「んんっ! 気を取り直して……」
改めて拓哉を正面に捉える優香。先程と同じく真剣な彼女の顔に、拓哉も向き合う。
「えっと……色々あって私も混乱してはいるんだけど、単刀直入に言うね」
「お、おう」
優香は一度、深呼吸をして、
「私は、拓哉が好き!」
と頬を紅潮させながら言い切った。しかしこれだけでは終わらない。
「ずっと幼馴染のままでいるのは嫌だった……。どうにか恋人になれるきっかけがあればって、考えてて……」
「優香……」
「正直ね、私がサキュバスだって分かって――お母さんからサキュバスの話を聞いて、これだって、思っちゃったんだ。これってズルいよね」
そう言い終わる頃には力なく笑う優香に、拓哉は思わず彼女の肩を抱きしめていた。
「ちょ、拓哉!?」
「――俺も、優香が好きだ」
その一言で優香の顔が一気に熱くなる。それと同時に歓喜の感情で胸がいっぱいになった。
「嬉しい……。でも、それって幼馴染として? それとも女の子として?」
それは照れ隠しでの意地悪な問いかけ。
だが――
「女の子として」
「っ――ふ、ふーん……そうなんだ……」
拓哉が迷いなく返した事で、優香は余計に嬉しさと恥ずかしさで動揺する。どうにか表に出さないように頑張っているが、その声はわずかに震えていた。
「本当はこの告白も、優香より先に俺からした方が良かったんだろうけどな……」
「まぁ拓哉の性格じゃあねー」
「んだよ、悪かったな」
普段と同じような調子で会話を交わし、二人はどちらからともなく笑い合う。それから拓哉は腕を解いて、優香の顔を正面に見据える。
「でもいいの? 私、普通の人間じゃないんだよ?」
「そんなこと知るか」
「さっきみたいに暴走するかもしれないんだよ?」
「……そうならないように、その――協力してやる」
まだ少し恥ずかしさが残る拓哉も頬を赤くしながら言葉を濁す。
「子供だって……」
そこまで言って、優香は言葉を飲み込んで目を伏せてしまう。
彼の答えを聞くのが怖くなったから。しかし、最後まで言えなかったその言葉は当然、拓哉には届いている。
「ちょっと気が早いと思うんだが……」
「……ごめん」
「でも、俺はそれでもいい」
それを聞いて優香が目を上げる。その瞳に映るのは、力強い意志を持った彼の表情だった。
「絶対に死ぬって訳じゃないんだし、いざとなったらおじさんに話を聞けばいい」
なんとかなるだろ、とでも言った感じで拓哉は口にする。
優香にはそれがとても嬉しかった。
「じゃあ、これからはただの幼馴染じゃなくて、恋人同士……ってことになるんだね」
「まぁ……そうだな」
「それならさ、キスしよっか。恋人になった記念ってことで」
――ちゃんとしたファーストキスじゃないのが残念だけど……。
先にも述べた通り、優香には暴走していた際の記憶がある。彼女はファーストキスを――そして処女も――きちんと自分の意志がある状態で、全てを彼に捧げたかったという思いを拭い切れずにいた。
それでもやはり、恋人となった拓哉とキスが出来るというのは、これ以上ない喜びである。
「お、おう。いいぞ……」
まだ少し照れている様子の拓哉に、クスリと優香は笑みを零す。
「ん」
そっと優しく彼の手を握って、目を閉じた優香がキスを待つ姿勢になる。そんな彼女の表情に、拓哉の鼓動は早くなっていく。
――さ、さっきだって優香とキスしたんだし、それ以上の事だって……よ、よし!
「っ……!」
意を決して、彼は優香にキスをした。
彼女が暴走していた時とは違い、サキュバスの催淫効果を持たない普通のキス。それでも拓哉は、まだ残る気恥ずかしさから短い間で唇を離す。
「……にひ、これでちゃんと恋人同士だね」
「そう言うとなんか変な感じだな……」
「まぁ、普通の恋人とはちょっと違うけど」
今まではただの幼馴染だったが、尋常ではない力の優香から性的に襲われ、しかもそれが普通の人間ではなくサキュバスとして覚醒、暴走したのが原因だと彼女の母親から知らされた。
そして彼女がこの先生きるにはどうするか。二人はその話を受け止め、互いに想いを伝えあって晴れて恋人となった。
――この短時間で色々あり過ぎだな……。
そんな事を思いながら、拓哉は一つ咳払いをする。
「とりあえず、今日はもう帰ってゆっくりした方がいいんじゃないか?」
「えー、もう帰らせるのー?」
「暴走して体に負担掛かってんだから休めって言ってんだよ。それに、おばさんともまだ話さなきゃいけない事とかあるだろ?」
先程まで、顔を赤くしていたのがまるで嘘だったかのように振舞う姿を見て、思わず優香は吹き出してしまう。
「……何笑ってんだよ」
「くくっ……いや、ごめんごめん。心配してくれるんだなーって思って」
「どう見てもおかしくて笑ってんだろ」
「ごめんってば。……ふふっ」
確かに彼女は笑ってしまったが、それでも拓哉のその気遣いがまた嬉しかった。
「でもそうだね、今日は帰ろっかな」
だから今は、彼の言う通りにする。
「珍しく素直だな……」
思わず拓哉もそんな言葉を漏らすのだが、優香は聞こえない振りをして彼の部屋を後にした。
そのまま拓哉も付いて来て、二人で玄関まで来たかと思えば、
「送ってく」
普段はそんな事を言わない彼が発した言葉に、優香は珍しいと言わんばかりの表情を見せた。その顔を見て、拓哉も彼女が何を言わんとしているかが伝わる。
「なんだよ」
拓哉がまたしてもわずかに照れながら――それを隠そうとしてわざと――ぶっきらぼうに言い放つ。
「何でもないよ? でも、家はすぐ隣なんだし、別に送ってもらわなくても大丈夫だと思うけどなー。それとも私が彼女になったから、もっと大事にしなきゃーとかそんな感じ?」
そう返す優香はニヤニヤとしている。
「う、うるさいな。なんだっていいだろ!」
「へへへ。でもまぁそういうのは嬉しいし、これぐらいにしてあげるっ。行こ?」
ご機嫌な様子で靴を履く彼女に、拓哉は「ったく……」と小さく呟いてから後に続く。
優香が言ったように、お互いの家は隣同士である。二人が拓哉の家を出てわずかに歩いたところで、すぐに彼女の家の玄関先に到着した。
「いやぁー、今日はホントにごめんね」
「気にすんなって」
相手が優香だった事もあるが、その原因が分かったからこそ彼は全てを受け止め、普段と変わらず接し、そして告白を受けて恋人になった。
その事は彼女の方も分かっている。それは元より幼馴染として長く同じ時間を過ごした
故に――
「それと、ありがとね」
――全部受け入れてくれて。
そんな優香の感謝の言葉に込められた想いも、拓哉にしっかりと伝わっていた。
「……おう」
彼は照れ臭そうに答えるだけであるが。
「ねぇ拓哉」
「なんだ――」
拓哉が言葉を言い切る前に、その唇に彼女の唇が軽く触れた。
突然のキスに彼が驚く間もなく、すぐに優香は離れると、悪戯を成功させた子供のような笑顔を見せる。
「おま、いきなりはやめろよ……!」
「にひひ、拓哉が油断してるからだよーっ」
言いながら逃げ去るようにして、拓哉の抗議する声を背に、彼女は――
かと思えば、優香はまたすぐに顔を出した。
「あっ、後でメールとかするかも」
「いつだよ」
「んー……もしかしたら遅くなると思う」
「寝てても文句言うなよ」
拓哉は素直にそう答える。
その返答を聞いた優香は、そんな部分は相変わらずだなぁと苦笑いを浮かべた。
「まぁ寝ててもいいけど。それじゃあとりあえず、また明日ね」
「おう。じゃあな」
二人は挨拶を交わして、今度こそ優香は家の中に入って扉を閉める。それを確認して、拓哉も自分の家へと戻って行った。
× × ×
その夜。
部屋で寝る準備をしていた拓哉の携帯に着信が入る。それは優香からのメールを知らせるものだ。
「なんだ?」
内容はやはり今日の事が主であった。
「気にすんなって言ったのに」
そのまま読み進めていくと、最後に『おやすみ!』と書かれていた。
「これは寝ていいって事だよな……」
彼がそう言うには理由があった。
普段、優香とのメールは何度かやり取りをして、長時間と言うほどではないにしても、それなりに長く話をする。場合によっては通話の方がいいと、どちらかから電話をかける事もある。
だがそれが今回、彼女からのこの一通か返信をすれば終わり、というのは珍しかった。
――まぁアイツがいいってんなら遠慮なく寝るか。
拓哉はメールに返信を送信すると、すぐさまベッドに入って
――明日からどうなる事やら……。
そんな事を考えている内に、彼の意識はゆっくりと落ちていくのだった。