公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
リアス・グレモリー(二巻)
リリンの失墜
魔王ルシファー。現在その名を襲名しているグレモリー家出身のサーゼクス・ルシファーではなく、最初のルシファーの話だ。
他神話の神々が相争い、同じ聖書の神話に属する天使たちですら堕天使という裏切者が発生する中にあって、悪魔たちは同種族内での大きな戦を経験したことがなかった。
欲望に踊らされ、感情に任せて行動し、それでいて合理的であり、利己主義者の集まりでもある悪魔たち。それらをまとめ上げた前魔王たちの治世は優れたものであった。
全知全能にして、完全に善なる存在であると謳われる『聖書の神』。その一神教の教えと、人間世界に確実に存在する悪と災い。
神が真に全知であるならば、なぜ悪の発生を事前に摘み取ってしまわれないのか。神が真に全能であるのなら、なぜ未だ悪の存在を許しておられるのか。神が真に善の善なる存在であるのならば、なぜこの世に多くの災いが起こり、人々が苦しむのをよしとされているのか。
そういった矛盾から生まれてきたのであろう悪魔たちとその王が形成した社会が、聖書の神の教えを信じて行動してきたはずの人間たちのそれよりも遥かに平穏なものであったことは皮肉と言うしかない。
戦はなく、飢えもなく、大半の病は魔力で解決し、長大な寿命を誇るために老衰も恐れるものではない。
悪魔たちの暮らしこそが、弱く儚く、戦と病と飢えと老いに苦しみ続けた聖書の神を信じる人間たちの理想に近かったのだから。
内側で小競り合いはあったのだろう、権力を巡った闘争もあったはずだ、そうでありながら悪魔たちは一万年以上の長きに渡って同種族同士で大きく争い合うことをしなかった。
時間を操作し、偽りの月と太陽を空に浮かべる悪魔たち。彼らの魔力は冥界の天候をも操作し、日照りもなければ長雨も起こらない。
神が人間に与えなかったものを、悪魔の王は悪魔たちに与えていたのだ。
どのような形、どのような手段を用いていたとしても、前魔王ルシファーを筆頭とする魔王たちの治世がたしかに優れたものであったことはこの事実だけで疑いようもない。少なくとも大多数の人間の王よりは上だろう。
万年を超えて続いた前魔王たちの治世。それが優れていたのならば、現行の体制よりもかつての王たちの治世を懐かしみ、忠誠を尽くさんとする者たちが多く存在していることも当たり前のことだろう。
数百年前、悪魔と天使、堕天使による三つ巴の大戦があった。本来ならば、聖書の神話がそこで終焉を迎えていたかもしれない戦いだ。
だが、その戦は二頭の強大なドラゴンの乱入などの様々な要因によって、神話に記された迎えるべき結末を迎えられなかった。
三つの勢力がそれぞれに大きく力を落とし、特に悪魔たちはそれまで自らの種族を導いてきた偉大な指導者である四大魔王すべてを失ってしまったのだ。
あまりにも長い期間君臨し続けてきた指導者を亡くした悪魔たちは混乱を極め、ついにはこれまでになかった悪魔同士の戦を始めてしまう。
感情により大戦の続行を主張する亡くなった魔王の血族が率いる政府軍。合理的に種の存続を望んだ反政府軍。
こうして始まった両軍の戦いは反政府側の勝利に終わる。勝者はそれまでの悪魔の領土を己の者とし、敗者たちはまだ開拓されていなかった冥界の辺境へと追われて行った。
ここはそんな歴史の敗者たちの集う場所。かつての魔王の血族を頭に据え、敗れてなお付き従った者たちがそれを支える『前魔王』『旧魔王派』などと現政府から呼ばれる者たちの領域。
「リゼヴィムさま、『邪悪の杯』の使用、どうあっても認めてはいただけませんか?」
辺境の地に数百年の歳月の中で築かれた城の一室で、ユーグリッド・ルキフグスは自らの主に懇願していた。
ここ最近、何度も繰り返してきた願いだ。
「だめだ」
臣下であるルキフグスの子の願いに短く強い口調で否定の答えを返したのは、初代ルシファーの息子リゼヴィム・リヴァン・ルシファー王子。
『リリン』とも呼ばれる彼は、暗い色合いの銀の髪を面倒くさそうに掻いてから、ユーグリッドに目を向けた。
「アレとネビロスのもたらした技術が合わされば、現在魔王を名乗っている者たちを打ち破ることも容易でしょう。そうなればかつての領土を取り戻すことも──」
「今さらいらねーよ、そんなもの。悪魔の政治だのなんだのなんて、サーゼクスくんたちで十分だろ? なーんでわざわざそんな面倒なことをしなきゃならんのよ?」
リリン王子は大戦以前から病を患っていた。身体の病ではない。長い時を生きた悪魔の多くが患うそれは、心を蝕む病だ。
特に名はないが、能動的に何かをする気力が失われ、ただ惰性で生きるようになってしまうというもの。
ユーグリッドもまた内戦の中で姉と離れ離れとなって以来、長い期間このリリン王子とよく似た状態にあった。
そのため、ユーグリッドにはリリン王子の今の状態がよく理解できる。
これから脱却するためには、何か強い目的意識を持たせる必要があるのだ。ただ、ユーグリッドにはリリン王子の心の琴線が分からなかった。
王子は、大戦のころには既に生きることに飽き始めていた男だ。内戦の際にもほとんど表に出ることは無く、流されるままにここまでやって来てそのまま怠惰を貪り続けている。
何か、そう何かそれらしきものでもあれば良かったのだが、今のところユーグリッドが示した何物も王子の心を行動的なものに変えられていない。
唯一、王子のこだわるモノがあるとすれば、それは彼の母である『悪魔の母リリス』のみ。
そしてその『リリス』こそが、ユーグリッドの
アレを使えば力が手に入る、かつて魔王ルシファーはリリスを用いて七十二柱の悪魔たちを生み出した。その中には、元々は悪魔ではなかった種族から悪魔へと造り替えられた者さえもいる。*1
アレにはそうした生命の在り方すらも作り変える力、神滅具の一つにして聖遺物でもある『
その能力の由来も見当が付いている。
ユーグリッドは以前、酒に酔った王子からそれらしき話を聞いたことがあった。
聖書の神によって造り出された神造人間。『最初の女』であるリリスは、かつては神の創った楽園に住んでいた。
結局彼女はそこでの暮らしや聖書の神、天使、アダムと性格が合わず楽園を飛び出して悪魔となり、さらには魔王ルシファーの妻となるのだが、飛び出す前に『生命の樹』と『知恵の樹』の実を盗み出していたらしいのだ。
聖書にはこう記されている──『(知恵の実を食べた)人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして生命の樹からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある』
知恵の実と生命の実を食した人は、我々=聖書の神のような知恵を身に着け、神のように永遠に生きる者となる。
奪った実をリリスが食さない理由はない。ならば、リリスの持つ聖書の神のごとき力はそこから来ているのだろう。
アダムとイブが手にすることの無かった『
聖書の神の創造した『生命の樹』の力を取り込んで人をやめ『悪魔の母』となり、魔王ルシファーによる度重なる術式の行使によって、魂と身体を壊し悍ましき造形の物言わぬ物となったリリス。
ユーグリッドはそのリリスを『
先ほどの二人のやり取りはそういうものだった。
「そうですか……、それでは仕方がありませんね。残念ですが」
「『
そう言って、王子は手にした杯を傾け酒を飲んだ。ユーグリッドが話の前に手渡したものを疑いもせずに……。
「遅いのですよ、リゼヴィムさま。それでは、間に合わなくなってしまうかもしれない」
ドサリと床に何かが人間大の肉が倒れ込む音がした。
「ユーグリッド……おま、え……」
毒杯をあおり、椅子から転げ落ちた王子がユーグリッドを見上げる。
その姿を見下ろしながら、かつて愛ゆえに主であるルシファーの血筋を裏切った女の実弟は指を鳴らした。
「魔王すら殺すといわれる蛇の毒を基に調合させたものだったのですが、さすがに『超越者』の一角ともなるとこれだけでは終わりませんか」
すると、倒れ伏す王子を囲むように魔方陣が現れた。その魔方陣が表すのは、『ベルゼブブ』、『アスモデウス』、『レヴィアタン』。
現魔王のそれではなく、今は前魔王と呼ばれてしまっている。自らを『真なる魔王の血族』と呼称する者たちの紋章。
「ルキフグスに裏切られるとは、ルシファーも落ちたものだ」
大層愉快だ。そんな声音でシャルバ・ベルゼブブはリゼヴィムに片手を向け、そこに魔方陣を展開した。
「これも、我らが復権のため」
クルゼレイ・アスモデウスはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、やはり手元に魔方陣を用意する。
「これ以上奴らをのさばらせておくわけにはいかないのですよ」
カテレア・レヴィアタンは、ここにはいない誰かに向けた怒りを滲ませながら、他の魔王血族と同じように魔方陣に力を込める。
「リゼヴィムさま、それではしばしお休みください」
姉を見習って主を切ることを選んだユーグリッド・ルキフグスの封印術式を合図に、四つの魔力が合流。
毒によって弱らされたリゼヴィム・リヴァン・ルシファーは、ここに封印された。
「ふん、殺してしまえば良かったものを」
忌々しそうにそう口にしたシャルバ・ベルゼブブに、ユーグリッドは頭を下げた。
「リゼヴィムさまの『
改めてユーグリッドの説明を聞いたシャルバは、酷く嬉しそうに口を歪めた。
「母子揃ってネビロスどもの玩具……ということか」
シャルバ・ベルゼブブはルシファーへの対抗意識が強い男だ。ベルゼブブこそが悪魔のトップであるべきだと考えている。
だから、リゼヴィムのこの様が面白くて仕方がないのだろう。
「私たちはこれで失礼させてもらうわ。行きましょう、クルゼレイ」
「ああ……ユーグリッド、例の物は任せたぞ」
カテレアとクルゼレイは男女の仲だ。そして、この二名とシャルバの関係はあまり良いとは言えない。
シャルバの権力欲は強く。いつもどこかに、他の魔王の血族を見下すところがあったからだ。
「ええ、お任せください」
二名が転移によって消え去ると、シャルバもそう時を置かずに消えて行った。
それを見送ったユーグリッドは、どこかうっとりとした表情で今は会えないヒトに向けた言葉をつぶやく。
「待っていてください、姉さん」
魔王の子孫たちの間で繰り広げられる、勝利の後を考えたやり取りなどユーグリッドには興味がないことだ。
覇権争いなど勝手にやっていればいい。
ユーグリッドの欲しいものは、最愛の姉との二人だけの生活。寿命の尽きるその時まで、彼女とずっと一緒に居られるのならば、それ以外のことなどどうでもいい話だ。
それから、しばらくして――。
ルシファーの手によっておぞましい肉の塊と化したリリスの周囲で、ネビロス家の研究者たちが忙しなく動き回っている。
その様子を眺めながら、ユーグリッドは手にした『ルシファーの書』のページをめくっていた。既にこの書物の内容はネビロス家にも伝えられている。
今日行われるのは、『リリス』を用いた悪魔の生産実験だ。『赤龍帝の籠手』を基に作成する代物のために必要な実験だと、ユーグリッドは聞かされている。
「それでは、実験を開始したします」
研究者の一人がそう告げ、手にしていた容器の蓋を取り中から白濁した液体の詰まった注射器のような形状の器具を取り出した。
そして、それを『リリス』の一部分、肉の裂け目へと近づけていく。
「くっ……」
あまり見ていて気持ちの良いものではない光景から、ユーグリッドは小さくうめいて目を逸らした。
(イチブイ HDD裏設定1)
短めユーグリッドくん回
適当な捏造で聖杯の代わりをリリスさまにしていただくことにした。
なんだか、ドラゴンマガジンの短編で初代グレモリーさまが出たそうですが、短編なのでかるーい系統の人柄なのでしょうかね。
うーん、どうしたものか……。