花奈との精吸行為から数日が経った。
優香曰く、魔力の戻った花奈に問題はなく、以前と変わらない様子だと聞かされた拓哉は一安心というところであった。
はずなのだが――
「……」
今度は優香の様子がおかしかった。と言うより、明らかに機嫌が悪いというのが拓哉にも見て取れた。
「どうしたんだよ?」
「……」
拓哉が問いかけても彼女は答えない。
いつもの空き教室で人としての昼食を二人で取っている今でも、仏頂面のままでご飯を頬張っている。そんな優香の姿を見ながら、拓哉は心当たりがある数日前のことを思い出す。
――多分、花奈ちゃんとシた後の、あの時から……だよなぁ。
それは姉妹が帰る直前、優香が見せた不機嫌そうな表情だ。あれからここ数日、彼女はどこか気に入らないというような雰囲気を持っていた。
原因は恐らく帰り際のやり取りにあるだろうというのは、拓哉にも見当が付いている。しかし具体的な原因が分からない以上、下手に口を出して余計に優香の機嫌を損ねるという事態は避けたいところであった。
――どうすりゃいいんだか……。
拓哉がお手上げ状態になっている一方、当の本人である優香もこの状況が良くない事を頭では理解していた。
――こんなんじゃダメだって分かってるのに……。
しかし胸のモヤモヤとした感覚は残ったままだ。
まるで恋人同士のような拓哉と花奈の表情とやり取りを見てから、彼女の心の中では女の子としての嫉妬でいっぱいだった。
拓哉をケーキに乗ってるイチゴだと言ったサキュバスとしての感覚に偽りはない。だが同時に彼女――恋人としては凄く嫌だとも口にした。
その
「……」
黙々と食事を続けていた彼女だったが、やがて手を止めては拓哉をじっと見つめる。
「……なんだよ?」
「放課後……」
「あ?」
「放課後、ちょっと付き合って」
未だムスッとした表情ではあるものの、ようやく口を開いた優香に拓哉は少しだけ考えを巡らせたが、何も聞かずに「分かったよ」とだけ返した。
× × ×
「それで、どこ行くんだ?」
並んで歩く二人。普段ならこのまま家へ帰るのだが、今日は優香に連れられていつもとは違う道を歩いていた。
「……駅前のカフェ」
「おばさんには連絡したのか?」
「もうしてる」
そう答える彼女の様子に、拓哉は徐々に優香の機嫌が――まだ仏頂面ではあるのだが――直ってきているかのように感じる。
――このまま元通りになればいいんだけどな。
具体的な原因は分からずじまいではあるが、それは一旦置いておこうというのが彼の考えだった。
歩き続けて二十分程で目的のカフェに到着する。
「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
席に案内されて座ると、すぐに優香が注文をする。
「この季節のケーキと紅茶でお願いします」
彼女のお目当ては季節限定のケーキだったようで、彼女はそのケーキとアイスティーを注文すると、拓哉にもメニュー表を渡した。
「あー……アイスカフェオレで」
彼がそれだけ注文すると、店員は「かしこまりました」と言ってキッチンへと向かった。
「……」
「……なんだよ」
じっと自分を見つめてくる優香に戸惑う拓哉。
「ここ、拓哉の
「は? なんで――」
「この前の貸し。それでチャラにするから」
そう言われてしまっては、拓哉も口にしかけた文句を引っ込める。
他に変な要求をされるよりもマシだと思ったからというのもあるのが、何よりチャラにすると言った彼女の表情に真剣なものを感じたからだ。
「――分かった。それでいいなら喜んで払うわ」
「ありがと……」
軽く返す拓哉だが、しおらしく感謝を述べる優香に自分まで調子が狂いそうだった。
彼としては一度、具体的な原因が分からずともいいと思っていたが、このままではよくないと不機嫌である理由を聞くことにした。
「優香、お前――」
「お待たせしました。ご注文のケーキとお飲み物になります」
しかしタイミングが悪い事に、店員が再び来たために拓哉の言葉が遮られてしまう。
「ありがとうございます」
「……どうも」
二人の前にそれぞれの注文した商品を置いて店員が戻って行く。拓哉は視線をその店員の背中から優香に移してみると、ケーキを前に沈んだ表情が見えた。
普段ならニコニコと幸せそうにスイーツを食べるはずの彼女に、そんな顔は見てられないと拓哉は声をかける。
「食べないのか?」
「食べる、けど……」
「ったく……お前、ここ最近おかしいぞ」
遂に拓哉が踏み込んで聞く。
「――拓哉はさ、前に私が言ったサキュバスの感覚の話覚えてる?」
「ケーキに乗ってるイチゴ、ってやつか」
優香は静かに頷く。
「あの時は軽く言ったけど、拓哉と花奈が楽しそうに話してるの見て、正直言えば二人に嫉妬した」
例え嫉妬したとしてもすぐ忘れる、大丈夫だと考えていた彼女は、自分が思っていた以上に嫉妬深かったことがショックだったと吐き出す。
「私が彼女なのに……って」
今にも優香は泣いてしまいそうだ。
「……酷な事を言うけど、これからは花奈ちゃんとも定期的にするんだぞ?」
「それは……分かってる。……私も覚悟の上だから」
この先、拓哉は優香だけではなく花奈にも精液――精気を与える必要がある。
大切な妹を助けたいという気持ちは今でも変わらない。故に、優香としてもこれ以上はうじうじと悩んではいる訳にはいかなかった。
「あーもう、花奈が変なこと言わなかったらこんなモヤモヤしないのに……」
「変なこと?」
「……花奈が決心した日の夜、あの子がアンタにアタックしてもいいよね、とか言ったのよ」
元はと言えば焚き付けたせいであるのは、彼女自身が一番分かっていた。それでも、こうして口にしてしまうのは不安から来るものだった。
――それで花奈ちゃんは、あの時あんなことを言ったのか……。
拓哉は花奈からされた告白と、精吸行為の間だけでも彼女のように扱って欲しいという願いを思い出す。
「ま、この間の様子だと、もう花奈から何か言われたんでしょうけど」
軽く睨みつけてくる優香の視線に、彼は「うっ」と声を漏らす。
本当なら花奈に恋人が出来るのが理想なのだが、それが難しいのは二人もそれぞれに理解していた。
「こうなったらアンタが誰の物か、ハッキリさせてやるんだから……」
「お前なぁ……――でも確かに、最近は恋人らしい事もあんましてなかったな」
日常的にセックスなどをする二人だが、それはサキュバスとしての精吸行為――もちろん好き同士であり、互いに愛情があるのだが――である。
「恋人らしい事ねぇ……」
マンネリ、という訳でもない。
サキュバスという種族の性質上、デートをしてもすぐに身体を求めてくる彼女を受け入れ続けた結果、恋人らしい事を
「スキンシップなんてしても、優香の方が我慢出来なくなるしな」
「は? 我慢出来るし」
「いや出来てねぇからな」
言い合った後、しばらくして互いに吹き出して笑う。
彼女の機嫌が悪い期間はそれほど長くなかったのだが、こうして笑い合うのは、なんだか久しぶりのようだと二人は感じていた。
「――とりあえず、今出来る恋人らしい事って言えばこれだな」
そう言った拓哉は優香の方に手を伸ばすと、彼女の前に置かれていたケーキとフォークを取って引き寄せた。
「ちょっと、それ私のケーキなんだけど?」
ケーキを取られまいとする優香。それに彼は「分かってる」と口にすると、手にしたフォークでケーキを一口大に切り分ける。
「ほら、あーん」
「へっ!?」
いきなりこんな事をされるとは思ってもみなかった彼女は、素っ頓狂な声を上げて固まってしまった。
「恋人らしい事の定番、って言ったらこれだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「何だ、恥ずかしいのか?」
煽るように拓哉はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「別に恥ずかしくないけど!? ちょっとビックリしただけだから!」
「ならこれで食べられるよな?」
ずい、と差し出されたフォークを前に、優香はわずかに迷いはしたが、意を決して一気にケーキを食べた。
その様子を、彼は満足気に見るとさらに続けようとケーキにフォークを入れる。しかし頬を赤く染めた優香は「あ、あとは自分で食べるから!」と止めにかかった。
「もういいのか?」
「もういいから!」
彼女はすかさずケーキとフォークを奪い返す。
「……いつもだったら私がやる方なのに」
恨めしそうに呟く優香を見ながら、拓哉は彼女が普段通りの調子に戻ったことに安心するのだった。