本日分を終え、記者会見を終了させて戻って来た主人から、不機嫌そうな声音でそう命じられたからだ。

 そのときの彼の瞳には苛立ちが見て取れた。こういうとき、朱乃は主人から痛めつけられる(ご褒美をもらう)ことが多い。

 それは朱乃自身が望んだことでもあり、彼の中に蓄積していく怒りの衝動の発散でもあった。

 

「今日はクリスマスだからな。悪魔のレイヴェルや妖怪出身の黒歌にはそう意味のないことだが、日本の人間社会を知っている朱乃なら分かってくれるだろう?」

 

 そう言いながら、主人は亜空間から乗馬鞭を取り出し、朱乃の頬をペチペチと叩いてくる。

 

「プレゼントもたっぷりくれてやる」

 

 期待に瞳を潤ませながら、朱乃はメイド服を脱ぎ人間界向けの服装へと着替えていく。

 冗談半分、本気半分で全裸の上にコートだけ着ようとしたら、着替えを眺めていた主人に鞭で叩かれてしまったのはご愛敬だ。リヴラクスと朱乃は主人と下僕の関係ではあるが、周囲に他人の目がなければこのくらいのじゃれ合いはする。

 

 

 ──クリスマスイブの夜、人間たちの街を愛しい人と二人で歩く。まぎれもないデートであった。一年に一度だけの貴重な夜の逢引だ。

 正妻となるレイヴェルや、自分よりも役に立つだろう黒歌、数日前に配られたミニスカサンタ服を見ながら期待に胸を膨らませていたメイドたちには悪い気もするけれど。

 朱乃はとにかく嬉しかった。舞い上がってもいる。だから、もっとくっつきたくなってしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「あれ、やってみるか?」

 

 耳元でそう囁く彼の視線を追いかけると、腕を組んで歩くカップルの姿があった。

 恋人つなぎにしていた手をほどき、胸を押し付けるようにして彼の腕をギュッと抱え込む。すると、余裕そうにしていた彼は少し照れながら空を見上げ頬をかいた。

 

「クリスマスに好きな子とこういうの……ずっとやってみたかったんだよな」

 

 念願が叶った。そう言いながら彼は顎を上げ空を見上げた姿勢から、朱乃へと振り返る。

 流し目というのか、横目というのか、なんとも言えないその視線にグラリと来てしまった朱乃は彼の肩に顔を埋めおでこをこすりつける。

 そんな風にしながらイルミネーションに彩られた街並みを歩いていると、二人の前に赤ら顔の男が立ちふさがった。

 

「チッ……クソッ、いちゃいちゃしやがってよぉ! 見せつけてんじゃねーぞ! ああツ!」

 

 コンビニの袋を片手にぶら下げたこの男、あきらかに酔っている。なにかイライラすることでもあったのだろうか。

 だが、雰囲気と気分に酔いしれていた朱乃にとっては、ただの邪魔者でしかない。せっかくイイ感じだったのに台無しである。

 

 この落とし前、どうつけてあげましょうか。

 

 朱乃がそう考えるころには、二人の邪魔をしないように気配を殺して周囲にいた護衛の悪魔達が動き出し──。

 

「にょ、幸せそうな二人の邪魔をしちゃダメにょ。寂しいなら、みんなと一緒にミルキーを観て、愛と勇気と希望を見つけるにょ」

「は!? ……え?」

 

 その護衛達が何かをするよりも早く、二人と酔っぱらいの間に立ちふさがった雄々しい背中が、邪魔者を連れ去って行った。

 あれほど目立つ体格の男がどこから現れたのか、それは朱乃にもリヴラクスにも、護衛の悪魔達にも分からなかった。

 あの魔法少女っぽい衣装の巨漢、いろいろな意味でただ者ではない。

 それだけしか、分からなかった。

 

「何だったんだ……?」

 

 と、想定外のイベントも発生したが二人は気を取り直して歩みを再開することにした。

 ショーウインドウを眺めながら歩いていると、ふとある物に朱乃の目が吸い寄せられる。

 

「見ていくか」

 

 歩みを止めた朱乃に気付いた彼は、彼女の視線の向かう先を見て笑みを浮かべ店の扉を開いた。

 店内を見て回る朱乃の興味の向かう先は、チョーカーの類だ。

 

「首輪が恋しくなったのか?」

 

 朱乃は耳元で囁かれた意地の悪そうな声に、顔を赤らめながらコクリと頷く。

 拘束用の重く頑丈な首輪を付けていた期間が長かったからか、それが外されてしまった今はどうにも首回りが寂しくて仕方がない。

 それは首だけではなく、手首や足首にも共通する感覚だった。

 

「どれがいいんだ?」

 

 悩ましい。朱乃は迷った。

 あれもいいし、これもいい。太い革製のものに惹かれる。でも、紐のようでキュッと締められそうなものもいい。

 金属の輪が付いていて、そこに何かを繋げそうなデザインも気になってしまう。他にもいろいろと──。

 

「迷っているなら、全部でもいいぞ」

 

 その言葉に、朱乃は首を横に振って答えた。

 一度にたくさん買ってしまったら、次の機会が少なくなってしまいそうだから。また、来たいから。

 

「そうか……なら、今日はこれが合うんじゃないか?」

 

 朱乃の答えに嬉しそうにすると、彼は紐状の品を指さした。

「まぁ、俺はセンスには自信がないんだけどな」と彼は言うけれど、朱乃にとっては彼の選んでくれたものが一番だ。彼の以外の誰かに見て欲しいわけではない。

 

「付けてやろう」

 

 首回りにストリングスを巻かれ、締め具合や結び目の位置を調整されていると、背筋にゾワゾワとした快感が奔ってしまう。

 このまま強く締められたら、どうなってしまうのだろう……なんてことさえ想像してしまっている。

 

「もうしばらく俺に付き合え。その後に……な」

 

 瞳を潤ませる朱乃の内心を彼は見通していたようで、店を出たところでそう言われてしまった。

 グレモリーの城の中にいたときはあまり気にならなかったけれど、こうして外で自身の趣味に言及されるとどうにも恥ずかしくて……その羞恥でゾクゾクとしてしまう。

 ご主人様の「女」しかいない場所でならともかく、見知らぬ他人のいる場所では見せられないような顔になってしまっていないだろうか? 

 そう思うと朱乃は無性に顔を隠したくなった。

 

「なんだか今日の朱乃は新鮮だな」

 

 両手で顔の前に持って行こうとすると、いつの間にか彼の胸に顔を埋める形になっていた。

 後頭部と背中に感じる彼の手の感触が嬉しくて、朱乃も抱きしめ返す。

 

「朱乃……さすがにちょっと恥ずかしくなってきた」

 

 しばらくしてそう言われ、朱乃はここが人間界の往来だったことを思い出した。

 いつもと違う場所だから顔を隠したくなったのに、ギュッとされただけでそれを忘れてしまっていた。

 彼の胸から顔を離し、おそるおそる周囲を伺う。──道行く人々から、なんとも言えない視線が向けられているではないか。

 カッとさらに顔が赤くなる感じを覚えた朱乃は、また彼の胸に顔を埋めた。

 

 などといったことを繰り返しながらしばらく歩くと、彼の足が止まった。

 

「ここだな」

 

 洋食店らしき店の木製ドアには、『ラクダに乗った貴婦人』のレリーフがはめ込まれている。

 

「うちの親戚がやっている店でな。急だったが予約が取れたんだ」

 

 ドアを開けるとカランカランとベルが鳴らすと、二人は奥まった席へと案内された。庶民向けの、でも少しお高そうな雰囲気の店内。

 

「お久しぶりです」

 

 席について待っていると紅髪の老紳士が現れて、彼と挨拶を交わし始めた。

 髪の色、抑えてはいるが上級クラスの魔力の気配、彼の口調。グレモリー家ゆかりの方であることは間違いない。

 どう対応すれば!? ここまでの道中で頭の中が茹で上がっていた朱乃は、教えられた行動が出てこなくてあわあわと慌ててしまう。

 

「料理趣味が高じて、戦(・)後(・)からこ(・)ち(・)ら(・)で暮らしている方なんだ」

 

「この店では礼儀作法はそこまで気にしなくてもいい」と言う老紳士の言葉に甘えさせてもらいながら、朱乃は二人の会話を聞いた。

 

 どうやら内戦終結後に悪魔の貴族がよくするという料理を始め、それが楽しくて仕方がなくなってしまったので人間の料理人に弟子入りしたらしい。

 その後、料理の師匠の勧めで店を持つことにして以降、グレモリーに縁の深い日本の地で『客からお金を受け取って料理を提供する取引』をして生きているのだとか。

 

「記者会見のときに、ふと思い浮かんでな」

 

 悪魔の創造性は、人間のそれに遠く及ばない。服装、娯楽、社会制度、悪魔社会の様々なものは人間の模倣だ。貴族の階級ですら、平等を謳いながらも自分たちで階級を作る人間への皮肉を込めて真似をしたもの。

 料理の世界でもそれは同じで、悪魔の思考からは新しい工夫がなかなか生まれてこない。だから、あの老紳士は人間の世界に紛れ込んで習って生きることにしたのだという。

 少年の姿で師から学び、店を開いて周囲に合わせながら年を取って見せ、やがて死亡したことにして、また少年の姿で人の技を学ぶ。長い間それを繰り返している。

 分家の出で、兄弟の数も多かったのでそんな生き方でも問題ないらしい。

 老紳士が厨房に戻った後、彼はそんなことを話してくれた。

 

「そういう方なんだ」

 

 悪魔生(じんせい)楽しそうでいいよな──と続ける彼の顔には憧れに近い表情が浮かんでいた。

 

「まぁ、そのうちああいう風にも生きられるようになるか。先は長いことだし」

 

 ……。

 

「酒か……」

 

 あまり待つことなく出された料理には、店長おススメのワインも添えられていた。

 今の二人は周囲の人間からは成人の男女のように認(・)識(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)はずなので、問題はない。

 

「朱乃は飲んだことあったか?」

 

 朱乃はまだ好んでアルコールを飲んだ覚えはない。小さい頃、家にあったものを興味本位で口にして以来だ。

 

「そうか、ならせっかくだから頂こうか。──ん、飲みやすいな。俺の舌も甘めの白ならいけるようになったか。酒の味なんて、実は昔からそんなに分からないんだけど」

 

 悪魔の世界に飲酒の年齢制限はないので、合法である。

 彼に釣られ、朱乃もそれを口にした。たしかに飲みやすい。思い出の中にある、口の中や喉の奥が熱くなって思わず吐き出してしまうようなキツイ感じはしない。

 

「それは、相当度の高いヤツだったのかもしれないな」

 

 おっかなびっくりグラスに口をつけつつ、食事の時間は過ぎていく。

 

「お前、あんなにケーキ好きだったか?」

 

 食事を終えて店を出ると、デザートに出されたケーキについついはしゃいでしまったことを言われてしまい恥ずかしくなる。

 子供みたいだ。

 アルコールのせいもあるのか、ポカポカと彼を叩きながら朱乃は今の自分をそう思った。

 

「さて、そろそろ悪い子な朱乃に紅いサタンさんの弟からのプレゼントを上げないとな」

 

 少しばかり歩いて人気のない場所に出ると、彼は転移魔方陣を展開しながらそう言った。プレゼントと口にしながら見せるその嗜虐的な表情。

 

 ああっ……♡。

 

 それだけで朱乃の身体の芯に被虐の甘い痺れが奔った。

 

「年に一度の機会だ、やはりここを使っておくべきだろう。十字架に張り付けるのは……さすがに痛すぎて無理そうか」

 

 転移した先は、駒王町にある人気のなくなった教会の前だった。

 彼が懐から鍵を取り出し入り口の扉を開くと、星明りに照らされたホコリが舞い散って……すぐに消えてなくなった。

 紅と紫の混じった魔力の波動が室内を奔りぬけて、汚れやホコリを全て消滅させたのだ。

 

「さて、どうするかな……普通にヤッてもいつも通りになってしまいそうだ」

 

 ぎいと音を立て、朱乃の背後で扉がひとりでに閉じていく。

 

「朱乃……」

 

 抱き寄せられ、抱き返し、唇を合わせ、舌を絡め合う。

 それから一度顔を離すと、彼は蕩けた瞳で見つめ返す朱乃にこう言った。

 

「家出少女が悪い男にナンパされて、酔わされて人気のない場所に連れ込まれてしまったことにするか。……今日こそはちゃんと嫌がるフリをしろよ?」

 

 嫌がる演技はこれまでにも結構やってきた。

 ただ、いつもすぐに「好き、好き」言ってしまって、あまり意味がなくなってしまうことが多い。

 

 今日こそは、頑張ろう。

 ご主人さまなんかに負けないんだから! 

 

 






クリスマスに親と喧嘩して家出した女学生の朱乃ちゃん。
街中を寂しく彷徨っていると北欧風美少年に声をかけられつい気を許してしまう。
そして勧められるままにお酒を飲まされて酩酊状態に――
連れ込まれた廃墟で繰り広げられる凌辱と調教。


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