「ん……」
優香が目を覚ましたのは、そろそろ日が落ちようかと言う頃だった。
「あら、起きたのね」
「お母さん……? ここは……私、何が……」
佳奈の存在を認識した彼女は、ゆっくりと体を起こしながら状況を確認する。すぐに、心配そうな顔で様子を
「優香……その、大丈夫か?」
「う、うん……。拓哉こそ……その、ごめんね?」
少し頬を赤くしながら、優香は彼に謝る。どうやら彼女にも、さっきまでの記憶はあるようだ。
「いや、まぁ……」
それに釣られてか、拓哉も顔を赤くして言葉を濁す。
と、そんな二人の様子を見ていた佳奈はわざとらしく咳払いをする。
「二人とも、そういうのは私がいない時にね?」
「ご、ごめん」
「そ、それでおばさん、優香がああなった原因はなんなんですか?」
拓哉からの質問に、佳奈は「実際に見てもらった方がいいわね」と言うと、立ち上がってその姿を変化させた。それは先程の優香と同じように、角や翼、尻尾が生えた状態だった。
「私や優香、それに花奈はサキュバスなのよ」
「な――」
「なっ、何それ!?」
二人――特に当の本人である優香は、佳奈から知らされた事実に驚く。
「本来ならもうちょっと早い時期に覚醒してるんだけど、優香はそれが遅かったのよねぇ」
「遅かったって……じゃ、じゃあ花奈は!? あの子はもう知ってるの!?」
今にも掴みかかろうかというような勢いで優香は母に問う。それを隣で見ていた拓哉が、彼女の肩を掴んだ。
「お、おい優香、ちょっと落ち着けよ」
「……ごめん」
彼の言葉を聞いて、優香は大人しく座り直す。
「花奈はまだ知らないわ。でも時期的には、もうそろそろ覚醒するはずよ」
「その……大丈夫なの? 覚醒って言うのをしたら、さっきの私みたいな事になるんじゃ……」
妹である花奈に、さっきの自分のようになって欲しくないと心配する優香。そんな彼女に、佳奈は心配はいらないと言う。
「優香の暴走はサキュバスへの覚醒が遅れた反動だから、花奈がちゃんと覚醒すれば問題なしね。もし遅れるようだったら……拓哉君、その時は花奈の相手もよろしくね?」
と、彼女は笑いながら口にする。
「冗談はやめてくださいよ……」
それに拓哉は苦笑いを浮かべながら、そう返すしかなかった。優香は不機嫌な表情を隠すことなくそんな彼を見ているのだが、拓哉本人は気付いていない。
「んんっ! とにかく、これから私はどうすればいいの? その、サキュバスってさ……男の人にエッチな事するんだよね?」
優香はそう言いながら、チラリと拓哉の方に目をやる。サキュバスとして目覚めた彼女にとって、この問いは重要な事であった。
「それじゃあ単刀直入に言うわね。この先、優香は男性の精気を定期的に摂取しないと生きていけないわ」
「それってどういう事……?」
「サキュバスがその存在を保つには、人間の精気がどうしても必要なの。摂取しないままでいると、存在が維持できなくなって消滅、死んでしまうの」
佳奈の言葉を聞いて、優香と拓哉の二人は息を呑む。だが話はまだ終わっていない。
「仮に存在が消えなくても、ずっと精気を貰わずに生きていくのも無理。その内、さっきの優香みたいに――いいえ、それ以上に暴走して男性を見境なく襲う事になるわ。そうなっちゃたら、最悪そのサキュバスは理性を失って、手に負えなくなった下級悪魔として処分される……」
「処分?」
「この世界には私達サキュバスの他にも、種族の違う悪魔や吸血鬼、そしてそれを狩るハンターがいるの」
普段ならこのような話を聞いても本気にしないのだが、実際にサキュバスとして優香が覚醒した事と、その母親である佳奈が真剣な顔で言うのだ。二人はそれが事実なのだと分かった。
「お母さんがそういう事を知ってるのって……」
「……ええ、知り合いだったサキュバスにそうなった子達がいたわ。昔の話だけどね」
悲しげな表情でそう口にした佳奈であったが、すぐに普段と同じような様子を見せる。
「という訳で、私の大事な娘がそんな目に遭わない為に、拓哉君には是非とも協力して欲しいのよ」
「な、何をですか……?」
「ふふっ。そんなこと言って、本当は薄々気付いてるんじゃないかしら?」
その言葉に拓哉は内心ドキリとした。だが、それは彼だけではない。
優香も、聞かされた話の内容から母が何を言おうとしてるのか、そして拓哉も何を言われるのか分かっているはずだという事に思わず顔が赤くなった。
「そ、それってやっぱり、
「そうよ優香。さっきも言った通り、あなたが生きる為には男の人の精気が必要なの。だったら、幼馴染の拓哉君に協力してもらうのが一番だと思うわよ?」
「ま、待ってください! 幾ら幼馴染だからって優香の気持ちだって……!」
「それは当然ね。だから、これからどうするかは、ちゃんと二人で決めなさい」
――まぁ、答えはほとんど出てると思うけれど。特に優香にとってはいいチャンスですもの。
佳奈はそう考えながら娘を見ると、彼女も意図を察したのか拓哉の方へ視線を向ける。
「あ、そうだわ」
何かを思い出したのか、ポンと軽く手を叩く佳奈。
「もし
「なっ……!?」
「おっ、お母さん!?」
二人は顔を赤くしたまま慌てるが、佳奈はそんな事はお構いなしに話を続ける。
「使っちゃうと摂取できる精気が減っちゃうのよ。例えゴムの中に出したのを飲んだとしても、生のフェラで射精させて飲むのより得られる精気が少ないの」
「そ、それじゃあ、その……な、中でした時も……」
優香は耳まで赤くし、声を震わせながら聞く。それに佳奈は平然とした表情のまま答える。
「ええ、生じゃないと十分な精気を得られないわ」
その答えを聞いた優香は顔を両手で覆い隠し、情けない声を漏らす。拓哉の方もそんな彼女を見ないように――と言うより、彼も真っ赤に染まっている頬を見られないよう隠しながら顔を逸らしていた。
「ふふっ、さっきまであんなに生でしてたんだから、今更恥ずかしがる事もないんじゃないかしら?」
「あ、あれは私だけど私じゃないっていうか……!」
「まぁすっかり暴走していたものねぇ……。あ、それともう一つ」
二人は顔を赤くしたまま佳奈の方を見る。
「子供の心配はいらないわよ。まぁ私としてはデキても構わないけど♪」
「お母さん何言ってんの!?」
つい今し方コンドームを使ってはならないと言われ、優香はただでさえ頭が沸騰しそうだったのだ。そこに子供の事まで言われて、彼女は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「あら、からかってる訳じゃないのよ? これはサキュバスとして大事な話でもあるの」
佳奈は優しい表情でそう言うと、拓哉にも念のため聞くように目配せをする。
「サキュバスはね、普通の人間と違って子宮に射精されただけでデキる訳じゃないの。その状態で子宮に十分な量の魔力を送る事で、ようやく子供がデキるのよ」
ただし、と彼女は付け加える。
「それはパートナーである男性の精気も大量に消費する事になるわ。気を付けないと、本当に命を奪ってしまう程に……」
その言葉に、優香と拓哉の二人は息を呑む。
「おじさんは人間、なんですよね……?」
拓哉の質問に佳奈は頷く。
彼女の夫――つまり優香の父親も、拓哉と同じごく普通の人間である。
「それじゃあ、お父さんは……」
「ええ。優香と花奈を授かった時、あの人はとても頑張ってくれたの」
そう語る佳奈の表情はとても嬉しそうで、優香にはそれが少し羨ましく思えた。
――私も、もしかしたら拓哉と……。
しかしそれと同時に、子供を作る際に自分の命が危険になる可能性があると聞かされて、彼はどう思っているのだろうかという不安にも襲われた。
「私は一人でいいって言ったのに、自分の命が危なくなるのも承知の上で、あの人の方から二人目も欲しいって言ってくれて――」
気が付けば、佳奈は自分の世界に入っている様子だ。
話の内容は素敵なものではあるが、今はそれをゆっくりと聞いている場合ではない。
「お母さん、その話は後でゆっくり聞くから。それより、そろそろ花奈も帰ってるだろうし、お母さんは先に帰っててくれない? 私は拓哉と話があるから」
そう口にする優香の表情は真剣なものだった。
「お、おい、優香……?」
「……そうね。優香、ちょっとこっちにいらっしゃい」
困惑する拓哉をよそに、彼女は言われた通り佳奈に近寄る。すると、そっと拓哉に聞こえないように「頑張りなさい」と耳打ちした母に、優香は静かに「うん」と頷いた。
「うふふ。それじゃ、邪魔者は退散するわね♪」
サキュバスの姿だった佳奈がそのまま手をかざす。彼女の足元で魔法陣のようなものが光ったかと思うと、一瞬のうちにその姿が消えた。
「サキュバスってあんな事も出来るんだな……」
「そ、そうみたい……」
いきなり目の前で転移魔法を見せられた二人はただただ驚くしかなかった。