公爵家次期当主好色物語 作:ルペッタ好き
悪魔の社交シーズンは冬の1月と、夏の8月。
昨年8月の社交界での話題の中心は、グレモリー家次期当主リヴラクス・グレモリーであった。フェニックス本家の姫との婚約に関して様々な憶測・噂が流れたものだ。
そして、新年に迎えた1月の社交シーズン。またも話題の中心はリヴラクス・グレモリーであった。そして、今回のそれは昨年よりも遥かに大きな波紋を広げている。大波と言っても良いほどに。
ヒトの口に戸は立てられない。
いくら、「ここだけの話」「貴族だけにしか知らせておりません」などと言ったところで、どこかしらから情報は漏れていくもの。
リヴラクス・グレモリーが親族、グレモリー家とフェニックス家の宴会で貴族のみに伝えた内容は瞬く間に広まった。
グレモリー家にしろ、フェニックス家にしろ、分家には本家と異なる派閥に属している者がいる。そこからそれぞれの派閥に話が伝わっていくのは容易に想像できることだ。
また、貴族には懇意にしている裕福な平民がいるもの。彼らが貴族と誼を結ぼうとする理由の一つは、情報。
当然、こちらにも話は流れた。
『昨年末にリュディガー・ローゼンクロイツを眷属の眷属、子世代眷属としたリヴラクス・グレモリーが、今度はあのロイガン・ベルフェゴールを「騎士」にするつもりらしい』
そのことに関して尋ねられた現レーティングゲームランキング2位の最上級悪魔、ロイガン・ベルフェゴールは否定しなかった。
むしろ、それに続く話を積極的に肯定さえした。
『ただ、ロイガン・ベルフェゴールは「騎士」の駒を受け入れるのに
この時点で多くの者が『
それまで才能を感じさせなかった者が、急激に力を付けたことに対する疑惑の火種。これは長い間燻ぶり続けていたのだから。
そして元々ロイガン・ベルフェゴールが『
だが、今さら怒りを見せたところでどうにもならない。既にこの話は、貴族及び平民富裕層に広まってしまっている。
火元を消そうにも、ロイガン・ベルフェゴールは強い。
魔王セラフォルー・レヴィアタン。『最強の女王』グレイフィア・ルキフグスと並んで最強の女性悪魔論争に名前が上がるだけの力を持っている。
政治的な工作をしようにも、彼女が当主を務めるベルフェゴール家は『番外の悪魔』。政治への関与を厭う家。あまり効果が期待できない。
では、リヴラクス・グレモリーならばどうか?
こちらもこちらで難しい。現魔王最大派閥である現ルシファー派の筆頭グレモリー家の次期当主である。
その魔力量と、保有している神器、周辺の警護体制を考えると暗殺は困難。
人質なども考慮されたが、交友関係が非常に狭い上に手を出し難い者ばかり。名門六家に絡む者がほとんどだ。
今ではバアル大王家と縁の切れているサイラオーグ・ウァプラは行方不明。人間界の何処かで旅の空の下。
ミスラ・ウァプラは眠りの病。実質的には死亡しているのと変わらない。リヴラクス・グレモリーが手をつけ、孕ませたメイドがいると調べ上げて来た者もいたが──
『天龍の「逆鱗」に触れる愚を犯すな。それに、その程度のことヴェネラナならば備えているだろう』
大王派の真の支配者ゼクラム・バアルのこの一言で、様々な工作は放棄されることになった。
『逆鱗』は、ドラゴンが最強の種族と恐れられる理由の一つ。憤怒に染まったドラゴンの恐ろしさは、悪魔にもよく知られているところだ。
『赤龍帝の籠手』を持つだけのリヴラクス・グレモリーがその状態になるのかどうかは分からない。あるいは話に聞く『
どちらにせよ、怒りに呑まれ理性を失った『紫紅の龍帝』の標的になど誰もなりたくは無かった。何をされるか分かったものではない。
最悪の場合、話の通じない暴龍に自身の領地ごと魂までも消滅させられてしまうかもしれないのだから。
さらに、あのヴェネラナ・グレモリーが罠を仕掛けて待ち構えている可能性もある。ヴェネラナの辣腕ぶりは良く知られたところ。手を出すには、逆に足を掬われ吊るし上げられることを覚悟しなければならない。
『王』の駒の利用に深くかかわっている大王派の表向きのトップ、バアル大王家現当主は悩んだ。悩んだ末に決断できなくなってしまった。
彼は甥がバケモノであることを理解している。
そして、その母であり、自身の異母姉であるヴェネラナの能力は、複雑な感情を抱きながらも認めてはいた。あの姉ならば、やる。絶対に何か仕掛けている。そんな確信があった。
頼みの綱の初代は沈黙、様子見の構え。先代その他の先祖もそれに倣ったのか同様の姿勢。
試されている。バアル大王家の当主として、どう動くのかを。
そう考えてしまう。
ただでさえ、ミスラのことでウァプラ家との関係をこじれさせたと叱責を受けたばかり。甥に第一夫人を盗られた男と呼ばれた忌々しい記憶も新しいところ。
場合によっては、息子のマグダランの成熟を待って代替わりさせるつもりなのかもしれない。
当主の座を息子に
何かをして失敗すれば評価はさらに低下してしまう。
といって、何もしなければ良いというわけではない。
どうするべきか?
『ラティア・アスタロト。アスタロト家次期当主ディオドラ・アスタロトに付き添われグレモリー家の宴会に出席。リヴラクス・グレモリーから贈られた紫布に金龍の装飾の衣服を着用』
悩んでいる内に、次の情報が届いた。
ラティア・アスタロトはアジュカ・ベルゼブブの縁者。リヴラクス及びロイガンの言葉から名前は出ていたものの、実際に『王』の駒の公表に関わるか否かの確認が出来ていなかったアジュカ・ベルゼブブの姪だ。
あの妖しい気配を常に漂わせる魔王は、これまで今回の『王』の駒の件で言質を取らせなかった。
リヴラクスやロイガンが名前を出しているだけなのか、それとも既にアジュカとの話がついており承諾済みのことなのか。それが分かっていなかったのだ。
だが、アジュカの姪であるラティアがこれまでにない動きを見せた。彼女はその出自故にある程度の注目を浴びる立場にある。大王派もその動向にはそれなりに注意を払っていた。
リヴラクスの通うことになった学校がアスタロト領のものだったのは、幼少期から彼とラティア・アスタロトとを会わせておき後に結び付けよう。そういった考えが魔王派内にあったのだろうことは大王派でも知られていた。
現レヴィアタン派のソーナ・シトリーと、現アスモデウス派のゼファードル・グラシャラボラスが同級生で同じ学校だったことも、同じ考えだったのだと思われる。
「アスタロト家はどうするつもりなのだ……」
グレモリー家の宴会に顔を出したラティア・アスタロトとリヴラクス・グレモリーは親密な間柄を思わせる行動を取っていたようだ。
その後に、レイヴェル・フェニックスとアスタロト家次期当主ディオドラ・アスタロトを交え数時間ほど話し合っていたようだと報告にはある。
『リヴラクス・グレモリー、ラティア・アスタロト。両名の共同で「時間」術式に適したフィールドを設置。そこでリュディガー・ローゼンクロイツの子の治療を行う模様』
その話し合いの後に発表されたのは、転生悪魔の子供のために純血悪魔の貴族が20年程の寿命を削るという内容。
時間を加速した空間内で、ローゼンクロイツの子供の面倒をみながら両名が共に過ごすというものだ。
数万年の寿命を持つ悪魔にとって20年程度は誤差と言えなくはない。だが、それでも破格の扱いであることは確か。
純血悪魔の貴族。それもその頂点に近い名家の者が、転生者如きのためにそこまでするなどそうそうあることではない。
元レーティングゲームランキング7位、『番狂わせの魔術師』リュディガー・ローゼンクロイツ。
無名の魔法使いとして悪魔に転生し下級悪魔から最上級悪魔にまで登り詰めた、転生悪魔の出世頭といえる男だ。同じ転生悪魔や平民たちからの人気・人望は高い。
それを子供の治療を餌に配下に加えたグレモリー家が便宜を図るのは理解できる。
だが、そこにアスタロト家の姫。分家ではあるが、血筋を考えれば十分に後継者の候補に成り得る娘をアスタロト家が関わらせる意図はなにか。
宴会に着用してきた衣装の選択。親密さを周囲に喧伝するような行動。そして、近いうちに同じフィールド内で20年間を過ごすという発表。
まだ成熟していない若すぎる世代にとっての20年だ。それだけの期間があれば、若い男女の間に何も起こらないはずがない。
加えて、あの女好きの甥とレイヴェル・フェニックスの婚約・結婚の流れはほぼ確定しているようなもの。
となると──アスタロト家は、グレモリー家の次期当主に第二夫人を送り込むつもりか。
『番狂わせの魔術師』をダシに使って、グレモリーとアスタロトを結びつきを強めようといった流れが見えてくる。
これに、旧魔王派の動きを理由としてアジュカ・ベルゼブブの眷属にアガレス家の次期当主が入ったことを考えると……。
『王』の駒に関わる不正を行って来たのは、主に大王派の者ばかり。そこを突かれるのは痛い。
その上で、現魔王派内で最大規模の現ルシファー派と、それに次ぐ現ベルゼブブ派の接近。現レヴィアタン派のシトリー家とグレモリー家の仲は良く知られているところ。実務面での存在感が大きいアガレス大公家の中立派がそこに合流……。
現アスモデウス派は、ファルビウム・アスモデウスの面倒を嫌う性格もあってあまり政治に関わりたがらない者たちの派閥。
さらに、ミスラの件で大王派内でも勢力の大きいウァプラ家はグレモリー家とのやり取りを増やしている状態。
大王派は力を削がれ。四大魔王それぞれで分かれている魔王派内部の大統合と、そこへの中立派の合流。
これはかなりマズイ状況なのではないか。バアル家当主は、頭を抱えた。
旧魔王派の活動の活発化。おそらくはそれに刺激された堕天使からの敵意の高まり。
この先に予見される大きな時代の波を迎えるにあたって、大王派の影響力を落とし政治の主導権を魔王派が握っておこう。
これは、そう考えたアジュカ・ベルゼブブの策ではないのか。
アジュカ・ベルゼブブがそのつもりだとすると、もはやリヴラクスやロイガンをどうこうしても意味がない。
あの魔王は『王』の駒の開発者であり、現在唯一その製造方法を知る者。アジュカがこれまで秘してきたことを公開し利用するつもりならば、これを止める術はない。
「だから『王』の駒などに手を出すなと言ったのだッ!!」
執務机に思わず叩きつけた拳が、大きな音を立てた。
バアル大王家は名門中の名門。『王』の駒など利用せずとも権威はあり、利益も十分に上げている。
大王派に所属する者たちが目先の金に釣られて手を出したあの代物は、政治的には弱みでしかなかった。
初代も先代も、先達たちは何も言ってくれない。このままでは全ての責任を押し付けられ、切られてしまう。
だが、自身で判断し決定することも出来ない。
悩んだバアル家当主はとりあえずの一手として、『王』の駒に関わる「数年前の粛清」を知られては困る者を中央から遠ざけることにした。
『「
この一報に民衆は喜びの声を上げた。
レーティングゲームにおいて長年ランキング1位を維持し続ける最強の最上級悪魔。
英雄ディハウザー・ベリアルが向かってくれるのならば、たとえ相手があの堕天使の最高幹部・闘将バラキエルであろうとも問題ない、と。
情報とはどこからか漏れるもの。限定された数少ない者の口だけならばまだしも、戦地に派遣された一兵士の口までも塞ぐことは難しい。
大衆たちは恐れていた。かつての大戦で猛威を振るい、多くの悪魔を殺したバラキエルの軍勢がすぐ近くにまで来ている。その恐ろしさはかつての戦争の生き残りの口から若い世代にも伝わり、大きな戦争を知らない世代にも不安を伝染させていた。
再び戦争が始まってしまうのではないか。戦う力のない者たちは、一体どうなってしまうのか。
上級悪魔達はいい。『悪魔の駒』により眷属を揃え、少数精鋭の戦力を手にしている。堕天使が攻めて来たとしても、戦うことが出来る、守ってもらえる。
だが、悪魔の大半を締める下級悪魔=平民たちにとって、転生悪魔ですら遠い存在だ。彼らはごく一握りの上級悪魔、貴族の側近であり私兵。
いざというときに、民を守ってくれるとは思えない。主に従属するその在り方からして、転生悪魔たちは貴族を優先して行動するに決まっている。
こんな時だと言うのに、貴族たちは例年通り社交に精を出している。贅を凝らした宴を開いて美食に耽り、煌びやかな服を着てダンスを踊っているのだから。
軍は頼りにならない。大戦と内戦で数を減らし、かつての大軍団は今は見る影もない。レーティングゲームでの活躍を目にする選手たちとは違い、その活動も地味なものだ。
領内の治安維持や、小規模な賊の制圧程度。それにしても、きっちりと出来ているとは言えない状態。
悪魔にとって、堕天使は脅威だ。下級の堕天使と悪魔ならば、悪魔にとって猛毒となる光の力を使う堕天使の方が強い。
もしも襲われたら、どうすればいい……。
そんな不安と憤りが民衆たちの中に充満し始めたタイミングだった。
『皇帝』出陣の報が広く伝えられたのは──。
民衆の大半は軍に期待していない。魔王の戦う姿も見たことがない。
だが、ディハウザー・ベリアルの勇姿ならば良く知っている。レーティングゲームの英雄だからだ。
ついこの間まで、年末年始の恒例イベントとして『十番勝負』も行っていた。その成績は全戦全勝。
分かりやすく強いあの英雄が、皆が良く知る絶対王者が戦ってくれるのならば安心だ。
バアル家現当主が大王派の政治力をもって政府に働きかけた結果のこの采配は、民衆たちから大いに喜ばれた歓迎された。
ベリアル家は貴族家には珍しく、一族全てが同じ派閥に所属している。これは、大戦から内戦の混乱期に大失態を重ね、断絶寸前まで没落してしまい一族の結束を必要としたベリアル家特有の事情によるものだ。
そして、ベリアル家は大王派。当然、ベリアル本家の嫡男であるディハウザー・ベリアルもまた、大王派だ。
かつての『粛清』の件があるため、『皇帝』には暴発の危険性がある。
『王』の駒を隠匿するために大王派が始末したクレーリア・ベリアルはディハウザーの従妹。一族の結束の固さもあってか、ディハウザーはクレーリアを大層可愛がっていたという。
万が一のことを考え、バアル家現当主はディハウザーを逃げ出すことの出来ない場所に送ったのだ。任地を放り出して帰ってくることの許されない立場にすることで、その動きに制限を掛けた。
その上で、大王派所属のディハウザー・ベリアルが活躍すれば、派閥の面目も多少は立つ。
今のところ民衆の反応も悪くはない。
とりあえずは、これでよし。
ひとつ頷いた後、バアル家現当主はくそ忌々しい甥の行動への対応をどうするかに再度考えを巡らし始めた。
―○●○―
現レヴィアタン派をまとめるシトリー家の当主、シトリー卿には悩みがある。
それは、後継者問題だ。
シトリー卿には娘が二名いるが、長女は魔王レヴィアタンとなって家を出てしまっている。
そして、次女は婚約話を振ってみてもいい顔をしない。見合いだけでもと会わせてみると、こっぴどく拒絶してすぐに断ってしまうのだ。
貴族にとって、跡継ぎ問題は重要だ。悪魔の寿命は長いので、そこまで急ぐことは無いのかもしれない。
しかし、やはり孫の代までは確保しておかないと、なかなか安心できないところがある。
グレモリー家のように、魔王となって家を出た者が子供を作ってくれているのなら良い。ミリキャス・グレモリーは由緒正しい純血悪魔の血筋。後継者の予備として申し分のない生まれだ。
だが、シトリー卿の長女セラフォルーには子供どころか、子作りの相手すらまだいない。一度は婚約話をまとめたのだが、シトリー卿はその婚約者選びに失敗してしまっていた。あの時のことを思い出すと腸が煮えくり返ると同時に、自身の見る眼が無かったことに対する後悔が浮かんできて胃が痛くなる。
その時のことが後を引いてしまっているのか、セラフォルーは未だ男を寄せ付けない。数百年、浮いた話がないままだ。
次女のソーナが生まれて以降は、猫をかぶっているのか表面的な態度は柔らかくなった。最近は魔法少女だなんだと、ヒラヒラとした格好で遊んでいるようにも見える。
だが、結局のところ男を自身の深いところまで受け入れようとはしていないように思える。
サーゼクスとくっ付いてくれていたら話は早かったのだが。
戦乱以前、まだ悪魔の数が多かった頃、双方の母親が学友だったこともあって、グレモリー家のサーゼクスとセラフォルーはかなり親しい関係にあった。
それなのに、内戦が終わってみればサーゼクスはグレイフィア・ルキフグスと結ばれてしまい、他の女を寄せ付けない。
そして、セラフォルーは魔王となったのに独り身のまま。むしろ魔王となったことで、相手選びが難しくなってしまった。
人間もそうなのかは知らないが、男性悪魔には自身よりも遥かに強い女を苦手とする者が多い。その上、立場でも魔王となったセラフォルーの方が上となれば、なかなか相手探しは難しい。
自分よりも強い妻に尻を叩かれ、家での立場でも尻に敷かれ、それでも気にせず上手くやっているグレモリー卿のようなタイプは少ないのだ。
それでもなんとかと相手を探して婚約させた結果があの始末。
『私より強い男じゃなきゃイヤ』
などと魔王に言われて、どこから探してきたらいいというのだ。
レーティングゲーム1位のディハウザー・ベリアルや、3位のビィディゼ・アバドンなどの魔王クラスの最上級悪魔も考えたが、ディハウザーはベリアル家の跡を継ぐ立場。大王派に所属していることもあっていろいろと難しい。
そして、ビィディゼは政治に関わらない『番外の悪魔』アバドン家の出身だが……セラフォルーの好みではなかったらしい。
立場としてはシトリー家当主よりも魔王セラフォルー・レヴィアタンの方が上であるため命令は出来ない。
そして、レヴィアタン襲名の際に家を出た形にもなっているので、親子の関係でしかものは言えないのだ。
そうなると感情の問題であり、昔のことを持ち出されてしまうとシトリー卿は何も言えなくなってしまう。
そんなこともあり、シトリー卿は長女セラフォルーに関してはもう諦めていた。
この際、どこの誰でもいいから相手を見つけてくれさえすれば構わない。相手は純血の悪魔が良いなどと贅沢は言わない。転生者だろうと平民だろうと、とにかく孫の顔を見せてくれさえすれば……。
『魔王よりも強い男』という条件を考えると転生悪魔や平民では難しいので、外交で出向いた先でどこぞの女好きな神辺りに口説かれても来ても構いやしない。そのままそちらに行ってしまわれると困るが……。
女好きと言えば……と、シトリー卿は最近何かと話題の紅髪の少年の姿を思い浮かべた。
リヴラクス・グレモリーだ。ミスラ・ウァプラ、そしてつい最近ではロイガン・ベルフェゴール。年上も一向に構わない顔見知りの少年だ。
たしか、セラフォルーが正面からの力比べで彼に負けてしまったと言っていた覚えがある。
赤ん坊の頃から知っているためか、セラフォルーも彼にはかなり気を許している雰囲気も感じた。
前世の記憶を引き継いだ人間の魂を持っていることや、神器持ちであることなどはあるが、肉体的には純血の悪魔。
他勢力の、他の神話の者よりは……遥かにマシと言える。
この際、セラフォルーに関してはアリだ。むしろ期待してしまう。
政治が、派閥が、などと思うところは多々あるが……それよりも孫の顔が見たい。
長女に関してはそれでいいとして、問題は次女のソーナにもある。
婚約話は嫌がる。そして、ソーナを溺愛する姉のセラフォルーがそれに味方をする。
あまつさえ「ソーナたんのお婿さんは、私より強くなくちゃダメ」などと言いだす。
そしてまた浮かんでくるのが、あの紅髪の少年の姿。
小さい頃に一緒に遊ばせていたのが悪かったのか。セラフォルーとサーゼクスではそんなことはなかったのに、ソーナはどうもそうなってしまったらしい……。
あるときから、視力が悪いわけでもないのに眼鏡をかけ始めた。理由を聞いてもシトリー卿には教えてくれない。
仕方がないので妻に頼んで聞き出してもらうと、「いつも、リアスが見つめてくるから……」などという答えだった。見つめられるのが恥ずかしくて、間に一枚フィルターを挟みたくなったなどと……あのクソガキが!
最近はそれでも照れて赤面してしまうらしく、それが恥ずかしくて顔を逸らしてしまうらしい。
婚約話を断わるのは、どう考えてもこれが理由に違いない。
セラフォルーは構わんが、ソーナはやらん! いや、婿に来ると言うのなら考えるが……それをするには、既に時期を逸してしまっている。
シトリー卿は、明日のことを考え頭が痛くなった。
迎えた翌日、婚約者のレイヴェル・フェニックスを伴ってリヴラクス・グレモリーはシトリー家の宴会に姿を見せた。
そしてソーナと何やら言い合った後、ダンスを踊り始める。
そのときの次女のダンスのなんとぎこちなかったことか。普段はそつなくこなしているのに、完全にガチガチになってしまって動きが大変悪かった。
脚をもつれさせて転びかけて抱き留められたときなど、頭から蒸気でも噴き上げそうな状態になってしまっていた。
これは、ダメだ……。
シトリー卿は、思わずため息がこぼれてしまうのを抑えられなかった。
そうしてリヴラクスが帰って行った後、ソーナは部屋に籠ってしまった。理由を聞いても、シトリー卿には教えてくれない。
まだ予定はあると言うのに、次期当主が顔を出さないのはよろしくない。そう伝えても出てこない。
仕方がないので、シトリー卿はまた妻に頼むことにした。
『ソーナには「兵士」がお似合いだな』
妻によると、ソーナはダンスの後にリヴラクスからこんなことを言われたらしい。そのことがショックで娘は部屋に籠ってしまっているようだ。
これが「『女王』になってくれ」というセリフだったならば、口説き文句である。半ばプロポーズに近いレベルのものだ。
『兵士』となると、その逆。
たしかに、ソーナはやらんと思っていたシトリー卿だが……さすがに可愛い娘にこの仕打ちは許せん! と、拳を震わせてしまうのだった。
―○●○―
イリューカ・グラシャラボラスにとって、レイヴェル・フェニックスは幼稚舎からの同級生で友人だ。
数少ない貴族本家の令嬢同士、親友とまではいかないが付き合いはかなりある。
「あ、レイヴェル、明日来るんだっけ」
『前から伝えておりましたのに、忘れないでくださいまし』
「噂の龍帝さんも来るって話だったよね?」
『そうですわ。例の会見で、グラシャラボラス家とも交流があることになりましたので』
自宅──グラシャラボラス本家の城内の自室で、銀色の髪を梳かしながらイリューカはレイヴェルとの通信を行っていた。
「そっか、ボクも一回会ってみたかったんだよね。龍帝さんとは」
イリューカにとって、『紫紅の龍帝』リヴラクス・グレモリーは二つ年上の兄ゼファードルの仇である。
仇と言っても別に殺されたわけではない。幼い頃に死にそうな目に遭わされただけだ。
まだ赤ん坊だったイリューカはそのときのことを覚えていない。ただ、その時から兄が打倒リヴラクス・グレモリーに執念を燃やすようになったことだけは知っている。
強い強いとは聞いている。とんでもない魔力の持ち主で、神滅具『赤龍帝の籠手』の所有者でもあるという。
実に興味深い。
『あら、そうだったのですか?』
「うん、ほら、婚約のあとからレイヴェルの雰囲気が変わったから、どんなヒトなのかなって思ってたんだ」
『雰囲気……変わりましたか?』
「うん、すっごく。『女王』の駒もらったみたいだから、オーラの質が変わったのは分かるけどね、それ以外にもこう……仕草とかが大人っぽくなった気がする」
レイヴェルの婚約者は、噂のえっちな龍帝さんだ。
きっと、レイヴェルはイリューカの知らない経験をいろいろとしたのだろう。
『あー……えっと、それはですね』
「で、えっちなことしてるの?」
『ごほッ!』
「してるの?」
艶っぽいというのか、色っぽいと言えばいいのか。幼馴染の女の子が、なんとなく、そんな感じになってきていた。
それが気になるイリューカは、この際だからと教えて教えてと繰り返し、やがてレイヴェルがこくりと首を縦に振る。
『え、ええ……その、婚約者ですし』
「そっかー……そうなんだ。レイヴェルはえっちなことしてるんだ、ふーん。で……どんな感じなの?」
『いい……言えませんわ。そんなこと』
そうやってしぶるレイヴェルと話していると、話題がレーティングゲームの話になった。
『ゼファードルさまも、眷属を集め始めていらっしゃるのですね』
レイヴェルが頑張ってえっちな話から逸らそうとしているのが分かったので、イリューカもそれに合わせることにしたのだ。
知らないことは、知りたい。面白いものは見てみたいし、やってみたい。
でも、相手を困らせてまでというのはイリューカの流儀ではない。ほどほどで退くのがいつものやり方だ。
「何年かあとに、若手悪魔の交流会? とかいうのがあるんでしょ?」
『グラシャラボラス家からは、ゼファードルさまが参加なさるのですか?』
グラシャラボラス本家は、悪魔には珍しく次期当主の姉も年齢が近い。
悪魔は子供が少ないので、ある程度の年齢幅を取って同世代として扱う。そのため、イリューカの姉と兄は同世代の区分になってしまっているのだ。次期当主の姉が世代の一番上で、兄は一番下になる。
ちなみに、イリューカやレイヴェルは姉や兄、龍帝から一つ下の世代だ。
「うん、姉さんは兄さんに譲るつもりなんだって」
『それは知りませんでしたわ。次期当主の力を示す良い機会でしょうに』
「打倒、龍帝さんって兄さんが頑張ってるからね。応援してるんだよ、一応」
上半身裸でうろついたり、身体中に魔方陣を刺青したりして『狂児』などと呼ばれている兄だが、そこそこに応援はしているのだ。
『応援というと、もしかしてイリューカさんがゼファードルさまの眷属として参戦されたりします?』
「え? しないよそんなこと。兄妹で眷属とかあるの?」
『私の兄……ライザーお兄さまは、一時期そのようなことを言っていましたわ。なんでも、男のロマンなのだとか』
「そうなんだ、ロマンなんだ。レイヴェルはそのとき何の駒にって言われたの? ロマンの駒」
『「僧侶」と言う話でしたわね。その名残なのか、今でもライザーお兄さまの「僧侶」は一つ空いたままですわ』
「『僧侶』ってつまらないよね」
『そうですか?』
「うん、ボクなら断然『兵士』がいいかな。だってさ、『兵士』って何にでもなれるんだよ? 他の駒と違って」
『ああ、普通プロモーションは「女王」を選びますけど、たしかに他の駒にもなれますわね』
「そうそう、『騎士』も『僧侶』も『戦車』にも、もちろん『女王』だって経験できる。でも、他の駒じゃそうはいかないし、『兵士』になれるのは『兵士』だけだからさ」
『イリューカさんらしいですわね』